斉藤充功面会レポート

2015年3月 7日 (土)

小田島からの手紙

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2014年5月 1日 (木)

2014/4 面会レポート

面会したのは死刑判決が確定して2325日が経った4月15日。71歳の誕生日を迎える2日前であった。「この歳まで生かされるとは、思ってもいませんでした。執行は数年前から覚悟しているので何時、呼び出しがかかっても慌てふためくことはないと、気持ちは落ち着いています」血色はいいとはいえないが、髭は綺麗に剃られていた。太陽に当たる時間が少ないので、色白の表情だが、語る口調は冷静そのものであった。 「袴田さんとは舎房の階が違うので、話したことはありませんが出所のニュースは当日知りました。娑婆で元気な余生を送ってもらいたいですね……。面会に来てくれてから7年が経ちましたね。喧嘩するほど口論したこともありましたが、俺の誤解が元で斎藤さんに不愉快な気持ちを与えてしまったことを、今は、反省しているんです。斎藤さんは゛死刑ありき゛の人でしたね。はじめは、むかつきましたが……」 執行の覚悟については数年前から、たびたび聞かされていたが、現在の畠山は間違いなく執行順のトップに名前が上がっているはず。今日も、その日について質してしまった「再審請求もしていないので執行順では、俺が最右翼でしょう。ここまでくれば相棒の守田の再上告など、関係なく執行されるはずです」20数分の面会時間のなかで畠山は「執行される」ということを何度も口にした。 その言葉が心の底から発せられたメッセージなのか、それは解らない。とはいえ、死刑が確定してから7年余。生かされている時間もだいぶ経っているが、とくに、宗教に帰依するといった心境もなく、日々、黙々と「袋張り」に熱中している。4月は執行がなかった。だが、5月の連休明けには執行があるのでは?「執行順の最右翼」にいると話している畠山。今月の面会が最期になるかも知れない。 M/SAITO

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2014年3月 7日 (金)

2014/3/7面会レポート

 36日、東京は快晴で陽射しも、たっぷり浴びるのだが、北風が強く指先が凍えるほど冷たい。手袋を忘れてしまい、悔やんだ。本日は面会人も少なく、手続きを終えて15分ほどでアナウンスがあった。10Fに上がると1号室が指定された。

 畠山はいつものように、刑務官に引率されて入室した。

「今日、転房があったんです。朝から少し陽が差して、部屋の中も温かくなりました。前の部屋は寒いときは゛冷蔵庫゛の感じでした。寒い日に面会有難うございます」

 本人の血色はよかった。食事のことが話題になる。

 三食、きちっと、食べてるかね?

「ハイ、飯は固いときもありますが、ゆっくりと咀嚼して、全部食べてます。なにしろ、歯がほとんど抜けてしまい、残りの8本で食べるんです」

 口を開けて口腔を見せる。上下の前歯8本だけが残り、3本が虫歯であった。

「その日まで、体力をつけておかないと、気力だけではもたないと思っています。先生と、会うたびに、次は、俺の番だと話してますが、今年は3月には必ず執行があると思っているんです。内閣改造の話も出ているようなので……

 私は、執行の話を避けて、食べ物の話に話題を切り替えた。

 以前は、食事が不味いとか、腐っている具が入っているとか、文句ばかり言ってたが、最近の官食は、どうなんだい?

「今は、三食、しっかり食べてます。食事の文句なんて言えませんよ。有難いと思うようになりました。最近、子供のころの夢をよく見るんです。それも、食べ物の夢ばかりなんです。子供時代、家は貧乏で、銀シャリなんて、めったに口にしたことなかったですよ。イモが主食でしたから。食生活の貧しさは、いちばん、記憶に残っているんですね。俺、

娑婆にいるときも、食事は質素でした。犯罪で手に入れた金も゛食事には、贅沢した覚えがないんです」

 今日は、食べ物を差し入れするけど、何がいいかね

「有難うございます。若し、売店に゛サンマのかば焼き゛缶があったら、ふた缶、お願いします」

それだけで、いいのかと、念を押す。「甘えついでにオール讀物があったら。お願いしたいんですが」

 わかったと、返答するとき、あらためて畠山の顔を直視した。色艶はよかった。健康でなによりだ。

 SAITO/M

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2014年1月12日 (日)

2014/1/10面会レポート

110()、年初の面会にいってきた。畠山と会うのは3ヵ月ぶり。どんな態度に出るのか気にかかったが、杞憂であった。無精髭もなく表情は明るかった。

「今年も元気で会えたね」「年賀状有難う」私の最初の言葉であった。

3ヵ月ぶりですね。もう、来られないのかと、気になっていましたが顔を見て安心しました」

この先は畠山の言葉に耳を傾けることにした。

「去年、執行があると思い年賀状は購入しなかったんですが、ぎりぎりの23日に購入したんです。執行は1月になくても、23ヵ月のうちにはあると思うんです。自分は最短距離でリストアップされていますよ。確定してから6年経っているんですから……。正月休みは最後と思い、ミカンを50個買いました。喉が渇くもんで。本も小説を20冊、読みました。時代小説ですか……。現実からの逃避ですよね。先生、年賀状は沢山来たでしょう。自分に来たのは3通だけでした。シャバに未練はないんですが、寂しいもんですね」

ここまで喋ると、真剣な眼差しで私を直視した。

「来月も面会に来てくれますよね。本当に今日は嬉しかったです。面会は半ばあきらめていましたから……

「去年は勝手なことばかり言いまして。本当に申し訳ありませんでした」姿勢を正して叩頭した。

 

あとは雑談になった。今日は面会人が多かったが、職員が気を聞かせてくれたので25分の面会が出来た。オーバーコートを着て家を出たが、東京の気温は今冬、最低気温を記録したようだ。畠山の執行は、春までにあるのだろうか……。帰り際に来月の面会を約束した。

SAITO/M

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2013年12月16日 (月)

読者の皆さんへ

ブログの更新がないことの「事情説明」をせよ。という読者コメントを多く拝読しました。それだけ、関心を持ってくれることに報告者としても責任を感じています。といって、こちらの事情(身辺雑記)をブログでアップするのは小生、由としないのでレポートは「畠山鐵男」に関することと「死刑」に関する情報提供に当初から限定しています。

面会レポートは当方が畠山と会ったときの心象と当人の言葉をまとめたレポートに、終始することは今後も変わりありません。もちろん、レポートは{畠山の最期」まで続け、最終報告は小生と畠山がアクリル板を隔てて交わした7年余の言葉を、総括した内容とします。それまでは随時、面会レポートを送るよう心がけています。それと、面会レポートは「金銭」は全く関係ありません。コメントの中には「金にならないから更新なし」などの言葉もありますが、畠山が執行されたからと言って小生の言説をメディアが流すことはありませんね(有料で)。ただ、一誌(実話ナックルズ」だけは、畠山に関する取材に6年余付き合ってくれているので、この雑誌にだけは「総括・畠山鐵男の生涯」といったテーマで記事を書くことになると思います。「面会レポート」。気長に読んでください。

それと、小生の作品の宣伝(初めて記す)になってしまいますが、今年は「証言・陸軍中野学校卒業生たちの追想」と「陸軍中野学校秘史」の2冊を上梓。来春は「ルポルタージュ・西郷隆盛の写真」が刊行予定で、秋には「評伝・日本のスパイマスターと呼ばれた男」を出版するので、その取材等で動いています。

SAITO/M

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2013年12月14日 (土)

2013/12/12面会レポート

3ヵ月ぶりに面会(1212)にいってきた。当方も、体調を崩して休養する時間が必要なので心身のリフレッシュを図っていました。当日は14時の面会で、現地に着くまでの間に知人の新聞記者から「畠山は除外された」という、連絡が入った。執行は東京と大阪の2人とのこと。面会当日に「執行」があるとは、今回初めての経験。畠山と会ったとき「どんな言葉」を伝えるか、考えてみたがとくに思い浮かばなかった。畠山が「執行について」知るのは、夕刊の記事であろう。

面会の手続きをしてベンチ椅子で待っていると、職員に呼ばれた「今日は本人、会いたくないそうです」理由を質す「本人の意志なので、それ以上のことはわかりません」。こんな答えが返ってきた。

ここ3か月の間に手紙(簡易封筒)1通だけ届いたが、記されている内容は「単調な生活のことと、フィリピンの台風被害」のことだけで、気に留める内容でもなかった。

「会いたくない」。以前にも一度、面会を断ったことがあるので、理由を深刻に捉えることは止めた。

今月、なんとか時間をつくって年内最後の面会をしたいと思っている。東拘での執行が堪えたのだろうか?956月に死刑が確定した被執行者は55歳。再審請求を繰り返していたそうだ。畠山は現在70歳になるが、共同正犯の守田の「判決訂正」の審理がまだ終わっていない。それ故、執行が延びているのだろうか? 次回面会では、その辺の事情も聞いてみたいと思っている。

M/SAITO

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2013年9月 2日 (月)

レポート

読者のみなさん、ご無沙汰しております。面会は7月以降中断です。なにしろ、日々の炎暑は外出も躊躇するほどの熱波なので用心しています。自宅から東京拘置所までは交通機関を乗り継いで、片道3時間を要するので面会は1日潰してしまいます。秋口になり気温も下がってくれば、面会を再会したいと考えています。とはいえ、毎週末は「執行」の可能性もあるので注意してニュースなどをチェックです。


それと私事ですがライフワークの仕事(執筆)の先が見えてきたので目下、最後の取材現場の現地情報を収集しているところです。予定では10月にロシアのウラジミール州に出向く計画で、スケジュールを立てています。久しぶりのロシア取材。錆びついたキリル文字の知識が何処まで役立つか、武者修行になりそうです。気になるのは畠山の執行ですが、こればかりは予測が立ちません。

何れにしても「畠山執行」のあとには、ブログで「私と畠山」の交流について総括します。それが長年、ブログに付き合ってくれた読者に対する私の責任であると、心得ています。炎暑、早く去ってほしいですね。皆さんも、ご自愛ください。

SAITO/M

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2013年7月18日 (木)

2013/7/18面会レポート

7月18日(木)面会に行ってきた。先月はこちらの事情でスルーしたが、今日の面
会は畠山鐡男(6月に家裁で改姓が認められた)の一方的な会話に終始した。本人
いわく「手紙を出しても返事がなく、面会もなくなった。どんな事情があったの
か心配していました」「もう、私のことは投げ出したのかと、焦っていたんです」
「最後まで面会に来てくれる約束ですよね」私は黙って畠山の言葉を聴いていた。

白のTシャツは昨年差し入れしたものだが、今年も着ていた。70歳(4月17日誕
生日)になった畠山はしきりに私の健康を気遣う『もう、私もあんたの面会には
疲れた。最後まで付き合うと約束しているが、この先、毎月の面会は難しいと思
う』こんな言葉を吐くと「2ヶ月に一回でもいいです。とにかく、元気な姿を見
せてください。お願いしますよ」時間は20分を経過していた。私は『時間は、そ
れほどないと思う。遺族に対する本音を是非、次回の面会のときに聞かせてもら
いたい。手紙では文字で修飾されるので、言葉として聞きたい」と、伝えた「分
かりました。時間がありませんね。正直に話したいと思います」20分の面会時間
は本人に語らせることで終わった。次回の面会に果たして畠山は本音の言葉を吐
くのだろうか?

2歳年長の私は、まだこの男の本当の姿(心の闇)を理解できないでいる。8月は執
行があるのだろうか?
SAITO/M

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2013年5月28日 (火)

2013/5/27面会レポート

5月27日(月)、面会に行ってきた。今月は7月に刊行する作品のゲラ校正等で外出する時間がなく、やっと本日都合をつけて月内の面会を果たしてきた。手続きで小田島の「姓」が旧姓になったので記入するとき、間違えてしまい受付担当の職員から指摘されてしまった。少し慌てたが、いつもの手順で10Fの面会室に入った。手紙でいくつかの要望があったので、最初にその回答を伝えた。本人は、黙って聞いていたが「フリッピン」の件に関して、先方からの返事がないことに不満の表情をみせたので、こちらも怒鳴ってしまった『手紙は英文で書いて趣旨はきちっと伝えてある。返事は相手次第だろう』と。本人は「すいません。自分の都合ばかり話して」と謝まる。私は『執行まで時間がないと手紙にも書いてきているが、覚悟を決めると我侭ばかり出て来る。少しは、現状を認識したらどうか』と再度、面罵する。本人は「よく分かります。今月は面会が遅かったのでイライラしてました」こんな、答えが返ってきた。なんとも、自己中心の解釈である。本人いわく「来月は執行があると思います。守田は再審請求中ですが、執行は請求中でも出来るので、2人同時執行は間違いありません」執行の時期について焦っている感じを強くした。面会は25分で終わったが、本人の言葉から「執行が近づいていることを本能的に察知していると、今日は感じ取った面会であった。


SAITO/M

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2013年4月24日 (水)

2013/4/22面会レポート

 4月22日(月)面会に行ってきた。本日は途中、豊島区役所に寄って小田島が気を揉んでいる新戸籍(改姓の)の交付が遅れていることを確認してきた。理由は発送ミスであった(戸籍課の怠慢)。新戸籍は4月19日に発送したとのこと。小田島が新戸籍のことを気にするのは「旧姓に復して執行されたい。トビーが執行のニュースを知ったとしても、報道では新戸籍の名が出るので小田島姓はでない。そのためには一日も早く改姓戸籍が必要」というものだが『そんなことは気休めにすぎない』とは、面会では話せなかった「そうでしたか、役所の怠慢でしたか。理由はよくわかりました。わざわざ区役所まで行って、報告のために面会に来てくれたんですね。本当に有難う御座いました。これで一安心です」表情には安堵の色がでていた。私は『もう、心配事はないだろうから、いつ、お迎えがきても安心立命の境地になれるネ』と諭した「心情は穏やかです。気持ちの整理もついて覚悟が変わることはありません」と応えた。執行は今月中か、来月上旬になるのでは‥‥。根拠はないが、そんな気がした。表情や身体の動作には変化なし。


SAITO/M

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