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2013年5月 2日 (木)

犯罪はなぜ起きるのか—神経犯罪学がもたらす「革命」

ウォール・ストリート・ジャーナル2()1811分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130502-00000873-wsj-int

 犯罪の科学的研究が始まったのは187111月のある寒く曇った日の朝、イタリアの東海岸でのことだった。精神科医で精神に異常がある犯罪者の保護施設の医師でもあったチェーザレ・ロンブローゾは、ジュセップ・ビレラという名の悪名高いカラブリアの山賊の検死解剖を行っていてその頭蓋骨の下部に珍しいへこみを発見した。ロンブローゾはのちに犯罪学の父とまで呼ばれるようになるが、この特異観測がすべてのきっかけとなった。

 ロンブローゾの物議を醸した学説には2つの重要な点があった。犯罪は脳の奇形に起因するところが大きく、犯罪者とはより原始的な種への逆行的進化だとしたのである。ロンブーゾは大きなあごや傾斜した額といった肉体的特徴に基づいて犯罪者を特定できると考えていた。そうした特徴の独自の測定を基に、彼は北イタリア人やユダヤ人を頂点とし、ビレラのような南イタリア人、ボリビア人、ペルー人を底辺に置く進化の序列を作成した。

 人間の頭部の形や大きさに関する疑似科学的な骨相学の理論にも一部基づいたこうした考え方は、19世紀終わりから20世紀初頭にかけて欧州全域でもてはやされた。ユダヤ人で当時は著名な学識者だったロンブローゾが生み出した学説は特に、どの人間が生殖に適しているか、あるいは生かされるべきか、という20世紀初頭の考え方を促進させたこともあり、社会的にも科学的にも大失敗となってしまった。

 第二次世界大戦中のホロコーストを受けて、ロンブローゾの学説の人種的側面は当然のように評判を落としたが、生理学や脳の特徴を重視した点では結果的に間違っていなかった。犯罪行為における遺伝学的、神経学的要因に関して、現代の科学者たちは当時よりもずっと説得力がある議論を展開してきた。われわれの多くがその内部に凶暴な怒りを持続的に抱えている昨今、科学者たちは犯罪の構造を文字通りむき出しにしたのである。

 犯罪の理解と防止に神経科学を利用する神経犯罪学の分野は、われわれの「悪い」行いを引き起こすものに対する理解に革命をもたらしつつある。攻撃的、反社会的行動における分散の約半数は遺伝的特徴に関連付けられるということが双子や養子を対象とした100以上の研究で確認された。その他にも、そうした行動を促進する遺伝子を特定するための研究も始まっている。

 一部の個人を暴力的にする身体的な奇形や機能的な異常は脳撮像技術で特定される。米ニューメキシコ州の刑務所で行われた最近の研究では、どの囚人が釈放後に再犯する可能性が最も高いかを脳スキャンが正確に予測した。しかしこれは遺伝子に限った話ではない。劣悪な環境も幼少期の脳を変え、のちの反社会的行動を生み出す要因となり得るのだ。

 ほとんどの人は今も神経犯罪学の影響にかなりの気まずさを覚えている。保守派の人々は、暴力に生物学的リスク要因を認めることで、社会が犯罪に対してソフトアプローチを取り、個人の行動の責任を誰にも負わせなくなることを懸念している。進歩派の人々は、表向きは無罪の人が生物学的理由で烙印を押される可能性に断固反対している。両者ともに、人為や自由意思といった考えを損なうかのようなあらゆる試みを恐れているのだ。

 しかし、積み重なっていく証拠を無視するのはますます難しくなっている。神経犯罪学が犯罪防止と刑事司法の両方に対するアプローチを一変させる可能性があると考える新たな支持者、研究者、専門家は毎年のように増えている。

 犯罪行動の遺伝的根拠は今やすっかり確立されている。犯罪や攻撃性に関して、すべての遺伝子を共有している一卵性双生児は、50%の遺伝子しか共有していない二卵性双生児よりもずっと互いに似通っているということが多くの研究で実証されている。

 幼少期の脳に影響を与える環境的要因としては、神経毒である鉛が行動をつかさどる前頭葉前部に特に害を及ぼしている。われわれの体内の鉛濃度は、よちよち歩きの幼児が指を口に入れがちになる生後21カ月でピークに達する傾向がある。一般的に子供たちは、大気汚染や有害物の投棄で汚されてきた土から鉛を体内に取り入れてしまう。

 しかし、鉛だけが犯人というわけではない。青年期の高い攻撃性や暴力性と関連付けられている他の要因としては、出産前の母親による喫煙や飲酒、出産中に起きる合併症、幼少期の栄養不足などがある。

 遺伝的要因と環境的要因は一体となって作用し、暴力行為を促すのかもしれない。2002年に米デューク大学のアブシャロム・カスピ博士とテリー・モフィット博士が行った先駆的研究では、ニュージーランドのある地域に住む1000人以上に遺伝子型解析を実施し、青年期の反社会的行動のレベルを評価した。両博士はモノアミン酸化酵素AMAOA)のレベルが低い遺伝子型と幼少期の虐待が組み合わさると、その個人はのちに反社会的行動を取る傾向があるということを発見した。低レベルのMAOAは脳の感情の中枢である扁桃体の縮小と関連付けられている一方、幼児期の肉体的虐待は前頭葉前部に害を及ぼし得るので、その2つが相乗効果をもたらすのだろう。

 脳撮像の研究でも犯罪者たちの脳の損傷が実証されてきた。例えば殺人犯たちには、衝動的、脱抑制的行動や激しやすい感情にブレーキをかけ続ける「守護天使」の役目を果たす前頭前野の機能が低下しているという傾向がある。

 もちろん、特定の脳の特徴を持つすべての人が殺人犯というわけではないし、すべての犯罪者が同じ型に当てはまるというものでもない。たとえば連続殺人犯のように殺人を計画する人々には前頭前野が正常に機能しているという傾向がある。長期間つかまらずにいるには、その行動を慎重に制御できなければならないので、それも当然だろう。

 暴力行為のルーツに肉体的、遺伝子的、環境的要因があるというこうした証拠にはどういった実用的意義があるのか。刑事司法制度にどのような変更がなされるべきなのだろうか。

 まずは2つの関連する疑問から考えていこう。自分たちではどうにもならない幼少期の生物学的、遺伝子的要因により、一部の人々が凶暴な犯罪者になる可能性が他の人々よりも高いとき、そうした人々は完全に非難されるべきだろうか。そうでないとすれば、彼らはどのように罰せられるべきなのか。

 例えば1999年に米コロラド州デンバーでペイトン・タトヒルさんという若い女性を強盗、強姦し、首を切った上にキッチンナイフを胸に突き刺して殺害したドンタ・ページの事例がある。ページは第一級殺人で有罪となり、死刑が有力視されていた。

 ページの弁護団の専門家証人として雇われていた私は、彼の脳を評価するために研究室へ連れて行った。その脳スキャンでは、人間の感情を制御したり衝動を抑えたりするのを助ける働きをする脳の一部分、腹外側前頭前野で特徴的な活性化の欠如があることが判明した。

 私は証言陳述で、ページの暴力には根深い生物社会的理由があると主張した。ファイルに記録されているように、ページは子供の頃に栄養不足や親の育児放棄という憂き目に遭い、肉体的、性的暴行を受け、幼少期の頭部外傷、学習障害、低い認知機能、鉛暴露などを経験した。彼には精神病の家族歴もある。18歳までに心理療法を19回も勧められたが、一度も受けなかった。3人の裁判官で構成される審査団は、混じり合った生物学的、社会的要因がページの責任を軽減するというわれわれの主張を受け入れ、最終的に彼を死刑に処さないことにした。

 ページは脳病理学に基づく根拠によるところもあって死刑を免れた。リスク要因がある場合、社会的に不利な立場にある犯罪者たちの罪の一部を無罪にすべきだと考える人々にとっては喜ばしい結果となった。しかし、神経犯罪学は両刃の剣と言える。神経犯罪学はページについて、最初から自由の身であるべきではなかったと言っていたかもしれないからだ。ページは出所後わずか4カ月でその殺人を犯していた。強盗で懲役20年の判決を受けていたにもかかわらず、わずか4年で釈放されていたのである。

 ページが釈放される前に私が評価を依頼されていたらどうだったろうか。私は法廷で彼を弁護したときと同じことを言っていただろう。生物学的要因はすべて満たしている。自分ではどうにもならない理由で暴力行為を働くリスクは高い。必ずしも運命ではないが、衝動的に暴力的になる可能性が、ならない可能性よりもずっと高いのだ、と。

 ここで神経犯罪学によってもたらされるかもしれない2つ目の大きな変化の話をしよう。近く釈放になる犯罪者の再犯のリスクが高いかどうかを判断する際に科学的証拠を組み入れるのである。現在、そうしたリスク評価は前科、婚姻状況といった要因を基に行われている。これに生物学的、遺伝子的情報を——近年の統計的進歩と共に——加えれば、再犯に関する予測の精度は大幅に増すことになるだろう。

 犯罪者が再犯する可能性を評価できるのであれば、理論上はいかなる社会の一員についても犯罪を働く傾向があるかどうかを評価し、起きる前に犯罪を防ぐことで問題の先回りをすることが可能になる。最終的には、繰り返される暴力行為を一種の臨床的障害として対処可能にするということをわれわれは目指すべきだろう。

 近代史を振り返ると、科学的知識の増加はわれわれのてんかん、精神病、薬物乱用などへの洞察をより深め、より人間的な視点を育んできた。かつて精神疾患が邪悪な力を産物とみられていたように、今日、われわれが凶暴な犯罪者の中に見る「邪悪さ」はいずれ、ある生理障害の一症状として説明されるようになるかもしれない。

 神経犯罪学がわれわれを難しい立場に置くことに疑問の余地はなく、そもそも存在しなければ良かったと思っている人たちもいる。どうすれば厭わしい優生学の時代が本当に終わったと分かるのだろうか。暴力の構造の研究は、基本的人権が失われた世界への第一歩ではないのだろうか。

 われわれにはそうした悲惨な結果を回避することができる。幼少期の生物学的原因への理解がさらに深まれば、暴力の犠牲者と加害者の両者に対するわれわれのアプローチはより共感的で思いやりがあり、慈悲深いものになることだろう。われわれの文明の最高価値を示すプロセスへの前進の第一歩となるはずだ。

(筆者のエイドリアン・レイン博士はリチャード・ペリー大学で犯罪学と精神医学の教授を、ペンシルベニア大学で心理学の教授を務めている。ランダムハウスの一部門、パンテオンから430日に出版された『The Anatomy of Violence: The Biological Roots of Crime(暴力の構造:犯罪の生物学的ルーツ)』の著者でもある)

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