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2011年9月22日 (木)

居場所を失った改宗者「善と悪の国際的戦場に」

産経新聞 9月18日(日)7時56分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110918-00000091-san-int

 「9・11後、世界は善と悪の国際的戦場になった。こちら側か、あちら側か。二極化が進み、私のような改宗者は谷間に落ち込んでしまった」

 英ケンブリッジ大で政治学の博士号を取得中のトルコ人留学生、ジヤ・メラル氏(32)は1996年、トルコのアンカラ大でロシア文学を学んでいた17歳のとき、イスラム教からキリスト教に改宗した。

 トルコでは99%がイスラム教徒。メラル氏によると今でこそ両親は宗教に触れないようにして普通に接してくれるが、当初は「キリスト教徒になるなら息子でも何でもない」と猛烈な拒絶反応を示した。

 トルコのほか、イランやヨルダンなどを訪れ、イスラム教からキリスト教への改宗者28人から聞き取りを行ったメラル氏は2008年、改宗者の人権状況について報告書を発表した。中東のある国では改宗した18歳の少年ら4人が法的根拠もないのに数カ月も地下牢(ろう)に拘束され、電気いすにかけられるなど拷問を受けていた。

 そのころトルコで改宗者2人とドイツ人宣教師が国粋主義者5人によって拷問にかけられて殺害された。殺された1人はメラル氏の親友で、メラル氏も死刑の脅しを受けていた。

 トルコの国粋主義者や他のイスラム原理主義者からみれば「改宗」はイスラム教への「背教」にほかならず、死に値するという。

 メラル氏は、カトリックの立場から神の観念を扱った日本の小説家、遠藤周作氏(1923~96年)の作品の愛読者だ。最初に読んだのは、江戸初期のキリシタン弾圧で表面上は信仰を捨てたポルトガル人司祭を通じて神と信仰の意義を描いた『沈黙』だった。

 「私はキリスト教徒になってもトルコ人に生まれたアイデンティティーは変わらない。西欧のキリスト教徒と同じではない。私は遠藤作品のトルコ人版だ。ロンドンの教会に行くより遠藤作品を熟読した方が信仰の葛藤を理解できる」

 イスラム教とキリスト教の対立の歴史は長い。しかし、メラル氏は「9・11以前は西欧のイスラムへの攻撃を、聖地エルサレムをイスラム教徒から取り戻すために行われた11~15世紀の十字軍に例える主張は主流ではなかった。国際テロ組織アルカーイダや他の組織が再び十字軍という言葉を使って対立をあおった」と分析する。

 メラル氏の見方では、第一次大戦によるオスマン帝国の崩壊で誕生したトルコでは国家統合を図るため同質性が求められ、非イスラム教徒も同化を迫られた。

 次に67年の第3次中東戦争でイスラエルが圧勝した反動で、イスラム教を立法原則として位置づける動きが進み、イスラム教徒でないこと自体も訴追理由に加えられるようになったという。

 改宗者の今後についてメラル氏は悲観的だ。米世論調査会社ピュー・リサーチ・センターの調査では、2006~09年にかけ対象の198カ国・地域のうち23カ国で宗教的信条や実践に対する規制が強化されていた。

 改宗の理由を語ろうとしなかったメラル氏は「9・11は二極化を拡大する触媒になった。お互いの生活が脅かされているという恐怖が政治を支配するようになった。西欧のキリスト教徒でも中東のイスラム教徒でもない私たちは居場所を失った」と声を落とした。(ロンドン 木村正人)

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コメント

 約4年前、ロストロポーヴィチ 人生の祭典(ロシア)試写会を観た チェロ演奏者の葛藤なるもの 

投稿:  ? | 2011年10月 1日 (土) 00時14分

宮廷画家ゴヤは見た(試写会)今も尚

投稿: 異端者 | 2011年9月25日 (日) 00時01分

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