« 第199回 久々の運動 | トップページ | 第201回 死刑4人執行 »

2009年3月 5日 (木)

第200回 本差入によせて

1月28日(水)曇
昼食直前に、H氏から郵送差入の本(「ザ・プレイ」アリスン・ブレナン)が届いた。

年末年始の9連休の間に読む本が3冊位増えたらいいな、と思い、H氏からの「読みたい本のリストをー」の言葉に甘えて、ノートに控えていた中から10冊選んでリストを送付したら、連休前に6冊、1/14面会に来た時に3冊、そして今日1冊と、リストの10冊を全册差入して下さるとは!!唯々恐縮の極み、心から多謝。

麻生首相、就任後初の施政方針演説で、景気対策に取り組む決意を前面に出したが、政策実現の具体的道筋を示せず、説得力を欠き、「官僚」の作文をホチキスで留めただけだ」「官僚原稿の寄せ集めで、国民にとどかない」等、野党だけにとどまらず、与党内からも冷めた声、の報。経済学者は「景気回復には政府が考えている以上に時間がかかるだろう。現在のところ好転の兆しない」。

先がない死刑囚には関わりがないことだが、百年に一度の不況、さらに深刻な状況になる、不安をかきたてる記事ばかりが毎日続くー。

|

« 第199回 久々の運動 | トップページ | 第201回 死刑4人執行 »

コメント

弱い者たちが夕暮れー
さらに弱いものを叩くー

公務員とか派遣とか、自分よりちょっと上とか下の層を叩く様な近視眼的な考え方はいい加減やめたらどうか。

真面目に生きていても死刑囚以下の生活しかできないような今の状況を生み出した層を叩けよ。

投稿: | 2009年3月19日 (木) 17時08分

今日も三重県の闇サイト殺人事件の判決があった。殺人事件では被害者遺族の報復殺人「仇討ち」が許される昔に戻ることを考えたらどうなるのか。遺族の感情や精神的被害の補償より犯人の人権が尊重されていいのか。遺族の精神的ダメージ、時には精神錯乱とか社会復帰出来ないとかの被害も考慮しなくてはいけない。犯人にその罪を償わせる必要が全く考慮されないとは何事か。日本は無法国家ではない筈だ。

投稿: あなたの殿 | 2009年3月18日 (水) 23時13分

少数の例外を除けば先進諸国には死刑制度は無い。日本に死刑制度が有るのは先進国とは到底言えない国民の民度そのものを映し出している鏡と言える。なにも死刑制度に限った事ではなく一事が万事、身障者を第一優先として公務員選考基準がある先進国の例を示すまでもなくすべてに後進性が見られる事から目を背ける事は不可能。なにも五体満足な上に公務員に成らなければ行けない理由も元より無い。電車の中でも身障者と妊婦などに席を譲るのは先進国のある種の了解であり、これが公務員採用に考量されないのは端的に後進性を示す物と理解出来よう。全ての制度は国民の民度を映す鏡でもあり、新聞、TV、政治家、、全ては国民のレベルを超える存在は無いのも当然の事で、その民度を映す鏡に映し出された自分の姿が醜すぎると鏡に向かい苦情を言うような行いは解決には成らない。人権を自ら選択した重犯罪により自ら捨てている以上犯罪者に人権はないと理解。例え法令が許しても被害者は許す事は無いであろう。最大の人権侵害は殺人である。

投稿: | 2009年3月18日 (水) 22時54分

第三者から二人のやりとりのコメントみていて私はとても参考になりますよ。

投稿: | 2009年3月16日 (月) 13時37分

ありがとう。元祖何様さん。この後の小田島のコメントは小田島の内々の心情を綴った興味深いものが数回続いている。死刑制度の必要性を今後の小田島のコメントで少しでも探れるなら意義があると感じている。

投稿: 冠 | 2009年3月13日 (金) 07時01分

冠氏へ

冠氏と自分だけのキャッチーボール的なコメントの応酬になりそうなので、ここでのコメントはこれで最後ということで、勝手ながら受け取って欲しい。(貴方との意見の交換は自分にとって大変有意義ではあるのだが、
他の読者を慮ったうえでの事。納得して欲しい。)

まず、冠氏のコメントには同調できる部分が多い。『議論しなければならないのは死刑制度が何故この国に必要か』とは、「死刑存廃論ではなく、必要とした(法律により定義された)上でのこととして、もう一度その趣旨を我々国民は考えてみるべき。」という意見であると自分は受け取った。

犯罪抑止力としての死刑制度だけを挙げたら、効果の期待は、今のご時勢、疑問に思う。

冠氏のいうとおり、遺族感情に対しては意義があるのかもしれない。

自分としては、本来の大事な部分(=大前提)を付け加えておきたい。『犯罪を犯した者に、相応の罰としての制度。』自分が思うに、これが第一プライオリティなのだとおもうよ。(冠氏もわかりきっている大前提の部分として、省略された事項だと思う。)

それを、敢て、今、自分が引き合いに出すのは、そこから発生する、『死刑囚の後悔や反省の念』 及び『死刑囚の待遇』とは、二次的な産物だといいたいから。

このブログでよく目にするコメント『死刑囚小田島の後悔や反省の念』は法律には関係ない部分であり、単なる裁判としての過程でわずかながら効力を有する部分なのだと思う。

我々が『後悔や反省の念』を強要することができないのは、其れが二次的な産物であるからで、法律の領域を超えている。人間としての自然な感情まで法律は超えることができないのが現行法。

法治国家としての '最低限度の基準’が法律であって、もし、我々がそれ以上(後悔や反省や、その延長線での犯罪防止力)を望むなら 法は変えられて然るべきだと感じる。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月13日 (金) 06時43分

大変わかりやすいです。元祖何様さん。まずやはり議論しなければならないのは死刑制度が何故この国に必要かという事だろう。一番はやはり犯罪抑止力。二番目は遺族感情。この2つを考えた場合、一番目の犯罪抑止力にまず疑問を持つ。以前マスコミで死刑の特集をしていたが、国民の多くは死刑囚がどこにいてどんな方法で執行されるのか知らなかった。つまり興味がないのだ。ある程度学識がある人、経済的に余裕のある人は新聞に最近死刑特集が多く組まれて目にする機会が増えているが、新聞すら取れない人は死刑記事を目にする機会もほとんどない。それでいて執行ペースはどんどん早くなっているのに死刑囚の数は減らない。つまりこの国の犯罪を犯すバカ達は死刑をリアルに感じていないんだよ。人を殺して死刑判決が下れば今度は国家に殺される。死刑を待つ間、税金を食いつぶし、ぼろかす言われる。死んでも決して浮かばれない。但し死ぬまでの期間は小田島のように生きていける。正直、二番目の遺族感情が死刑制度の一番大きな意義だと思うが、死刑にかわる最高刑をそろそろ考える時期にきているのかもしれないね。

投稿: 冠 | 2009年3月 9日 (月) 22時40分

冠氏へ
返信が遅れて申し訳ない。

仰ることは理解できるのだが、このブログのコメントを読むかぎり
『一般国民の生活が、今、現実的に、死刑囚の待遇より悪くなった。だから死刑囚の生活ぶりはけしからん!俺たちの税金で優遇されている。』と読めるのだよな。実際その通りだと自分も憤るし、理不尽な状況になってしまっていると思う。


事実国民の生活が安定していた頃に死刑囚の待遇についての不満のコメントは少なかったんじゃないかな。
何故なら、自分らのほうが死刑囚より優遇されていたから。皆死刑囚の待遇には無関心だったのではないのか?


(以後、巧く自分の思っていることを文章にする自信が無いのだが・・・)

今、このブログ内で死刑囚の待遇について、不満を訴える読者が多いし、実際、自分自身も納得できない一人である。

ただ、自分らの生活水準を基準に、死刑囚の境遇や待遇が左右されるような制度になってしまっても良いのだろうか?と疑問に思うし、我々の生活の悪化と、死刑囚の待遇は切り離して考えるべきではないかな?と自分は思った。

冠氏が後半のコメントで『国のシステムが悪いのは重々承知している。死刑がこの国にとってアンタッチャブルなのがやはり問題なんじゃないかな。国民の関心が薄けりゃずっとこのまんまだって。』と言われている。このブログでのコメントを読む限り、アンタッチャブルであった死刑制度(死刑囚の待遇も含めて)が、国民の関心事になりつつあるわけで(このブログ読者に限定される現象かもしれないが)・・・だったら、死刑囚に対する『国のシステム』の弱点について、このブログ内でもっと掘り下げて議論するほうが、(自分が思うに)有意義な気がするのだが。

自分ら国民の生活水準の悪化問題は、別問題であり、しかしながら、やはり、『国のシステム』の問題点ではあるわけで・・・でも其れは別問題として提示すべきだとおもう。

やはり思っていることを巧く文章にできなかった。
わかりにくいコメントで申し訳ない。

投稿: 元祖何様 | 2009年3月 9日 (月) 17時27分

小田島に送金してくれる人なんかいるの?どんな人なの?何かといえばしょっちゅう送金してるようだが昔の金があるんならそれは強盗した金だろう。そんなお金を自由に使えるの?

投稿: | 2009年3月 7日 (土) 20時29分

いやいや元祖何様さん。そのことはみんな分かってる。分かってても腹が立つ死刑囚の処遇ぶり何だよな。懲役囚と違って死刑囚は刑が執行されて初めて罪を償った事になるから今の処遇は仕方ない事だと理解は出来る。理解出来るんだけどその生活ぶりは無いだろうというのがみんなの気持ちなんだと思う。おかしいのは今の死刑は即死するらしい。瞬間的に気を失うらしい。その瞬間で全ての罪を償った事になるのだろうか。やはり拘禁中にある程度の反省カリキュラムを組まない限り納得出来ないような気がする。自活じゃなくて税金で生きてんだからさ。寝たきりの老人ですら金がないと施設にも入れないご時世なのにさ。国のシステムが悪いのは重々承知している。死刑がこの国にとってアンタッチャブルなのがやはり問題なんじゃないかな。国民の関心が薄けりゃずっとこのまんまだって。

投稿: 冠 | 2009年3月 7日 (土) 00時16分

死刑囚の方がいい生活やん。それはむかつくわ。6か月以内に殺してほしいわ。

投稿: ところマジック | 2009年3月 6日 (金) 19時53分

確かに実生活で明日の住居や食料さえ危惧しなければならない一般国民なら、小田島や他の死刑囚の待遇と現実の自分の状況を比較したとき、不満や納得できない気持ちがあるのも事実だとおもう。

ただ思うに、矛先がちがっていないか?
小田島や他死刑囚の境遇が自分より恵まれているのは、死刑囚たちの責任ではなく、其れが国の制度だからだろう。

だったら、小田島や死刑囚にではなく、国の制度に不満をぶつけるべきだと思うが。

小田島の環境がうらやましいとか・・死刑囚のほうが自分より恵まれているとか・・の発言。それは国の制度に対しての不満ではなく、『国の制度を受け入れたら、自分も人を殺して死刑囚になったほうが、今の生活よりまし』と最初から、国のゆがんだ制度を受け入れての発言のような気がするが。

如何なものだろう?

投稿: 元祖何様 | 2009年3月 6日 (金) 17時03分

ブログの提供料?
小田島いい生活してるな~
刑務所に入ったほうが
楽でめし食えて本読めて案外幸せかもね

投稿: 絶望 | 2009年3月 6日 (金) 14時35分

プログの原稿料とか、刑務所で労役についてた時にも少なからず賃金貰ってたりするらしいし。あと過去の貯金?

投稿: | 2009年3月 6日 (金) 12時01分

懲役囚にお金の差し入れなんて聞いた事ないが死刑囚には有りなのか?誰が小田島にお金をあげるというのだ。うーん、不思議だ。

投稿: 冠 | 2009年3月 6日 (金) 08時09分

送金や差し入れをしてもらっていると思います。

投稿: 人 | 2009年3月 5日 (木) 23時38分

いやー、実におなじこと思っていた。送金のお金はどこにあるの?強盗したお金が残ってるのか?ぜひ知りたい。

投稿: | 2009年3月 5日 (木) 23時26分

拘置所の中で不況を肌で感じられるのか?以前、購買品が値上がりしたとあったが、、疑問に感じるのだが小田島は何故金を持ってるんだ?トビーに仕送りしてやる金はどこから湧いてくるのか不思議だ。

投稿: 冠 | 2009年3月 5日 (木) 21時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/473217/28484570

この記事へのトラックバック一覧です: 第200回 本差入によせて:

« 第199回 久々の運動 | トップページ | 第201回 死刑4人執行 »