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2009年4月 1日 (水)

第217回 髪結い伊三次

3.13.(金).曇
昨夜から
「髪結い伊三次捕り物余話(シリーズ8冊)」の4度目の再読を始めた。

宇佐江真理の小説を初めて読んだのは06年末~07年の初め頃、千葉刑務所(拘置所)にいた時、S氏に代金と送料を送り、ブックオフで1冊100円売りの中古文庫本を時代小説を中心に100冊購入して郵送差入を依頼し、届いた本の中にあった「おちゃぴい」「髪結い伊三次捕物余話・幻の声」、だった。

若い頃から時代小説を多く読んできたが、これまで読んできた時代小説とは違う思いで読み、
すっかりファンになった。以来、購入した文庫本や月刊小説誌などの文庫目録で宇佐江真理の本を見つけたものは全部読んできた。今までに購入したのは、

「髪結い伊三次捕物余話・幻の声」
「髪結い伊三次捕物余話・紫紺のつばめ」
「髪結い伊三次捕物余話・さらば深川」
「髪結い伊三次捕物余話・さんだらぼっち」
「髪結い伊三次捕物余話・黒く塗れ」
「髪結い伊三次捕物余話・君を乗せる舟」
「おちゃっぴい」
「余寒の雪」
「甘露梅」
「雷桜」
「泣きの銀次」
「室の梅」
「琴女葵酉日記・涙堂」
「あやめ横町の人々」
「春風ぞ吹く」
「深尾くれない」
「たば風」
「桜花を見た」
「無事・これ名馬」
「斬られ権佐」
「彼岸花」
「三日月が円くなるまで」
「髪結い伊三次捕物余話・雨を見たか」
「髪結い伊三次捕物余話・我、言挙げず」

最後の2冊は、文庫化が待ちきれず単行本を購入した。以上の他にも文庫発刊されている本があるかもしれないが、残念ながら知りようもないし、時間もない。

中でも
「髪結い伊三次捕物余話」が一番いい。幾度読んでも読む度に胸が切なくなり、泣ける。宇佐江真理の一番の佳作だと思う。

日中と仮就寝後7時迄は購入した他の本や官本を読み、7〜9時まで時間をかけて「髪結い伊三次」を読んでいる。1冊を2日〜2日半位で読んでいるので丁度今月一杯で読み終える予定!


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コメント

色々な意見をいただきながらなかなかパソコンの前にいられず、すいません。

>億 さん
判決文にもマニュアルがあるというのはびっくり・・・でも確かにあるでしょうね。
法の秩序、社会正義とはなんでしょう。もしその中に遺族感情も認められていけば、それが秩序の仲間入りできるのでしょうかね。

>元祖何様 さん
「推測できる限界を超えている」ということは、ちゃんとした判断を下せないということではないでしょうか。
法の上でそのことに対し、罰を受けさせる方法が見つからないということでしょうか。
だからとりあえず無期懲役か、死刑ね。ということになるのでしょうか。

「たとえ遺族がどんなに激しい処罰感情を持っていても、酷い殺され方をしていたとしても、被告が心神薄弱者の場合は罰せられない。それは刑法で決められているからで、遺族にとっては理不尽な結果になる」ということは、刑法が変わればいいのですよね。毎年法律は少しずつ変わっているし、今後刑罰でだって内容が変わっていきますね。
かえるために遺族は遺族会などを結成し、活動してらっしゃるのでしょうから。

解釈があってる、あってないということはわかりません。
私はただの主婦ですから。法律にくわしくもありません。
ただ昨今犯罪が増え、自分の娘にも、私自身にも危険がせまってきていると感じ、殺人事件など、常に人事と思わず自分の身にふりかかったらと仮定して考えています。
もし不幸な事件に遭遇し、裁判で納得のいかない結果になったらと、死刑制度について深く考えているところです。

ところで、複数の方に丁寧な返答をいただいたので、またかえさせていただきましたが、「通りすがりの者」さんの意見はもっともだと思い、申し訳ありませんでした。

私は俗にいう「荒らし」になってしまってるのかもしれませんね。よくないことです。今後ふと思いつくことがある場合、管理人さんがせっかく作ってくださった掲示板に書かせていただきます。
なのでもし私の今の書き込みに返答いただけたとしても、それ以降は掲示板に書かせていただきますのでよろしくお願いします。

投稿: 母 | 2009年4月 7日 (火) 15時34分

「他の誰でもなく小田島さんを死刑にする理由」を過不足なく答えられる人は、裁判官も含めておそらく誰もいないと思います。
いますよ
みんなあなたの知能レベルと同じわけないです

投稿: | 2009年4月 7日 (火) 11時41分

社会として彼らの罪を共に背負ってあげても罰は当たらないように思います。

朝から腹立たしい。
ではあなたは実際に罪を背負ってあげるためにどういう行動を起こしたのか?
言うだけなら誰でもできる。
人に手を差し伸べたり、共に罪をなどとは簡単にできるものではない。
偽善者も大概にしてほしいものだ。
無責任な発言は控えてほしい。

全く朝から腹立たしい。

投稿: | 2009年4月 7日 (火) 07時12分

人格障害や輪廻転生などの話も出ましたが、「来世は犯罪者に生まれて誰かを苦しめてやろう」などとあの世で決意する人はおそらく居ないと思います。すべての人はまっさらな心とわずかばかりの機能差を抱えて生れ落ちます。

しかし一部の人間は結果的に、たとえば人格障害を患って人生の大半を刑務所で過ごすことになります。裁判の精神鑑定などでよく耳にする人格障害とは、赤ん坊のときの母子関係などが原因で生じるものらしいです。大雑把には善悪の理解はできるが社会に適応できない病気で、凶悪犯罪者のほとんどはなんらかの人格障害を抱えているものと私は思っています。能力が劣っている分には自分で決意すればある程度は変えることができますがこの障害の怖いのは、性格に起因するハンデキャップだけに周囲(環境)の助けなしに変えることがほとんどできないところです。(※もちろん社会的な危険を伴わない人格障害の方がはるかに多いです)

ところで私たちは犯罪者に対して激しい侮蔑と嫌悪の感情を抱き、彼らと社会との間に境界を引こうとします。しかし、もし人生の巡り合わせが違っていたら、今ごろは私たちの誰かが拘置所に繋がれていたかもしれません。もちろん、だからといって社会的に危険な人格を危険なまま放置しろと言っているわけではありませんが。ただ、自分が今の自分である幸運に感謝して、社会として彼らの罪を共に背負ってあげても罰は当たらないように思います。

4月6日(月)15時44分の方、それから億さん(4月6日(月)22時10分)、いつもお心遣いありがとうございます。『。さん』とのやり取りが楽しくてついつい長話し過ぎてしまったみたいです。

投稿: abc | 2009年4月 6日 (月) 23時52分

久しぶりにブログを観覧しました。ずっと皆さんの意見みました。私も元祖何様さんの意見に同感します。

投稿: | 2009年4月 6日 (月) 23時43分

ABCさんの意見が参考になっていることは同士的感覚を抱かせて貰い嬉しい気分です(勘違いか)
我々のコメントは第三者に妨げられることはない。
その判断は的確適時にブログ管理人がすることである。

投稿: 億 | 2009年4月 6日 (月) 22時10分

母氏へ

「遺族の感情は察するにあまりある」とは、砕いて言えば『遺族の感情(悲しみ憤り)は、裁判官が(裁判官の立場で)推測できる限界を超えている。』ということだろう。

裁判官は、遺族の立場に立つわけでも、被告の立場に立つわけでもなく、裁判官の立場(中立の位置)から検察側、被告及び弁護士から出された証拠を見ながら、刑法や判例、被告の情状酌量される事情などに則って判断し判決を下している。(語弊があるかもしれないが、遺族の感情も裁判における証拠のひとつだと思う)

であるからして、『遺族が納得のいく結果にならなかったケース』というのが多いのも自然なことで、それは、裁判官が「察して」いるとかいないとかの問題ではない。

極端な例をあげてみると
たとえ遺族がどんなに激しい処罰感情を持っていても、酷い殺され方をしていたとしても、被告が心神薄弱者の場合は罰せられない。それは刑法で決められているからで、遺族にとっては理不尽な結果になる。

判り易く説明したつもりだが、もし自分の解釈が間違っていたら、遠慮なく指摘して欲しい。

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 6日 (月) 21時40分

ABC氏にそのつもりはないと思うが、。氏に関する中傷コメントには関わらないほうが良い。イケニエになっている、。氏に関わればあなたも過激に中傷される。あなたの意見を自分は大変参考にしている。以上

投稿: | 2009年4月 6日 (月) 15時44分

大歓迎ってここはあなたが運営しているのですか?
そういう的外れな事を言うから荒れるんですよ。

投稿: | 2009年4月 6日 (月) 14時33分

母さん。
裁判は遺族の立場で行われているわけではなく、法秩序(公序良俗)と社会正義のために行われています。
最近、やっと被害者意見の公判参加が認められましたが(その新制度に被害者遺族感情を最大限考慮・迎合するのは司法当局にとっては自然の流れ)

判決というのは幾つもの項目を鑑みて高度な倫理観を持つ職業裁判官が総合・相対的に量刑を科すもの。
その理由を文面化したものです。
その幾つもの項目に遺族感情も含まれていて、また、それぞれの項目に裁判官の認定と意見(遺族への同情・私情ではない)が述べられます。
判決文にもマニュアルがあります。

投稿: 億 | 2009年4月 6日 (月) 13時47分

。さんって 以前、ララさんと名乗っていた方?
自分の勘違いでしたら、すいません。


あの 管理人さん
ここのコメント欄は、掲示板ですか?


小田島死刑囚のブログに対してのコメント欄なのか?
コメントに対してのコメント欄なのか?


個人同士の私用の掲示板化している気がしてなりません。
事実、 不快に感じていると思わせるような方もいますし……
私も、個人同士の会話的なコメントは、いかがなものかと思います。


それか 別に掲示板を作ってもらい そこで そのような、個人同士の会話をしてもらうとか、 はっきりと コメント欄のルールを決めないと、 荒れますよ、きっと。


なんか、このままだと、コメントは、小田島死刑囚のブログについてではなく、死刑を通して個人を指しての言い合いに発展しそうな気がする(現在も、そうだけど)


管理人さん、どう お考えですか?

閲覧者が増えた今、思案した方がよい 課題かと思います。


コメント欄を見なければいいと 言われたら それまでですが……

投稿: 通りすがりの者 | 2009年4月 6日 (月) 03時45分

4月5日(日)20時07分の方へ。ぶりっこキャラもつんつんキャラも大歓迎です。あまり理屈っぽいと私もなにか言われそうですね。

投稿: abc | 2009年4月 6日 (月) 01時13分

「他の誰でもなく小田島さんを死刑にする理由」を過不足なく答えられる人は、裁判官も含めておそらく誰もいないと思います。早い話が個々人の心証以外、なにものでもありません。

では、私たちは一体なにをもって死刑相当の心証を得ているのでしょう。遺族感情?罪の償い?私はそのどちらでもないと見ています。それらでは上記に対する答えにならないからです。おそらくは、ちょっと公言しづらい感情、たとえば「モラル・パニック」のような怒りが根っこにあるのではないでしょうか。しかしそのような感情から生じた殺意は現代社会で正当化されません。だから潜在意識下で認識をすり替えてしまっているのではないかと考えます。そうした心の動きを心理学者のフェスティンガーは「認知的不協和仮説」と名付けたそうです。

モラル・パニックとは、社会秩序への脅威とみなされた特定のグループの人々に対して発せられる、多数の人々により表出される激しい感情だそうです。事故や病気による死亡では社会への敵対行為だと認識されづらいので、国民感情はあまり揺さぶられないのだと思います。

投稿: abc | 2009年4月 6日 (月) 00時53分

。さん

絞首刑執行には、もう少し多人数が携わります。
処刑場に連れてきて首に縄をかけるのも数人で行われます。

あと、絞首刑という“処刑方”に犯罪抑止力ないのであって、死刑という刑罰にはある程度以上の犯罪抑止力は有ると思います。
再犯防止は100%ですから。

投稿: ○○ | 2009年4月 5日 (日) 23時12分

管理人
個人攻撃する人をアクセス拒否にしてくれ

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 23時10分

>元祖何様 さん 
>億 さん
まずは丁寧な説明ありがとうございます。
「遺族の感情は察するにあまりある」ですが、
「察する」とは、
どう察しているのでしょうか?
感情はもちろん抜きにしても、遺族の立場を察しているということは、遺族の立場にたって考えた結果、ではないんでしょうか?
察するというのは、本当にひろーい意味なのでしょうか。
今までの事例を、こと細かにはだしませんが本当に遺族の立場に立って考えた結果で判決を出したとして、遺族が納得のいく結果にならなかったケースは沢山ありますよね。
それは、裁判官が「察して」いないのではないでしょうか。
察していないのに、察するにという表現を用いて、とにかく機械的に処理されているように見受けること多々ありますが。
あと「遺族感情を重視した判決」とは、それは裁判官が感情的になっているのとは違うのですか。
もちろん被告と被害者と遺族、全ての立場を理解していなければ判決など出せるはずもありませんが、この人は死ぬしかないと思われる人物でも、、、被告人の弁護士が一枚上手だったということもあるかもしれませんが。

「考慮材料」とありますが、考慮するにも被害者の状況をよく理解しなければ考慮できないんではないでしょうか。

尚、これらのことはややこしいかもしれませんし、全部にお答えいただかなくても結構です。また元祖何様 さん 億 さん以外の方の返答をいただいても参考になります。

投稿: 母 | 2009年4月 5日 (日) 22時50分

↓。氏を批判してる奴、どんだけ心狭いんだよ

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 22時47分

同感です。
『遺族の感情は察するにあまりある』
これは、量刑判断における被害者遺族の感情に対する考慮材料の感想ですね。
人の子の裁判官も職業裁判官として高度な倫理観を持たされているはずですから…被告人に対して同情・私情は、あってはならない(似て似つかずが酌量)

もし、判決文をそのように読み取るならば判決文の構成という抜本的な部分に視点を置いてみては如何でしょうか。

投稿: 億 | 2009年4月 5日 (日) 20時28分

。氏に捧ぐ~

。氏が何歳なのか知らないが、やたらぶりっこで、このブログには似つかわしくないはしゃいだ文体で、かなり不快。

他の人の書き込みからは、色々な角度から考えるきっかけになるが、。氏はいつもぶりっこキャラで、下の立場から教えを乞うような形なので、恐らく本人意外は何も得ることはないだろう。

もっとこのブログ以外からも勉強して、自分で物事を判断するようになってから書き込んで欲しい。
ここは。氏専用のQ&Aサイトではない。

自分だけ異色なことに気づかないのかなぁ?

それとも、明るいぶりっこキャラで、堅苦しい場を和ましてるつもりなのかなぁ?

もしそうならただの勘違い。
子供みたいな人にいちいち丁寧に説明するなんて、時間の無駄なんだよ。わかるかな。みんな自分で努力してるんだよ。

幼稚やぶりっこなんてつまらないキャラは、ここでは通用しないんだよ。

ブログを読むのは勝手だが、幼稚園生が大学に潜り込んでいたいなら、邪魔をしないようにせめて黙っていなさい。

様々な人から反感を買っても、しつこく居座る図々しさに閉口する。

「勉強させてくださ~い」って、本当に勉強したいなら、簡単にここで聞かず、本を読むなりネットで調べるなりして、自分で色々努力しなさい。

とにかく、しばらく身をひいてもっと勉強してから出直しなさい。

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 20時07分

結局は裁判官も人の子。

法律や過去の判例だけで機械的に裁くのは無理があるのでしょうね。例えば、完全に公平に裁けるようにコンピュウターに判決を委ねたと仮定してみた。
そこには一切の感情がなくただ莫大なデータとYESとNOの結論だけがある。

世の中にとって必要か不必要かの狭い判断しかなくなるような気がする。

多分、感情というものが裁判から一切無くなれば、それはそれで問題があると思います。

投稿: 土建屋40才 | 2009年4月 5日 (日) 18時24分

日本語の文章があまりにも下手で・・・自己嫌悪に陥る。
今までもそうだが、自分は日本人なのに、正しい日本語が書けず、自分で投函後に読み返して恥ずかしくなることが多い。
わかり難い文章が多くて申し訳ない。(泣)

きちんと伝われば・・と願うばかりである。

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 5日 (日) 12時26分

場合によっては遺族感情も考慮すべきだ

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 12時12分

母氏へ

『裁判官はあくまで遺族の気持ちを量刑評価の参考にするということで、裁判官自身の感情とは別である。』と自分が以前投函したので、自分なりに判りやすく説明出来るように考えていた。

『「遺族の悲しみは察するにあまりある」ようなことがよくかかれているのは、文章のみで判決とは関係ないということなんですかね。少しひっかかりました。』
この部分であるが、自分の解釈では、遺族の処罰感情は量刑評価の要素の一つの要素になっているので、勿論判決に影響していると思う。

裁判官はあくまで、被告人について,検察官から提出された証拠,被告人やその弁護人の言い分や証拠を調べて,被告人が罪を犯したのかどうかを判断どのような刑罰を与えるのが相応しいのかを判断するのである。其処には裁判官自身の私情は含まれない。

ただ、裁判官に提出された証拠の何を(どの部分を)重視するのかは、裁判官によって違うと思う。

母氏の提示された判決文の一節は、遺族感情を重視した判決に見受けられる文章ではないのだろうか?

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 5日 (日) 11時20分

○○さん。
貴重なご意見ありがとうございます。言われてみれば、絞首刑は精神的負担を軽くするために、3~5人で執行するので、注射だとまずいですね。すっぽり抜けてました。犯罪抑止力ないのなら死刑は・・・て感じなとこです。

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 10時12分

。さん
日本の絞首刑は(他の処刑方と比べて)それほど残酷でないので、処刑方による犯罪抑止力はあまりありません。
併せて執行する職員にも比較的優しい(?)と思います。
それぞれの作業が分業化しているので、良く言えば精神的負担を多人数で分散できます。
注射で薬殺となると、誰か“一人”が人間を殺さなくてはなりませをから、その精神的負担が大きすぎるので難しいでしょう。

投稿: ○○ | 2009年4月 5日 (日) 06時43分

何かコメント反映される時とされない時がありますね。
時間によって違うのでしょうか。

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 06時36分

うーん、なんか途中私の名前が使われているような・・・
それはまぁいいんですが、私のはそうすると感情論になるんですかねぇ。
私が思うに、「代価」だと思います。
なんかストレートすぎますね。罪に対する罰のイメージです。
時間はお金です。
育児に費やした時間もお金。全てがお金。
しかしそれまでにはぐくんできた愛情は、金ではかえられません。自分の子供が殺された場合、それを終身刑や死刑、毎日謝罪に来るなどされても意味がないし、子供が帰ってくる以外のことは何も望まないんですね。
まず殺されるという前提がありえない。そんなことは一生かかっても認められない。
どう表現すれば伝わるのかわかりませんが、一言に感情ではないんですよね。

具体的に・・難しいですが、例えば娘が癌だとします。
母親は心配と疲労でバセドー病という難病になったりしたとします。
そういう病気にかからず、ストレスを感じない状態に、殺人犯が、または国がしてくれるのでしたら、死刑は望まないと思います。
子供を失った悲しみを一気に消せるようなこと。
たとえば母親はただで安楽死できるとか。
とにかく殺された我が子のことを朝起きて思い、寝て夢にでてくるような状態ですし、体に穴がぽっかり空いた状態ですから、生きていくことすら困難な状態になってしまいます。
痛みを感じて生んだ我が子、どんなときも一緒だった思い出をせめて消せたらいいのかもしれない。
癒えることのない生き地獄というのがつらいのですよね、

あと裁判官は感情で動いては失格というようなご意見が前にありましたが、判決文で「遺族の悲しみは察するにあまりある」ようなことがよくかかれているのは、文章のみで判決とは関係ないということなんですかね。少しひっかかりました。

あと小田島死刑囚が本をシリーズ?で読める時間があって羨ましいです。
60すぎにはみんな時間とゆとりが持てるようになるのかしら。。人間いつかは死ぬんですし、それまでに本読むってのはとてもいいと思います。

投稿: 母 | 2009年4月 4日 (土) 23時19分


abcさんへ。
以外の文章、さっき投稿したつもりだったんですが、なかなか掲載されてなくて。

全く的外れではないですよ!ほんとに的確だったしわかりやすかったんです。そして、、。違うスタンスから考えてもいいんですね。なんだか安心しました。そして今までの自分の意見とこれからの意見を大切にしていこうと思えました。そのためにも億さんにご指摘いただいた持論も頑張ります[汗]賛成には賛成の、反対には反対の理由がある。そこを避けて通れない、ですね。大変よくわかりました、ありがとうございます。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 22時11分

個人的なやりとりはこのブログに関係あるのでしょうか?
ブログに対してのコメントならわかりますが違いますよね。
そういうものは他でやったらどうかと思います。

投稿: | 2009年4月 4日 (土) 21時12分

abcさん。
全く的外れではないですよ!ほんとに的確だったしわかりやすかったんです。違うスタンスから考えてもいいんですね。なんだか安心しました。そして今までの自分の意見とこれからの意見を大切にしていこうと思えました。億さんのおっしゃる持論も頑張ります[汗]賛成には賛成の、反対には反対の理由がある。そこも大切にしていきます。ほんとにありがとうございます。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 20時32分

abcさん。
大変ありがとうございました。本当に的確に答えてくださり、すごく参考になりました。そしてこれからも皆さんのコメントを読ませてもらい、同時に自分の持論をきちんと持つよう頑張ります。ありがとうございます。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 19時02分

今さらながらまったく的外れな返答を続けていた気がしてきました。正しい世界観なんて存在しないのだから、私とまったく別のスタンスから死刑問題を考えても全然構わないんですよ。そもそもこの問題は、理詰めでひとつの正解を導けるような性質ではないと思います。ときには議論になることもありますが、そこでの勝敗さえたいして気にする必要はない気がしています。私だって、誰かが同意してくれそうな反対の理屈をよく考えずにポンと持ち出したりもします。もちろんダメならすぐに謝って引っ込めるつもりです。ただ、賛成するには賛成するだけの反対するには反対するだけの心からの理由が誰にでもあって、そこを無視しては通れないだろうとも思っています。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 19時01分

。さん(4月4日(土)17時27分)へ。いえいえ、ちゃんと答えることができたのかまったく自信がありません。もしかしたらあの世や輪廻があるかもしれないし、それは私がとやかく言うことではありません。ただ、ちゃんと最後まで生き抜く決意とともに信じるならともかく、軽々しく自殺なんかしてもし万一それらが実在しなかったら大変なことです。なので、ひょっとしたら…ぐらいの可能性として考えていただければ充分だと思います。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 17時49分

abcさん。
大変ありがとうごさいます。すごくわかりやすかったです。もしかしてひょっとして「ならない」とおっしゃる方がいるかも、なんて淡い期待を抱いていた私です[汗]前からその観点で考えてしまっている自分がいて、でもそれを言えず、今やっと言えましたが、やっぱりどうにもわからなくなってきました。皆さん、出直してきます。ほんとにありがとうございます。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 17時27分

。(4月4日(土)17時07分)さんへ。私の考えは、最終と「なる」です。死んでしまえば自分にとっての世界はそこで完結します。ただ、思い出は残るのでより良く生きられるよう私も長い人生がんばりたいです。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 17時19分


abcさん。
大変ありがとうございます。とても気になったのですごく参考になりました。
そしてあと2つ尋ねたいのですがすみません。土に還るので、ただ一度きりの人生を大切にしてほしい、とゆうところで疑問なのですが、abcさんは、死んで土に還ったところで、最終。となると思われますか?すみません、理由はないのですが、そこがなぜかかなり気になりました。命の最終に「なる」「ならない」の「」のみの返答で十分有り難いですので、ご面倒ですが、そこだけでもどうか返信よろしくお願い致します。なんか外れた質問でabcさんを始め、ここを読まれた方本当にすみません。なんか今自分がみている角度からの観点がずれていて、ここに相応しくないと前よりもさらに感じ、自信なくなってきました。その部分を知って、自分なりに落ち着いてまた色々と考え、億さんのおっしゃるように持論を持てるように考え直してみます。現実をみます。ここのみなさんすごいです。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 17時07分

億さん(4月4日(土)15時39分)へ。『見殺し』…ですよね、結果からすると。それでもどこかに自分の意思を表明して残しておきたいと思えてしまうんですよ。でも昨夜は他の人を押しのけて自分ばかり書き込んでいるようで見返してさすがに反省しました。

。(4月4日(土)15時43分)さんへ。長文のことはお互い様なのでどうか穏便にお願いします。本題の自殺の件ですが、人は死ねば土に還るだけだと私は思ってますので、死刑囚に限らずいつか死ぬならそれまではどんなに苦しくとも一度しかないただひとつの生を捨てないでほしい…と。ただし、自分の命をどう使うかは基本的には個人の自由だとも思います。命を賭けたり削ったりすることで得られる充実感もありますし。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 16時38分


億さん。
それから、以前[つい最近]違うところでコメント頂いたのですが、今やっと意味が理解できました。大変ありがとうございました。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 16時04分

億さん。
大変ありがとうございます。死刑反対なのですが、億さんのご指摘の通りだと思いました。なんだかフラフラしてしまっている私です。正直、なかなかここで言葉にできないのですが最近ある方向で物事をみたとき、死刑反対になってしまい、でも億さんのおっしゃるとおり、ちゃんと自分の持論を持てていないと気付くことができました。持論を持って頑張ります。ごもっともなご指摘本当にありがとうございます。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 15時59分

最近、死刑関連の記事が更新されてませんが、もう更新されないのでしょうか。

投稿: 人 | 2009年4月 4日 (土) 15時44分


abcさん。
ありがとうございます。「受刑者に予め要望を聞く」ですね。たしかabcさん、以前そのようにコメントされていたような気が致します。気のせいだったらすみません。私の言いたかった事が的確にまとめられていて、不必要にダラダラと長文になった私の文章、恥ずかしく思っています。ありがとうございます。
それとひとつ気になったのですが、abcさんのおっしゃる自殺がだめと言うのは、死刑囚においてのことでしょうか?死刑囚関係なくでしょうか?そこが少し気になってしまいました。差し障りがありませんでしたらどうぞよろしくお願い致します。

投稿: | 2009年4月 4日 (土) 15時43分

abcさん。
昨夜は途中離脱失礼しました。
常駐、お疲れさまでした。
真夜中に、この問題に直視すると頭を掻きあげるだけで、結局、死刑廃止論者として自己完結してしまいます。
どうしたって『見殺し』にしてしまう無情感と無力に。
。さん…
ご指名される程の者じゃないですけど(その割りに上目視線で申し訳ないですが)反対派ならば文献などの受け売りではなく持論を持つべきだと思います。
感情的な部分で死刑存置を主張することと変わらないと思います。
じゃないと経験上、賛成派・推進派に論破されてしまいます。そして、これも経験上、ひとりの廃止論者が論破されたら、そのサイトは偏向色が強くなります(危惧してます)
言論の自由があります。頑張って下さい。

投稿: 億 | 2009年4月 4日 (土) 15時39分


今ざっと 注射による死刑 を検索したんですが、注射による死刑がうまく行かないことがあり残酷であること・注射を執行する人が誰か[看守・医師]、そして医師ならば、命を助ける者が命を奪っている とゆう倫理感の問題、看守なら血管を探すのにかなり手間取り不必要に死刑囚を苦しめてしまうこと・高齢になると血管がわかりづらく、何度も手間取ってしまうこと・麻薬常習者は注射が効きにくいこと・などなどたくさんありました。さきほど、無知なままコメント掲載してしまい、すみませんでした。恥ずかしい限りです

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 15時27分

。(4月4日(土)14時38分)さんへ。受刑者に予め要望を尋ねるという意見に私も賛成します。いつ刑が執行されるともしれない受刑者の不安を考えれば、多くの受刑者が事前告知を望むのではないでしょうか。それからもし切腹の風習と死刑制度を同視するなら、せめて死刑囚に自殺する自由ぐらいあってもよいと思えます。もちろんどんな理由があろうと自殺や死刑に私は反対ですが。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 15時24分

「髪結い伊三次」がすっかりお気に入りの本になったみたいで、良かったと思います。
愛読本があるということは、生きる上での張りにもなりプラスです。

投稿: | 2009年4月 4日 (土) 15時18分


あっ でも 「犯罪抑止」の為となると やっぱり注射はだめですよね~ 何度も補足すみません

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 15時09分

さきほどの文章にまた補足ですみません。私は死刑賛成だったけど、ひょんな事から反対になったのですが、どちらにしても、死刑制度が存続している今、その方向で考えないと行けないので、その方向[死刑]で考えたとき、死刑囚の様々な事柄に関する思いや、考えを、できるだけ死刑囚なりにまとめ、罪による死を受け入れさせる時間は必要だと思ってしまいます。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 15時03分


すみませんさっきの文章に補足です。死刑執行は「直前に告げられるのが良いか」「数日前に告げられるのが良いか」、「そしてそう思う理由は何か」をあらかじめ聞き、決定する。のは、死刑囚1人1全員に です。死刑囚全体の考え とかじゃないです。 なんか本当に馬鹿らしい質問ですみません。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 14時49分

昨日からの皆さんの意見を読ませて頂き、なるほど、と勉強になりかなり色々迷ってしまっているのが今の気持ちです。文章にするとすごく長くなってしまいそうです。


ひとつ疑問なんですが、死刑において「死刑実行までの恐怖感を味わう」「恐怖感と苦しさを味わいながら死ぬ」のも、遺族や第三者の方々の、死刑囚へのヒトツの願い なのですか?
もし、「奪った命を自分の命をもって償おう」と言うなら、注射で、、とかってダメなのですかね。すごい気になります。もしかして注射でなら、絞首刑よりも恐怖感や苦しみがマシになり、色々な意味でスムーズに執行できるのでは、、と思いました。[←注射で死ぬのがそれほど苦しくない場合なのですが。]

でもやっぱり死刑までの恐怖感や絞首刑による恐怖感・苦しさを味わせたいという願いの遺族もいるんですかね。そうすると注射はだめなんですかね。このあたりがすっごく気になります!話が外れて&無知ですみません

死刑直前に執行を伝えるかそうでないかはかなり難しいと思ってしまいました。「母さん」が使っていた言葉をここで使わせてもらうとすると、死刑囚も「十人十色」で、皆さんがおっしゃるように、直前に執行を告げられても黙ってスーッと縄をかけられスムーズに死ぬ人と、手におえないぐらい暴れまくって無理矢理縄をかけられて無理矢理死ぬ人がいるみたいで、かといって数日前に告げると自殺する人もいるそうでなかなか難しいと思ってしまいます。やはり死刑囚も遺族も十人十色なんですね。難しいです。
「恐怖感・苦しみ」とかの観点でなく、「命をもって償ってほしい。」ということが願いなら、死刑囚に「直前に告げられるのが良いか」それとも「数日前に告げられるのが良いか」を あらかじめ質問して、プラス、「なぜそう思うのか」を聞いたうえで決定するのはだめですかね。ここで、もし注射による死刑の痛みや苦しみが少ないとあらかじめわかっている場合は、死刑直前に告げられても、死刑数日前に告げられても、暴れたり自殺する人はいないのでは。 でも注射は注射なりに他にも問題があるそうですが。←まだちゃんと勉強できてませんが、コストとか他にも何か。勉強不足&無知&文章下手 ですみません。そしてこの文章から、ただ死刑囚を擁護しているつもりではないということだけどうか伝えたいです。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 14時38分

abcさん。
大変ありがとうございます。皆さんの意見や表現の仕方が私の中で、かなりレベル高くて凄いです、、。ブログ、気になりながらもこのまま消えていくとこでした。皆さんのコメントをしっかり読ませてもらい、是非またコメントさせてもらえたら嬉しいです。abcさん、みなさん、本当に勉強になります。ありがとうございます。[嬉]

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 13時12分

匿名太郎さんへ。
大変ありがとうございます。皆さんの意見、かなりレベルが高すぎて、同時にすごく難しい問題で、う~ん、、と考えさせられ自信もなく何も書けなくなってしまいました。みなさんの意見、しっかり読ませてもらって自分の考えをまた是非コメントさせてください。ブログ、気になりながらも正直このままスーッと消えていきそうでした。匿名太郎さん、みなさんほんとにありがとうございます。

投稿: 。 | 2009年4月 4日 (土) 13時02分

元祖何様(4月4日(土)04時37分)さんへ。ありがとうございます。言いたい放題に書いてきたのにそう言っていただけると救われます。法制度として固定された文化を覆そうというのですから自分の意見ばかり一方的に書き立ててもどうにもならないのは頭ではわかっているのですが…まだ文章にすることで自分の頭の中を整理している感じです。それにしても昨夜の分を読み返したら、常駐していたのは私だけだったみたいでちょっとショックでした。

『。さん』へ。両論のある問題についてコメントすれば、たしかに嫌な思いをすることもさせることもあります。でもそれ以上に得るものや与えるものも多いと思います。そう言えば、このブログの存在自体がよい例かもしれません。まさかと思いますが遠慮したりしないでくださいね。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 12時57分

。さんへ
土建屋40才さんも追加します。

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 4日 (土) 12時15分

。さんへ
今ブログにコメントを書かれている方で、。さんと話をしてみるて面白いて思うリスナーを紹介します。迷惑でしたら、無視で、大丈夫です。(紹介された方も)
元祖何様さん・abcさん・冠さん・億さん・母さんです。
又、ブログで、コメントを書き合いましょう。では、又。

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 4日 (土) 11時59分

プロ野球も開幕し花見日和の楽しい週末も重い応酬が続き離脱してしまいましたが、最近の下世話なコメントから皆さんのコメントで多少なりとも真剣な論議を醸し出せる方向展開の土壌はできたのではないでしょうか…と、ひとり悦に入ってます。

投稿: 億 | 2009年4月 4日 (土) 10時37分

abc氏へ
自分は死刑廃止論者ではないのであるが、貴方の発言には(今までもだが、)共感できる部分が多い。

貴方とは視点が違うと思うが、以前死刑賛成できない部分の投函を自分はしてきた。

同じく廃止論に加われない理由として、多くの賛成派が主張している内在する感情的な部分と、道徳的に培われた日本社会からの教え(以前宗教的と表現したが)が自分の中にあるからだと思う。的確な表現が出来なくて申し訳ない。

まとまりのない投函になったことを重ねてお詫びする。

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 4日 (土) 04時37分

4月3日(金)20時02分の投稿で、わざと「絶対的終身刑」とは書かず「生涯拘置所から出さない」としつつも、長くなりすぎてその続きを書きそびれました。というのは、死刑「判決」を続けるのは当面やむを得ないだろう、と私は思っています。刑が突然軽くなれば、「被害者の命が国から軽んじられた」とご遺族が思われるかもしれないと考えたからです。死刑に反対する以上、ご遺族の意向をそのまま呑むことは私にはできません。しかしできる限りご遺族の意向に沿う形で死刑廃止の方向に向かっていければ、と思います。

本当の意味で死刑制度を廃止するためには、「誰が遺族になっても加害者を殺さない」という国民的なコンセンサスが予め必要だと思います。たしかに今も死刑判決はご遺族の法的な権利ではなく、ごく一部のご遺族にとって事実上の慰めになっているに過ぎません。しかしなんの覚悟もなく被告人が突然死刑を免れたときのご遺族のショックは察するに余りあります。そこで、まずは事実上の執行停止国になることから始めて、正式な死刑廃止は上記のコンセンサスができるまで50年でも100年でも待てばいいと考えます。それでもとうに死文化している刑事訴訟法475条あたりはすぐに削除する必要がありますが。

…すみません。流れはいまインフォームド・コンセントですよね。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 04時06分

インフォームド・コンセントに関する匿名太郎氏とabc氏のやり取り、とても興味深く拝見していた。遺言や身の回りの整理といった意味でなら、何となく似ている気がするのだが、やはり根本的に違うとは思う。それは両氏とも納得されているようで・・(笑)

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 4日 (土) 03時57分

確かに、仰る考え方もあると思います。只、自殺防止と脱獄対策には、一定の成果を見い出していると私は、思います。

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 4日 (土) 03時19分

事前告知の場合、自殺の懸念(死刑囚の管理)はあるのだが、精神的撹乱の面では、なんともいえないと自分は思う。『執行日の朝』告知の場合だと、執行予定日でなくとも毎朝不要な恐怖に襲われると、元死刑囚だった冤罪者の本で読んだことがある。

死刑囚の精神的では結局どちらがよいのか、自分にもわからない。

投稿: | 2009年4月 4日 (土) 03時08分

元祖何様さんのご指摘が、一つの問題としてあると私も感じています。

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 4日 (土) 02時29分

一般社会でされも、医療費による財政負担、介護問題など現在浮き彫りにされている。

仮釈放無しの終身刑の場合、高齢者になると作業が出来ないばかりでなく、医療面での負担も懸念される。『刑務作業で、捻出する』のが理想的ではあるが、問題も多そうだ。

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 4日 (土) 02時24分

匿名太郎(4月4日(土)01時55分)さんへ。そうですね、インフォームド・コンセントを喩えに使ってしまえば、事前告知の賛成・反対の立場が逆転するというおかしなことになりかねませんね。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 02時14分

私も、abcさんと同じ様に感じています。

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 4日 (土) 01時58分

インフォームド コンセントの考えは、医療的倫理感から成り立つ物と私は、捉えています。ですので、確定死刑囚の執行に医療レベルの倫理感が、必要かどうかが焦点になると感じます。刑罰と病を、同じレベルの死として捉える必要があるか?そこに、論理解釈の相違が、生じると私は、思う。

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 4日 (土) 01時55分

自分でも驚くほど後付けの理屈ですが、犯罪者の再犯率は刑務官の能力や人間性に大きく左右されるはずです。日本の刑務官が「死刑執行も辞さず」という応募者のなかだけから採用されるとすれば、再犯予防の面で大きなマイナスではないかと…さっき思いつきました。たとえるなら、戦争に参加しないからこそ災害救助隊としての自衛官の質が保たれる、みたいな。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 01時55分

執行前の告知は、過去に自殺した方がおられるそうです。精神的撹乱と死刑囚の管理に、問題があるのではないかと私は、思います。
仮釈放無しの終身刑は、必要だと思いますが、それに伴う費用を全て、刑務作業で、捻出するシステムを確立させる事も必要だと感じます。
いずれの件も、犯罪抑止を徹底しないと収容仕切れないのではないでしょうか?

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 4日 (土) 01時30分

医療現場のインフォームド・コンセントと同じように考えれば事前告知を原則にすべきだとも思えますが…やはり人の命に関わる問題は難しいですね。刑務官の心労もただごとではないでしょうし、持ち回りで執行が行われていることを考えれば、採用時に死刑問題で刑務官の質が選別されてしまっていることも考えられるかもしれません。

投稿: abc | 2009年4月 4日 (土) 00時52分

>あの達観した永山則夫元死刑囚でさえ発狂したそうですから(或る確定死刑囚手記より)執行前告知が人道的とは思えないんですよね

自分は死刑されないと思ってたから危機感がなかったってだけでしょ。
あれを達観してたっていったらまずいでしょ(笑)

投稿: | 2009年4月 4日 (土) 00時35分

確かに見切り発車してしまう感が否めない裁判員制度ですね。
つまりは司法分権の行政府主導という歴史的背景なんですかね。
国民意識が追いつかないほど強烈なスピードで推し進める司法制度改革(時効廃止を含めて)が改悪にならないようにと思います。

あと執行前告知は言い出しっぺなので…
あの達観した永山則夫元死刑囚でさえ発狂したそうですから(或る確定死刑囚手記より)執行前告知が人道的とは思えないんですよね。
分離収監されているって本当ですか…

投稿: 億 | 2009年4月 3日 (金) 23時19分

億さん(4月3日(金)20時44分)へ。どこかで聞きかじったうろ覚えですが、たしかアメリカの陪審制度は全会一致で事実認定し(推定無罪の原則)、陪審員は量刑判断に参加しない(罪刑の公平性の確保)そうです。…でも州によって違うかもしれませんが。それに比べて日本の裁判員制度は、見切り発車の空気を感じてしまうのですが、ほんとに大丈夫なのかと不安に思ってしまいます。

あと、法務省の「マル特」ですが。行政権の専権を防ぐために立法権と司法権が分離した、という歴史的な経緯を考えれば、はじめから仮釈放を認めるつもりのない無期懲役刑というのは存在して当然かもしれませんね。自ら死刑を求刑した行政府が、その受刑者を軽々に仮釈放するはずがありません。

投稿: abc | 2009年4月 3日 (金) 21時38分

元祖何様さんへ。最近妙に深い所まで議論が続くのでしゃしゃり出るのもどうかなと思って。でも機会を窺ってますよ。本題です。死刑執行以前に言い渡しが行われたら通常人間は平静でいられないだろう。そんな死刑囚が隣にいたらこっちまで気が狂ってしまう。事前告知をするならやはり死刑囚房は必要じゃないかなと思う。話は変わるが。さんオススメの元刑務看の本を何冊か読んだ事がある。その方は死刑執行場面がリアルな13階段のストーリー協力もしたとか。

投稿: 冠 | 2009年4月 3日 (金) 21時17分

最近妙に深い所まで議論が続くので出る幕ないのが現状ですわ。死刑執行以前に言い渡しが行われたら通常人間は平静でいられないだろう。そんな死刑囚が隣にいたらこっちまで気が狂ってしまう。事前告知をするならやはり死刑囚房は必要じゃないかなと思う。話は変わるが。さんオススメの元刑務看の本を何冊か読んだ事がある。死刑執行場面がリアルな13階段の協力もしたとか。

投稿: 冠 | 2009年4月 3日 (金) 21時13分

abcさん。
せめて裁判員制度は極刑は全員一致で下して欲しいですね。
裁判員が無作為に選ばれるわけがない(持論)
暴力団の事犯で暴力団員が裁判員とか、死刑廃止論者のY弁護士なども選ばれないでしょう…
刑法の成り立ち方までは考え及びませんが、abcさんの着眼した段階的終身刑は既に法務省は刑法を拡大解釈して運用しており、マル特・無期懲役囚の存在(名前は非公開)を公表してます。
仮釈放の申請は全却下という法的に何の問題もない事実上の終身刑ですね。
よく、裁判官が無期懲役判決文の最後に仮釈放へ言及する事犯がありますが、多分それらがマル特扱いだと思ってます。
元々、死刑と無期懲役の『差』は問題視されてましたから苦肉の策というところですかね。

投稿: 億 | 2009年4月 3日 (金) 20時44分

億さん(4月3日(金)19時02分)へ。死刑制度に反対する市民はやっぱり予選落ちですか。もし私が選ばれたら、自分の良心に従って事件内容と関係なく死刑反対論を展開してしまいそうだし、そんな裁判ってあるのかな?と少しひかかっていました。

「過去がどうあろうと絶対に許せない」という国民感情もよくわかるし、「許せない犯罪だから殺してしまえ」というのもひとつの考え方ではあります。しかしそれが唯一の答えではないだろう、とも感じています。たとえば、「この犯人は絶対に許さない→生涯拘置所から出さない」「更生次第では許してもいい→仮釈放の可能性がある終身刑(無期懲役)」「20年ほどで許してもいい→懲役20年」という思考も整合性のとれたひとつの選択肢だと考えています。

そもそも刑法とはそういうものではないとも思えますが、民意を無視して制度を改変することなど不可能ですから、まず国民感情に近い形で死刑の執行を停止し、同時に日本と諸外国の社会制度の違いなどを学校等で学べる機会(もちろん特定の結論を押し付けるものではありません)をもっと増やせたらなぁなどとひとり妄想しています。

投稿: abc | 2009年4月 3日 (金) 20時02分

小田島氏は行動を制限された状態にあるので、限られた自由(読書)を満喫しているのだろう。
小田島氏の書簡の内訳は

・自分の身の回りの不安
・本の話
・フィリピンの妻と息子の不安
・全く関係ない世間のニュース

自分の利益に関わる話ばかりですね。


投稿: amp | 2009年4月 3日 (金) 19時30分

ABCさん。
事犯ごとに感情の折り合いの難しさは確かにありますね。
知らず知らずに胸の内で裁いてる事も否定できません。
でも、真の心情を理解することなど当事者にならないと解らないぐらい、代弁不可能な深い物だと考えてます。
小田島確定死刑囚の場合も表面的に同情の余地があるかもしれませんが、社会的に鑑みると酌量の余地はないですよね。
そこに民意を反映させたいということで、そのジャッジを下すことになるのが裁判員制度ですね。(個人的に三審制では不要な制度とは思いますが)
私は死刑判決を出さないですから予選落ちしますが…。

投稿: 億 | 2009年4月 3日 (金) 19時02分

億さんへ。自己愛性人格障害ですか。そのように言えるのかもしれませんね。他人に愛されないから自分しか愛せない。本当は、こちらから好意を示せば心を開いてくれる人間もいるはずなのに、幼いときにそうではない体験を学習しすぎたのかもしれません。こうして時間を遡れば同情の余地はいくらでも見つかるのですが、ある日あるときその人間とばったり出くわせば私とてその人の人格に嫌悪しか感じられないでしょう。人を裁くというのは本当に難しいことだと感じます。一般市民や刑務官の犯罪者への憎悪と偏見が彼らの更生を妨げて彼らの人格をさらに歪めているという面もあるでしょうし、感情の折り合いを自分のなかでどうつけていけばいいのか、これも難しい問題だと思います。

投稿: abc | 2009年4月 3日 (金) 18時24分

擁護のかけらさえ見い出せない重大犯罪を犯す人に共通して感じる思考は、社会で通用しない反発心から自己愛的な自分のルールの中で生きているのでは。
あの、池田小児童殺傷事件の元死刑囚が獄中結婚した理由が、オレを理解できるならですから。
闇サイト事件の減刑無期の中心人物も、オレはオレのルールで生きてきた。
自己愛性人格障害なんて言われますが、その針を振り切ってる輩達ではないでしょうか。

投稿: 億 | 2009年4月 3日 (金) 17時52分

左横に簡単な年表がありますが、小田島さんの初犯は食べるものに困っての万引きだったんですね。当時は、現代では考えられないほど厳罰主義だったみたいです。その後、4月2日(木)18時47分の方が言われるように、彼は更生することなく犯罪をどんどんエスカレートさせ、最後には短期間に3件もの殺人事件を起こしてしまいます。なにが彼をさらなる犯罪へと駆り立てたのでしょうか。

年表や第210回の記事を見ても、小田島さんが私たちの社会からも自分の家族からも愛されずここまで育ってきた様子が窺えます。もしかしたら彼にとっての社会は今も、私たちの社会と同じものではなく、もっと小さな…たとえば新しくできた家族だけで構成されるようなものかもしれません。そしてそのように追い込んだのは、私たちの社会なのかもしれないという気がしています。犯罪を社会(または個人)と社会の抗争(戦争)だと考えれば、罪を犯す人の心理も見えてくるかもしれないとふと思いました。

投稿: abc | 2009年4月 3日 (金) 17時34分

確かに被害者遺族のためにバイトして欲しいですよね。でも、そんなバイト代もフィリピン妻に仕送りしてしまうか、本代になるのでしょうけど(どうにもならないですねぇ)
心身の安定がなされたと思われるような贖罪的な文章は意図的に書かないのかもしれませんね。

投稿: 億 | 2009年4月 3日 (金) 17時14分

小田島氏は不遇な時代がなく平凡な家庭で育ったらこのような犯罪は犯さなかったのでしょうか。

小田島氏は思い出したくないかもしれませんが生い立ちから犯罪を犯すまでを聞いてみたいと思いました。

管理人様、機会がありましたらぜひお願い致します。

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 15時34分

小田島さんはたくさん本を読んでいるんですね。4度の再読まで。驚きです。私にはできないです。

小田島さんは、罪のない被害者・遺族を苦しめた&苦しめていることにより死刑確定となり、それら全てによって今現在自分を磨いている期間であるのだと私は日記から感じています。

生きる意味が「様々な経験により自分を磨くため」であるとするならば、被害者の人生[自分を磨くとゆう機会・権利]を奪い、遺族にとても残酷な思いをさせ&させ続けてしまうとゆうことに向き合い、反省し、拘置所で日々感じること全て[良い事&悪い事]を全て受け入れてほしいとあなたに願います。そして死刑執行までの期間、目には見えなくとも自分を磨き続け、死刑による死をスムーズに受け入れてほしいです。できるだけこの人生、悔いのないように最期を迎えていただきたいと願います。

人間の生きる意味を気付かず、ただ死刑を待ち、恐れ、人々への怨みツラミを抱きながら死んでいくだけでは、小田島さんが奪った尊い生命や残酷な思いをしている遺族が浮かばれないと思ってしまいます。[←とくに罪のない被害者の方々]許せないが、人の生きる意味を奪ったことにより、こんなに沢山[日記内容に書いてあることを]色々と学んでいるとゆうことは 本当にとても皮肉なことです。被害者により自分を磨いているのだと感じてしまいます。だからこそ、死刑までの期間をしっかり意味のあるものにし、きちんと生きてほしいです。私は、日記からは、小田島さんの磨き、を少しづつ感じています。

投稿: 。 | 2009年4月 3日 (金) 14時17分

死刑囚は一人の人間として見るべきだが一般国民とは別に考えなければならない。
国民の三大義務は教育・勤労・納税。勤労も納税もせずに税金を文字通り食い潰してる。
食事させるなとは言えないが、国民の税金で食事させていただいている事を毎回感謝してほしい。
感情的に言えば、感謝できないなら食べさせたくない。 娯楽もいらない。死刑判決を受けるような犯罪者は幸せや喜びなんて感じさせたくない。
唯一、喜びを感じていいのは被害者遺族が「許す」と言った時だけだ。


死刑囚を一人の人間として考える事は大切ですが、そうなる経緯を見ればやはり、死刑囚の不平不満や願望に耳を傾ける事には何の必要性も感じないどころか怒りの感情さえ覚えます。

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 14時13分

死刑囚って、一日中、本を読んでいられるんですね。仕事はないから当たり前か。呑気に本なんか読んでいないで、殺した人の遺族に謝罪するためのバイトかなんか、しないのですかね。死刑囚には看守も気を使って特別扱いしているそうです。結構、「優雅」な生活。まあ、いつ処刑されるかわからないプレッシャーで、心のうちはとても「優雅」とはいえないですが。でも、殺した本人が一日中面白い本を読んでいられる生活をしているとしたら、殺された人の遺族にとっては、どうなんでしょうか?

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 13時44分

元祖何様さんの仰ることにとても共感する反面、やはり自分は当日告知が良いだろうと思ってしまいます。

やはり自殺してしまうという問題が大きいのではないでしょうか。死刑を確実に執行するために、少しでの不安も削れるならば削るべきです。

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 12時07分

確か執行指示書が執行日4日ぐらい前に到着するのではなかったか…な。
収監施設における最大の煩悩事に意見書が提出されたわけだが…

5・6年前に名古屋拘置所で執行された日。
拘置所収監者全員に紅白饅頭が振る舞われという話しを聞いたことがある。
それを知った遺族は猛抗議をしたそうです。

この事が本当ならば収監施設の倫理観がわかります。
法務省管轄各機関には○秘内部文書が存在するだろうな…
03年頃にマル特・無期懲役囚の存在を一部文書公開したように。

投稿: 億 | 2009年4月 3日 (金) 11時01分

交通事故の加害者を死刑とか言い出したら、前日だったか母親が高い高いして落としてしまって生後半年の子供が死んだ事件や、そもそも論になるけどパレスチナイスラエルの戦争なんか、相手を殺しまくってみんな死刑になっちやう。
過失とか正当性なんかで人の命を奪った人達も悲劇のヒロインや英雄になったりする。人が生きていく以上身内に関わらず第三者の死までも必然と関わってくる。
だから線引きをどこで作るって事でルール(法律も含め)を授けて国家事に決めて行きましょうって事ですよね?
結論ですが私としては、人の命を何人奪ったとしても審理において判断して行きましょうで良いと思います、その頂きが死刑なのか釈放の無い無期懲役なのかは私には解りません。

投稿: PAC3 | 2009年4月 3日 (金) 10時08分

冠氏へ
久しぶりに貴方の名前をみて、何となく安心している。(笑)

で、お聞きしたいのだが、何がまずいのか、そこら辺をもっと詳しく教えて欲しい。

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 3日 (金) 08時17分

以前の誰かのコメントで、東京拘置所は死刑囚房というのは特になく、一般に拘置されている人の隣にいる事もあるとあった。事前に死刑を告知したら今のままではマズいだろう。ちなみに宮崎勤は8階にいたらしい。

投稿: 冠 | 2009年4月 3日 (金) 08時10分

『執行告知を前日にという意見書』また賛否両論が出そうだ。確か、以前は事前告知だったそうだが、事前告知による自殺者が一人出たことで、当日に変更になったということだった。

今回は東京拘置所に限ってのことらしいが、以前から当日告知執行に疑問を抱いていた自分としては、まずは死刑囚の意向を把握することが先決なのではないだろうかと思う。さらに、死刑囚に携わっていた刑務官にも意見も大事だと思う。
全国の拘置所にいる死刑確定者全員ならびに刑務官へのアンケート調査をしてその資料を基に最善の対策を考えるべきでは。

たぶんアンケート結果には様々な反応があるだろう。
自分が思うに、死刑囚の中には、永遠の別れになる前にせめて、家族と話が出来る機会が欲しいと感じている死刑囚もいるのではないのかなと考える。そういう、意向を持った死刑囚に『人間として生まれてきて、その罪の償いとして、命をささげる』のであるのだから、最期の願いというか、最期に彼らの人権を尊重してもよいのではないか。と感じる。
雑な考えかもしれないが、死刑囚にどちらがよいか、を選ばせるのも方法の一つではないだろうか。

『ある日突然命を奪われた被害者のことを考えてみろ!死刑囚にそんな配慮はいらん!』という、反応があるだろうな。

abc氏や匿名太郎氏のように自分も死刑囚を人間として見ている一人であるので、その立場からの考えだと思って欲しい。

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 3日 (金) 06時31分

>『中絶』まではツッコミたくないが、刑事事件となる交通死亡事故などの過失致死の加害者も不条理に命を奪っているという点は変わりなく、命を捧げなくてはならないという論法となる。

死刑反対派の論理は破綻している。
BBSを拝見するたびに死刑は必要だという意識が強くなっていく。

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 03時11分

命を奪う重さは自分の命を捧げるに値する。
やはり死刑は必要。

確かに不条理な事件だけに、まだ容疑者の段階から自分視線的に感情的な死刑ラインを超えたのだと思いますが…

『中絶』まではツッコミたくないが、刑事事件となる交通死亡事故などの過失致死の加害者も不条理に命を奪っているという点は変わりなく、命を捧げなくてはならないという論法となる。

ひとつの許せない事件を引き合いに出して死刑は必要(賛成)と言い切れるファッショ的な言質は怖いと思います。

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 02時01分

読書は一番のストレス解消法で、たしか、好きな本を熱中して読むと、ストレスの60%が無くなるそうです。

毎回、
「被害者はもう~できないのに、あなたは・・・。」
のようなコメントがあり、考えさせられます。

私もそう思います。
ですが、そう言えるのは被害者の遺族だけのような気がしてきて・・・。
人間、いつ道を踏み外すかわからない。(だからといって、罪をおかしても許されるわけではありませんが。)

私は何も言えません。
彼の本心がどこにあるのかも、遺族が何を言いたいのかもわからないので。
彼に刑が執行されても・・・失われた命は戻ってこないことを思うと、御遺族はどんなに心乱されるんでしょうね・・・。

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 01時17分

この死刑囚はどうやってブログを更新しているのでしょうか?

二日に一冊のペースで好きな本を読んで、あとは毎日何をしているのでしょうか?

好きなことをしながら、執行されるのを待っているのでしょうか?

さかのぼり読んでみましたがこの人は罪と向き合っているのでしょうか?生きることと向き合っているのでしょうか?

すごく疑問です。

例えば食事の不満あり。、食事がとれる幸せ、作ってくれる人、材料そのお金(税金)を出している人へ、感謝の気持ちが感じられない。

被害者の方々へは、どのように考えているのでしょうか?

何も書かれない!

そこを知りたくて読んでみましたが、非常に残念です。

投稿: | 2009年4月 3日 (金) 00時16分

面識のない容疑者にネットで死刑当然って、裁判もしていないうちから死刑ですか。

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 23時40分

通りすがりの面識のない方を暴行して死なせた奴が逮捕されましたね。傷害致死って。ほんとにやられ損もいいとこです。やりきれない。こんなことがあっていい訳がないのです。改めて被害者側の事をもっと考えてあげたいと思いました。こんな酒に酔っていたからってうっぷん晴らすために殴り殺す。いったいなんなんでしょうか?ほんとに呆れると同時にこんな奴も死刑当然。命を奪うことの重さは自分の命を捧げることに値する。やはり死刑は必要です。

投稿: まや | 2009年4月 2日 (木) 23時15分

共犯者の守田とは、共に服役中だった頃に犯罪を計画。
刑務所内で読んだ本でマブチモーターのことを知った。
もうこれだけでもゾッとします。
何のために刑務所に入っていたのか。
更正することはなく、どんどんエスカレートしていく小田島。
死刑囚になり死と向き合い、本当に命の尊さを感じてもらいたいです。
それさえもわからずに死刑を執行しても意味がありません。

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 18時47分

小田島氏をなじっている方の心が・・・
殺人は第三者にも怒りとなって伝染していくのですね。

投稿: amp | 2009年4月 2日 (木) 17時52分

億さん、コメントありがとうございます。いやはや、仰る通りですよね。更正の可能性がないから小田島『死刑囚』になってしまったんだなあ、と改めて感じさせられました。

しかしながらこれは私の勝手な意見というか、限りなく願望に近いものなのですが、やはり『死刑』は犯罪者が更正するための存在だと思っております。無期懲役では絶対にできない反省や更正でも、『死刑』を課せられることにより、初めて反省や更正ができるのではないでしょうか。

小田島死刑囚も無期懲役だったらきっといまの心境に陥ることはなかったと思います。まだ具体的に被害者や遺族の方々のことには触れていませんし、そのようなことを考えていても外に向かっての発言はできないでしょうが……。それでも本を読んで泣けることができるのですから、きっと人として更正できると思います。そしてやっと更正できた人の命を無情にも奪うことに、『死刑』の意味があるのかなあと個人的に解釈しています。

でも本来ならば犯罪が無いことが一番なんですよね。自分も死刑はすごく残酷だと思いますしできるなら廃止にしたいですが、死刑廃止論者である前に犯罪抑止論者でありたいと思います。

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 17時51分

このエントリーと関係ない話ですみません

2月13日の小田島鐵男年表を常にトップにくるようにしたほうが
このブログに初めて訪問される方にも
小田島死刑囚が犯してきた罪が分かりやすくなると思うのですが
いかがでしょうか

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 16時55分

残念ながら、職業裁判官の判決は更正の可能性なし。という判決文でありますから(もっともです)現行判例(判決)の中で理不尽かどうかはさておき、人として自身を悔悟すべきと思います。
どこまで性分をさらけ出せるかが小田島確定死刑囚が自ら選んだ不遇な生き様の総括だと思います。

投稿: 億 | 2009年4月 2日 (木) 14時30分

死刑囚ってもっと暗くて惨めだと思っていました。しかし意外とフリーダムでささやかながらも人生を謳歌しているようで、驚きました。

いままでのコメントにもある通り、本当にどうして小田島死刑囚が殺人を犯してしまったのか……。このブログを拝見する限り、自分も信じることができません。凶悪そうな人とは思えないのに、残念というか、悲しいですね。

いつか心から小田島死刑囚が反省して、更正して、希望を見出だし、にも関わらず死刑に直面し、理不尽にも自分の命を奪われる無念さを感じて欲しいと思います。

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 12時23分

本しかない所だけに…

それはそうと、年度末に或る視察団が東拘に入り、半世紀前の前例を持ち出して執行告知を前日にという意見書を提出したようですね。

告知時期は所長権限。
東拘側からすると、それは受けられない意見だろ~。
エイプリルフールの記事だけに……。

投稿: 億 | 2009年4月 2日 (木) 10時28分

「4度目の再読を始めた」・・・、きっととても面白い内容なのですね。私はほとんど時代小説を読みませんが、今度機会があれば是非読んでみたいと思います。まずはじめは、貴方の一番のおすすめである「髪結い伊三次捕物余話」を読もうかな、と思います。

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 09時15分

それが本当ならとんでも無い野郎だ。

まあ、ブログをみる限りその辺の計算はしそうだか゛。

投稿: 人 | 2009年4月 2日 (木) 06時18分

本を読んでいる時は死刑囚であることから現実逃避できるのでしょう。
本を読んで作品に感銘し、涙を流せる人間が、なぜあんな忌まわしい事件を起こしたのでしょう。
なんともいえない気持ちです。

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 02時03分

たくさんの本を読んでいらっしゃるのですね。私はあまり時代小説には興味がありませんでしたが、「宇佐江真理の一番の佳作だと思う。」、とのことなので、今度是非読んでみたいと思います。面白い本があればまた紹介して下さいね。

投稿: | 2009年4月 1日 (水) 23時48分

小田島さんは、本が好きな方だなあと改めて思いました。
自分の死刑の恐怖の中でも、趣味を見いだせる能力と気持ちの強さから、精神的にタフな方だと感じた。私は、落ち込む時は、とことん落ち込む。開き直りと気持ちの強さも能力であるのかなあ?

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 1日 (水) 23時30分

被害者も読みたい本が有ったと考えると、自慢か?

投稿: | 2009年4月 1日 (水) 23時14分

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