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2009年6月11日 (木)

小田島から比嘉健二への手紙1

冠省失礼致します。
5/8(金)はGWの連休明けでお仕事多忙な時期にもかかわらずお2人揃って面会に来て下さりありがとうございました。


面会では、このところ耳鳴りと頭痛が続き意識を集中できず斎藤先生への返信が遅れている現状を話したつもりでしたが面会終了後、居室に戻り坐って考えますと、甚だ脈絡のない纏まりのない事を私一人が勝手に話して面会時間が終ってしまったーと反省しております。誠に申訳ありませんでした。

5/11(月)朝にお金の郵送差入の告知があり、午後4時すぎにお手紙が手元に届き大変嬉しく拝読致しました。送金は前回で終了と思っていましたので(5月末にもう一回送って下さる由)本当にありがとうございました。
差入の週刊誌は5/12(火)午後に領収証は5/14(木)午後に、それぞれ手元に届きました。ありがとうございました。斎藤先生へは5/9、10の土日に呷吟しつつ何とか返信を書き12/月に発信しました。

愛する肉親を殺害された遺族の方々の悲痛と無念さ。犯人に対する憎悪の感情は、今さら被害者を生き返らせる事ができない以上、犯人がいかに反省・悔悟して謝罪しようと、死刑が執行された後も、決して消えることも薄れることもないことは、TV・新聞で報じられているとおりです。

ですから死刑囚が「どのような悪人でも真摯に反省し悔悟して神仏に懺悔すれば、赦されて天国・彼岸へ行くことができる」という信仰を得て、安寧な心で死を迎えることになると、それは、被害者が味わったと同じ痛みと恐怖を、犯人にも与えてやりたい。早く処刑してほしいと希求する遺族の方々の気持を、慰撫することにはならず、反対に逆立てることになると思います。

4人もの殺害した私の大罪は、どのように反省、悔悟して謝罪しようとも、赦されるものではないことを十分に理解し自省しています。いま死を待つだけの日々の中で、自分のこれまでの生き方をなぞると、心の底に「悔い」だけが累々と堆積していき、日毎に違う後悔に苛まれ眠れない夜を重ねています。

受け入れられることではありませんが、ほんとうに被害者と遺族の方々には申し訳なく心奥から謝罪を申し上げます。

生きている価値のない人間だという烙印(死刑判決)を押された私には、遺族の方々に赦しを乞う資格など全くありませんから、私は神仏に帰依して、懺悔し、平寧な心を得て死を迎えるのではなく、遺族の方々から恨まれたまま、憎悪されたまま、悪人のままで死にたいと思っています。

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コメント

処刑された後、死体損壊でもされろ!

投稿: | 2009年7月 5日 (日) 00時59分

冠さんに賛成だね。なんだかんだいったって、結局死刑は犯罪防止の役割があって、凶悪殺人犯にも改心のチャンスが与えられるんだよ。

投稿: | 2009年6月15日 (月) 00時01分

以前雑誌で元懲役が色々語っていたが、事件を起こした事を反省している懲役囚は皆無に等しいとあった。何故捕まったのかの後悔はあっても被害者に対する反省の気持ちを持っている人は殆どいないそうだ。小田島も何回も懲役を食らっている。その間反省する事もなく出所後4人も殺してしまった。そして現在死ななければ決して外に出る事が出来ないのを理解し、毎日自問自答を繰り返し、今この心境にたどり着いた。死刑という刑罰がなければ決してこの心境にはならなかっただろう。そして現在の心境を小田島はこのブログを通し、遺族の方々に聞いて欲しいのではないか?出来れば少しでも許して欲しいと思ってるのではないか?万が一死刑は無しだよ小田島さんという事になったら今の気持ちもすっかり消え失せ、雑誌を読みたくなり外に出たくなる。死刑という刑罰でしか小田島のような心境になれないのであれば死刑という刑罰に意味を見いだせるのかもしれない。

投稿: 冠 | 2009年6月11日 (木) 22時11分

”義人はいない。ひとりもいない。 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。 すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない。 ”(聖書)

被害者に対して慰撫することは大切です。しかし神様の前に悔い改めることも必要です。これは相反するものではありません。神様と和解する権利は何ものによっても侵害されるものではありません。

神様に”ごめんなさい。助けてください。”と祈られることを心からお勧めします。

投稿: | 2009年6月11日 (木) 09時11分

確かに、以前、これと同じような文面を読んだ記憶があります。だが、「受け入れられることではありませんが、ほんとうに被害者と遺族の方々には申し訳なく心奥から謝罪を申し上げます。」という、謝罪の言葉がここまでハッキリと述べられたのは初めてのような気がする。小田嶋が、‘死’が近づいて来ており、覚悟を決めた・・のだ、と感じました。

投稿: しずっぺ | 2009年6月11日 (木) 06時25分

本人の言うとおり、生きてる価値が全くない極悪人なんだから、法律に則って早く執行しろ


投稿: | 2009年6月11日 (木) 06時22分


以前、この手紙の文章を一部見た。この手紙よりも遥かに少ない文章でまとめていたこともあり「ザンゲとも開き直りともとれる発言」と解釈されていたが、以前から自分は絶対そう(開き直り)ではないと感じていた。改めて小田島氏の深い文章を読み、死刑存廃に関わらず、この小田島氏の気持ちだけは受け止めたいと思う。「小田島氏の場合」は、死刑とゆう極刑が目の前にありこのような気持ちになれたのではないか とも思う。あくまでも「小田島氏の場合」だが。

投稿: あり | 2009年6月11日 (木) 03時11分

私の、覚えている限りでは、初めて 被害者の方と
ご遺族の方に 謝罪をしていますね。


どういう心境なのでしょうか。


落ち着いて 考えると、
死刑という 極刑は どういう 意味なのか、この手紙を読むと うまく言えませんが、なんとなく分かる気がします。


死刑に なったから、初めて分かること。

もしも、死刑にならず無期だったら、 このように
謝罪をしたのでしょうか ?


無知なので、うまく言えませんが この手紙を読んだ感想です

投稿: 通りすがりの者 | 2009年6月11日 (木) 01時17分

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