« 第213回 最後の送金? | トップページ | 第215回 Mからの手紙 »

2009年3月29日 (日)

第214回 雪見納め?

3.4.(水)曇
ひな祭りの昨日、夕食時に桜餅1個が配られた。


昨年のひな祭りには桜餅とイチゴのパック1箱が配られたが、楽しみにしていた正月に刺身もでなかったし、桜餅が小さくなったのも不況の影響なのだろう。

昨夜半から今朝にかけて都心でも3〜5cmの積雪、の予報。夜中に小便に起きた時、メガネをかけて外を見てみたが雪は降っていなかった。朝起きて布団をたたむ前にすぐ外を見たが雪はなかった。
これでもう生きている間に雪を見ることはないのだろうと思い、少しガッカリした気分。

|

« 第213回 最後の送金? | トップページ | 第215回 Mからの手紙 »

コメント

おいおい!↑のかた、「不況になれば真っ先に影響を被るのは弱者です。」???何を基準に犯罪者が弱者なんですか?犯罪者(特に殺人)に餅を与えるのも私からしたら、無駄な税金としか思えないですね。
どんだけ犯罪に無知なんだか・・・・・

投稿: おいおい | 2009年8月 5日 (水) 14時00分

初めてこのホームページを拝見いたしました。

小田島さんには残された時間でご自分の犯した罪の償いをして頂きたいと思います。

自分は鬼のような心の持ち主かもしれませんが、死が怖いのか?人の命は奪っても、自分の命は惜しくて命乞いか??と日記を読んで正直思ってしまいました。

死刑とは犯した犯罪に対して死を以って償う事という事よりも、小田島さんの「死」というものに重点が置かれているように思います。

事件の被害者の方々はどうなるんでしょうか?
恐怖だっただろうし、急に襲われて無念の内に亡くなっていったろうと察します。

人間改心できないとは思いませんが、死刑執行のその時ではなく、どうか日々の生活から自分の犯した犯罪がいかに残忍で凶悪であったのかを理解して頂きたい思います。

投稿: anonymous | 2009年5月 3日 (日) 15時27分

先進国のほとんどが死刑廃止ということで、文化後進国の汚名はこうむりたくありません。日本人は物事を理性や知性で処理できなくて、感情で処理する蛮族だなんていわれてますから。もうやめましょう首を吊るして復讐するのは。

投稿: カント | 2009年4月 7日 (火) 00時27分

日本人の多くは死刑賛成ですが、仮に法律で死刑を廃止となれば、ああそうかではそれに従おう、というのが日本人のありようなので、死刑について深く考えての死刑賛成ではないとおもいます。自分は人殺しはしませんと日頃言っていながら、死刑賛成では矛盾しているのに、そのことにすら気がつかないわけですから。戦争で300万人も死んだのに、その責任もあいまいにして追及しない国民ですから、死刑制度賛成なんてけっこういい加減なものではないでしょうか。何しろ先進国ではほとんど死刑廃止ですから、では右倣えといえばそうなる国民です。

投稿: | 2009年4月 7日 (火) 00時11分

きっとまた雪見れますよ楽しみにしてください。

投稿: | 2009年4月 6日 (月) 15時39分

見せしめ賛成

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 12時15分

私の質問に回答いただきありがとうございます。

億さんの仰る通り最初から死刑反対派はいないでしょう。
ただ、一度反対派になったが何かのきっかけで賛成派になった(戻った)と言う方もいるのではと思ったので。
反対派の弁護士が家族を殺された事を機に賛成派になったと言う話もありましたし、以前このブログ(規制前)で、名無しさんが理由は書かれていませんでしたが賛成派になったとコメントしていました。
引き続き、死刑制度反対派から賛成派になった方もいらっしゃいましたらコメントいただきたいと思います。

億さんの仰る見せしめ感のある執行は私も感じます。
これは事件が国民の記憶に新しいうちに執行して犯罪の抑止力に繋げようとしているのかもしれません。
と、勝手に解釈してます。
永山裁判については、再犯防止の為にも必要だったと理解してます。

土建屋40才さん

私も最近は色々調べるようになり、まだまだ脆弱な知識ですが視野が広がってきたと思います。
確かに捜査方法や判決に疑問を感じる事件もあり、このような方法で人の命を裁いて良いのかと思う反面、人の命を奪って反省の欠片すら見せない死刑囚には死刑以外に道はないとの意志を固めさせられています。

難しい問題ですが、もっと色々と調べ、考えたいと思います。

投稿: ○○ | 2009年4月 3日 (金) 05時49分

人殺しは反省しないということがよくわかりました。
さっさと吊るしてほしい。

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 05時56分

元祖何様。。コメント読ませていただきました。元祖何様の文章をかなり誤解しており申し訳ございませんでしたm(_ _)mそして元祖何様のおっしゃる内容に「なるほど」と思いました。実際に自ら死刑囚にかかわったり、実際に刑場をみることができれば、、、と私も思いました。私は死刑執行をおこなった元刑務官の本を読んだことしかなく、恥ずかしながら、元祖何様のようにそこまでは考たことがなかったですm(_ _)mただ、これはなんとなくで申し訳ないのですが、死刑囚にかかわったり刑場をみせたりすると、また様々な問題がでてくるのではm(_ _)mとなんとなく思ってしまいました。元祖何様のような落ち着いた考え方の方ばかりではないのでm(_ _)mこの死刑のテーマがずっと平行線であることがそれを物語っていると思いますm(_ _)m難しいです(v_v)

投稿: 。 | 2009年4月 1日 (水) 15時21分

それから、死刑判決を出さない職業裁判官もいれば、執行指示書を拒否する法務大臣もいる点。
死刑判決を得た検察官が出世していくシステムなど。
収監死刑囚を100人以下にしたがる法務省なども理由のひとつ。

投稿: 億 | 2009年4月 1日 (水) 12時49分

私は賛成派からの転向。
というより最初から反対する人はいないのでは…
物心ついた時は死刑がありましたから疑う余地もありませんでした。

きっかけは『永山基準』で有名な永山則夫元死刑囚。
高裁無期で最高裁差し戻し。
高裁で生きて償えが、最高裁で死んで償え。
どなたかが仰ってた命を裁く権限を国家(司法)のもとで人が下している点。
事犯は事件当時少年で、改正前少年法では、ギリギリのライン。
そこで人の命の与奪権に疑問を持ちました。
人として…
だから職業裁判官と書くのは私にとり敬意。
そして執行が97年。
少年Aによる神戸児童殺傷事件直後。
慣例的な順番では、まだ先だった…
刑事行政の政治的な抑圧のための『見せしめ』を感じました。
重大凶悪犯罪が起こると国民感情を抑圧するかのように類似事件の確定死刑囚が執行される(今でも)
その時に、死刑制度に反対となった。それから、人間の生命の与奪権限は誰にもないと考えて死刑反対となりました。

投稿: 億 | 2009年4月 1日 (水) 12時39分

私の場合、死刑問題に関しては特定の感情を無理矢理に否定してしまっています。感性に従って行動した方がよい結果を生むときもありますが、この問題に関してはそうではないと感じます(おかしな日本語ですが)。要するに、怒りや憎悪などの感情はつまるところ攻撃衝動ですから、それらに素直に身を委ねるのにはどうも躊躇してしまいます。

ご遺族の方に感情移入するにしても、たとえば坂井泉水さんが亡くなったときのように多くの方が一緒に悲しんであげることができたら、それだけでご遺族はどんなにか慰められるだろうに、と思います。そういう優しい気持ちも日本の社会は本来持っているはずです。殺人は許せない犯罪だ、という意識は誰もが持っていますが、その許せないという気持ちをもう少しうまくコントロールできればこんなに殺伐とした社会にならずに済むのではないでしょうか。

投稿: abc | 2009年4月 1日 (水) 10時23分

○○さん。

私の場合賛成論者から中立の状態に移行しつつあるんですが、理由は視点が広がった事です。

要するに、調べて行くうちに今まで自分の知らなかった
事実や考え方を知ったからです。

例えば元刑務官の書籍に記された、長年世話をして気心を知った死刑囚の執行の苦悩。

闇サイト殺害事件の被害者遺族の開設してあるブログから伝わる遺族の深い悲しみと怒り。

どちらも心を痛める内容です。

それでもやはり私利私欲で殺人を犯し死刑を宣告された者は死をもって償うべき。という考えは独立して私の中に今もあります。

実に難しいテーマだと思います。

投稿: 土建屋40才 | 2009年4月 1日 (水) 08時57分

誤解を招く投函だったかもしれないので、付け加えたい。
第一に
書籍まで購入して調べようと思う一般人は、極わずかだとおもう。新聞、雑誌ワイドショーニュースまでが、ソースだろうということ。

第二に、
自分個人のことだが書籍は読んでいる。
ただ自分の言う実態というのは、上記で投函したように、著者の目からの情報だけでなく、実際どうなのか?ということを誰もが直接知ることが出来る状態のことである。そういう意味で、情報が少なすぎるとおもう。

投稿: 。氏へ | 2009年4月 1日 (水) 05時11分

自分の言う、死刑の実態とは、だれもが直接死刑囚と話したり、刑場を視察出来る状態のことで、強いて言えばUSのように透明性があるか、ないかという意味。

自分にも本からの知識はいろいろあるが、それは著者を通しての視点からで自分が見聞きするものとは違うと思うんだ。

最近も、弁護士が、死刑場の図面の開示要請を訴え、最高裁での判決が『不開示処分取り消し』の要請を棄却。
「開示すると刑の執行などに支障を生じる恐れがあるとした判断は、合理性がある」という地裁判決が支持されたようだ。

こういう部分で、実態が明らかでないと自分は思うのだが、どうだろう?

投稿: 元祖何様 | 2009年4月 1日 (水) 04時51分

質問させて下さい。

以前は死刑賛成派だったが反対派になった方、または反対派だったが賛成派になった方
そのきっかけは何だったのでしょうか。

私は賛成派ですが、そのようなコメントを読む度に私の知らない、気付かない何かがあるように思うのです。
その何かを知らずに胸を張って賛成派だと本当に言えるのか疑問を感じる時があります。

考えが変わったと言う方、ぜひそのきっかけを教えて下さい。

投稿: ○○ | 2009年4月 1日 (水) 03時36分

あえて、誤解の招きやすいコメントをしますが。
もし、身内が、被害者や加害者であったら?
正直、現実は、このブログで語られているコメントの様なまともな返答と異なるものになるのではなかろうか?
正直、皆が、復讐や護身を最優先する生臭いドロドロした心境と意見の偏りが、出ると思う。偽善や正義ではなく、欲を優先するのが、大半の方の心理だと感じます。悪い意味ではないが、日常でも、相手の心理を動かす生活(営業・販売・学者)をされている方もいると思う。
最後は、自分の意志と欲が残り、理性が削られてしまう。その事が、人の飾らない窮地に立った姿ではなかろうか?特に、死刑囚になった人にとっては。又、被害者側も、加害者の生活や今後の加害者の人生を考えられないと思う。

投稿: 匿名太郎 | 2009年4月 1日 (水) 02時37分

元祖何様 様へ  
死刑制度賛成側に踏み込めない理由として家族に犯罪者が出た場合、それから被害者、被害者家族にそこまで感情移入できるのは?に対しての私なりの意見として、私は当然のごとく死刑制度賛成側です。被害者、被害者家族の幸せ、未来を無惨にも奪った、それはどれほどの痛み、哀しみなのでしょうね。当事者でなくても少なからず想像できます。人の命を奪うことがどれだけのことなのか、刑務所で刑期を終えれば済むようなような容易いことであってはならないのです。同じようにいつくるであろうという自らの死への恐怖心、そして執行の苦しみを味わい初めて詫びることができるのではないでしょうか。加害者が身内であろうがなかろうが、擁護できるようなことではないということです。

投稿: まや | 2009年4月 1日 (水) 00時18分

。氏へ
『どこまで行ってもこのテーマは平行線』そうなんだよな。自分は死刑存廃論になると参加できなくなってしまう。自分自身の中で確信できる答えが見つからない。

酷い事件を見ると犯人が許せなくなる。死刑で当然と自分も思う。他の事件も自分なりにいろいろ調べてみる。
中には、自分は殺したくないのに、周りの圧力や脅迫に負けて犯してしまった殺人もある。

仲間割れ詐欺事件や東大阪大生リンチ事件のように被害者から仕掛けた場合もある。
死刑囚や死刑囚予備軍の犯罪の中に幅があることを知る。
確定者のなかに、冤罪の可能性のある人もいる。
自分にとって納得できる判決ばかりじゃない。

其ればかりじゃない、犯人側の家族のことも自分は考えてしまう。

自分の中で壁にぶち当たる。
死刑賛成派になるのは躊躇してしまう。

自分が投げかけた質問は、無謀だったかもしれない。
でも、自分なりに、返信から突破口が見つかればと思った。


投稿: 元祖何様 | 2009年3月31日 (火) 23時09分

元祖何者様m(_ _)m失礼します。死刑の実態 については本とかで結構出てますよφ(.. ) コメント欄に何度か載せましたが、元刑務官が明かす死刑のすべて とゆう本など。他にも色々とあるようですが、死刑のすべてはわかりやすかったです。死刑についてはTVでもごくたまに放送されてますが、ほんとにごくたまにですね(v_v)私は以前、朝のニュースでドキュメンタリーみたいな感じでとりあげられているのを2回ぐらい見た記憶があります 随分前ですが。元祖何者様が知りたい情報とは異なるかもしれないので、こんなコト言って申し訳ございませんが、ぜひ読まれても損はないかと思いますφ(.. )

投稿: 。 | 2009年3月31日 (火) 20時46分

死刑が確定した事でやっと人間になれたんや、無期なら反省もするかいや、そやから何回も犯罪をするんや。

投稿: | 2009年3月31日 (火) 19時49分

最近の小田島さんのお話をみていると、自殺する者が死ぬ前に残す文や心情によく似ています。無意識にでる本能の防衛的SOS。
歯の治療、口答でなくデーターのとれる健康診断、警備の強化も視野にいれては。
もしも自殺、計画的病死をしてしまえば、死刑制度について論じ合うこと自体、空論ですから。

投稿: カイ | 2009年3月31日 (火) 19時29分

将来自分が被害者あるいは加害者、またその家族になると思って暮らしている人は普通いないよな。
だから、多くの人にとって、自分の生活からかけ離れた世界になるのは、仕方の無いことで、現実味がわかない。

その上
毎日、ニュースや新聞記事で悲惨な事件の記事を読む。大きな事件になるとワイドショーや週刊誌が、事件を掘り下げ、そしてマスコミは購読者が大事だから、読者受けをする内容を集める。中にはいい加減な内容のものまででてくる。

関心のある者しか死刑の実態を知ろうとか、その事件の背景をきちんと調べようとかしないと思う。
死刑の実態を知りたくても、日本の場合ほとんど情報が流れない。一般人とは隔離された世界になっている。事件の背景を詳しく調べようにも、毎回傍聴するか方法が無いようだ。

普通の人は限られた情報のなかで判断せざるを得ない。
死刑存続賛成派がおおいのも、被害者側の立場にたって、批難するのも何となくわかる気がする。加害者側の立場なんて、全く想像できないというのも、無理ないのかもしれないな。

ただ、絶対ありえないことではないんだよな。
先のことなんて誰にもわからないのだから。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月31日 (火) 19時16分

昔は死刑大賛成派でした。今は反対派です。でも本当に難しい問題ですね。みんなそれぞれ、生まれもった性格+育った環境+様々なコトに関する違い+etc。。どこまで行ってもこのテーマは平行線。。悲しいです。私は、もともと大賛成派だったので、賛成派の意見も反対派の意見もどちらもほんとによくわかるので、ほんとに難しいです。やっぱり永遠のテーマになるのでしょうか。ちなみに最近のアンケート結果で、「死刑制度に賛成か反対か」では、賛成=8割 「ではその8割のうち、あなが裁判員制度で裁判員なったら死刑とくだせるか」では、くだせる=6割 に下回ったようですね。死刑制度には賛成だが、実際自分が死刑をくだせるかどうかとなるとくだせないとゆう方が2割もいますね。この2割は大きいですね

投稿: 。 | 2009年3月31日 (火) 18時59分

元祖何様さん

私は死刑賛成派です。
声を上げて殺せなどとは言いませんが、死刑は仕方ないと思ってます。
ですが、自分の妻や息子が殺されたら、きっと加害者を殺したいと思います。
それが例え過失致死でもです。これは愛する人や子供がいる人間ならば、何の不思議もない感情でしょう。
では、私の妻や息子が死刑に相当する殺人などを犯した場合、現実には有り得ませんがもし犯した場合、結論から言えば死刑を容認します。
現実的に死刑判決をうけるには、それ相応の犯罪を犯したと言う事で、その基準として、犯行動機・年齢・殺害方法・殺害人数・前科(これは心配ない)などが考慮されます。
そうした判断の上での死刑判決ならば、仕方の無い事でしょう。涙を飲んで死刑判決を受け入れます。
それが被害者や社会に対しての“けじめ”だからです。謝罪や保障はまた別の話で。
そんな事が起きないように、私は教育を受けてきたし、子供にも教育しています。

死刑判決を受けるような人はそのような犯罪を犯してきた人です。故意でもなく一人殺しただけでは死刑にはなりません。人の基準から外れた駆除されるべき害獣とも言える人間ですから、死刑が適当となるのです。

元祖何様さんが仰るような、被害者や被害者遺族に感情移入するから死刑賛成と言うわけではありません。生きていると他の人間に害を為すから死刑にせざるをえないのです。

投稿: ○○ | 2009年3月31日 (火) 13時43分

このブログを切っ掛けに死刑賛成派から中立になった方もおられるようですが、私は以前賛成派です。むしろ普通の賛成派から積極的賛成派になったくらいです。

感情とか犯人を許すとかではなく、法に則って機械的に死刑を遂行すればいい。刑の大元にあるものは感情だとしても、刑法が出来た以上はそれに則り理性的に処理を行うのが公平でしょう。

裁判員制度。今は死刑は扱えないようになってますが、いずれ裁判員が死刑に関わる裁判を裁けるようなり、もし私がその時裁判員であれば、喜んで死刑に票を入れます。

投稿: | 2009年3月31日 (火) 09時29分

冠さん。

頑張って下さい。

上から目線のコメントに感じたらスミマセン。

死刑廃止論者は、幾つもの死刑事犯を見聞して、或る方は命を裁く全能感を否定し、また或る方は 別の側面から是非を考えて最後の最後に、もし最愛の人が被害者となった時を想定しても持論を維持できるかを乗り越えて辿り着いてます(と、思います)
私は犯人を赦すし、或る方は寛大な諦めの気持ちを持つなどです。

そこには当然、きっかけが必然ですから…

冠さんにとっては小田島確定死刑囚が死刑・死刑制度を考えるきっかけですから、ここはブログコメント。空論OKだと思いますよ。
ブログの趣旨も、その辺りだと思いますが。

投稿: 億 | 2009年3月31日 (火) 09時14分

長いんで、、MONDAYさんへ 確かに!と思う。我々は人を殺した事も死刑囚になった事もない。我々が議論しているのは小田島ら死刑囚から完全に離れた場所からあーだこーだ言っている。日本にいながらハワイの天気の話しをしているようなものだろう。しかし、我々のほとんどが小田島の世界に行けない。行けないから色々考える。考えても小田島の世界に行った事がないから議論にリアリティがないのかもしれない。そして我々のほとんどが被害者家族でも犯罪者家族でもない。恥ずかしながらこの分野では私はど素人だ。専門意見にはあっと感心することが多々ある。それでも死刑制度などに関心がある。話にまとまりがなくて申し訳ないが、正直小田島の心情も被害者家族の心情も犯罪者家族の心情も全く分からないに等しく議論している。すまない。

投稿: 冠 | 2009年3月31日 (火) 02時33分

いぬ様

「寛大な諦め」というのはおかしいと思います。被害者が諦めなければいけないなんておかしい。寛大になんてなる必要ないし、なれるわけがない。そんなのきれいごとです。実際の立場になってないから言える事だと思います。
死刑制度がなくなれば、終身刑が最高刑になるのでしょうか?身勝手な理由で、何の罪もない人の人生を奪った殺人者を、三食しっかり食べさせ、自由時間も与える。外部とやりとりもでき、小田島と同じようにブログを始める囚人が増えるかもしれませんね。
命はかけがえのないものです。何にも変えられない。だからこそ、自らの命をもって罪を償ってほしい。人の命を奪った人間が、寿命をまっとうできるなんておかしい。未来を奪った罪は許せるものではない。
死刑執行の仕方を変える事はいい。だけど、死刑は絶対になくしてはいけないと思う。加害者ばかりが守られる法律。そんな国になってほしくない。恐いです。

投稿: なお | 2009年3月31日 (火) 01時39分

一度に書けばよかったのですが先ほどの投稿の続きです。遺族感情の隠れ蓑に隠された死刑支持の本当の理由を私なりに想像してみました。人によって違うでしょうがたとえば①恐怖心からくる過剰反応、②命を裁く全能感、③群集心理による個性の喪失…、といった感じです。でも実際に死刑に賛成している方たちからすれば、まったく心当たりがないかもしれません。あくまで私の想像です。
私は死刑反対の立場ですが、①で書いた恐怖心は心の奥底に持っているように思います。「1人ならともかく2人以上を故意に殺すような人間は私たちとは違う別種の生き物だ」。そのような得体の知れない恐怖に出会ったときに激しい怒りを感じるのは人でも動物でも自然なことです。しかし、犯人がすでに逮捕されている以上、その恐怖には実体が伴いません。だから恐怖心からくる怒りを正当化するため、その事件におけるご遺族の怒りと置き換えている気が私自身はしています。少なくとも私たちは、信号無視による交通事故で我が子を亡くしたご遺族に感情移入して刑罰を決めたりはしていないはずです。

投稿: abc | 2009年3月31日 (火) 01時13分

いろいろな意見がありますが、大事な人を亡くした、それが殺人だとしたら、当然加害者に対して憎しみをつのらせ仇を討つ手段を考えるでしょう。そのような感情は自然と出てくるものです。その気持ちがある以上綺麗ごとでは解決できないと思います。どん底に叩きつけられた家族が仇を討った、と墓前に報告することで少なからず納得できるのです。死刑は当たり前のこと。廃止なんてあり得ない話しですよ。

投稿: まや | 2009年3月31日 (火) 00時14分

中立派や死刑制度反対派の貴重な意見、自分には大変参考になる。もっといろいろ聞かせて欲しい。

被害者や被害者遺族に感情移入しての意見は、今までほとんど占めていたのだが、自分の質問に対しての返答が無いのが、残念であり不思議だ。

揚げ足を取ろうとか、そういう気持ちは全くない。
何故、そこまで、第三者の立場で、被害者側に感情移入できるのか、自分には本当に不思議なんだよ。

家族に犯罪者が出た状況を考えた時、貴方方はどう感じ、今の立場を貫けるのか?の質問をしたのは、自分自身が死刑制度賛成側に踏み込めない理由のひとつであるからだ。

是非、被害者や被害者遺族に感情移入している人達の意見を聞かせて欲しい。


投稿: 元祖何様 | 2009年3月30日 (月) 22時59分

こんばんは、皆さん。最近のコメントには若干辟易しています。「殺人」と「死刑」という極めて特殊な状況下での生と死はもっと本質的にどろどろしたものと思います。小田島死刑囚は殺人を犯しながら(犯した後も)、「当然捕まったら死刑だ」という自覚を持っていたと推察する。我々大多数の人間が、おそらく想像すらできないリアルな殺人を次々と実行した現実があるわけで、その圧倒的なリアリティの前に、死刑という刑罰のリアリティが拮抗するかどうか?が問われていると思います。
そうしたリアリティの前で、「自分の親や子が死刑に相当する罪を犯して、、、」云々は、なんとも御目出度いレトリックですね。
もう少し重厚な議論(意見)を求めます。

投稿: i don't like monday | 2009年3月30日 (月) 22時58分

他の方も書かれていましたが、どれほどご遺族に感情移入しようとも、私たちはあくまで事件の部外者に過ぎません。ご遺族にとってはその事件がすべてですが、私たちは他の事件や事故にもご遺族が存在することを忘れるわけにはいきません。

もうすぐ裁判員制度が始まるそうです。日本の死刑判決はイスラムのものと違って、ご遺族の感情から演繹的に導かれているわけではなく、逆に死刑判決が下りそうだから遺族感情が注目されている(利用されている)に過ぎない、ということに国民の多くは気付いているでしょうか。実際には司法の場でのご遺族の存在は、死刑判決を正当化するための隠れ蓑に過ぎません。では、なぜ死刑判決が下る事件とそうでない事件があるのか。裁判官や一般国民が死刑を支持する本当の理由はなんなのか。…と私たちの潜在意識にまで問いかけることをしていかなければ、このままでは日本の司法が人民裁判(吊し上げ)の場と化してしまうかもしれないと危惧しています。

投稿: abc | 2009年3月30日 (月) 22時54分

元祖何様さんへ 私は私の家族を殺されたら絶対許せません。交通事故で死んだ場合、申し訳ないと謝罪し、墓参りも欠かさないようであれば多分許すでしょう。家族に落ち度があり、殺された場合でも許すでしょう。しかし小田島のように強盗殺人されたら許せないと思います。しかし、死刑を望む一方、ずっと日も差さない音もしない部屋に死ぬまで閉じ込めてくれたほうが気が晴れるでしょう。ただし、万が一、犯人と話す機会があって本当に反省を読み取ったらひょっとして許す気持ちになるかもしれません。光市事件の本村さんも今は気が張っているでしょうが、実際元少年が執行された後、生きる張りをなくしてしまうんじゃないか心配です。

投稿: 冠 | 2009年3月30日 (月) 22時46分

元祖何様さんへ 私は私の家族を殺されたら絶対許せません。交通事故で死んだ場合、申し訳ないと謝罪し、墓参りも欠かさないようであれば多分許すでしょう。家族に落ち度があり、殺された場合でも許すでしょう。しかし小田島のように強盗殺人されたら許せないと思います。しかし、死刑を望む一方、ずっと日も差さない音もしない部屋に死ぬまで閉じ込めてくれたほうが気が晴れるでしょう。ただし、万が一、犯人と話す機会があって本当に反省を読み取ったらひょっとして許す気持ちになるかもしれません。光市事件の本村さんも今は気が張っているでしょうが、実際元少年が執行された後、生きる張りをなくしてしまうんじゃないか心配です。

投稿: 冠 | 2009年3月30日 (月) 22時46分

本村さんの事件。
廃止論者からみると完全なる差し戻し控訴審の弁護方針の失態と敗北です。
少年がドラえもんになる必要が無いことは差し戻し理由からも明らか。

当の本村さんは、時の経過と共に雄弁になり、弁護批判も巧みになっていきましたね。

投稿: 億 | 2009年3月30日 (月) 21時52分

光市の被害者家族である本村さんの気持ちが、一番素直で、現実的だと思います。女性の方なら、被害者の奥さん(弥生さん)みたいに、ここまで、うちの旦那や彼氏が、私の事を愛してくれる自信が無い方も正直いらしたと思います。本村さんの奥様の様に愛されたいと思う気持ちが、飾らない本当の答えであると思います。大人しそうな本村さんの行動。つまり、必死で、加害者の死刑を望むのが、被害者家族の本音ではないでしょうか?
又、逆に、加害者家族は、小田島さんの奥様の気持ち(必死に、生存を祈る気持ち)になる方もいれば、加害者家族に害があるので、複雑な気持ちになるのでは?

投稿: 匿名太郎 | 2009年3月30日 (月) 21時26分

元祖何様

事件は憎いですが、犯人を赦しますよ。
検事に上申して○特・無期懲役にして貰います。
公判でも減刑を望みます。

身内から死刑囚が出たら全財産を売り払い、生涯かけて償い続けます(賠償という意味と贖罪に人生を費やします)

アドレス入れようと思いましたが、狙われても困るので止めました。

投稿: 億 | 2009年3月30日 (月) 19時38分

元祖何様さん(3月30日(月)12時34分)へ。その前の投稿と併せて読ませていただきました。もし私の最愛の人が殺されたとしたら…、それがどんな事件であれ事故であれ、たとえば葬儀に加害者が出席し深く謝罪したとして、その加害者を許すことはおそらく生涯ないでしょう。それどころか怒りに任せてその場で殴り殺すイメージまでできてしまうので、できれば私の前に顔を出さないでほしいと思います。綺麗ごとではない心の闇の部分を敢えて書いてしまえばこうなります。しかし、それでも死刑制度には反対です。加害者を許せないのと同じく人を殺すことに賛同する私自身も許せないからです。それに、法廷などで死刑を嘆願する私の姿を私の家族は望まないと思っています。

投稿: abc | 2009年3月30日 (月) 19時34分

らんさん。
ありがとうございます。
そうですか…やはり。
だとしたら、パレスチナ問題などにすり替えないで素直にカトリックになれば良いと思いますよ。
フィリピン妻が仮にアラーの神を信仰しているならイスラム教徒になるぐらいの同じ信仰を抱く夫婦愛はあっても良いと思いますが…

投稿: 億 | 2009年3月30日 (月) 19時26分

元祖何様さんへ

私は、死刑反対です。最愛の人が死んだとき許せるか、もはや許す許さない、では無いと思いますよ。というか許す事なんて出来ないと思います。でも私は死刑に反対です。私の最愛の人が死んだとします。だけど、殺人犯は生きている。確実にいきていて、その命を新たに潰す事は出来ません。きっと、許す、というより寛大な諦めが必要なんでしょう。

投稿: いぬ | 2009年3月30日 (月) 19時16分

元祖阿様さん。

このブログに参加したての頃の私は、死刑賛成論者であった訳ですが・・・

皆さんと議論している過程で視点が広がり、賛成でも反対でも無い中立の状態になってしまいました。
(どちらかと言えば被害者感情重視の賛成派です)
これから更に議論を進めていく中で、ある結論に達するとは思いますがそれまでこのブログが存在してる事を願っております。

投稿: 土建屋40才 | 2009年3月30日 (月) 19時03分

被害者を忘れてる馬鹿が小田島擁護してるんですね、わかります

投稿: | 2009年3月30日 (月) 18時06分

雪、また見られると良いですね。雪がまた見られることを信じて生活してください。
私も北海道在住経験があるので、雪は大好きですよ。

投稿: | 2009年3月30日 (月) 16時41分

億 さん

たぶん、フィリピンの彼女はプロテスタント(キリスト信仰)ではなくてカトリック(マリア像や聖人を拝むほうです)だと思います。旧約聖書中心でしょうね。

投稿: らん | 2009年3月30日 (月) 15時42分

以前死刑大賛成だった頃の、熱く死刑を絶賛していた自分が今はとてもおそろしい 遺族でもない第三者が熱く死刑を語っている文章を他のサイトでみるとこわい

投稿: 。 | 2009年3月30日 (月) 13時19分

裁判員制度。。。。ぜひ「元刑務官が明かす死刑のすべて」とゆう本を読んでみてください。死刑の判決を言う立場になるかもしれないので、ただ言うだけでなく、ぜひ死刑執行に関する全ての事、そして死刑囚や最期まで死刑囚に係わる人達のこと等を知ってほしい。「報道sp・死刑執行」と検索すると、「まみすけのラストショー・報道sp・死刑執行」とゆうのがあり、そちらにもおおまかに死刑のことが載ってました。「元刑務官が明かす死刑のすべて」出版者=文藝春秋 著=坂本敏夫 価格=600円

投稿: 。 | 2009年3月30日 (月) 13時03分

雪がなければ雪以外の楽しみを見つけたら良い。
世の中は右や左だけでなく天も地もある。
自分の願ったものしか観ないことがこの方の不幸であると感じる。

投稿: amp | 2009年3月30日 (月) 12時51分

好況、不況の問題ではなく税金を使って桜餅やイチゴなど出す必要は無い。刺身の有無にしろ死刑囚に楽しみなど必要なはない。楽しみが無ければ反省が出来ないようでは本当の反省ではないし、死刑は死を以って罪を償うことなのだから、反省事態なくてもいいオプションに過ぎない。

投稿: | 2009年3月30日 (月) 12時43分

連投容赦してくれ。
今度は死刑反対の皆さんにお聞きしたい。
命の重みは万人同じというのは、自分の中で納得もしているし、同じ価値観であるとおもう。

上記質問と同じ事を聞きたい。
自分の最愛の人が殺されても、貴方方は、今の態度を貫けるのかな?

綺麗ごとでなく、真剣に考えて本気で答えて欲しいと思う。
それでも自分の家族を殺した犯人を許せるというのなら、その理由も教えて欲しい。(例えば自分は信仰があるからとか・・)

投稿: 元祖何様 | 2009年3月30日 (月) 12時34分

被害者や被害者遺族に感情移入して、コメントを入れている第三者の立場の人達にどうしても聞きたいのだが・・
何故、そんなに被害者や被害者遺族に感情移入できるのか教えて欲しい。
自分にはとても不思議だからだ。

そして、その人達にもう一つ質問したい。(こちらの方が自分にとって重要な質問だが)
もし自分の親や子供が死刑相当の犯罪を犯し捕まったら、今と同じように被害者や被害者遺族に感情移入して、殺人を犯した自分の家族をけだもの扱いし、死んで当たり前と、平然と今の気持ちのまま同じように言えるのだろうか?

自分の親や子供が死刑相当の犯罪を犯し捕まった状況は考えにくいとはおもうが、そこをなんとか、考えて答えて欲しい。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月30日 (月) 12時26分

毎日拝見させて頂きいろんな方のご意見を読み、複雑な気持ちになります。
この、死刑囚は、幼い頃苦労したおかげで、何もしつけしないで、寂しい人生を送った事でしょう。
子供をお産みになった以上、その親は、苦労の生活でも、愛情を注いでいれば、この死刑囚は、また違う人生を送った事でしょう。 私は、この死刑囚が根からの悪い方とは、思いません。
それは、自分がしてきた事に対して反省心があるからです。
私があなたの死刑囚の親ならば、生活が苦しくてもあなたが生まれた時から、抱きしめ、愛情を注ぎ、そして、一緒に笑い、叱り、一緒泣き あなたを抱きしめ育てた事でしょう。
そうする事であなは、こんな人生を歩まなかったかもと私は思いました。

投稿: 女神 | 2009年3月30日 (月) 11時57分

今の小田島が娑婆に出てきたら凄く優しい人間として生活するだろう。多分一週間くらい。世間の色々な欲望、女、ギャンブルに手を出し始め金に困りまた犯罪を犯すだろう。

投稿: 冠 | 2009年3月30日 (月) 11時09分

このブログには何か重苦しい物を感じますが、「覆水盆に返らず」とは正にこの事であり、取り返しが付かず更に許されざる事をした人間の末路とも思え、感情的に小田島死刑囚を罵倒するカキコ(遺族なら別)には怒りを感じつつも、死刑制度自体に少なくとも反対は出来ないと結局は思ってしまいます。
よく遺族の立場なら、なんてご意見伺いますが私個人は自分が犯罪被害者遺族の立場になった場合のことなど想像すら出来ないですが、よく報道される遺族の方の怒りや悲しみ更に加害者への極刑を求める発言に、反対は絶対に出来ない。
北国育ちの小田島死刑囚が次の冬の雪を見れたらなな、と内心多少は思いたいのですが、ではいつになったら刑を執行するのか?とも思うのも事実です。

投稿: Si | 2009年3月30日 (月) 11時06分

事件当時は馬渕モーター事件も光市母子殺害事件も女子高生コンクリート事件も犯行の残虐性が世間を騒がせたが時間の経過が事件を風化させ、犯人も徐々に人間性を回復している様に感じた。

娑婆に居た頃は社会に適応出来なかった死刑確定囚達は
3度の飯に困らぬ留置所の中こそがもっとも適した彼らの居場所ではないだろうか。

娑婆に居た頃にこのような桜餅1つに喜びを見出せる感性があったら。

と思うと残念な気持になる。

投稿: 土建屋40才 | 2009年3月30日 (月) 08時06分

ここで小田島死刑囚に感情移入してしまうのは、人間として正常な感情だと思います。

死刑を望む人も反対する人も、ここでひとりの人間が感情を表したり、気持ちを表現しているのを読めば、少なからず感情移入してしまうし、心底憎む気持ちは多少なりとも薄れてしまうはず…。

でも逆の立場で考えてみて欲しい。
もし、小田島がシャバにいる時に、ここで誰か死刑囚の日記を読んだとしても、何とも思わなかったと思う。
可哀想だなんて思わないと思う。

何故なら、それが小田島という人間だから。


殺された人は、きっと何度も何度も命乞いをしたと思う。
でもそんな願いには耳を貸さず、小田島は平気で殺した。
4人も殺した。
その人達が自分と同じく感情を持つ人間だと言うことを無視した。


日記を読んで小田島に感情移入できる人は、命乞いする人を殺せないはず。

それでも殺せるのが小田島なのである。

投稿: メイプル | 2009年3月30日 (月) 03時25分

今はほんとにたくさんのコト、感じたり考えたりされてるんですね。私はイマにドップリつかっているから、小田島さんみたいに色んな事を感じとれないな。次は同じことを繰り返さないように、今みたいにいろんな事を感じて、考えて、幸せな小田島さんで生きる事ができるといいですね。ほんとにそう思います。

投稿: 。 | 2009年3月30日 (月) 01時36分

夜の就寝前にココを覗くとかなり切ないです☆☆死刑をのぞんでおられる全ての方達ごめんなさい。罪を犯した人には、生きてほしい☆犯した罪を背負って、犯した罪と向き合って生き抜いてほしい。もし私が残酷な被害者でも加害者には生き抜いてほしいです。もし私が死んであの世にいたとして、加害者が死刑でこっちに死んできてくれても全く何も得ない☆ざまーみろ私を殺したからお前も死刑で恐怖を感じたやろ。生きれなくなったやろ。って思うのかな。それよりも生きて、犯した罪・殺した私を時折思い出してくれたほうがいい。もしかしたら、「死刑まぬがれたラッキー」とか言って全く罪の反省がなかったとしても、加害者にそれなりの天罰がくだるだけ。死ぬより生きるほうが大変。罪を犯した人もそうでない人も、生きるほうが大変。生きて楽しい事して、ラクな事してても生きるのはなによりも1番しんどい事。生きることが当たり前で、1番イイことだとみんな思っている。。私の大切な人が残酷な被害者になったとしても、加害者に死刑はのぞまない。ただ、私は殺された大切な人に、色々な事をたくさん、毎日話し続ける。もし私が死刑賛成者だったとして、こんなやつ死刑にしろ!と強く言い続けていても、目の前に池田付属事件の宅間のような極悪人がいても、この今、執行ボタンを押す勇気は絶対にない 死刑賛成者は、平然と執行ボタンを押せるのかなと不思議に思う とくに遺族でもない、第三者の方達。執行前から執行後の遺体処理までできるのでしょうか。むごさに関われるぐらいの気持ちで死刑を願っておられるのでしょうか。死刑は、加害者が被害者をアヤメタのとおなじ、それぐらい残酷なこと。逆に死刑しろ死刑しろ と言い続けてるうちは、今よりも犯罪が減ることは確実にないと思う ここにこんな事を書いても仕方ないのに☆これを読んで気分悪くされた方にはごめんなさい

投稿: 。 | 2009年3月30日 (月) 01時22分

日記内容とはかけ離れるが、せめて妻の宗教を信じてあげればよいのではと思います。
既出記事で聖書のことが書いてあり、私も、それほど詳しく知らないが小田島死刑囚が読んだ箇所は旧約聖書のユダヤ教ですよ。
新約聖書を読んで完結するのがキリスト教です。
それを現在のパレスチナ問題にすり替えていくあたりは…小田島死刑囚の考え方だから良いとしても、妻を愛しているなら同じ神様に夫婦で祈れば妻も喜ぶのではないでしょうか。

投稿: 億 | 2009年3月30日 (月) 00時16分

彼に殺された人は名残を惜しむ暇すら有りませんでした。

投稿: | 2009年3月30日 (月) 00時07分

毎日拝見してます なんだか凶悪な事件をおこして死刑囚となった人間に対してせつなさを感じます 許されることではないので死刑は仕方がない。ただ全うな人生を生きてほしかった

投稿: だい | 2009年3月29日 (日) 23時50分

桜餅おいしかったですか?

投稿: 風花 | 2009年3月29日 (日) 23時50分

これから、起きる事の全てが、小田島さんに取って人生最後の出来事だと塀の中から感じている事が、ひしひしと伝わって来ます。(1年も命が無い)次に、雨・晴れ・雲に感動する時が、刑の執行の1・2週間位前と捉えられると思います。その次に、風に感動する時が、刑の執行の2・3日前と、このブログから私は、読み取りました。

投稿: 匿名太郎 | 2009年3月29日 (日) 23時34分

雪見納め?
そんな悲しくなるようなことを言わないで下さい。
来年も雪が見られることを祈ります。

桜餅が小さくなったのは、残念でしたね。
また、正月に刺身がでなかったりと、こういったところにも不況の影響というより、不況になれば真先に影響を被るのが弱者です。

投稿: | 2009年3月29日 (日) 23時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/473217/28867700

この記事へのトラックバック一覧です: 第214回 雪見納め?:

« 第213回 最後の送金? | トップページ | 第215回 Mからの手紙 »