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2009年3月 9日 (月)

第204回 あたりまえのこと  

2月6日.(金).晴
4日ぶりの晴天。
この世で、ごく普通に暮らし、ごくあたりまえに生きていることの幸せは、
あの世に逝く者にしか、わからないのかもしれない。

重い病気になればなるほど、健康のありがたさが身にしみて分るのと同じように、死刑囚になり、死を確実なものとして考えるようになって初めて、
生きていることのありがたさ、命の尊さが、わかってきた思いがする。

間もなくこの世からいなくなると考えると、
見るもの、聞くもの、すべてが新鮮に感じる。今まで気にもとめかった外壁の月隠しウイングの隙間から、細長く見える青空や、室内に30分位だけ入る朝の陽射しや、真夏には湯のようだった水道の水が、今は手が赤くなるほど冷たくなったことにも、やはり深い趣きを感じてしまう。

生きているからこそ見える、死んでしまえば何も見えなくなる。そう考えると、もうずい分と長い間見慣れている
狭い独房の中のありふれた光景にさえ、愛おしさを感じてしまう。

微笑みし 吾子の夢より 目覚むれば
消えさることなき 我が罪悔む


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コメント

確かに。強い子供、弱い子供、性格はそれぞれで生まれもっての性格もあるんでしょうね。私は三人の子供を育てていますがやはり生まれた時から仕事をしていてゆとりのある時間を子供達と過ごす事は殆どありません。大きくなるにつれて大変な面があり、しっかりした面がありやはり生き甲斐です。私が思うにやはり親の影響力がほとんどではと感じてしまいます。

投稿: | 2009年3月23日 (月) 16時57分

親次第とは言ってませんよ。家庭でできる事もたくさんあるということ。何が原因か…と考えた時、絶対に「これだ」というものはないですよね。社会の問題であり家庭の問題であり個々の問題であるわけで。
社会・家庭・個々…「犯罪と共存しなくても良い安全な暮らしを作るにはどうしたらいいのか」をこの三つの場所で話し合い、そして考える事から始まると思います。
人間は家庭環境や社会情勢の問題だけで腐るような、そんなつまらない生き物じゃないと信じたい。

投稿: | 2009年3月23日 (月) 16時46分

永山をはじめ、小田島や神田の経歴をよむと、子供時代の体験は確かに将来に大きく影響していると思う。

しかしこれは親だけによる家族環境と言い切っていいとは思えないんだよな・・自分は。
社会環境にも大きく影響していたと思う。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月23日 (月) 16時28分

子供を大切に育てる事は将来の治安の良い社会つくりにとって不可欠ですよね。

小田島死刑囚は幼少期に母親と共に川に入り親子心中未遂を経験してるそうです。

こういうトラウマも成人してからの連続殺人の原因の1つでは。と考えております。

幼少期の家庭環境を見守る地域の取り組みも間接的ではありますが犯罪抑止に繋がるのではと思っています。

児童相談所がしっかりしていれば、虐待死を防ぐ事の出来た事例も何件かありますよね。

投稿: 土建屋40才 | 2009年3月23日 (月) 16時14分

あ・・文章足らずですまない。
いずれにしろ、社会や学校が補うには賛成。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月23日 (月) 16時10分

うーん。
親次第っていうのもどうかと感じるよ。
親も生活のために共働きが当たり前のご時勢。
子供を成長させる為に働く。あるいは、子供の将来を考えて両親が働く。っていう状態になっている。
そういう社会を作り出したのが日本であって、一概に親の責任とは言いがたいとおもうが。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月23日 (月) 16時07分

殺人や罪を犯す人間てやはり幼い頃からの家庭環境が影響してますよね。そう考えると犯罪を減らすのは親次第って訳で、いくら私達が悩んでも犯罪者って減らないのかなって思ってしまう。今の子供は平気で人を刺したり傷つけ合う事が多くなってきている。やはり親の力では無理な部分を学校などがサポートして、刑務所や拘置所の事や死刑の事などをよくわからせておくべきだと思う。

投稿: | 2009年3月23日 (月) 15時43分

2009年3月23日 (月) 14時24分名無氏へ

「嫌だ」と思う気持ちは当然。そして、「ごめんなさい」と言う必要も無いし、そう思うことも全く無い。
自分が貴方なら、同じことを感じるとおもう。


投稿: 元祖何様 | 2009年3月23日 (月) 15時37分

私は神戸連続児童殺傷事件の少年が少年院を出て私が暮らす県に来るらしいと風の噂で聞いた時、「嫌だ」と思った。身近に来て欲しくないと当然のように思った。これを責められたとしても、「ごめんなさい」とは言えないのが正直な気持ち。やはり死刑の是非を問うよりもまず犯罪を減らす努力が必要で、もはやそれ以外には誰もが納得でき、誰もを救える方法などないように思う。
軽視される命、乱れた性、社会秩序を揺るがし次々に問題を生み出す昨今の現状は教育のぬるさがひとつの原因と私は考える。何も学校だけが子供に物事を教えているわけではない。家庭内でできる事は実に多いし、本来はそこで学ぶべきなのでしょう。
小田島には辛い寂しい幼少期があった。子供を持つ者としてそれだけは胸が痛む。何故彼は強く生きられなかったのか…その答えは見つからない。「運」だと言ってしまえばそれまでだろう。
今も彼と同じような境遇に置かれた子供はたくさんいる。児童相談所等、その子達を救えるだろう環境や制度がより身近なものになればと願うと共に、次世代の人間を育てる大人として個々がその責任を自覚せねばと思う。私にできる事はそれくらいしかない。

投稿: | 2009年3月23日 (月) 14時24分

さすが奥深い。私は今まで単純に被害者やその遺族立場で考えていました。加害者の家族も確かに何の罪はありませんね。加害者の親は自分の育て方がいけなかった、等反省する面はかなりあるとしても子供には何の罪ありませんからね。死刑囚とは自分の血を分けた子供の人生までだいなしにしてしまう。冤罪に関してはまた違う問題が出てきますが、やはり私は小田島死刑囚のような凶悪犯罪を犯した人間には極刑が必要だと思います。

投稿: | 2009年3月23日 (月) 13時19分

皆考えることは一緒だったようで(笑)
あらためて宜しく。


三、四日前の毎日の記事なのだが、興味深い内容だったの紹介したい。

この記事で感じたことがいくつかある。まず、断っておくが、この記事で冤罪について、また、死刑存廃論について話し合おうというのではない。

その上で感じたことコメントする。

(記事)
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20090318k0000m070117000c.html 

今まで自分たちが議論を交わしてきたように、5月から裁判員として参加するのであるが、わが国は 死刑情報や刑の執行に関する情報があまりにも少ない。情報が皆無に等しいまま(死刑判決を出したらどのように執行されるのかを知らないまま)、裁判員として参加し、凶悪犯に対し、『酷いやつだから、死刑』と判決だして、投げ出しても良いものか?と感じた。

この冤罪者は『「私自身、逮捕前に死刑について考えたことはなかった。悪いことをしたのだから、命を奪ってもしようがないと思っていた」と言う。「悪いことをしたのだから」といった単純な考えで・・・』と続く。ある日突然、このような立場に立たされることが絶対無いとは誰も言い切れない。被害者や遺族感情だけに肩入れしてはいけないと改めて感じる。

そしてもう一つ。加害者家族、あるいは執行後の遺族としての加害者家族野問題もある。死刑囚の子供や兄弟、親には罪が無い。しかしながら、家族に死刑囚がでたからと色眼鏡でみられ、自殺に追い込まれたりする悲惨なケースが後を絶たない。これも大事なテーマである。


ブログの中でもそうだったのだが、被害者感情や遺族の気持ちを共有できても、加害者やその家族の立場まで慮れる読者は少ない。誰かのコメントに、『客観的、(中立といったかな・・)の立場は、裁判官に任せて置いたらよい』といっていたのがあったが、そういう国民が裁判員として裁くのだよな。
本当にそれでいいのだろうか?

自分のように、一歩引いたところから、被害者、被告人を冷静に見る目を持たなくてはいけないのじゃないか?


投稿: 元祖何様 | 2009年3月23日 (月) 13時00分

私は最初の頃からネーム無しでたまに参加していた者です。元祖何様さんや土建屋さんなど初期から参考になり、舞さん、冠さんなど非常に良いコメントの交わし合が参考になっています!どうです?荒らしのコメントは一切無視して今まで通りやりませんか?ちゃんとコメントしてくれる方もいますし。

投稿: | 2009年3月23日 (月) 11時18分

死刑廃止理論が間違い
死刑反対者が荒しの根元

投稿: | 2009年3月22日 (日) 18時32分

しかしこんなに酷くなるとは思わなかった。コメントはもの凄い勢いで追加されるのに、その殆どがふざけた内容、、、真面目にコメントされた人への誹謗。このブログはあとどの位持つのだろうか、、、

投稿: 冠 | 2009年3月22日 (日) 11時54分

死刑反対論者は狂ってる

投稿: | 2009年3月21日 (土) 21時23分

元祖何様さんと同じ事を考えてました。以前私は冠と名乗る前、別のハンドルネーム、名無しでずっとこのブログでコメントをしてきました。さすがに土建屋さんほど古くはないですが。私なりにこのブログに愛着がありずっと昔から死刑という特異なものに興味を惹かれていました。しかし、私たちの周りで死刑に関する話題が出る筈もなく、語りあう事も出来ない。このブログを見つけた時はすごく嬉しかったです。そして、こんな素人の意見に色々な意見を返してくれる。正直、最初の私と今の私とでは死刑に対する考え方がかなり違ってきていると感じています。最近は小田島の日記のコメントも心の内情を語るものに変化し、今後が楽しみになってきた矢先です。元祖何様さんのいうとおり私たちはここに留まる、不都合がおきたら遡る。しばらくはそれでいきましょう。

投稿: 冠 | 2009年3月21日 (土) 13時21分

まぁお前の命は尊くないわけだがな

投稿: | 2009年3月21日 (土) 12時00分

小田島の獄中日記を通して、死刑存廃論や司法の問題や
裁判員制度のありかた等、私みたいな素人や有識者が同じ土俵で語りあえるこの場所は使い方次第では社会に貢献するブログになり得ると感じています。

皆で知識が長期間研鑽出来る様。お互いに最低限のマナーや礼儀をわきまえてもらいたいものです。

投稿: 土建屋40才 | 2009年3月21日 (土) 07時50分

いろいろ考えて、真面目に議論に参加している人達、読んでいる人達に提案なのだが、落ち着くまでしばらくの間 ここにとどまって意見を出し合ったらどうだろう。

折角、今まで議論を続けてきていたし、皆なこのまま終わらせるには惜しいと思っているし どうだろう?

ここが荒れるようなら、もっとさかのぼって移動しても良いとおもうし・・
皆さんの意見がききたい。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月21日 (土) 06時17分

このブログに最近参加された方の多数は真面目にコメントしてくれた人達だと思う。逆にそれだからこそ残念でならない。

投稿: 冠 | 2009年3月21日 (土) 05時05分

いままで私はたいしたコメントはしなかったし、罵倒する事や読んでいる人を不愉快にするようなコメントしたかもしれない。

でも、それぞれの意見を見て読んで見いだす事は只あった。

よいしょよいしょに管理人さんがコメントしたり、まとめたりした。

題材が題材ではあるが、良いブログでした。

落ち着くまで少し様子見ます

投稿: 人 | 2009年3月20日 (金) 22時56分

失礼。

もう1度言い直します。

管理人さん。

2ちゃんみたいな掲示板になってもいいの?

せめてHNを提示するようには出来ないのかな。

投稿: 土建屋40才 | 2009年3月20日 (金) 22時38分

しかし。

・・・・・・なんか寂しいな。

管理人さん。

こんなんでいいの?

投稿: 土建屋40才 | 2009年3月20日 (金) 22時33分

初期のころからこのブログを見ているものです。

舞さん、あなたやここの常連さんたちとのやり取りは内容が濃くて本当に興味深い。
が、ここ最近は、というと見さんのいっていることもわからなくもない…。
人さんの言うように質が落ちて、なんというか、見るのが煩わしくなっています。

もう昔のように…

投稿: 影響 | 2009年3月20日 (金) 22時10分

連投失礼。これで最後。

とりあえず…以前とはすっかり様変わりしてしまったこの場に、私は存在するべきでないという事はよくわかった。


冠さん、私もおりるわ。あなたや元祖何様さん、匿名太郎さん、土建屋40才さん他…私に意見をくれた方々とゆっくり語り合えた頃が懐かしい。


あーでも何かすっきりした。これにて失礼。

投稿: 舞 | 2009年3月20日 (金) 21時29分

見さん


なるほど、ではあなたの意見もいわゆる「釣り」なのね。


あなたが言うように、私はこの記事に対する私のコメントに対して反論があったから意見を返したまで。揚げ足取りや荒らしとは見なしていないし、現に違うと思う。


荒らしっていうのは口汚い言葉で他人の気分を害したり、場の秩序を乱す事ではないの?一つの意見に対する反論や批判が何で荒らしになるのよ。そしてそれに答える事も荒らしだって?ならそれぞれの記事におけるここ2日間の膨大なコメントはほとんどが荒らしという事か。


もともと新聞に紹介される前は、記事内容云々に関係なくそれぞれの意見を自由に述べ合う場だったのです。私はそのやり方が好きだったからそれを貫こうとしたまで。


だいたいね、ここは2chじゃないんだよ。「釣り」って2ch内で使われる言葉でしょ?そんなものを何故ここで理解しようとしなきゃいけないんだか。
「釣りの意味をわかってない」?んなもんわかりたくもないね。
外部での常識(とされる事)を持ち込んで何もかもわかったような言い方で揚げ足取ってくる方がよっぽど滑稽だし不愉快だ。そんなにあのデカい掲示板が好きなら、さっさと巣に帰れっつーのよ。

投稿: 舞 | 2009年3月20日 (金) 21時20分

舞氏よ…
釣りの意味をわかってない
あなたが幾ら釣られようと釣り氏は「馬鹿じゃねぇの?」と思うだけ、それに
>>釣られにいって自ら荒らしてるのがわからいのか?
ってのも釣り…
あなたは見事に釣られ、ここの、この記事とは関係ない話をしてしまっている
ここの板(コメント)に関係のある疑問、批判に対して反応するのらいいんですがね、
>>舞氏は自分がしたコメント云々は、~~~
こんなのにいちいち反応してたら板は汚れるばかり…

荒しに釣られた方も荒しですから…

いたちごっこですよ、ほんと
周りから見れば滑稽ですし、不快です
少しは自重したらどうです?

投稿: 見 | 2009年3月20日 (金) 20時53分

コメントは何処みてます。

でも以前のような興味深くコメントは見れなく、見るのも面倒くさい感じがして来てます。

投稿: 人 | 2009年3月20日 (金) 20時23分

頑張れよ。舞さん。ただしあんまり酷いと口を出すと思うけど、くだらないコメントにいちいち反応するのはめんどくさい。今まで通りこれからも毎日見てるから。

投稿: 冠 | 2009年3月20日 (金) 11時24分

自分の意見に対して疑問の声があがりそれがこちらの意図しない解釈だったから、「違うよ、それはこうなんだよ」と説明し直しただけ。
それが荒らし?面白い解釈ですね。良ければもっとお話聞きたいわ。


だけどあなたはあーだとこーだと議論を繰り広げられるのが目障りなんでしたっけ。なら、そちらからいちいち突っかかってこなければ事は解決しますね。
暇人の相手など、忙しい人はしないでしょうから。
それから改行については、私は携帯のみなので見やすさを考慮した上で行っております。ご了承下さい。


他の常連さん達は一時的にひいて見守るとの事、非常に心細く残念。
しかしながら私はこれまで通りのやり方を変えるつもりはありません。
むしろふっかけた方がうんざりするまで釣られてみようと思います。

投稿: 舞 | 2009年3月20日 (金) 06時56分

無駄な空白の改行をやたらと入れるのも、
マナーとしてなってないと思う。

投稿: | 2009年3月20日 (金) 01時48分

「生きている」の素晴らしさ・・・・そして、他人の「生」を奪ってしまうことの恐ろしさ・・・・。

人は自分の可愛さゆえ、身勝手な行動をとってしまう。
行動する前に少しでも他人を「思いやる」ことができれば、被害者もそして犯罪者自身も悲劇に陥ることはないのではないか。

小田島死刑囚の言葉は肯定的にも否定的にも捉えることはできる。私自身、肯定的に捉えたい気持ちはあるが、犯した罪の大きさを考えると「・・・今頃になって・・・」という気持ちもある。

ただ、彼の言葉を読んで、もし、少しでもこの世の犯罪が減るのだとしたら、罪を犯すのをとどまる人がいたのなら、良いのではないかとも思う。

犯罪の事実はどのようにしても消し去ることはできない。そして、亡くなった被害者の命は永遠に戻ってこない。償っても償いきれるものではないということであろう。・・・たとえ死刑となっても。

だからこそ、罪を犯す前に思いとどまれるような、相手の人権を思いやれるような・・・・そんな雰囲気の社会を醸成していくことが大事になってくるのではないだろうか。

投稿: KDK | 2009年3月20日 (金) 00時31分

ここか、コテハンが持論だか異論だか知らんけどグダグダやってるのは
ここまでやってると滑稽にみえてくるから面白い

舞とか言うやつはありゃただの暇人だな
たちの悪いことに開き直ってる
釣られにいって自ら荒らしてるのがわからいのか?


投稿: | 2009年3月20日 (金) 00時24分

ほんと、おかしいですよね。自分でも何故、このブログやコメントにここまで興味を惹かれるのか不思議でなりません。


自己顕示欲の塊、暇人…他者からはそう思われているのかもしれない。それはそれで間違いじゃないですから、これと言って異論はないんですけどね。


とりあえず今は子供達が寝てからの貴重な時間のほとんどをこのブログに費やす事が私の楽しみなんですよ。そっとしといて下さいまし。

投稿: 舞 | 2009年3月20日 (金) 00時08分


ここのコメントはおもしろい。
ほんとそれこそ口論。

この更新率、
舞氏がいくつもの記事のコメントをセカセカチェックしてカタカタ打っていると思うと笑ってしまった。
態々釣られにいってまで…。
ご苦労様です。

投稿: | 2009年3月19日 (木) 23時53分

なるほど。では早速弁明を。


まず、私はご指摘のあったコメントで「加害者と被害者を同じ目線で見れない」といった事を書いていたかと思うんですが、「上か下かなんて稚拙な問題じゃございませんよ」というのはあくまで私自身の意見に対しての補足なんですよね。


ようするに、「私は加害者と被害者を人として同じ目線で見る事はできません。ですが決して加害者の方が下、被害者の方が上というような稚拙な事を言いたい訳ではないんですよ。」と、言う事。


元祖何様さんを馬鹿にしたつもりはないですね。むしろ私とは真逆な思考をお持ちという事で大変興味深いです。だいたい元祖何様さんは「自分は被害者の方が云々…」とか一言も言ってないでしょう?


ご理解いただけたでしょうか。

投稿: 舞 | 2009年3月19日 (木) 23時30分

>もちろんどちらが上とか下とかそんな稚拙な話ではないです

稚拙な話?
いったいなにがどう稚拙なのですか?

自分の良識に基づいて、それこそ凝り固まった意見をかわすの良い、ただ稚拙というのは元祖何様氏の意見を受け付けないばかにしたものと感じます。

ちょっとちょっと…と思いますけど

投稿: | 2009年3月19日 (木) 23時09分

今話題になってるということで、初めてみにきたけど、いい討論というより口論になってる気がする。。。
いい書き込みして、人から評価受けると2回目も書きたくなってしまうかもしれないけど、それをどんどん続けると人から攻撃されやすくなるんではないかしら。
「いい加減」っていういい言葉があります。
ここらへんでやめとこうって思わないと、なんだか主旨が全く離れていってしまう。
私は神田司ブログをよくみてます。
比較するのはおかしいけど、こっちの死刑囚の方がまだまともなこと書いてる気がする。
この人は4人も殺し、神田は3人でひ弱な女性を殺してるのか。

投稿: 母 | 2009年3月19日 (木) 22時10分

小田島さん、
「二度と時間は取り戻せないこと」、「ごくあたりま えに生きていることの幸せ」。
もしよければ、これから生きていく人のために、あなたがいま感じていることをもっと伝えてあげてください。
小田島さんがこのごろ気づいたことに、もっと早く気づく人が出てくるといいですね。

お体に気をつけて。

投稿: | 2009年3月19日 (木) 21時37分

えーとですね…ごめんなさい。ちょっと理解できない。何か言いたい事があるなら、きちんと伝わるように具体的に書いて下さいな。


私が「自分のしたコメントを忘れている」ってのは何に対しての話?
そんで「相手するだけ無駄と思ってる」というのは、誰の話?

投稿: 舞 | 2009年3月19日 (木) 19時06分

舞氏は自分がしたコメント云々は、皆スルー、突っ込み入れるだけ無駄って思っているからでしょ。
相手するだけ無駄ってことでしょ

投稿: | 2009年3月19日 (木) 16時45分

山笠氏へ
自分への反論と受け取ったので、返信をする。

『木を見て森を見ずとは、これいかに。』 その言葉、そっくりそのままお返ししよう。何故なら、山笠氏は『これほどの大罪を犯した人間』=小田島に限っての発言と見受けられるし、明らかに遺族側に立っての発言だよな。君こそまさに、『木を見て森を見ず』ではないか。

前回コメントで、自分の立場をはっきり述べている通り、少なくとも自分が意見しているその位置はあくまでも客観的なのだよ。

余談だが、
自分は死刑存廃論にはかかわれない。
賛成でもなければ反対でもない。何故なら、自分の中で結論が出ないのだ。現行法があるのだから、それに従っているといった立場である。

だが、しかし・・

小田島を人間として扱うのが何故可笑しいんだ?
事実、人間だろう。

小田島も自分も人間、という大前提の立場での発言は、君に『笑止千万』されることなのか?

山笠氏は過ちを犯したことは無いか?
完璧な人間なのか?


投稿: 元祖何様 | 2009年3月19日 (木) 14時02分

>いずれにおいても相手に対する礼節をわきまえさえすれば。
>「あんた何言ってんの?」的な、思考及び発言そのものをバカにするようなコメントなんかは、ちょっとちょっと…と思いますけど。

舞氏は自分がしたコメントを忘れているのだろうか

投稿: | 2009年3月19日 (木) 11時35分

何もすることが無いから晴れ4日ぶりとかに気づくんだろ?
一生懸命生きてるやつらは大して気にならないぞ

投稿: | 2009年3月19日 (木) 04時53分

ハンムラビ法典196・197条的思想の方が多いんですね。
文明だけはこれだけ発達しても、内面は全く進化しないのが人間なんでしょうね。

投稿: | 2009年3月18日 (水) 21時49分

この死刑制度があったからこそ、実感できる「生」。

自らが奪った命への「生」を持ってしての贖罪。

死刑制度が残虐刑だとは思いません。


「殺されることが怖い、恐ろしい、逃げたい。
      
 何よりも生きていたい」

死刑囚とならなければ、被害者の立場で考えることもできなかった、それが今やっと考えられる。

最期の人間更生プログラムだと考えます。

投稿: 関 | 2009年3月18日 (水) 21時44分

俗世から離れ強制的に自己を見つめる時間がたっぷりあれば、
時に感傷的になり、時に哀愁を漂わせる言葉も出るでしょう。
しかし、何の落ち度もないに拘わらず、
己の欲望に任すまま非人道的に虐殺された被害者は、
感傷に浸ることも、幸せの断片を感じる事もできない事実。
いかばかりの苦しみ、恐怖であったか・・・。
残された者の苦しみ、悲しみはいかばかりか・・・。

これほどの大罪を犯した人間を
もはや人間扱いする必要もないのではなかろうか。
あるのは”処分”のみである。

匿名太郎や元祖何様がしたり顔で論じる態は、
笑止千万。
木を見て森を見ずとは、これいかに。

投稿: 山笠 | 2009年3月18日 (水) 20時17分

4人も人を裁いた貴方は神ですね。

投稿: | 2009年3月18日 (水) 20時04分

そうですね。 たまに、ええっと思うようなコメントもありますが人それぞれの意見ですからね。

投稿: | 2009年3月16日 (月) 13時34分

己の意見に相反するコメントに対して議論…というよりも、自分にない思考だからこそもっと聞いてみたい、突き詰めてみたいと思うんですよ。あくまで私は、ですけどね。それだけ興味があるって事です。
逆に突き詰め返されるのもまた、面白い。


捉え方によってはそれが正か悪かを問うているかのように感じてしまう事もあるのでしょうね。
だけど、否定も肯定も同意も反論も、在っていいんじゃない?
いずれにおいても相手に対する礼節をわきまえさえすれば。
「あんた何言ってんの?」的な、思考及び発言そのものをバカにするようなコメントなんかは、ちょっとちょっと…と思いますけど。
ここはそういう事もあまりないし、あったとしてもそれに対して意見を投げかける事でまた自分にとってためになる場合もあるかもしれないし。


それぞれがそれぞれの思う良識に基づいて、のびのびと意見を交わし合えればこの上ないですね。

投稿: 舞 | 2009年3月16日 (月) 12時31分

本当にその通りだと思います。

投稿: | 2009年3月16日 (月) 11時44分

『被害者と加害者を同一線上において判断』という意見があったが、其れが自分の発言に対してのコメントであるなら、自分はそのように考えていないといいたい。
それは、自分が主張している客観的立場と思わない。

自分はむしろ、加害者及び被害者が対立した立場に位置するからこそ、それぞれ切り離した立場に立って、第三者は考えることができると思う。

被害者感情にのみ理解できる客観的立場の人もいれば、逆に、加害者立場を擁護する客観的立場の人もいるだろう。

自分の場合は、客観的立場であるがゆえ、相対する立場に自分が置かれたときを、それぞれの(別の角度で)分けて考えるように心がけたいと願う。決して同一線上ではないよ。

無論、客観的であるからこそ、その受け取り方は皆千差万別であるのは当たり前。

舞氏の言われるとおり、ここでのコメントは、皆、様々な角度や立場にのっとって、『自分はこう思う』とか『貴方の意見は自分には受け入れ難い』とか個人的意見を皆述べているだけ。

であるからして、自分が思うに、誰が正しいとか間違っているとかを主張しているのではないと思う。

不特定多数の人が、色々な角度から意見するからこそ、凝り固まった自分の視点でだけでなく、視野が広がる気がするし、大事だと思うのだよね。それがたとえ、自分の意見に沿わなかったとしてもだね。

相反する意見に対して議論や論破するには、不毛なテーマ過ぎると自分は考える。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月16日 (月) 01時58分

小田島のように罪もない人間を自分の欲望のために四人も殺害したやつに反論以外何がありますか?同情のよちもない。

投稿: | 2009年3月14日 (土) 16時43分

そう。中立的な立場は弁護士や裁判官等、それを生業とした方々が担ってくれている。
第三者は、自分が得た情報をもとに「ああだこうだ」と言うしかできないんですよ。結局はね。
そこから更に飛躍して、「死刑制度」「凶悪犯罪者の心理」等といったものに興味を示し議論を交わしたいと思った人々が集うのがこのブログでしょう?


彼を人として見つめ、凶悪犯の姿以外の部分も評価したいという人もいれば、私のように憤りや反感を持つ者もある。
「自分はこう思う」「私はこうだ」と意見を交わし合う事と、「こうあるべきだ」と断定し更に他者にもそれを求めんとする事は、似てるようでまるで違います。


文章ですから、表現方法によって捉え方は幾重にもなり時には誤解や相手に意図せぬ意見をするor頂く事もありますが、なるべく前者でありたいものですね。

投稿: 舞 | 2009年3月13日 (金) 22時00分

舞さんに同意。
人が人を客観視するなど、人が人である限り不可能だし、ましてや第三者だから被害者と加害者を同一線上において判断しようなど、それこそおこがましい。
小田島は無関係の人間を、己れの欲望で何人も殺害した。人間は弱いから強盗殺人を犯すのか?
人を惨殺する事を繰り返す人間と、そうでない人間がいる。大半のそうでない人間からすれば、小田島のような強盗殺人犯は問答無用で恐ろしく、許し難いと思う。
それが客観か主観か、上か下か?あまりにバカバカしい。

投稿: | 2009年3月13日 (金) 19時58分

舞さんがおっしゃるとおりほとんどの書き込みをしている人達は客観的な立場だと思う。マブチモーター事件を起こした後、更に2人殺している小田島は間違いなくモンスターである。その化け物を一般的な立場にある舞さんや私達が批判的なコメントをするのはごく普通の事ではないのか?我々は識者でも専門家でもない。酷い事件を起こした人間の日記を見て自分の感想や意見を書き込んでいる。様々な方向の意見が出る事は当たり前の事じゃないのか?私はそれぞれが自由に書き込めばいいと思ってる。

投稿: 冠 | 2009年3月13日 (金) 19時34分

そもそもこのような事例に対してどうすればいわゆる「客観的」になれるのか知りたいですね。


逆に言えば当事者でない第三者は物事を多くのフィルターを通して遠くから見ているわけですから、それらは全て「客観的」だと言えるようにも思えますが。


当事者でない以上、ここに投稿されている数々のコメントは(私も含め)結局は各々の個人的主観に基づいた客観的意見になると思いますよ。

投稿: 舞 | 2009年3月13日 (金) 10時02分

細かい各々の事例を挙げての反論や反発感情は決して、客観的ではないですね。

次元が違っている気がします。

投稿: | 2009年3月13日 (金) 09時20分

彼が週刊誌から支払われた報酬(ある程度まとまった金額だとか)を、弁護士が再三に渡って「遺族への被害弁済に充てよう」と勧めたにも関わらず、フィリピンにいる妻子に送った彼。
その時こう言ったそうです。
「(資産家の)被害者遺族と比で暮らす妻子とでは、生活の程度が違う。」
これが自ら事件の全貌を明らかにする前、「養育費を作りたい」と相談していた結果のようです。

私は自分が完璧な人間ではないからこそ、このような犯罪者と被害者(遺族)を同じ視点の高さで見る事は非常に難しいと感じますね。
自分と犯罪者を同じ視点で見るという事も同様に。もちろんどちらが上とか下とかそんな稚拙な話ではないです。

投稿: 舞 | 2009年3月13日 (金) 09時04分

第204回 あたりまえのことを読んでの個人的な感想を述べる。

「あたりまえのことを、あたりまえにできる人間になるのは、簡単なようで難しい。」と我恩師がいった。

人生経験を重ねて、恩師の言葉が重い意味をなす。

ヒーローになるのは難しい。ヒーローでなくても、他人に迷惑をかけないとか・・自分は其れさえも難しい。

知らず知らずのうちに、(犯罪者は確信犯かもしれないが・・)人を傷つけ(迷惑かけ)て自分は生きていると思う。

『当たり前に生きる』というのは、ある意味ものすごいことかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

福沢諭吉の有名な言葉。『「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』は死刑囚小田島も、我々も人間。同じ人間としてという基準を定義している。

自分は、匿名太郎氏のスタンスに全面的に賛成である。

犯罪者であれ、犯罪には無縁なものであれ、どちらも基準は人間なのだ。

(余談だが、某弁護士のように自分が犯罪被害者になったら、犯罪者の利点を追求しながらも、同時に被害者感情に囚われ、右が左に動くかもしれない・・・。)
もし自分がどちらかの当事者だったら、今述べている客観性意見も主観に陥ってどちらかの立場で辛辣な発言を将来するかもしれない。

自分は人間。=弱い心も持ち合わせている。

幸いにも、自分は犯罪者ではないし、遺族でもない。
であるから、自分は客観的な立場に立って、犯罪を分析したいと思う。犯罪者と被害者=遺族の立場、双方の立場に立って事実を考えてていきたい。

小田島の犯罪は、自分らと同じ人間が行った犯罪。

其れに対して、当事者(犯罪者や遺族)ではないという客観的な視点から、匿名太郎氏が述べられた意見を自分は高く評価する。


  

投稿: 元祖何様 | 2009年3月13日 (金) 07時47分

よど号で外国に逃げ出した連合赤軍事件のふたりの執行、多摩市パチンコ事件の中国人の執行も主犯が逃亡中のため止まったままだ。オウム事件は事件に関わった人数があまりに多いので今後いつ執行があるのだろうか?共犯者は同日執行が多いのだが、オウム事件の全員の同日執行は不可能だろうな。

投稿: 冠 | 2009年3月13日 (金) 07時12分

共犯の最終判決が出ないと執行できないというのは法律ではなく、ただの慣習によるものだろ。
くだらない慣習など捨てて早く執行するべき。
意味のない者を生かしておいても税金の無駄だ。

投稿: | 2009年3月13日 (金) 06時44分

その前に小田島の事件はまだ終わっていませんよ。小田島の死刑が確定しても、共犯の守田克美がまだ上告中です。確定までまだ時間がありそうですし、確定後まだ数年は処刑されないでしょう。その後も再審請求で・・・
小田島の日記はまだ続くと思いますし、当の本人もまだ先だと思っているでしょう。
反面教師として拘置所での生活をいろいろと教えてもらえるのはいいと思います。管理人さんお疲れ様です。

投稿: | 2009年3月13日 (金) 00時53分

某外国のように、確定、即執行が望ましい。
受刑者が反省したところで被害者が生き返るわけではない。
食わせる飯がもったいない。

投稿: | 2009年3月12日 (木) 19時22分

四人も殺した人間がたまたま真摯な心になった時に文字として残した言葉を真に受けない方が良いと思うが。

投稿: | 2009年3月12日 (木) 10時34分

4人殺して命の大切さに気づく人間も
いれば気づけない人間もいる
世の中、人間のクズは沢山いる
クズは所詮クズ
そういう人間と関わらないことを祈るのみ
まあ、運がすべてか世の中

投稿: ランド | 2009年3月12日 (木) 09時40分

小田島のような犯罪者より悪いやつってたくさんいるだろう。
ブラック企業の経営者とか先の見通しもせず結婚出産したやつとかね。

投稿: リッツ | 2009年3月12日 (木) 01時33分

匿名太郎さん


「批判・誹謗中傷を覚悟でブログを始めた小田島さんの気持ち」とありますが、彼はこのブログの存在を知らされていないのでは?


「吊せ」「死ね」等の低俗なコメントは誹謗中傷になり得るかと思いますが、このブログに描かれる彼の心情に反感をもつ事全てにおいて誹謗中傷となるのでしょうか。


私も先のコメントで「軽蔑」という言葉を使いましたので、匿名太郎さんのコメント内容には私も含まれているかと思いコメントをお返しさせて頂きました。


私の勘違いでしたら大変申し訳ありませんが、私はストレス解消目的でコメントを残したつもりは一切ありませんのであしからず。

投稿: 舞 | 2009年3月11日 (水) 19時15分

全体のブログのコメントを読ませて頂いております。中には、単純に小田島さんに対して、利害関係も無いのに、ストレス解消の為に誹謗中傷をしている方々も中には、残念ですが、いらっしゃるように見受けられます。その方々に考えて頂きたいのは、批判や中傷・軽蔑を覚悟で、このブログを始めた小田島さんの真意を考えて頂きたいと思います。私も含め、完全な人間は、いません。
しかしながら、私は、小田島さんが、死刑囚として刑に望む必要が、ある事は、肯定的です。又、叩けば、いくらでも、埃(ほこり)が出る人だと思います。
誹謗中傷をする事より、取り返しの付かない小田島さんの人生の反省から、誇り(ほこり)を持てる生き方を模索する事にエネルギーを注いだ方が良いと思います。
私としては、小田島さんに死刑囚として、より深い反省をして欲しいと思うと同時に。誹謗中傷を目的として、利害関係もなく投稿される方々にも、社会人としてのマナーについて、同じ様に深く反省して頂きたいと思います。
このブログは、死を前にした、小田島さんにしか書けないブログだと思います。彼が、人生の最果てで、始めに、たどり着いた事は、家族を愛する事であると感じます。

投稿: 匿名太郎 | 2009年3月11日 (水) 18時43分

※途中で切れてしまいました。読みづらくてすいません。下の続きです

存分に感傷に浸ったら、また読書や家族の事を思って気を紛らわすの?


軽蔑という言葉が脳裏をよぎる。

投稿: 舞 | 2009年3月11日 (水) 16時33分

「あの世へ逝く者にしかわからない」…?


誰だって最後は必ずあの世へ逝くんじゃないの?その時期が早いか遅いかってだけで。

「死刑囚になったから自分は死ぬ事になった」と思っているようだけど、死刑囚として身柄を拘束されていなかったら逆にもっと早く死んでいたかもよ。事故とかでね。


その逆もまたしかり。人の心を忘れずにまっとうな生き方をしていれば、家族に見守られながら大往生で逝けたかもしれないね。


確かに、「明日死ぬかも」と思いながら生きてる人はあまりいないと思う。少なくとも私はそう。明日が当たり前にくると思っている。


だけど、家族が事故にあう事も病気をする事もなく元気で暮らしている事、会いたい時にいつでも友人と会える事…それを当たり前と思った事はない。


「死刑囚にしかわからない気持ち」…それはあるだろうね。死刑囚が娑婆の人間の気持ちを理解できないのと同じで。


だけど齢60を過ぎてやっと些細な出来事の中にある幸せに気づき、それをあたかも死刑を科せられた者にしかわからない素晴らしいことのように言うのはなんとも不愉快だし滑稽。


それって4人も人を殺さなきゃ気づけないような事?
存分に感傷に浸っ

投稿: 舞 | 2009年3月11日 (水) 16時28分

あなたはなんの犯罪を犯したのですか?もしメールできるなら色々しりたいです。

投稿: かおり | 2009年3月11日 (水) 14時01分

遺族の方もここ最近の日記については怒り狂う気持ちが少し遠のくのかもしれない。死刑囚がこういう気持ちになるのは、遺族にとって少しだけ、ほんの少しだけ、すくわれるかもしれないです。息子さんの為小田島さは、身を挺してわかったこと。例えば、普通の生活の中に幸せがある事や、今、苦しくても生きていることそのものの中に尊い事があるのだと、伝えておくといいと思います。

投稿: | 2009年3月11日 (水) 11時57分

某外国のように、確定、即執行というようなシステムと日本のようにある程度反省させる時間を与えるのはどちらがいいのか。小田島の日記を見る限り、日本の死刑囚は監視、管理されてはいるがほったらかしにされているように見受けられる。孤独感に苛まれ、自分を見つめ直す心情が生まれている。この事にどれだけの意味があるのか正直よく分からないが、少なくとも遺族が求めている反省という部分において、執行まである程度の時間が必要なのかと考えさせられる。

投稿: 冠 | 2009年3月11日 (水) 08時52分

死というものが間近に迫ってきたからなのか
最近の小田島死刑囚は何か変わりましたね

やっと人間らしさが戻ってきたような気がします
犯した罪を悔やみ、亡くなられた被害者の冥福を祈って死刑執行を迎えて欲しい

投稿: | 2009年3月11日 (水) 05時37分

罪を悔やむ暇も、残された生を愛おしむ暇も与える必要など無い。早く処刑すべし。

投稿: | 2009年3月11日 (水) 00時08分

書籍で初めてブログのことを知りました。
私自身、死刑囚の方々が日々何を感じ過ごしているのか、失礼ではありますが気になっていました。
このブログ、書籍を読んで感じたことは、死刑囚であっても1人の人間であることには違いないということです。
私のような若造が偉そうなこと言ってすみません。
今日初めて拝見して、これからも少しずついろいろお話が出来たらと感じています。
まだまだ寒い日が続きますが、お身体を大事にされて下さいね。
では失礼します。

投稿: 熊20代 | 2009年3月11日 (水) 00時06分

本日のブログを読むと最後のブログのように感じ、涙が止まりません

投稿: | 2009年3月10日 (火) 20時38分

私利私欲で人を殺した男の成れの果て。

実に哀れだ。

投稿: 土建屋40才 | 2009年3月10日 (火) 20時37分

自分の息子の事を大切に思うのであれば、5才づつ年を重ねる息子さんの誕生日に宛てた父親としてのメッセージをご自分の息子さんの為だけに書き残しておいた方が良いと思います。息子さんが、成長する時に父親の言葉が必要な時が、必ずあると感じます。ダメな父親でも、最後の命をかけたメッセージは、きちんと息子さんに届くと思います。

投稿: 匿名太郎 | 2009年3月10日 (火) 20時28分

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