« 第220回 無題 | トップページ | 支局長からの手紙:5350人の1人に/和歌山 »

2009年4月27日 (月)

第221回 届かないエアメール

3.25.(水)
昨日昼前に係官が来て、サイラ(レビーの従妹)の名前を確認された。外部交通申告書にサイラ・カバオングと書いたので、サイラの後に続くMiddle Nam,Last Nam,を聞きに来たのだが、私は
"Zairaとしか正確に知らない"と答え、係官は"来信があった"ことに触れずに帰った。多分、サイラからの手紙が来たのだろうと思っていた。

今日昼前に、同じ係員が来て
「サイラからの来信のうち便箋1枚は不許可で交付しない」と告知して手紙(速達のエアメール)を交付された。
サイラは病気で入院していたので手紙を出すのが遅れた事、トビーは元気で成長している様子を、1枚の便箋で書き終わっていたので、不許可の便箋1枚は、アレーが書いた手紙?それともバレンタインのカードとして書いたもの?いずれにしても、
くだらない嫌がらせ的処置だと思うことしきりー。

先に東京拘置所視察委員会が収容者に対して実施したアンケート調査の結果報告を特集した「小菅新聞」が2枚ずつ、2回に分けて配布された。

|

« 第220回 無題 | トップページ | 支局長からの手紙:5350人の1人に/和歌山 »

コメント

感情論は諸悪の根源でしか無い。
私は死刑存置派だが、感情論は決して吐かない。
そこにいくら正当的主張の趣旨が含まれていても感情論は単なる暴言でしか無いのである。

投稿: イエスの首切断 | 2009年5月13日 (水) 18時28分

早く死刑を執行しろなどといえるのは、残された遺族の方々のみでしょう。

投稿: | 2009年5月 4日 (月) 01時03分

皆感情的になりすぎなのでは、と思ってしまう。どんなに最低で道理を外れていようとも、あたしは心底拒絶仕切れません…同じ人間だからでしょうかね。

投稿: S | 2009年5月 3日 (日) 19時28分

死刑反対・賛成無く、単純に死刑囚の心境や生活には興味ありますよ。死刑と同じく、もしくはそれ以上に、読む人には犯罪抑止効果があるでしょうね。死刑賛成者はとくに、こういうブログにも賛成する方が筋は通るんじゃないでしょうか。

投稿: nemonemo | 2009年5月 3日 (日) 18時13分

死刑囚の人格をここで議論して何の意味があるのでしょうか獄中ブログを立ち上げたのは小田島ではなく小田島は只の協力者にしか過ぎないのです。死刑囚という名の元に注目されているだけです。被害者感情を考えればこんなブログ立ち上げられないでしょう、それが出来るて事はここの主が売名行為かなにか目論んでいるしかないでしょう。死刑囚の日々の心情なんて誰も興味ないですもん。

投稿: 春よ来い | 2009年5月 3日 (日) 15時51分

かなり自己中な人なんだなって感じる。嫌がらせと思うなんて馬鹿じゃねーの。早く死刑執行されるのを心から願うね。マジ税金の無駄。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 15時33分

死刑囚を生かしておく税金がそんなにたんまりあるなら、
もっと他に必要な人に使ってやってくれ!と思います。

もしくは、地雷撤去などをボランティアでやったらどうでしょう?
今更でも、人のために何かして死ぬべきです。
人から何かを奪うだけの人生、
その反面、貰えるものは享受する人生、
本当むちゃくちゃです。

手紙がどーのこーの言うのは結構ですが、
その前に自分がすべきことを本当にしてますか。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 15時23分

死刑云々については現行の法制度としての選択肢にある以上選ばないわけにはいかない事例があると思われる。
これからどうしていくのかは世界情勢を見ながらその国々が考えればいいことであり、一概に人権侵害とは言いがたいと思う。
他人の声に振り回されないような考え方が出来ればいいと思う。

さて、死刑囚小田島よ、君は何を思い自分の思いを吐露するのか。
気にのこのブログがニュースに載った。
このことに関して君はどう思うのか。
被害者そして被害者の遺族に対し死してお詫びするしかないと思うほどの量刑であり、遺族の処罰感情は雷鳴よりも激しく海より深い。
そのための死刑である。
その刑を受ける君が何が家族だ子供だ。
君にそんなことを思う権利は無いとは言わない。
しかし、君は死刑囚である。
その思いをweb上に載せることにより遺族感情を更に逆撫でし、深く暗い心のたぎりを燃やすことになるとは考えないのか。
それで被害者の菩提を弔っているといえるのか。
君が悪人然として偽悪者として死んでいくのは君の自由である。
しかしこれ以上被害者や被害者遺族を苦しめるようなことは必要ないではないか。
もう少し良く考えていただけないであろうか。
もちろん私に強制力もないし識者でもない。
でも多くの人が同じように感じていることを代弁していると思っている。

投稿: 忌み人 | 2009年5月 3日 (日) 14時47分

どうか、自分らしく生きて下さい。

投稿: Y | 2009年5月 3日 (日) 14時26分

獄中日記ガチであったwwww

投稿: 名無し | 2009年5月 3日 (日) 14時15分

監獄法が廃止され、新法になってから、被収容者への処遇が変わって、
以前とは比べようのないほど優遇されています。
死刑囚は覚えてないですが、懲役囚など昔は三親等の親族、姻族ほどしか
文通、面会が認められていませんでしたが、今は特段の事情(暴力団関係者であるなど)
がなければ、事前に受刑者が申請をすることで、友人、知人などともできるようになっています。
つまり、旧監獄法においては、内妻との文通など一切認められていなかったのです。
小田島氏も当然経験してるはずですが、人間の欲求とはきりがないようで、
何かが認められれば、それが既得権となり、次の要求が出てきます。

たとえそれが死刑囚でも。
自重して刑が軽くなるのであれば話は違うでしょうが、そうでない以上
要求のみを次々に出すほうがある意味賢いのではないのかなと思います。

まぁ、法に則ってさっさと執行すれば、こんなことも考える必要もなくなるし、
食費その他の税金も投入しなくて済みそうだし。
一人年間10万でいいと言っても、積もり積もればバカになりませんよ!

投稿: | 2009年5月 1日 (金) 23時44分

母(4月28日(火)22時44分)さんへ。被害者の気持ちを代弁して小田島さんを許さない、という母さんの気持ちはわかります。ただ、手紙を受け取るなど最低限の人権さえ加害者から奪えというなら、そこにはやはり公平性が要求されます。

被害者目線で考えれば、被害者に落ち度がなく加害者の不可抗力でない限りは損失の全てを賠償するのが償いの基本です。では、人を殺めてしまった場合はどうするのか? 母さん形式(目には目を)がよいのか、それとも被害者になったときは理不尽に思えたとしても穏健な刑罰にとどめた方がよいのか…その場限りの感情論ではなく、他の事件や事故などにも視野を拡げ、自分なりに整合性のとれた説明ができるようにしておいた方がいいと思います。とくに来月からは裁判員制度が始まり、私たちも司法制度の担い手になる可能性がでてきました。

投稿: 英火 | 2009年4月29日 (水) 18時48分

>英火さん
亡くなられた被害者の方々は自分に来た手紙を読むことはできません。一通も。
小田島死刑囚は一通届かなかっただけですから、かなり被害者にくらべたら優遇されているのではないでしょうか。
手紙も読めますし、息も吸えますし。お風呂に入ることも(シャワーだけだったかもしれませんが)できますし。
日記をみていて人間としての最低限の生活はできているように見受けました。読書もできますし。
福知山線事故のことと今回のことをくらべての意見ではありません。あくまで今回のこの記事に対しての感想です。
そこまで例をだしながらコメントを書くと、とても長くなってしまうので、簡単に書いています。

投稿: 母 | 2009年4月28日 (火) 22時44分

4月28日(火)16時14分に投稿された方へ。私は不同意です。被害に対する謝罪や償いは本来は、塀の外で行われるべきだろうと思います。ただし刑事事件の加害者に限っては、別の理由(防犯上の理由)から拘置しているに過ぎません。そう考えなければ、たとえばJR福知山線で死亡事故を起こしたJR西日本の社長や運転手はどうなるのか、という話になってしまいます。「結果に対する償い」と「防犯目的からくる刑事政策」は分けて考えるべきではないでしょうか。

投稿: 英火 | 2009年4月28日 (火) 21時36分

>人権を無視したから、今無視されているという見方もできます

同意。
人を殺した人間が「死ぬ」という刑罰以外を全く受けないのはどう考えてもおかしい。
死は一瞬なんだから、生前苦しんで被害者の気持ち、遺族(いたかどうかは忘れましたが)の気持ちをゆっくり考えればいいかと。

投稿: | 2009年4月28日 (火) 16時14分

被収監者が収監側に敵対心を持つ気持ち、1枚の便箋交通の意味の大きさは判らないでもないが…
東拘の処遇上の規則(理由)で便箋1枚が不許可になり不満。
要は不許可分の中身を知りたいのだから、その不許可理由を建設的に問えば不満にもならないのであって、そういう手段を備えてない人だから其処に居るわけねと、妙に納得しました。

投稿: 億 | 2009年4月28日 (火) 01時27分

手紙くらい見せてあげて欲しい。今更見せないことにどんな意味があるのか理解に苦しむ。

投稿: | 2009年4月27日 (月) 22時18分

死刑に限らず刑罰とはそもそも、受刑者が苦しむのを見て国民や遺族が溜飲を下げるためのものではないと思います。親族が病床から送った手紙をなぜ不許可にしなければならないのか、理解に苦しみます。公判中の共犯者との口裏あわせの可能性など特段の理由がない限り、基本的にすべて許可すべきではないでしょうか。

投稿: 英火 | 2009年4月27日 (月) 22時15分

は?マジ反省しろよ。手紙が届かない事くらいでよく凹めるな…。

投稿: いぬ | 2009年4月27日 (月) 18時52分

人権を無視したから、今無視されているという見方もできます

投稿: 母 | 2009年4月27日 (月) 18時01分

やっぱり、人殺しの思うことはちがうな~!

投稿: | 2009年4月27日 (月) 17時55分

手紙くらい見せてあげればいいのに。。。

投稿: らん | 2009年4月27日 (月) 16時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/473217/29319409

この記事へのトラックバック一覧です: 第221回 届かないエアメール:

« 第220回 無題 | トップページ | 支局長からの手紙:5350人の1人に/和歌山 »