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2009年3月 9日 (月)

第203回 "もっと別の道があった"

2月1日.(日).晴.
嫌な夢の中から必死に逃げるような思いで目を覚まして、小便に起き、外を見ると明るくなっていた。


布団に戻り,枕元に置いてあった本を読み始めて少し経った時、入口のドアが「ギシギシ」鳴り、上を向くと壁のフックに掛けてあった肌着が揺れ動くのが見え,地震だと分った。10秒位ゆっくりした横揺れが続いて終った。

人生の最果てに立っている今,自分の実人生を振り返る。日に日に強まる孤独感の中で,胸の奥からわき起こる懺悔と介護の表出を,どのように受け止めればよいのだろうか。

"もっと別の道があった"と思ってみても、これまでの時間を生き直すことはできない。過去に遡ってやり直すことが出来ない以上、"遅すぎるのだ"と己に言い聞かす。普通の暮らしの中にある穏やかな日々にこそ、かけがえのない幸せがあるのだということを、死刑囚になって、いま、しみじみと分ってきたような気がする。

みる人から見れば、私の人生などは、さほど不幸とはいえないものだろう。その中から,
もっとも不幸な出来事だけを抽出して、その記憶を糧にして生きてきたのが、これまでの自分の生き方だったのだと思う。

幸せに鈍感で、不幸に敏感な人間だった己を嫌悪するばかりー。

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コメント

人殺した死刑囚は、被害者や社会のために死刑になるんだね。
人を合法的に殺せるシステムってのも凄いな。
なんか社会が怖くなってきた。
この前も公園で休憩してたら警察呼ばれるし。
違法じゃなければ良いだろ!的な行動を恥無く行う人も少なくない。
不景気の極みからか人心荒廃が目立つ。
貯金はたいて過疎地の土地でも買って零細農家やりながら一人人生を終えたほうが、苦が少なくて良いかも知れない。
と思う妻子無く、友無い孤独な中年一人。
もう、そろそろ死刑になられるとか。
成仏などと言っては逆に失礼だろうか。
もし来世があるなら、今生とは違う生き方が出来ると良いですね。

投稿: as | 2009年5月 4日 (月) 04時40分

私も不幸に敏感な一人です
今がきっと幸せなのに
贅沢なもんですよね

投稿: みぃ | 2009年5月 3日 (日) 14時50分

>(1)熱心な死刑廃止論者が曰く、「死刑賛成論者は即刻死刑に処せ!」が有りますが、
こんな話、知恵袋内の大嘘つきの書き込みでしか見たことありませんが。
 
あちこちで疎まれる 死 刑 廃 止 論 者

投稿: | 2009年3月24日 (火) 17時05分

死刑廃止論者なんてごく少数。
持論も展開出来ないくせにしゃしゃりでてくんなよ。

投稿: | 2009年3月24日 (火) 17時02分

死刑賛成論者は死刑!

投稿: | 2009年3月24日 (火) 11時29分

死刑批判するならそれに題すると思われる制度を述べるべき。

投稿: | 2009年3月24日 (火) 08時53分

死刑は国の行う人殺し

投稿: | 2009年3月23日 (月) 22時45分

確かにここで問題になっているのは今この日本での
私利私欲による殺人が行われていることに対して。

他所の人権問題、過去の戦争に
目を向けるのは大切なことだけど
それと比較して事の大小を決めてはならない。

大事なのはそれらの他所で起こっている問題、過去の過ちを知って
尚且つ今これからをどうすれば良いかを考えることだと思う。

投稿: | 2009年3月22日 (日) 18時32分

チベットの現状のひどさはわずかですが、知っていました。
しかしここ日本の現状を考えた上で、日本に住む日本人が加害者であり日本人が被害者である現状を考えて死刑というものを考えていかなければ、遺族はどうあっても納得できません。
外国の悲惨な状況を説明されて、だから娘さんが死んだのがたいしたことではないんだよと、それで納得はできません。
なんだか荒らしが増えてきました。
管理人さん、どうか徹底した管理をお願いします。

投稿: 母 | 2009年3月22日 (日) 17時22分

死後の世界なんて弱い人間が生み出した幻想

投稿: | 2009年3月22日 (日) 14時06分

  ∩___∩
  |ノ   丶
  / ●  ●|
 |  (_●_)ミ
 彡、 |∪| / \
`/ __丶ノ/\ 丶
(___) / | |
       | |
こいつ   f  |
最高にアホ  ||)))
       U ̄

投稿: | 2009年3月22日 (日) 05時29分

死んだ後その魂は救われないのか
そんなことはありません
誰でも過ちはあります
死後ひたすら懺悔をし
他人の力になることを、心から願えば、光が射して
地獄から引き揚げてもらえるでしょう
殺人を犯すのはあまりにも魂のレベルが低いからで
死後懺悔をし、魂のレベルの向上を心から願えば
救ってもらえるでしょう
ただ、犯した罪の償いは死後しなければならないでしょう
来生でも罪を償うことになるでしょう
まだ、魂のレベルが低いから転生しなければならないから

投稿: | 2009年3月21日 (土) 22時47分

死刑になって、その体を捨てることになるでしょう
そしてあなたの魂は被害者、そして遺族の鋭い視線に
その魂を、例えば体を槍で串刺しにされるような
鋭い視線にさらられて、その状態が永遠に続くのです
それが何時終わるかわからない
死んだ後そのような状態になるのです
罪を犯したのだから、もう逃れようがないんです
死刑で罪を償って終わりではないんです
死刑はただ、肉体を捨てただけのこと
その後がまだあるのです
要するに死んだ後に本当の地獄が待っているのですよ
死んだら何もかも終わりではないんですよ
その罰からはもう逃げることはできないことになってしまったのですよ


投稿: | 2009年3月21日 (土) 22時29分

>Otenさん

人権や人命に興味がおありならチベットやウイグルに目を向けてみるのはいかがでしょう。
今現実に中国人によるチベット人やウイグル人に対するホロコーストが行われています。
有名なな大虐殺としてはグルジャ事件などがあります。

※グルジャ事件とは:
 1997年2月5日に東トルキスタンのグルジャ市において不当逮捕に抗議するデモが
ありました。
 無実の罪で逮捕されたウイグル青年の釈放を要求し 2月5日から1000人ほどの民衆
が参加しました。
 このデモ隊に対して公安警察、武装警察は過酷な弾圧を加え、多くのデモ参加者
を逮捕し、一箇所に集めました。
 そして厳冬の最中、気温マイナス20度の状況で彼らに対して放水し、多くのウイ
グル人を凍死させました。
 その後も不当逮捕は続き、多くのウイグル人が拘束され亡くなっていったのです。

これは一例にすぎません。
他にもウイグル地区で核実験を何度も行っておりウイグル人の癌発生率は異常な数値を示しております。
チベット人に対してはお坊さんに尼さんをレイプするように命令し拒否するとお坊さんの両手を切り落としたりする行為を行っております。
チベット人の子供に対しては、親を子供の目の前で殺し親の遺体の前で踊りを踊るように命令したりする鬼の所業が行われております。
中国のチベット侵略後、中国人に虐殺されたチベット人は人口の20パーセントとも言われております
証拠のあり今現実に行われている人権蹂躙に目を向けてみてはいかがでしょう。

投稿: | 2009年3月21日 (土) 21時07分

戦争犯罪と呼べるのはベトナム戦争における韓国軍の行った行為は明確な戦争犯罪である。
ベトナム戦争に参加した臆病な韓国軍は、男のいない女子供だけの村に出向き女はレイプ、子供にはお菓子をあげるからと一箇所に集めた後、虐殺するという行為を繰り返した。
その結果今のベトナムには韓国人の血が混じった混血児が2万5000人以上実在する。
こいった行為は紛れもない戦争犯罪である。

投稿: | 2009年3月21日 (土) 20時32分

>Oten

証拠のない話ばかりしないでください
証拠のある犯罪とゆうのは中国人よる何の罪もない日本人の女性や子供を400人以上虐殺した通州大虐殺みたいな事件をいうのだよ。
しかも殺し方は残虐そのものであった。
女はレイプした後に性器を串刺しにその後、内臓をくりぬくとゆう人の行為とはとても思えない殺害方法であった。
殺害された子供にいたっては赤ん坊も多数含まれていた。
この事件の証拠写真は現存しており見るにたえないものである。
しかも中国は通州大虐殺の証拠写真を南京大虐殺の証拠写真であるとしていた。
中国の行った行為は非道そのものである。
この事件は日中戦争にいたるきっかけにもなった事件です。

投稿: | 2009年3月21日 (土) 20時21分

人殺し、殺人を考えたとき戦争の二文字が思い浮かぶ。殺人は絶対悪だが戦争はときに必要と考える人々も数多くいる。しかし同じ人殺しであることに変わりはない。互いを憎しみ合うよう教育され、自身は殺したくなくとも「やられる前にやれ」とばかりに銃剣を交し合い発射ボタンを押す。命令で動くとはいえ、当の将兵達に己の葛藤があることは想像できる。

アッツ島、サイパン島、硫黄島玉砕。ニューギニア、ビルマ戦線で飢餓状態に陥った日本兵のなかには、味方や在邦人を殺して肉を食い命を繋ぎ生きながらえたものもいた。

また装備品は天皇からの授かり物として水筒の栓1個にいたるまで厳しくチェックされ、紛失した部下の責任を上官に追及されその場で手榴弾自殺(自決)をした将校もいた。

細菌化学兵器開発(禁止されていたが)と称し、露捕虜や中国人を人体実験にかけていた。肺の片方を取ってから死に至るまで何分か、冷水に漬けてから極寒の屋外に貼り付けにし凍死するまで何分か。生きたまま麻酔をかけずに各臓器を取り除く実験なども繰り返し行われた。

沖縄が陥落したのち日本の抵抗戦力は、ほぼ皆無だったにも関わらず各地に爆撃、最後は広島、長崎原爆投下である。昭和20年後半には九州上陸、翌年には関東上陸作戦も準備中であった。各地を転戦していた日本将兵は連合軍の海上封鎖により本土に戻れず、主な戦力、日本人は老人や子供である。急造爆雷を背負い肉爆弾として突撃する作戦だ。

おおざっぱではあるが戦争行為のなかで犯罪なのではないかという例を挙げてみた。もちろん戦争終了後、連合軍の軍事裁判(一方的)であるが裁かれたものもある。しかし戦争だから許された人殺しも数多くあった。

「やられるまえにやれ」と「みつかるまえに殺せ」の心理状態にそれほどの違いがないように思えるがいかがであろう。私利私欲が元となって犯罪に結びついたとしても、ためらいもなく殺せるだろうか。意を決して行為に及んだのではなかろうか。欲のための殺人と戦争を混同はしていないが、どこにどれほどの差があるのか明確に答えるのは難しいと思う。

「戦争はもう二度と嫌だ」、「こんな悲しい事件は二度と起きて欲しくない」。この結論だけは多くの人々が願うところである。二度と起こしたく、起こって欲しくないものを考えるとき鬼畜に勝る犯罪行為といえど私たちは安易に結論を出していいものなのか。更により良き未来へ向かうにはどうすればいいかを死刑賛成反対の枠を超えて論じるべきなのではないか。目的は悲しみを生み出さない社会を作り出すことなのだから。

裁判員制度によって知りたくもない犯罪者の過去を見せ付けられ、どうするべきかを一人ひとりが問われることになる。そのとき裁きを下す一人になる。
最悪の場合、命の生き死にを決めなくてはならない。私が死刑と思えば実行されるかもしれない。たとえ万死に値する犯罪者であったとしても、その者から命を奪うことになる。
私はそのとき、その後自責の念に耐えられるだろうか。
原爆投下パイロットが「あれは正しかった」と自らを言い聞かせて生きているのと同じように、私も生涯「あれは仕方なかった、正しかった」のだと言い聞かせながら生きるのかもしれない。
人殺しとはいえないだろうが、ひとつの命を奪うことに変わりはない。出来ればそのような経験はしたくはない。
閻魔様がいたとして、死後私はそれを問われないだろうか。

極悪犯罪者を死刑以外でどうするのか聞かれても名案は思い浮かばない。孤島にでも島流しにするか。あまりにも非現実的である。私の浅はかな考えからは答えは導き出せない。だからこそどうすれば最も最善かを考える。いかにして悲しみの連鎖を食い止められるかを。
死刑反対を唱えているわけではないが、今一度真剣に考えて欲しい。命のやり取りを。

そしてこのブログの意義は十分にあると思う。OCNのトップページで紹介されていたのを見つけたどり着いた私は、ここでこうした偉そうなことを書くとは思わなかった。不特定多数の人々に私の意見などおこがましくていえないからである。友人知人、家族に対してならいえるが見ず知らずの方に対して面と向かってはっきりとはいえない。
しかし裁判員制度や刑罰について考えさせられるだけでも大変いい機会だと思う。

最後に先日の資格なし発言はお詫びします。申し訳ありませんでした。そしてはっとさせられるお言葉をくださった方々ありがとうございます。長々と大変失礼しました。

投稿: Oten | 2009年3月21日 (土) 16時57分

Otenさんへ。
皆さんもおっしゃってますが
きちんと説明なされば良いのに
変にはぐらかして逃げようとするからたたかれるんですよ。

ペンネームがどうこうのというお考え・・・
さすがにそれはとりあえず置いておき、
なぜ引き合いに戦争という例を出されたのか
あなたの考える死刑ではない別の償いとは何なのか
の二点をご説明なされば良いことです。

他者を否定・批判するならば
それをするに至る自らの根拠を示すべきだという考えは
当たり前のことですよね?
否定するだけならそれこそ誰にでも出来ますからね・・・

投稿: | 2009年3月20日 (金) 19時12分

ペンネームOtenさん
同等と考えていたと素直に認められたらいいのに、必死で相手を貶めようとすることに何の意味があるんですか。
ご自分の意見をしっかり持った方だと思ったのに残念です。
相手を黙らせたいなら説明なさったらいいのでは。
そう難しいことでもないのでしょう?
客観的に見れば今の貴方は荒らしです。
ペンネーム云々に関しては閉口しますが。

投稿: | 2009年3月20日 (金) 18時33分

Otenさん


横から口を挟む失礼を先に詫びておきます。ごめんなさいね。


まず、荒らしの相手はもうしなさんな。
Otenさんのコメントを読ませてもらったけど、安易に死刑という形をとるべきでないというあなたの意見、死刑賛成派の私にとっては大変興味深い。できればもっと話を聞いてみたいと思う。
しかし今のところ、荒らしに対する反応ばかりで肝心なOtenさんの死刑制度に対する書き込みが見られない。これってもったいない事よ。少なくとも私は非常に残念に感じる。


意見を交わす相手は、選びましょう。荒らしはほっとけばそのうちどっか行くから、無視しとくのがいちばん。

投稿: 舞 | 2009年3月20日 (金) 17時23分

ならいちいちつまらない ペ ン ネ ー ム書いて
しゃしゃり出てこないのが一番ですよ♪

投稿: | 2009年3月20日 (金) 16時52分

勝手に殺されちゃいましたよ。いい加減やめたらどうですか?

投稿: Oten | 2009年3月20日 (金) 15時46分

ペンネームOtenさんは結局何の説明も出来なく
自らの低能ぶりに気づいて発狂なされました。

ご冥福をお祈りいたします。

投稿: | 2009年3月20日 (金) 13時34分

説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?
説明してくださいよぉ?

投稿: | 2009年3月20日 (金) 12時21分

おだじまさんはともだちいますか?

投稿: | 2009年3月20日 (金) 00時41分

ばかうけ=Oten。
説明できないならとっとと失せろよ恥ずかしいやつだなw

投稿: | 2009年3月19日 (木) 23時25分

幸せって何なんだろう?何回も己に問いかけた・・・
愛し合ってる人と普通に暮らすことでしょうか?!!
誰でも日々死に向かって行く人生の中が何か一番大切なんだろう??

投稿: 人生 | 2009年3月19日 (木) 22時39分

あの、どうやら二人で言い争われているようなので、どこか別の掲示板かなにかで話し合われたらいかがでしょうか。
確かに何を書くにも誰からの非難をされるのもおかしいと思います、私が言ってるのは余計なお世話だと思いますが、ここはひとまず、この日の日記に対してのみコメントされた方がよろしいかと思います。他の人が書き込みしづらくなるのではないでしょうか。

以下は私のこの日についての意見です。
別の道に気づくのは、ある意味「運」だと思います。
私もあるチャンスの時、そこにたまたまいい方向へ行ける要素、つまり「人」「実力」「努力」がなければつかめなかったと思います。
そしてそのチャンスを逃したとき、独り落胆し、次のチャンスを狙えない時、その時間が長く続いてしまった時、人は違う、間違った方向へ走ることもあるのかと思いました。

投稿: 母 | 2009年3月19日 (木) 22時30分

Otenってアホは結局説明できないんだなwwww頭悪w

こうして書いてる本人がもっとも頭悪そうに見えるな。あぁ、やっちゃったよ!って感じ・・・

投稿: ばかうけ | 2009年3月19日 (木) 22時00分

人間って嫌な生物だね
他の生物には死刑なんてないのに

投稿: | 2009年3月19日 (木) 21時40分

ペ ン ネ ー ム w

投稿: | 2009年3月19日 (木) 20時50分

Otenってアホは結局説明できないんだなwwww頭悪w

投稿: | 2009年3月19日 (木) 20時46分

そうですね、当たり前のことですから誰でも言えますね。
誰でも言えるような事を理解できない方も見受けられますが。
さて、批判する方にはさぞや素晴らしい言い分があるんでしょうね。
批判するからには意味不明な言葉ではなく、きちんと日本語で意見してくださいね。

投稿: lmn | 2009年3月19日 (木) 20時44分

>違いますよね?同じものとみなしてないって言うならどうしてここで戦争とか言う言葉が出てくるんですか?
説明してくださいよぉ?

頭大丈夫ですか?釣られてないで死刑に対する考えを書いてくださいよ。それとも揚げ足取りの荒らしかな?
いきなり「アホ」呼ばわりするくらいですから、その程度が知れてますがね。

投稿: Oten | 2009年3月19日 (木) 20時43分

>だから奪ったやつに対して人生を語る資格がないと思うのは、当然のことである。

誰でもいえるんだよそれくらい。てか連投乙?

投稿: ばかうけ | 2009年3月19日 (木) 20時25分

被害者は二度と戻らない。
一個人のエゴで一度しかない人生を永遠に奪われた。
被害者遺族に対しても深い悲しみを味わわせたことだろう。
だから奪ったやつに対して人生を語る資格がないと思うのは、当然のことである。

投稿: lmn | 2009年3月19日 (木) 19時23分

>では戦争や理不尽な暴力で命を奪われるもの、奪うものはその経験を語る資格がないというのか。


この死刑囚が戦争で理不尽な暴力で誰かの命を奪ったんですか?
違いますよね?同じものとみなしてないって言うならどうしてここで戦争とか言う言葉が出てくるんですか?
説明してくださいよぉ?

投稿: | 2009年3月19日 (木) 19時14分

どこにも一緒って書いてねぇな・・・ちゃんと読んだか?それと頭にきてるのはわかるが、書いたものは読み返してから送信しような?

投稿: | 2009年3月19日 (木) 19時08分

え?意見て何に対してですか?
残念ですが魔女狩りとか言うくだらない発想に意見するのは難しいですね…

本名を名乗るというのは物の例えであってペンネームも匿名性に変わりはないと申し上げている次第でございます。

それくらい正常な頭の持ち主ならご理解いただけますよね?

戦争と身勝手な殺人を一緒とみなされるような方には
少し難しすぎましたか?

それhそれは失礼いたしました。

投稿: | 2009年3月19日 (木) 19時00分

>ペンネームがどうのこうの言ってるやつはアホですか?
匿名で意見を述べるのは責任放棄とみなされるのでしょうか?
ならお伺いしますが自分は本名を名乗って意見を書いてるんですか?
つまらない自己顕示欲を資格などと言っちゃうとはお笑いですね

ぐだぐだ荒らしてねぇで笑う前に意見してみろや
お前がいってる奴はきっちり意見してるぞ?

投稿: | 2009年3月19日 (木) 18時18分

逆切れ結構。そのほうがお笑いですね。
本名をこの場で名乗ることがどういうことか、どれほど危険なことかそんなことを引き合いに出すくらいですから、余程のアホなんでしょうね?

たいしたものです、恐れ入ります。

投稿: Oten | 2009年3月19日 (木) 17時57分

ペンネームがどうのこうの言ってるやつはアホですか?
匿名で意見を述べるのは責任放棄とみなされるのでしょうか?
ならお伺いしますが自分は本名を名乗って意見を書いてるんですか?
つまらない自己顕示欲を資格などと言っちゃうとはお笑いですね。

投稿: | 2009年3月19日 (木) 15時57分

では死刑以外にどう償えとおっしゃるのでしょうか?
それに人の命を奪うという行為として引き合いに戦争を出す時点で同等に考えていると捉えられても仕方ないと思うのですが。
経験がなくても他人の痛みを量れるのが人間です、
それを押し付けるか押し付けないかの違いはあれども。

投稿: | 2009年3月19日 (木) 15時52分

同等に考えてるわけではない。「w」など使った煽り発言をするまえに、その違いをここで明白に述べろ。

「殺せ!殺せ!」とこれは魔女狩りですか?例えいかなる理由があろうとも、他人の死を望むことは、私から見れば魔女狩りとなんら代わりがない。

どうも多くの書き込みが身勝手極まりない発言に思えてならない。なぜなら私自身が誰かを殺したいほど憎んだことがないからだ。

故に被害者遺族の心情を自らのこととして理解は出来ない。人の命に推し量る重さが明白でないのと同じように、いかなる死についても悲しみを完全に理解することは難しい。

だからこそ殺してもなお余りある憎しみを抱いた被害者遺族の心情を死刑という形だけで終わらせてよいのだろうかと、私は思う。

私たちはこのことについて、端的に結論を出すべきではないと考える。非人間的なことをした人間を、当然死刑という安易な風潮は避けなければならない。

投稿: Oten | 2009年3月19日 (木) 15時38分

戦争などの理不尽な環境で人の命を奪わなければならないという、選択を強いられた人と
私利私欲、歪んだ価値観故に人を殺した人間とは違う。

どちらも殺人は殺人に変わりないが、意味合いはまったく違ってくる。


投稿: 棗 | 2009年3月19日 (木) 13時34分

戦争とただの殺人を同等に考えてるやつって馬鹿だろw

投稿: | 2009年3月19日 (木) 13時17分

先投稿で書きそびれたことを。

別の道などなかったのだと思います。
このことは宇宙につつまれた(根源的な意味での)人間というひとつのシステムとして捉えることでしか真相は見えてこないと思います。
僕には自分をも含めこの世俗におかれた人間というものにはたいした価値を見いだせません。
それゆえ単なる人工的仮想的な場におけるゲームの参加者であるような人生で終わりたくはないと思っております。

この縁をくださった小田島さんに感謝します。

投稿: tn | 2009年3月19日 (木) 07時44分

ペンネームすら書けぬ者に批判する資格はない。

では戦争や理不尽な暴力で命を奪われるもの、奪うものはその経験を語る資格がないというのか。
私はそうは思わない。

私は神ではないから、他人がこれから迎える死について、人生観について、たとえどんな過去を持った人間でもその生き死にをたやすく意見など出来ない。
とても安っぽく感じるからだ。

リンクからここを訪れる人々が改めて考えさせられるだけでも、私には価値のあることだと思う。

投稿: Oten | 2009年3月19日 (木) 03時11分

もし小田島さんに直接話し掛けられるのならば
「本当に、人生がやり直せればいいのにね。本当に。」
と言いたい。

私は未成年の頃、強姦傷害事件の被害者になった。
何とか命だけは助かった。犯人は逮捕され裁判に掛けられた。今は服役中だ。
あの月日を掛けた膨大な回数の、何をどうしているのか良く分からない裁判、敵か味方も分からない中犯人の加害者男性だけはいつも一番最初に見つけられた。
いつでも私が彼を見つけられたのは、彼が私を怖ろしい目に合わせた張本人だからと言う事ではなく、普通の大人とは全く違う世界に住む別の生き物の様だったから。
犯罪者って、違う。話が通じない。次元が違う。
生まれて少しの間に何かを間違ってしまったのだろうと思う。ずれてしまったのだろう。
今でも私を支援してくれる周りの人達は、彼に怒りをぶつけ酷く憎むが、私は法廷で彼を見たときから、あの人は何かを間違えてしまったまま、まだこの世界にいる人なんだろうとしか思えない。それ以外の感情が湧かない。諦めるしかない。
小田島さんもやり直しの利かない何かの地点を間違えてしまったのだろう。本当に、人生にやり直しが出来ればいいのにと思う。
やり直しが利かないから死ぬ

投稿: AI | 2009年3月19日 (木) 02時50分

人の人生を奪った人間に
人生を語る資格はないと思います。

投稿: | 2009年3月19日 (木) 01時22分

はじめまして。asahi.comでこのサイトを知りました。
まずは、被害者の方には心からご冥福をお祈り致します。

小田島さんはどう思おうと死ぬときの心のままでしか死ねません。
悪人のままとか改心してとか覚ってとかいらぬ計らいではないでしょうか。
僕は今、たぶん平均以上に恵まれた環境にいますし、小心者でもあり、一応世俗的な意味での善人の部類に入るでしょう。でも僕が小田島さんで小田島さんが僕であったとしてもなんの不思議もないと思っております。
生まれてこの方膨大な関係性の中で育まれ立ち現れたそれぞれの心の有り様、それがそれをも認識する心の不可思議さの中で、自他を切り離してこっちが善でこっちが悪でという切り分け方にどれだけの意味があるのでしょうか。

投稿: tn | 2009年3月18日 (水) 18時49分

管理人さんが無理やり書いた偽ブログと思ってしまいそう
だけど、小田島本人が書いたならすごい成長ぶりだな~と
思った。毎日小説三昧の生活で普通の暮らしの中にある穏やかな日々にこそ、かけがえのない幸せがあるのだって
いうのは気づけたってことかな?
しかし、表の世界に出ても金には所詮勝てないのが
人間なんだろうね。世の中金がすべてだしね
小田島は貧乏な生活で育った
だから、金に対する執着心が強くて
犯罪に走ったんだろうね。
弱肉強食の世の中を改善しない限り
第二、第三の小田島は生まれるんでしょうね
つーか、罪を犯してから反省しても
意味がないわけで、犯罪を犯す前に気づかせることが
できたら無駄な犠牲者も出なかったし
やっぱ、学習ではなく命の大切さを伝える教育を
学校でもっと強化するべきなんでしょうね。

投稿: | 2009年3月11日 (水) 07時54分

共犯の守田の死刑の確定がしない限り執行はないでしょう。しばらくまだこのブログは続く。

投稿: | 2009年3月11日 (水) 00時27分

小田島氏は、数多くの方々に愛されながら、その愛情を敵意に変える生き方をしてきた。1回目から読んでその様に、感じました。中でも、数多くの異性から愛される環境を作り上げられる点は、私には、無いと感じています。

投稿: | 2009年3月10日 (火) 19時50分

執行されるまでのあいだ、もっともっと反省と後悔をしてください。

投稿: | 2009年3月10日 (火) 17時00分

こう、死刑執行が頻繁に行われるようになると、嫌でも自分の死期について、予想してしまうのでしょうね・・・。犯した罪への報いとはいえ、怖ろしいことです。心境に変化が生じても、もっともなことです・・。

投稿: しずっぺ | 2009年3月10日 (火) 14時36分

以前小田島さんは「悪人のまま死んでいく」と日記に書いてたことがありますね。確かにどんな懺悔しても善人にはなれない人物です。が反省の気持ちは伝わってくる。

人間は不幸になって初めて自分が本当に何者か知るのかもしれません。マリー・アントワネットの言葉ですが…

投稿: 春の日 | 2009年3月10日 (火) 13時48分

最近、小田島のコメントは以前に比べて自分の心情を綴ったものに変化してきている。それに対して私は否定も肯定もしたくない。この先、時を重ねてどのようなコメントが綴られるのか。このブログの最初からに比べるとこのようなコメントが見られるとは正直驚きだ。

投稿: 冠 | 2009年3月10日 (火) 08時36分

少しずつ人間らしい心を持っていくのがわかってきました。

投稿: 白菜 | 2009年3月10日 (火) 01時26分

小田島さん。普通の暮らしの中にある穏やかな日々・・。そこに幸せがあるんだって事。理解できるようになったんだね・・・。小田島さん、少し変わったね。私も毎日不満ばかりで、幸せに鈍感な人間なんですよ。でも、小田島さんのこの日に込めた日記の思いがひしひしと伝わってきました。

投稿: | 2009年3月10日 (火) 00時10分

何故、この様なブログを始めようと思ったのか?又、文面を冷静に読ませて戴くと知的な方だと感じますが。ご自身の才能を本来どの様に生かせば良かったと思っているのか知りたいです。
別件ですが。おそらく、遺族の方々は、小田島さんの事を許す事は、永遠に無いと思います。しかし、小田島さんの心からの反省と謝罪の気持ちを被害者の代理として、遺族に伝える事は、被害者側にとっても良い事だと思います。その事で、お互いの理解出来る接点が多少足りとも出来るからです。

投稿: 匿名太郎様 | 2009年3月 9日 (月) 20時11分

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