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2011年1月13日 (木)

“最高権力”検察をどうすれば変えられるのか<2/5>(『創』2011年2月号より)

創 1月13日(木)13時3分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110113-00000301-tsukuru-soci

・辻恵(民主党衆議院議員)
・三井環(元大阪高検公安部長)
・鈴木邦男(一水会顧問)
・安田好弘(弁護士)
・青木理(ジャーナリスト)
(敬称略)


小沢問題や証拠改ざん事件で検察への怒りが吹き荒れている。
市民のこうした怒りはどういう形で具現化されればよいのか。
検察批判を続けている当事者が議論を行った。

<1からの続き>

◆落とすプロと落とされるアマチュア◆

鈴木 辻さんにも安田さんにも聞いてみたかったんですが、裁判所や検察は可視化の流れが来るということを前提で進めていると思いますが、この前、飛松五男さんという元刑事の方の話を聞いてきました。その人は取り調べで何度も落としたことがあって、それでこう言います。落とす方はプロですが、落とされるほうはアマチュアですよね。普通は一生に一度でも取調べされるとは思いません。ところが落とす方は毎日やってるし、何十年ものキャリアがあります。だから横綱対小学生のようなもので、どんな人間でも落とせると言っていたんです。

 だから飛松さんが言ったのは、不十分な証拠で可視化したら、かえって冤罪が増える可能性もあると。普通僕らが思うのは、椅子を蹴飛ばしたり怒鳴ったりして、被疑者が青くなって仕方なしに「やりました」と言う。ところがそういうケースはまずなくて、諄々と冷静に取調べをして、ある日突然被疑者が「申し訳ありません」と自供する。自供する時は涙を流して、鼻水を垂らして「申し訳ない」と泣きながらしゃべると。そういうのだけを見せたら、「こいつは本当にやっているからだ。そうでなければこんなふうにはならないだろう」と思うのが当然だと。だから可視化するのなら、最初の逮捕から全てを見せないといけないのではないか、という話でした。

安田 僕は可視化は是非とも必要ですが、それだけでは足りないと思っています。可視化で解決できることは、殴るとか脅すとか、取り引きするとか、そういうことが防止できるだけです。ところが、私たちは、逮捕され身柄が拘束され留置場に入れられただけで精神的に参ってしまい、すごい不安状態に陥るわけです。そういう不安の中でちょっと何かをにおわされると、それに乗ってしまうんです。だから一番重要なのは、例えば24時間以上は身柄拘束はさせない、それから弁護人が立ち会わない限り取調べをしてはならない、弁護人が立ち会わないで行われた取調べは証拠として採用してはいけない。そこまでやらなければ冤罪は防止できないと思います。

 可視化の問題は冤罪だけの問題ではなく、たとえば動機、あるいは故意の問題にも関ります。犯罪を犯す時は誰でも混乱の中でわけの分からないうちにやってしまうんですね。冷静に判断できる状態であれば、そもそも犯罪など犯さなかったんですが、いざ自白になると「何日も前から狙っていました」とか「もう許せない、なんとしてでも殺してやろうと決意しました」というように計画的で確固たる意志のもと冷徹に行ったという話になってしまうんですね。

 だから有実無実の冤罪という問題だけでなく、情状の問題、罪の重さの問題についての冤罪、私たちはこれを量刑冤罪と言っているんですが、そのようなことも起こっているんですね。そして、それが、死刑か無期かを分けるようなものであった場合は、有実無実の冤罪と同じくひどい結果となるんですね。

 可視化はまず第一歩で、ないよりはあったほうがいいと思います。しかし一部可視化ほど有害なものはないと思います。

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