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2009年5月 1日 (金)

第222回 時代に逆行? 

3.26(木)
昼前にMからの手紙が届いた。(同封してきた写真5枚は領置廻し)


3.30(月)
領置廻しになっていたMからの写真5枚が昼前に交付された(娘夫婦、孫娘、のもの)。書き終えた
「私記」の原稿用紙480枚を「原稿用紙使用願」と、試読をしてもらうため、との理由を付した「郵送願」を添えてH氏宛に3/17、3/19に分けて出していたが、今日午後、係官が来て、試読の理由を聴いて1度帰り、少しして又来て、「原稿を郵送するのは出版目的ではありません」との補足願箋の提出を求められた。

とかく施設側は、
死刑囚が書いたものを外部に出すことに対してひどく神経質に嫌がる。こうした対応は情報公開時代に逆行していると思うのだが?とにかく今日現在、まだ発送されていない事が分った。

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コメント

小田島は反省してないことがよく分かった
人殺しは反省しないという事が分かった以上、死刑に賛成します。

死刑反対派ってカルト信者みたいで笑ってしまいました。
反対派の人ってなんか怪しい宗教にでもはまってるんですかね。

投稿: | 2009年5月 7日 (木) 15時48分

Stabat Mater氏へ

以前、このブログで、自分たちは犯罪加害者側家族の人権についても議論してきた。世間は犯罪被害者や遺族にだけ目が向いているが、自分は犯罪者側の家族に対しても、犯罪関係者とは無縁の一般人と同等の人権や生活が守られるべきだと思っている。

自分は成人した加害者の家族には全く罪が無いと主張している。ある常連のコメントに『犯罪加害者家族保護法を作るという発想はあさはかだろうか。』というのがある。自分はその発想に大賛成であるのだが、犯罪被害者家族の保護より道のりは険しいと感じている。

Stabat Materは加害者側家族として、勇気を持ってコメントを寄せてくださった。
日本はgroup-oriented の文化をもつ国である。身内から犯罪者が出てしまったということで、Stabat Mater氏加害者家族も二次的被害にあわれたのではないだろうか?

反論や罵声が飛び交うのは目に見えているので、貴方に無理強いはできないのであるが・・
自分としてはStabat Mater氏から貴方の心情や感じたこと体験や要望といった多くを語って欲しい。

投稿: 元祖何様 | 2009年5月 5日 (火) 04時59分

感情論を唱える皆様。人を殺して死刑宣告されてみてはいかがですか?

というか、そもそも我々人間に権利なんてあるのでしょうか
『自由』があるからこうなっちゃうんですよね

投稿: | 2009年5月 4日 (月) 19時39分

なやかあたま

投稿: あかさ | 2009年5月 4日 (月) 10時53分

かあさ

投稿: か | 2009年5月 4日 (月) 10時51分

死刑囚は最高度の刑罰を与えられた人間であり、肉体的消滅とともに、存命中も社会的制裁は比類なく与えられています(当ブログの死刑囚に対する誹謗中傷をご覧になれば、彼の失った社会的地位の大きさは容易にわかると思います)。
そのような人間に対して、上記のコメントを拝見する限り、一般の人々は彼に対して今以上の制裁を望んでいるように見受けられます。これはあまりにも狭量なことだと思われます。被害者遺族の方々がそれを望まれるのはむべなるかなともいえましょうが、一般の人々は死刑を臨む人間にこれ以上の何を望むのでしょうか?
少なくとも、社会通念を冒涜した人間に報復をすることで、人々はある種のカタルシスを覚えるでしょう。これ自体は当然のことであり、悪いことではありませんが、それも度が過ぎると些か野蛮です。
死刑囚とは、社会制度の定めた刑罰に厳格に服した人々であり、その限りにおいて、彼らには残された時間を幸福に楽しむ権利も認めるべきでありますし、同様に意見を社会に発表する権利も許されてしかるべきと私は考えます。
例えば、ある犯罪者が刑期を終え、社会に再復帰した際、人々が彼に投石することを許していいでしょうか?刑罰を全うした人間には、我々と同様の権利が再び認められてしかるべきなのです(尤も彼は既に社会的地位をある程度損なっていますが)。
それが許されないというならば、日本国家の定める刑罰の内容を変えるように運動すべきです。刑罰の定める内容を受け入れた人々から日々の幸福さえも奪い取ろうという考えには、私は到底共感できません。

また死刑囚といえど、我々と同じ人間であり、同じように喜びもすれば悲しむこともあり、ある場合には共感や愛情を覚えることもあるでしょう。そのことは当然減刑の理由にはなりませんし、翻って我々においては、彼らの持つ(感情機能における)人間性を否定するのは(一部にいるようですが)、極めて情緒的で幼い考えだと思います。
彼らは我々とは違う、という考えはある種の慰めにはなりますが、理性的な判断ではありません。

投稿: | 2009年5月 4日 (月) 09時26分

初めまして。 最新の日記のコメント欄だと目立ってしまいそうなので、
ひとつ前の日記のこちらのコメント欄にて、お邪魔させて頂きますね。
インターネットの産経新聞記事に、こちらのブログのことが紹介されており、
今日初めてブログを訪問しました。元死刑囚(すでに執行)を家族に持つ者です。

今日は5月4日で… 「3.31(火) Revy31歳」の日記までを拝見しました。
3月31日は、レビーさんのお誕生日だったようですね。おめでとうございます。
この日で、冬季処遇が終り、膝掛け毛布の使用が終わったとのこと…
今はもう5月ですから、東京拘置所のほうも暖かくなっていることでしょうね。
私の家族は、東京拘置所のほうではありませんでしたが、お部屋のほうは
風通しが良くなく、また、お風呂場のすぐ傍のお部屋でしたので、6~7月頃からは
暑い、暑いと頻繁に嘆いていたことを、つい昨日のように思い出します。
季節の変わり目ですので、どうかお身体ご自愛くださいね。

ブログの更新で、お元気に過ごされているご様子など、また伺いに参りますね。

投稿: Stabat Mater | 2009年5月 4日 (月) 01時18分

人は人を裁く権利を持つのだろうか。
人は何をもって人を裁くのだろうか。

人の権利を奪った人間に、権利はあるだろうか。
どれぐらいあるのだろうか。
人の権利を奪った人間を裁く権利を私たちは有するのだろうか。

私も、誰かの権利を侵しているかもしれないのに?
ではその権利に大小はあるのか。
「未遂」「過失」「傷害」と「殺人」の間にある人が定めた隔たりは何か。
「殺人」は結果論としてとても悪いことである。
では「殺犬」が許されるのは人が犬の権利を保障していないからなのか。
それは犬が人でないからなのだろうか。


人に、人間の権利を奪う権利はない。
そういう人は「裁かれるべきだ」「罪を償うべきだ」と思う。
しかし「誰が?」裁き、「どのように?」償うのか。

たとえば被害者に謝罪したとえばお金を渡すことが、
「罪を償う」ことに含まれうるのだろうか。
「償って」いるかいないかは、私たちには当然わからない、
加害者にもわからないことなのではないか。

なにをもって「罪」「償い」「裁き」と言えるのか。
人が定めた人の権利を奪った人を人が定めた法律で人が裁く
人間の社会にはどこにも信頼できるものがありません。

私は未熟で無知な高校生です。
私にはまだわかりません。
何が正しいのか?この世に正しいことはあるのか?
この世に「答え」は存在しうるのか?

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 23時09分

死刑囚である以前に人間です…
小田島氏がそういった考えを抱くのも当然だと思います

投稿: ひっちゃん | 2009年5月 3日 (日) 22時53分

私は松戸にすんでいます。事件の場所のすぐ横にはスーパーがあり週一度は寄りますが、今でも当時の焼けた家を思い出します。現在は空き地になっていますが
本当に酷い事件だったと怖くなります。
そんな恐ろしい犯人が同じ町を歩いていたのかと思うとゾッとしました。 
日記を読むと普通の人だと感じました
自分の子どもを思う気持ちがあるんだとおもいました
でも人殺しです。 反省しているんですか? 自分の子どもが首を絞められ焼かれる事を考えた事はあるのですか?
人の体調を気遣うような文を書いていますが
本当に思ってかいているのですか? 同一人物だとは思えません。

投稿: まつど | 2009年5月 3日 (日) 22時45分

私はこの事件の被害者ではないので貴方を恨む理由などは全くありません。
死刑になる事はもう確定してしまっているので、執行されるまでは被害者に対する償いの気持ちを忘れず、頑張って生きてほしいです。

投稿: G | 2009年5月 3日 (日) 20時37分

死刑にあたるような重罪犯人は、生涯強制労働刑に服させて、そのアガリを被害回復に使うってのが合理的なんだがねえ。
現在の作業賞与金はものすごく低額だから、労働に見合った価格にして、外に出て来ない重罪人の代わりに被害者に分配すればいいよ。
1月に10万、1年で120万、40年で4800万。
ないよりましだぁね。

野次馬によくいる同害報復原理主義者は単なる感情論だぁね。
しかも遺族の正当な怒りや悲しみに便乗してると来たもんだ。
自分でもわかって言ってるんだろうけどさw

投稿: 通行人 | 2009年5月 3日 (日) 19時02分

なんでコメントしても載んないの?

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 17時47分

一般人
学が無いのがみんなにばれてるぞ!

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 17時46分

死刑反対なんてなぜできるのですか?あなたの大切な人が無差別に殺されても、死刑反対とか思えるんですか?この小田島って奴、大切な息子がいるんだろ?もし息子が被害者になってみろ。加害者を許せないだろ?あんたが手を掛けた被害者の遺族も同じ気持ちだろうよ。日本は甘すぎる。

投稿: ため息でるわ | 2009年5月 3日 (日) 17時45分

ヒトがヒトを殺す事はあってはならないことです。たとえ、殺人犯に対する刑罰としてでもです。
あえて、それでも死刑を執行するなら、下記のような最低限の条件を満たすなら認めます。

素手も含めて、いっさいの道具を使わない事、死刑を決定した者自身が刑を執行することです。

同種内殺害をする全ての動物は、道具や素手を使えるチンパンジーでさえ、かならず相手の喉を噛み切ります。それは種の保存にとって必須だからです。すくなくともどちらかは生き残りますから。また、他の個体に命令して殺させる事もありません。相手の死を肉体で実感することも、種の保存という生物学的目的にとっては重要なことです。

投稿: Deo | 2009年5月 3日 (日) 17時41分

日本て罪軽すぎると思う。無差別に人を殺した奴を生きさすなんておかしくない?反省?人を殺した奴に反省のチャンスをあたえる必要ないと思うけど。自分の大切な人が殺されても、反省したら許しますとか思える?罪を犯した人間には、同じことをすればいいと思うけどね。足を刺したなら犯人の足を刺す。人を殺したなら死刑。そーすれば事件減ると思うけど?罪が軽すぎるから安易な考えで人を傷つける奴がいるんぢゃないのと思うけど。まぁ私の勝手な意見だけどね。でも前にテレビである大物芸人が「罪が軽すぎる。例えば明日から、万引きした人は打ちます。って決めたら犯罪は減ると思う」って言うてた。同感!て思うたよ。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 17時33分

儒教の影響を色濃く受けて発展してきた文明において
死刑囚は儒教(道徳)が教えるところの仁、義、礼、智、信を
徹底的に踏みにじった社会への反逆者そのものである。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 17時16分

責める側も、この死刑囚とは無関係のなのに
(関係者であれば申し訳ございせん)
よくここまで罵倒に近いことを書けると思う。
(中にはまともな意見もあるが)
正義に偽装した個人的な不満、八つ当たりを、
死刑囚という非難されても
まあ仕方がない人ではあるけれど、
そういう人を選んで、書き込むとは・・・。
人間の本質の一面を見るような気がする。
一般人でこうなんだから、怖いね、この世は。

もちろん被害者関係者各位が、責め立てるのは
自然と感じるけど。

投稿: メーテルリンク | 2009年5月 3日 (日) 16時55分

公開に神経質になるのは当然だと感じます。
また言葉、思想等を自由に表現するには
せめて人様にご迷惑をかけずに生きるという
義務を果たしてこそ得られるものであって欲しい。

書籍化を前提に取材をされたという
記事を拝見しましたが、
死刑囚に印税の前払いがあるというのは事実なのでしょうか。
大変胸糞悪い思いが致します。

投稿: パンダ犬 | 2009年5月 3日 (日) 16時23分

死刑賛成は8割以上。
戦争反対も8割以上。
矛盾してない?

どっちも人が死ぬってことは変わらない。
国家が人を殺すってのも変わらない。

戦争は罪のない人が犠牲になるから反対。
死刑囚は罪があるから賛成。

この国の人間は命の重みに差があって当然と思っている。
本当の意味での平和国家とは呼べない。

命の大切さを理解できてこそ、平和国家だと思うのだが・・・。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 16時22分

ロキさん》
私も分からないから言葉が浮かばないけれどなんでもいいとかどうでもいいって言うのはどうかなって思う。

投稿: 彩 | 2009年5月 3日 (日) 16時21分

死刑はあって然るべきだと思います。

私は被害者遺族ではないので、この事件に怨み等の感情は一切ありません。が、しかし、死刑は早急に執行されるべき。

死刑囚を生かして何の意味があるのでしょう。獄中で反省?する事に何の意味も救いもないと思います。
気遣うべきは被害者や遺族であって、犯罪者の人権や感情ではない。

死刑執行しても被害者は戻らないんだ。とおっしゃる方がいますが、反省されても遺族の傷は癒されず、むしろ傷口が広がるばかりと思います。

目には目を。仮に私の家族が殺された場合、きっと私は死刑云々に拘らず直接仇を討つ事と思います。

殺人よくない。

投稿: 殺人よくない | 2009年5月 3日 (日) 16時20分

幼児期の心中事件に同情的な方がいますが、犯した犯罪と比較する性質のものではありません。犯した罪の重さを考えるならブログ上に日記など掲載しないでしょう。罪を犯すべき人間が罪を犯しただけで誰の期待も裏切らず今に至っただけです。単純な事じゃないですか。

投稿: 春よ来い | 2009年5月 3日 (日) 16時04分

人殺しがまっとうな人間としての権利を主張することなんて出来るわけがない。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 15時55分

あなたはなにをしてるのですか??

いまどういう気持なのですか??

僕はあなたみたいな人が生きていることになんの意味もないと思います。

なにか社会に貢献していますか??

早く刑に服してください

生きてることが無意味なことに気づき

自分のしたことを改めてください

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 15時50分

償い償いって・・・そんな単純なことか?
具体的に何をすればいい?
たとえ何かをしたところで、遺族の悲しみは晴れるのだろうか?
死んだ被害者は戻ってくるのか?
そもそも本当に自分が犯した罪の償いができるのだろうか?
新たな過ちをもう犯さないという保証はどこにもない。

そういったどうしようもない人間だからこそ死刑囚になるのだと思う。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 15時49分

僕は誰かを殺されたりしたことないから
死刑制度とか廃止とか正直どうでもいいとおもいます
だからといって人を殺すことがいいこととはおもわないし、殺された人やその家族はすごく悲しかったり悔しかったりすると思います。

僕は難しいことはよく分かりません
でもこのブログはいつも読んでます。

また、こようと思ってます

投稿: ロキ | 2009年5月 3日 (日) 15時46分

情報公開時代といってもなんでも公開すりゃイイってわけじゃなし。
刑務所は隔離が目的の施設なのにそこから外との関係を持つことに関して神経質になるのは当たり前ではないかと。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 15時36分

多分人を殺める人の考え方は世の中にとって害なんでしょうね。
そういう理由で出版物は出せない。
あとは読者に下手に同情されたりしたら面倒じゃないですか。

死刑判決が下された時点で貴方はもう社会から抹消されている訳です。
もう死んでいるのです。

しかしまぁ、こうしてネットで自由に発言している訳で、奇妙な矛盾が生じています。

さぞ楽しい事でしょう。
自分の発言に人が答えてくれる。
ニュースにもなった。
自分という存在を世の中に知らせる事ができた。
もしかしたらこの先語り継がれるかもしれない。

貴方にとって最も悲劇的な結末は・・・


「このブログは一般人のただの狂言でした」

という終わり方に他ならないでしょう。

投稿: K | 2009年5月 3日 (日) 15時30分

貴方は死刑囚、死んだも同然、この世の中には存在して無いって事。
存在して無いって事は、権利も主張も無くて当然。
早く消えて下さい。

投稿: 都民 | 2009年5月 3日 (日) 15時19分

 死刑制度は絶対必要だと思います。
 反対されている方は、自分の配偶者や恋人、子供達があまりにも理不尽な犯罪の被害者となったことを想像する事はできないのでしょうか?現在の無期懲役の様な生ぬるい刑罰ではとても我慢できません。
 本来人一人の命の代償はやはり同等の贖罪が必要と私は考えており、一人殺しただけでは死刑を問えない現在の判決基準すら理不尽と考えます。

 また収監中の待遇についても不満を感じております。刑罰である以上、何が何でも二度と入りたくない様な環境にすべきではないでしょうか。でなければ再犯率を下げるような事はできないと思いますし、収監目的の犯罪も増えるのではと考えます。
 出所しては再犯し収監、再度出所しては仕事がないと生活保護を受けながら万引きや恐喝、薬物に手を出し再度週刊という者が非常に多いことを実感しております。出ても入っても血税で生き、その間憲法に定める義務も果たさない。何の意味があるのでしょうか。

 日本の裁判制度はあまりにも被害者の権利を軽視しすぎているのでは、犯罪者の人権になぜここまで手厚いのかと疑問を抱きます。騒ぐことで名を売ろうとする弁護士が多いのではとの疑問も抱きます。
 初犯の際は社会的な制裁が非常に大きいために大半の人には犯罪抑止力があると思いますが、それを通り越すとタガが外れ、刑法による犯罪抑止しか手がないのが現実だと思いますがそれが機能していないように感じます。

投稿: どうにかならない? | 2009年5月 3日 (日) 15時13分

なんか、同じ人間なのにこんなのっておかしいね。

なんで人は人を殺すんだろう。

殺してしまったら、もう何もかも終わりなのに。

相手の人生も終わりだし、自分の人生だって終わっちゃうんだよ。

だったら、自分が死んで終わりじゃなくてしっかり罪を償って反省して人間らしい生活をして・・・。

しんだからって罪が償われるんじゃないよね。

遺族は一生悲しみつずける。

なんて言ったらいいのかわからないし、文にもまとまりはないけど同じ人間なのにみんなせいかつに違いがありすぎる。

なんか、色々考えさせられました

投稿: ・・・ | 2009年5月 3日 (日) 15時08分

自分は死刑に直面することの無い人達が
「裁判員制度」の大義名分を受けて、つらつらと、それこそ大した学も無いのに持論で賛否交錯させるさまは
はなはだ面白く、よく読んでいます。

自分の見る側、即ち主観と申し訳程度の客観からなるそれらは
非常にばかばかしく、読んでいて面白いのですよ。

これからも期待しています。

投稿: 一般人 | 2009年5月 3日 (日) 14時54分

愛する人が殺された遺族の感情を考えると
絶対に死刑廃止なんて言えないけど
愛する人が冤罪で死刑になった人がいるなら
ちょっと考えてしまう。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 14時53分

なぜ殺人犯のあなたに「ブログ」で自由な発言の権利があるのか?
いますぐ閉鎖して刑に服してもらいたい。

投稿: 市民 | 2009年5月 3日 (日) 14時52分

愛する人が殺された被害者の感情を考えれば
絶対に死刑廃止なんて言えないけど、
愛する人が冤罪で死刑になった人がいるなら
ちょっと考えてしまう。


投稿: | 2009年5月 3日 (日) 14時50分

死刑によって反省しないのを見て腹を立てるのは理解できるが、法律が人の行動を左右することはできても、感情までは完全にコントロールできないことを再認識すべきだろう。小田島死刑囚が反省の弁が少ないことは、むしろ死刑の反省効果が少ないことを表している。それは考えてみればその通りで、人間が一番気にするのは自分と自分にかかわりのある人の生命であり、死刑囚はそれが脅かされているのだから、それをもっとも気にする。反省はその次以下となる。ちなみに私は死刑の存続廃止についてはまだ意見を決めかねている。このブログから観察される事実を述べたまでである。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 14時42分

受刑者一人当たりに、なんと年間300万円以上もの税金がかかっています。
本来はあなたの社会保障費や、将来の貯えになっていたはずのお金です。
仮に終身刑ができて、30歳の受刑者が50年間、80歳まで生きたとすると・・・。
150000000円。一億五千万円。一人につき。
あなたが支払ったことになります。
受刑者は何万人いますか?

あなたは本当に自分の財産を受刑者に寄付し続けますか?

投稿: 受刑者=あなたの税金 | 2009年5月 3日 (日) 14時41分

死刑囚になった時点で、一般的な権利を保持してないことを再認識すべきだ。権利を主張すること自体が奇異なこと。
殺されて権利を主張できない状態にしたのはどこの誰だ?

過去の『「生きていく価値のない人間」の烙印を云々』の書き込みがあったが、これは違う。『生きていく権利のない人間』がより近しい表現。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 14時30分

1人の受刑者の生活ににかかる維持費は1年間になんと300万円以上。
それが常にあなたの財産から税金として奪われています。
10年も死刑が執行されなければ、「犯罪者1人」で3000万円ものあなたの財産が奪われた計算になります。
このお金は本来ならば、あなたの社会保障費や、将来の貯え、今現在の暮らしの危機を乗り切るための財源。
そして未来の日本国民全員が受け取るはずだった本当に貴重な血税なのです。
本来、6ヶ月以内に死刑執行するように法律で定められている死刑囚が1人、
1日1年長生きするたびに、あなたの財産は奪われています。
それなのにもし死刑制度が廃止されて、30歳の終身刑の受刑者が、80歳までの50年間生きたと仮定すると。
150000000円。一億五千万円です。1人当たり。
これはあなたのお金です。
あなたは自分の財産を受刑者に寄付し続けますか?

そしてこのブログを読めばわかりますが、死刑囚が被害者や遺族に対して賠償金を支払うことはないのです。
自分の子供に送金するお金はあっても、被害者側に支払うお金は1円たりともないのですよ。
これが「刑務所での更生」です。

あなたは自分の財産を受刑者に寄付し続けますか?

投稿: 受刑者=あなたの税金 | 2009年5月 3日 (日) 14時23分

ニュース記事を読んできました。
私には何を論じる事も出来ないけれど、

「望むことができない人生」を歩く
そんな子どもをもうつくらないこと

あなたが綴る言葉に
学ぶべきことがあるかもしれないと思いました。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 14時21分

詐欺で服役したり何度も罪を重ね 反省なく放火や強盗殺人。この人を愛した信じた人々がどれだけ残念な気持ちだったか。また出たところで繰り返し 裏切り。 ホントに悲しくなります。
ただ小田島さんが幼少期に心中に巻き込まれたとすると…その恐怖からなる障害も…(最近、最高裁で教師は体罰にはアタイしないとされた子の病)。

脳に障害がないか どんな薬が効くのかなど調べて分析する上で
お詫びのつもりで
社会と医療に貢献するのは、 いかがでしょうか。

投稿: ふぅ | 2009年5月 3日 (日) 13時38分

 死刑制度は有っても無くてもよいと思いますが、無い場合の遺族感情はどのように対処したらいいのでしょうか。
 死刑になる程の犯罪については、遺族の場合は報復感情が生まれます。昔よく仇打ちというものがありましたが、確かに遺族感情はそれで幾分かは晴れますが、新たな犯罪者を産むことになります。これを防ぐため国家が法律を定め裁判所が審理するのです。そして今でいえば、極刑を言い渡すことになります。執行は法務省が行い、遺族に代わって報復を行います。これで仇打ちなどの新たな犯罪は防げます。また、そのような犯罪が起こることを抑止します。しかし、法律で決まった執行をしなければ家族感情の軽減や新たな犯罪の抑止にはつながりません。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 09時40分

嫌がるのもしょうがないのかな?と思ったり(´・ω・`)

投稿: 彩 | 2009年5月 2日 (土) 21時33分

愉快。
思いっきり人道に逆行した小田島確定死刑囚が、少し時代に逆行したぐらいで『?』をつける。
そんな『?』の前にもっと重要な『?』があるだろうと思います。

補足願箋…当ブログが書籍化しては駄目だということも暗に含ませているんじゃないですかね。
書籍化=交通制限ですかね。

投稿: 億 | 2009年5月 2日 (土) 15時10分

時々ブログ読んでますが、人それぞれ色々なコメントが潤いつつも飛び交ってますね( ̄ω ̄)

原稿郵送、今は情報公開のなか「補足願箋」の提出を求めらたとは何か理由があるのかなぁ。

投稿: 先輩 | 2009年5月 2日 (土) 00時23分

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