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2010年2月 2日 (火)

獄中ブログ更新の遅れについて

皆様今晩は。
小田島死刑囚の日記の更新が滞っており、ご心配をおかけして申し訳ありません。
ブログの管理人としても心苦しく感じております。
実際のところ小田島死刑囚よりの手紙が届いておらず、
どのようになっているのか、ただ想像することしかできない状態です。

しばらく死刑執行のニュースはありませんし、斎藤氏との面会は続いております。
もともと不確定な要素の多いブログなので、あせらずに様子を見ていく考えでおります。

なるべくブログ管理人としましても、比嘉などに状況をたずねるようにしております。
できるかぎり皆様のもとに情報を公開していければと思います。
よろしくお願い致します。


ブログ管理人

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コメント

ピスカさんのご意見、大変興味深く拝見させていただきました。
私は、死刑を廃止すべきか否かという前に、死刑という刑が犯罪抑止力をどの程度持っているのかを検討しなければいけないと思います。
ピスカさんのおっしゃる通り、道徳や倫理に反するとして死刑廃止論を展開するのは幼稚でしょう。死刑廃止論を主張するならば、いかに現行の極刑に犯罪抑止力がないかを立証し、それに替わるような代替案を提出するべきです。
現代社会では、道徳や倫理というものが社会秩序を維持する為に機能するものではないのは明らかです。そのような社会において法(刑罰)の果たす役割が重要な位置を占めるのです。「万人による闘争」状態を回避する為に法(国家)が存在しているというウェバ―の議論を死刑廃止論者も、賛成派も考慮すべきだと思います。

投稿: てつこ | 2010年2月13日 (土) 05時28分

前に居た会社で(部署は違いましたが)仕事上の事で何度か話した事がある人が死刑確定囚にいます。
何年か前に死刑制度反対の方が(方たちが?)立ち上げているサイトで、その人と手紙のやり取りをしている人がその内容をアップしていたので読んでいたのですが、あれからその後どうなっているのか気になって探してみたのですが見つからず、あれこれ検索している中でこのブログを見つけ、1週間かけて最初から目を通しました。
コメント欄もざっと目を通しましたが自分自身は死刑制度賛成派なので反対の人の意見にどうしても違和感があります。
この小田島死刑囚の年表を見ると、生きる為に窃盗に手を染めてからというもの 犯罪が常習化して罪の意識が完全に希薄になり、挙句 越えてはいけない一線を踏み越え、それすら常習化してしまっている。
それを踏まえてこのブログを読むと、命に期限をきられて(執行日が確定している訳ではないですが)狭い独房の制約された中という欲望が湧く事のないリミッターのある状況で、自分の手の中から日々色んなものがこぼれおちていく状況があるからこそ情緒を楽しめたり気持ちの動きであれこれ考える毎日があるだけで、きっと社会に出ればなんら捕まる前と変わらない心もちですごすんだろうなぁと思えてしまいます。
同じ会社だった人は 社内でそれなりの役職をもち人並み以上の生活をしていたのですが、会社の経営悪化に伴いリストラされたようで経済的に困窮し、仕事を転々とするもうまくいかず、強盗事件を起こしたのちに強盗殺人を犯したようです。
人生の歯車が狂い、その人なりに努力してもどうにもならず、結果として今の状況がある。
死刑制度反対の人の意見をみると、どうしてもミスリードしてる様にしか思えません。

○ 冤罪は捜査から判決までのシステムの問題であって死刑自体は関係ないので分けて考えるべきだと思います。
冤罪の可能性がない人はモチロンこれに当てはまらないですし。

○ 人権の話も毎回出ますが、みなさんがおっしゃるように被害者の命を奪っておいて自分の主義・主張だけ振りかざすのは滑稽すぎます。

○ 終身刑を・・・という話もよくありますが、どうやって反省や後悔を促すのですか?
一度の犯罪で複数の人間を手に掛けて死刑になったのであれば、犯行時がある種異常な精神状況で、冷静に自分を見つめる事が出来る様になった時 後悔にさいなまれる人もいるかもしれません。
ただ、複数の犯行で複数の人を手に掛けた人は一時の感情が原因でもなく、罪の意識も希薄だからこそ出来る凶行だけに反省心を期待するのは難しいと思います。

○ 環境が人を変える事は多分にあると思います。
が、死刑囚を出さないような環境作りを・・・というのはモチロン理想ですが所詮無理な理想論です。
犯罪に走る可能性のある人全てに手を差し伸べたり体を張って止める事など絶対に無理だと思います。
生活の面倒を見たり、負債を肩代わりしてあげたり出来ますか?
幼少の環境で犯罪者を生む訳でもなければ、人格形成が幼少期・少年期で終わる訳ではなく、どこで歪んだり変貌するかなんて誰にもわかりません。

○ 被害者と同様に加害者家族もある意味では被害者かもしれません。
死刑囚にならなくとも、人を殺めた事実が周知に知れ渡れば、その段階で量刑が死刑でも終身刑でも周りからの扱いは変わらないと思うだけにこれも全く理由にはならないと思います。

どちらの立場に立って考える事も正直私には出来ません。
被害者感情に流されている訳でもなく、死には死をもって償う事しか出来ないというのが結論で、死刑が執行されたからといって被害者が戻る訳ではありませんが だからといって反省したからといって同様にどうなる訳でもありません。

世界の動向として死刑廃止が進んでいるとよく反対派の方はいいますが、その国々が犯人検挙の際に発泡して射殺したり、戦争をして人の命を奪ったりする事もない 本当の意味で人命を尊重する姿勢の全てに於いて筋の通った状況ならまだ話もわかりますが現実はそうでないだけに ただ量刑として重すぎるとか国家殺人だとか知性のない野蛮な行為だと言われても全く納得できません。
人が人を裁くことは出来ないともよく耳にしますが、それは死刑だけに対しての意味ですか?
法がなければやりたい放題で治安は維持できません。
裁く=人の命を奪うという意味だとしたら、その一線を越えたのは死刑判決を受けた死刑囚であって、その事実を蔑ろにして処分を不当だという事が間違いだと思います。

前に同じ会社で死刑確定囚になった人に対して、何でそんな事をしてしまったのか?とか何か少しでも助ける事が出来たら・・・と思う気持ちはその人の事を思い出すと考えますが今の現実を考えると仕方がないとも思います。
その人は量刑に納得がいかず、上告をするも棄却されて死刑は確定しています。
ただ、前にサイトに載っていた手紙には共犯者を相手取って民事で裁判を起こすとかなんとか書いてあったようなきがしたので、その後の経過が気になったのですが どこにもその後を載せているサイトがないみたいです。

長々と長文ですいませんでした。
このブログを最初からずっと読んでいて、このコメントを書くまでがすごく長い道のりだったので、言いたい事が多くなりました。

投稿: ピスカ | 2010年2月11日 (木) 03時20分

現政権下で死刑執行はないとふんだのではないでしょうか。しばらく生きられる、もしくは天寿を全うできると考えているなら痛い体にムチ打って自分の思想を外部に発信するのが面倒くさいと考えるのが妥当かと考えます。

投稿: 冠 | 2010年2月10日 (水) 15時44分

しばらく死刑がなくて中だるみだから仕方ありませんよ。
他の死刑囚にも取材して「辞世の句」コンテストとか
するとおもしろいんじゃないですか?

投稿: 東郷ビール | 2010年2月 9日 (火) 18時08分

何らかの心境の変化でもあったのでしょうか?気になります。
何があったのか全く想像がつきませんが、気長に更新されるのを待とうと思います。

投稿: 隣のおばちゃん | 2010年2月 8日 (月) 15時56分

拘禁症状で手紙が書けなくなったのだろうか。
とか思っていました。

千葉法相も小沢幹事長があんな状態で死刑存廃論どころではない状況ですしね。

しかし千葉法相は最終的に検察の味方になるのか党の味方になるのかとても気になります。

投稿: 土建屋41才 | 2010年2月 2日 (火) 21時31分

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