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2011年11月10日 (木)

オウム裁判傍聴400回「怒りだけ」 地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人、高橋シズヱさん

産経新聞 11月10日(木)14時6分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111110-00000551-san-soci

 オウム真理教事件の刑事裁判が終結しようとしている。最後まで裁判が続いていた2人の被告の判決が今月、最高裁で言い渡される。中川智正被告(49)の判決が18日、遠藤誠一被告(51)が21日。教団の凶行が法廷で本格的に裁かれ始めてから16年。関係者らに今の思いを聞いた。

 「最近、改めて悔しさがわいてくる」

 地下鉄サリン事件で夫の一正さん=当時(50)=を失った高橋シズヱさん(64)。オウム真理教の全裁判が終結するのを前に、そんな思いを持つ。

 傍聴のため裁判所に足を運んだ回数は400回超。「夫は自分の身に何が起きたのかも知らずに亡くなった。あの日、何があったのか。法廷での出来事を克明にノートに記してきた」

 だが、当初は連日のように開かれていた裁判も、刑が確定する被告が増えるにつれて数が減っていった。必然、自宅にいる日々が多くなる。

 「一人でいると夫のことを考えてしまう。いろいろな思いがこみ上げてきて、改めて殺されたんだと悲しみや悔しさがわいてくる」

 買い物に付き合ってくれた。休みの日にパート先まで迎えにきてくれた…。

 平成7年3月20日午前8時過ぎ。営団地下鉄(現・東京メトロ)霞ケ関駅の助役だった一正さんは、救助活動の中で命を落とした。

 「泊まり明けで午前9時に勤務が終わるはずだったんです。予定していた旅行の案内を持ってきてもらおうと、駅に電話したがつながらない。直後、妹からの電話で事件を知りました」

 以降、高橋さんの「突っ走る生活」が始まった。地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人に就任。普通の主婦だった人生は大きく変わり、全国に名前を知られる存在になった。

 傍聴し続けた裁判。抱く感想は「いつも怒りでしかなかった」という。「法廷で被告らが自らの主張を述べるのに対し、遺族や被害者は、その場で反論する機会がないから」

 8人が死亡するなど、最も被害が大きかった日比谷線内でサリンを散布した林泰男死刑囚(53)の公判。遺族らに謝罪の手紙を書かない点を裁判官から問われ、「何回も書こうとしたが、書けなかった」と供述した。

 「何をしたのか、本当に分かっているのか!」。思わず傍聴席で怒鳴っている自分がいた。

 死刑制度の残虐性を訴える弁護人もいた。「何の罪もない家族を殺されたものにとって耐えられなかった」。裁判所から遺族に用意された傍聴席の権利を放棄し、退席するという形でしか抗議できなかった。

 「裁判ではもどかしさを感じるだけだった。それが一番つらかった」

 首謀者の麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚(56)の口からは、真相は何も語られなかった。「ちゃんと裁判を受けてほしかった。心残りです」

 オウム真理教は「アレフ」や「ひかりの輪」として形を変え、いまも残る。「あれだけのテロを起こした集団が残るのは、外国では考えられない。きちんとしたこともいえない教祖で、結局は卑(ひ)怯(きょう)な人間で何の信念もなかった。現役信者らには、それを認識して真(しん)摯(し)に受け止めてほしい」

 夫の死から16年。裁判がもうすぐ終わる。被害者の会の活動も落ち着いた。

 「改めて悔しさがあふれてくる」という胸の内には、「もう終わりにしてもいいのかなぁ」という思いも同居する。

 昨年、事件当時に夫が着ていた制服や靴、靴下などを処分した。段ボール箱1箱分にもなった裁判のノートも捨てた。「突っ走る生活」から離れ、自分自身の人生を歩もうと考えている。(森本充)

 ■地下鉄サリン事件平成7年3月20日朝、地下鉄の日比谷線、千代田線、丸ノ内線の計5車両で、オウム真理教が猛毒のサリンを散布。乗客および駅員ら13人が死亡し、約6300人が重軽傷を負った。社会とさまざまなトラブルを起こしており、警察による強制捜査が入ることへの危機感を持った教団側が、先手を打つ形で都心を混乱させたとされる。被害者の中には今もなお、「恐怖心で電車に乗れない」といったPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状で苦しんでいる人がいる。

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コメント

仏陀
「憎しみは憎しみをもってして止まず愛をもってのみ止む」

投稿: | 2011年11月17日 (木) 21時59分

冠さんへコメント有り難うございます。そうなのです。死刑とは、法律の為に、存在するのか、被害者、被害者遺族の為に存在するのかわからなくなります。以前、たけしのテレビタックルで死刑反対派と賛成派で議論したのを見ました。どちら派でもない若いタレントさんが同じ質問をしました。賛成派の重鎮の方が、そんな事も解らないなら、帰れと怒鳴りました。反対派の方も何もいいませんでした。ショックでした。一番意見を聞きたいところだったのに。それ以降、何が確かなことか解らなくなりました。12月は、犯罪被害者週間です。被害者ご遺族の講演に申し込みをしました。何か新しいヒントがあればと思います。

投稿: 梅干し | 2011年11月16日 (水) 00時23分

梅干しさんへ。私は梅干しさんのコメントに心が揺さぶられました。まさにその通りだと思います。死刑とは果たして誰のために死刑執行するのか。遺族のためなのか法律上決まっているから執行するのか。死刑制度は何のために存在するのか。現状のところ有識者は世論のためと答えるのでしょうか。梅干しさんの仰るとおり死刑の賛成派と反対派がいくら議論しても辿り着かない問題かも知れません。現状はある一定のラインを超えると遺族感情を鑑みず死刑判決が出ているのですが、そもそも一人殺したからセーフで二人だからアウトというライン自体遺族感情を逆なでしているのかも知れません。

投稿: 冠 | 2011年11月14日 (月) 19時16分

やはり、被害者遺族の感情抜きには、死刑廃止の論議はすべきではないと思います。又、被害者遺族がすべて死刑を望んでいると第三者が決めつけることも。 アメリカの殺人被害者の遺族の講演を聞く機会がありました。周りから死刑を望んでいると決めつけられるのが辛かったと。その方は、死刑を望んでいませんでしたが、死刑賛成の遺族の事も理解できると。どちらにしろ当事者でない人間に犯人に対する感情を決めつけて欲しくないとの事でした。我々には、考えが及ばない深い思いがご遺族の方それぞれにあるのだと思います。

投稿: 梅干し | 2011年11月11日 (金) 22時11分

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