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2009年6月11日 (木)

小田島から比嘉健二への手紙2

Mをこの度の事件に引き込んだのは私に相違なく、彼にはすまないと思っています。


「俺は前刑の殺人事件で鹿児島の親・兄妹とは完全に縁が切れているから、犯行が失敗して死刑になってもかまわない。すべて、小田島さんに任せる」と言った守田は一緒に暮らしていても食事の用意や掃除を含め本当に何もしない男だったが。が、相手の話しを遮ってでも先に自分の考えを話したい、人の話しを聞くことの下手な私とは違って、Mは聞き上手(単に聞き流していただけなのかもしれないが)で、私は勝手に、気が合う友人だと思ってきました。

02年7月から05年1月に逮捕されるまでの2年半、伊勢崎での2人の同居生活の衣食住等すべての出費からMのサラ金の支払いまでを私が担い、私なりにMに気をつかい出来るだけの事はしてやったと思っていますし、私の公判に検察の証人として出廷して「自分が小田島の出所を待っていて連絡をとらなければ事件はおきなかった。マブチモーター事件の後の2件の事件は小田島に幾度も頼んだ、小田島には住まないと思っている」等と証言したM。事情聴取に行った刑事から事件を知らされた鹿児島の父親が「骨になったら帰ってこい」と言ったことを聞かされて自供を始め、「小田島さん、一緒に死刑台にのぼりましょう」と私に伝言をよこしたM。私の人生最後の友人だったMには、今さら何も言うことはありません。

マブチモーター事件で約250万円。目黒の歯科医事件で35万円。大島コイン社長宅事件で100万円。この現金はMと均等に分配した。時計・指輪・等を潰し金だけにして売却した約30万円は生活費などに充当するため私が取った。私の主な使途は、運転免許の取得(合宿教習)に約30万円。20万円の中古車購入、(車検・税で20万円)に約40万円。合宿教習所に入所するまで1週間池袋のビジネスHに宿泊(この間にレビーと出会った)。あとは生活費に使った。

他の質問に関しては比嘉さんへ送付した原稿を一度目を通して下さる様、お願い致します。

といった返信をだしました。
T刑務所のM(養子)から5/12(火)昼前に手紙が届きました。M(養子)は毎回「来年5/13満期出所なので、できるだけはやく面会に行く」と書いてきます。
私も一度はMの顔を見て話しをしてみたいと思いますが、まず無理だろうと思っています。前回の執行された人の中に、07年1月確定した死刑囚が含まれています。その07年1月から私が確定した07年11月1日迄の間に確定した死刑囚は16人(うち東拘5人)いますが、この中からオーム事件など共犯の裁判が継続中、再審請求中の人を除外すると私の前に位置(執行順番)するのは5人(うち東拘1人)位ですから、もし共犯がなければ次回、又は次々回の執行に私が入ることになります。

普通、高裁判決を上告して棄却される迄の期間は約2年位ですが、最近は死刑執行と同様に上告の判決も早くなっています。Mの上告は昨年3月でしたから、丸1年2ヵ月が経過したこの2~3ヵ月中にも上告棄却の判決があるだろうと思っています。そしてMが確定の後、3~6ヵ月位後には私の執行があるはずです。から、どう幅をもって考えても来年5/13出所するM(養子)とは会えるはずがないと思っている訳です。

Mは現在「類」(以前は受刑者を4級~1級まで級別に生活処遇を緩和する仕組みだった。法のもとでの平等に反する差別だとして新法で級を廃止したが、鼻先に吊り下げる人参が無くては管理しずらい現場は、級のかわりに類[4級~1級]を創設し類別に処遇を緩和する)から除外された「処遇上」という昼夜独居の処遇をうけています。(工場に出役(作業)してる受刑者は、休日の行事(慰問演芸、映画、俳句会、短歌会、等)に参加できるが「処遇上」の者は不可)
(級の進級は刑期の長さによって期間が決められていたが、類は半年ごとに審査決定される。)

Mは今回4/15に、現在の「処遇上」の延長を告知された由。次回の次回の10/15の処遇変更の審査では「処遇上」が解除されて工場出役できる?などと少し愚痴っています。
来年5/13の満期出所に備え、足慣らしのためにも次の10/15には「処遇上」が解除になり工場に出役できれば良いと思ってます。が今回解除されなかったのは、死刑囚の養子になった事が一番の原因じゃないかと思います。(Mが工場に出役し、他の受刑者に養子の件が知れ渡る事を施設側が嫌がるはず)ので多分、次回(10/15)も「処遇上」のままの告知を受ける事になるのではないかと私は思っています。

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コメント

億さん。大変ご丁寧なお返事ありがとうございます。大変参考になりました。文章の後半にもあった真犯人の時効という問題。福田和子の事件とは異なり身代わりが収監されているのですから逃げる必要もなくのうのうと時効を待っていた。大人しくしていれば絶対捕まらない安心感。警察検察は真犯人を取り逃がした責任を世間にも謝罪する必要があると思います。それだけ今回の事件の時効問題はあらゆる意味で罪深いと思います。

投稿: 冠 | 2009年6月12日 (金) 18時56分

冠さん、こんにちは。
執行時期の予測はしないので、スルーしようかと思いましたが…

>死刑確定日が何年も違う今回のケースは先に小田島が執行という事もあるのでしょうか?

法律(条文)に執行日の具体的な定めがないので、別日に執行されてもおかしくはないですが、死刑事件の場合は執行により事件の刑罰が終了するという考え方なので慣例的には仰られることは考えにくいのではないでしょうか…


>また以前にもこのような一方が一審で確定、もう一方が最高裁で確定というケースはあったのでしょうか?

このケースで両者死刑判決のケースは過去に1度だけ。
ちなみに、最高裁死刑判決の元死刑囚が先に執行されています。
その理由は控訴取り下げ元死刑囚に被害者遺族から減刑嘆願書の申し立てがあったためといわれています。

小田島確定死刑囚は5番目と自覚しているようですが、守田被告が再審請求するでしょうから、どうなんですかね。


ついでで申し訳ないですが、冠さんが以前に意見提議されていた足利冤罪事件のことについて…です。
菅家氏は本件以外に別件2件(当時は北関東連続幼女殺害事件5件)も併せて逮捕されています。
つまり3件の容疑がかけられ別件2件は証拠不充分で不起訴。

これも自白強要させられていたならと思うと証拠不在でも自由心証主義では死刑判決も可能性がありましたね。

再審請求前の異例の刑の執行停止や、再審無罪確定前に現最高検次長のコメントや現栃木警察本部長の謝罪、事犯に直接関係ない現公安委員長までもが謝罪という異様に敏速な展開がありますので、これが何を意味しているか興味深いです。
その前に高検が旧DNA鑑定証拠品の保全の徹底を各地検に指示していることも興味深いです。
少なくとも執行された同類事犯ケースの飯塚事件には、日弁連が足利事件との連携を深めるとコメントしている以上は波及していくのではないでしょうか。

それにしても謝罪した今の幹部の方々から被害者遺族への誤捜査を謝罪する言葉は出ませんね。
当然、当時の当局の当事者も出てきませんね。

そして司法(警察、検察、裁判所)が、間違いを犯したわけですが人間誰にも間違いがあるとして、一番許しがたいのが菅家氏に罪を被らせて知らぬ顔で時効が成立してしまっても名乗り出ない真犯人だと思うんですが。

投稿: 億 | 2009年6月12日 (金) 16時49分

億さんへ。通常小田島と守田は同日執行だと思いますが、死刑確定日が何年も違う今回のケースは先に小田島が執行という事もあるのでしょうか?また以前にもこのような一方が一審で確定、もう一方が最高裁で確定というケースはあったのでしょうか?

投稿: 冠 | 2009年6月12日 (金) 00時00分

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