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2012年3月 1日 (木)

面会レポート終了について

面会レポートの最終回について、読者冠さんのコメントに答える形で
斉藤充功より説明をしたいと思います。

※面会レポートは終了しましたが、
皆さんからのご意見や質問などがありましたら、可能な範囲でお答えできればと思います。

冠さんのコメント:
面会レポートが最終回という事は今後斎藤先生は面会に行かないという事でしょうか?私はこのブログに出会う以前、死刑が確定した死刑囚はあらゆる外の情報や外部の人間から隔離され、遮断されるものとばかり思っていました。ところが毎月面会に行ってたわいない話や死刑についてなど小田島の心境が赤裸々に綴られる面会レポートを楽しみにしておりました。面会には行くがレポートをやめるという事なのでしょうか?それとも執行間近い死刑囚の心の安定のため、拘置所から面会を謝絶されたのでしょうか?差し支えなければ教えてください。

冠さん宛返信:
長い間、面会レポートを読んでくれたそうですね。多謝。
小田島の面会は執行直前まで続けますが、レポートは2月の報告で終わりにしました。理由は特にありませんが70を過ぎてくると、精神的に少し疲労を感じてきたので「語り」は止めることにしたのです。
初面会から2250日(千葉刑務所から)、小田島とは人間として付き合ってきました。アクリル板1枚の40センチ先に当人がいて、そのアクリル板を越える事が出来ないのです。万死に値する罪を犯した小田島は、償いとして当然死刑を執行されるのはやむを得ません。只、死だけは従容として受け入れて貰いたいと、当人には何度も話しています。
先は、それほど長くはないでしょう。しかし、当日まで心身が健康であることを小生は願っています。

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コメント

皆さんで、小田島の死刑を楽しみましょう。

投稿: 克 | 2012年3月24日 (土) 09時12分

面会は最期まで続けるおつもりなんですね。

こんなにも重いテーマをよく何年もレポートされたと思います。
ジャーナリストであろうと、やはり死刑囚また犯した犯罪をみつつけられたのは、大変なストレスがたまっておられると思います

小田島は、私たちにとってはあかの他人だけれど、斉藤さんは
その死を前にした人間に会ったのですから・・・

アクリル板一枚に生と死が分けられた面会の中でやはりお疲れになられたのではないでしょうか?


お疲れ様でした。斉藤さんもご自愛ください

投稿: | 2012年3月 3日 (土) 23時17分

最近、ミリオン出版社の本をきっかけに読者になったものです。
ほとんど記事は読ませて頂きましたが、今回は初めてコメントします。

斎藤先生にはレポートを続けて頂けたら嬉しいですが、私たち読者の方がよほど無責任で外野の立場なので、無理にお願いもできないのではないかと思っています。
ご自身もご高齢になられて、小田島さんは近くの執行をすでに覚悟されているようですし、精神的に外野が知ることもできない辛さを味わわれているのではないかと感じます。
ただ、ほとんど知ることのできない死刑確定者の心情、近況を知ることのできる数少ない場として、レポートが終わることはやはり残念ではあります。
精神的に差し支えのない範囲で、これは外部に知らせるべきだと斎藤先生が感じられたことは伝えて頂けたら、こんなに有意義なことはないとも思います。
何はともあれ、これだけの長い間、面会レポートを精力的に続けられたことには感服させて頂いております。
僭越ながら、この応援の気持ちが届けば何よりです。

私自身は、森達也さんの「死刑」という本をあるきっかけから読み、その関係で座談会などにも出席させて頂き、自分の死刑に対する考えはある程度固まっています。
しかし、逆の立場があるのも当然ですので、こうした議論の場が一つなくなるのは本当に寂しいです。

投稿: 瑠璃 | 2012年3月 3日 (土) 01時45分

ゆうさんのおっしゃる通り!

投稿: ヒロ | 2012年3月 2日 (金) 14時37分

齋藤さんは、ジャーナリストですよね?70代で疲れるのもわかります。死刑間近の死刑囚との対話で精神的に辛いのも…どこか、お身体が悪いのならともかく、ジャーナリストとして選んだ題材をさしたる理由もなくほうり出すのは、納得がいきません。今までこのブログを見て死刑やひとの命、犯罪について真剣に考えてきた人達の事はおかまいなしですか?せめて死刑執行後、この題材について総括はするべきです。被害者遺族の目に触れる可能性がありながら敢えてブログを立ちあげた責任はとるべきです。

投稿: 梅干し | 2012年3月 2日 (金) 11時52分

要は面倒なんですね?70過ぎると。金にもならんし?と言う事?
語りは止めた…は?今更?
始めたからには、終わりまでしっかり続けて下さい。
無責任過ぎる。

投稿: ゆう | 2012年3月 2日 (金) 03時42分

私が死刑に興味を持つようになったのは1992年に起きた多摩市パチンコ店員殺人事件が身近で起きたからです。非常に親しかった店員がよく行くビルの中で殺害されました。犯人の中国人三人のうち一人は国外逃亡。捕まった二人は死刑が確定し、東京拘置所にいます。しかし主犯格の男が捕まらない限り二人の執行はないのではないかと考えています。そして埼玉に引っ越し、またもごく近所で元厚生事務次官殺害事件が起きました。その少し前にこのブログと出会い、色々な知識を持った方々や死刑制度の賛成派、反対派の方と語り合わせて頂き、明らかに犯罪憎し、犯人憎し、執行大賛成という心に変化がありました。中立派のような曖昧な立場ですが、、、今でも死刑制度がいいのか悪いのかよくわかりません。私は斎藤先生のコメントの最後の言葉、小田島には最後まで健康でいて欲しい、という一文になんとも言えない気持ちになりました。小田島が主役のこのブログは小田島の執行で幕を下ろすのは理解しています。ただ、死刑の情報を得たり交換できたりする場がなくなってしまうのは寂しい限りです。多分どんなに議論を重ねても死刑の賛否のどちらが正解かの答えは出ないでしょう。残念ながら今死刑制度があるから死刑が正解なのであり、廃止されればそれが正解なのです。死ぬしかない運命の小田島とアクリル板一枚隔てて毎月面会されていた斎藤先生の精神的に疲れた、、という一文にそう遠くない未来、このブログの最終回がくるのだなあというなんともいえない気持ちになりました。

投稿: 冠 | 2012年3月 1日 (木) 21時11分

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