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2009年2月13日 (金)

小田島鐵男年表

小田島鐵男年表


昭和18年(1943年) 小田島鐵男生誕。北海道紋別群滝上町で育つ。
昭和22年(1947年)4歳 実の母に無理心中を迫られる。

少年時代、
「空腹にたえられず食堂の食べ物を盗み」窃盗で補導。紋別の中等少年院へ。

昭和35年(1960年)17歳 窃盗を繰り返して不定期刑の実刑判決。函館少年刑務所収容

出所後バーテン、ミシンのセールスで北海道内を転々。
寸借詐欺や自動車窃盗で逮捕、札幌刑務所で3年間服役。

昭和44年(1969年)26歳 帯広で窃盗と傷害で逮捕。釧路刑務所に服役。

以後甲府、府中、鹿児島刑務所を経験。

平成2年(1990年)
 9月
 「練馬三億円事件」の共犯として逮捕。
12年の判決。宮城刑務所で11年をすごす。

平成14年(2002年)
 8月5日 62歳
 マブチモーター社長宅放火殺人事件。
千葉県松戸市の小型モーターのトップメーカー「マブチモーター」の馬淵隆一社長の自宅で、社長の妻(当時66才)と長女(当時40才)を殺害、現金200万円と貴金属や高級腕時計を奪い、自宅に放火して逃走。
 9月24日 東京目黒区で歯科医強盗殺人。
 11月21日 千葉県我孫子市で金券ショップ社長宅強盗殺人。

平成17年(2005年)
 1月18日
 群馬県で窃盗事件を起こして逮捕。
小田島と服役中に強盗に誘われた人物が警察に情報提供。千葉県警の聴取、追求に共犯の守田が自供。
 10月14日 小田島と守田をマブチモーター社長宅放火殺人事件の容疑者として再逮捕。
 12月7日 警察庁が一連の事件を広域重要指定事件124号に指定。

平成18年(2006年)
 9月12日
 第一回公判。

平成19年(2007年)
 3月22日
 死刑判決。
 
6月27日 東京拘置所に移送。
 11月1日 控訴取下「死刑確定」。

現在東京拘置所にて収監中。65才

今後追加・修正予定です。

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コメント

小田島も辛かった
執行延期を
人生は難しい
人間皆汚い
中山みきは神
泥棒に金を与えた

投稿: たつお | 2014年2月11日 (火) 22時30分

小田島死刑囚が死刑となることは当然だという立場で、私見を投稿させていただきます。

否定されて然るべき人格ですし、大人である以上、自身の死をもって償うべきでしょう。自分が被害者遺族であれば、このような人間を養うために今もなお税金を納めていることにも耐えられないかもしれません。

しかし、私は彼の境遇には深く同情しております。「可哀想…だけど死んでください」という気持ちです。

海外の深刻な貧困にあえぐ国や地域で、派手な服装の外国人が無防備に一人歩いていたら…おそらく四方八方から襲われることと思います。

その襲う人たちも、小田島死刑囚も、結局同じだと思うのです。幼少のころより、しつけや初等教育を通して、倫理観を身につけられる環境に無かった…ということです。

年齢的に稼ぐ術も持たない少年が、極限の空腹の中で「他人のものを盗むな」と学校の先生に教えられて、盗まない子に育つのか…果たして人としての倫理観が備わるのか。

そりゃ、学校帰りに畑の作物盗むわな、と私は思います。そして、そんなことを繰り返していれば、身勝手な大人にもなるでしょ、と思います。

人格形成は幼少期の教育に大きく影響されると言われますが、そのとおりだな、と思います。大人になって刑務所で10年程度矯正を受けても、無理な人は無理なんだな、と思うのです。

刑事裁判を傍聴すると、よく被告人の生い立ちが弁護人から述べられますが、よく「母子家庭」「家庭内暴力」といったフレーズが付いてきます。人格形成の過程において、大きな問題がそこにはあり、それは、本人にはどうにもできないものだったことでしょう。

生まれながらに倫理観の備わった人間など存在しません。教えれば、何が「悪い」ことかはすぐに理解しても、「自制心」を備えるにはそれだけの環境が必要です。

彼のやったことは極悪であり、軽蔑されて当然であり、彼の人間性も矯正は不可能であれば、社会から排除するより他ありません。仮に今、無一文で社会に放り出せば、同じ事をするだけでしょう。

しかし、彼が普通の家庭に生を受けていれば、今も倫理観の備わった社会の一員であり続けられたかもしれない…そう考えると、同情せずにはいられません。


最近になりこの問題に関心を持ったため、時期外れな投稿となりました。もしご指摘、批判・反論等ございましたら、教えていただけると幸いです。

投稿: はてな | 2013年12月20日 (金) 04時41分

先生、更新がないのが心配です。
先生ご自身も体調が芳しくないのは周知の事実。
あると思われて体6月に執行が行われず、誠に失礼ですが小田島より先に先生が・・・と思うとやりきれません

投稿: | 2013年7月 7日 (日) 10時26分

てかどっからブログ書いてんだよ

投稿: r | 2013年5月14日 (火) 18時49分

追加予定って
死刑執行って書くだけやん

投稿: る | 2013年2月22日 (金) 02時11分

>sd様
ここで、小田島を罵倒してる皆さんは、小田島に声が届かないことは承知しているでしょうから、死刑賛成派に向かって言っているのだと理解しています。

>単にそのような状況に置かれたことがない。小田島は運が悪かった
とお考えのようですが、
金が無くなる状況というのは、多くの人が置かれたことがあると思いまが
悪人は、盗んででも手に入れる。という発想をします。

また、一般人はいくら腹が立っても、相手を殺そうとは考えませんが
悪人は、そうではありません。

悪人は生まれながらにして、悪人なのです。

投稿: スクワット | 2012年7月 4日 (水) 09時49分

死刑囚を罵倒して気持ちよくなってる人が多いけど、死刑囚が人間のクズと呼ばれてもおかしくないような行為をした、というのはそりゃ当たり前のことで、ここで罵倒してストレス解消以外に意味あるのか?という気がする。

それより、少年の頃から犯罪を繰り返し、何度も服役してきた彼の人生を知り、もったいない生き方だなと感じる。彼の今の手紙を見ると、人間性を感じる。人間性の欠如した怪物という感じは受けない。
そう見せかけているだけではないか、と思う人もいるかもしれないが、死を前にして、自分を偽る意味は何もない。

おそらく幼少の頃から、犯罪に手を染めやすいような環境で育ってきて、犯罪が当たり前になってしまい、それ以外の生き方を見つけ出す機会がなかったのだろう。
「いくらでも考え直す機会はあった。そこで真人間にならなかったのは彼の弱さであり、彼が悪い」というのはもちろん正しい意見だが、人間、今までやってきたやり方を変えるのは、相当大変だ。凡人の生活でも、そう感じさせる機会が多くあるのだから、まして常習の犯罪者が真人間になるなんて、それこそ生まれ変わるくらいの変化だ。

「なぜ犯罪を起こすのだ。我々一般市民は今まで一度も(とは言え多くの人は道交法違反など軽微な犯罪を経験済みだが)そんなことしたことないぞ」と人は言うが、重大な犯罪を起こしたことない人のほとんどは、「犯罪を起こすのかそうしないのか」の瀬戸際に置かれたけど、自らの良心によって犯罪を起こさない側を選択してきたわけではなく、単にそのような状況に置かれたことがない、犯罪を起こすという選択肢が現実味を持ってあらわれたことがない、というだけであり、その点では運がいいというだけだ。
むろん、そのような瀬戸際におかれながらも、自らの本当の選択の結果として、正しい選択をした、という人も中にはいて、その人は尊敬すべきだろうし、また、その「運がいい」多くの一般市民が、犯罪者に近い人より尊敬すべきでない、というわけではない。私は、「元ヤンはまじめな人より更生した分偉い」などとは絶対考えない。

ただ、小田島のような、自分や多くの人に比べると明らかに「運が悪かった(犯罪に親和的な環境で育った)」人物を一方的に罵倒するのは、正直、不当だと思う。

投稿: sd | 2012年4月26日 (木) 11時33分

この人が生まれてなければ救われた命っていくつなのかなぁ
数えるのも腹立たしいわ
まっとうに生きてる人が犯罪するためだけに生まれたような奴に命を奪われるのって理不尽だよね
社会の害悪だわ 優良な細胞を殺す癌細胞そのもの

死刑判決出たらすぐに殺せばいいのに
意味もなく暫く養うなんて血税が勿体なすぎる

投稿: | 2012年4月26日 (木) 00時30分

前科多すぎワロタwww

投稿: ちょwww | 2012年1月14日 (土) 02時07分

あんたの年表を見ましたが、幼い頃から、人の物や、人の金を奪う事しかやって来てないのですね!
前回の宮城刑務所での約12年間の懲役生活、何を学び、何を反省して来たのですか?
あんたの事だから、出所したら、次は何の事件を起こそうか、どうやって金を手に入れるか・・・そんな事を考え過ごした12年間だったのでしょう。シャバに居るより、刑務所の生活の方が長いのでは?あんたみたいな懲役太郎には、明日を生きる資格は無いし、拘置所で呑気に甘い物や、食べたい物を購入する資格も無い、何年か前に出版した本なども書く権利も無いんだよ!一日中、部屋に居て、殺された被害者の事、考えた事があるのか?
あんたの過去の身の上話しなんて、どうでもいいから、まだ、警察に自供してない余罪を言え!
同じ舎房に居る、死刑囚の後藤良治の様に全部、自供しろ!それが、あんたに出来る最後の償いだよ!
あんたには、もう仮釈放も満期出所も無いんだよ、後は、無駄に税金を使って生きて死ぬ日を待つだけの身なんだから余罪を言っても変わらないだろ!!あんたみたいなヤツは、30年位、刑務所に入れて、その後、死刑にすればいいのに、死刑執行の朝まで拘置所の食べ物なら金さえあれば、甘い物を含め、好きな物が何でも購入ができて、
散々、腹一杯、食べて死刑かよ、誰が聞いても今の世の中おかしいよ!何で人を何人も殺した人間が、そんな生活できるんだよ!何で被害者の遺族の方が辛い生活するんだよ!あんたになんか人権なんて、ねーょ!今まで他人の人権を無視して来たんだから。
あんたが被害者にした事と同じ様に、刑の執行すればいいのに。多少、被害者の遺族の気が晴れると思うよ、
拘置所の日々の事より、反省の日々を公共の場に投稿しろよ!
あんたが、歯が痛いだろうが、暑い、寒いだろうが、他人の事件の事とか、そんな事は、どうでもいいんだよ。
そんな事を考えてる暇があるなら、反省しろ!第一、生きてる事態が犯罪だよ、罪名は、税金泥棒だよ!
あんたは、論理的な事をいつも投稿してるが、
今までの人生なんだよ、最もらしい事を投稿したって、現実は死刑囚なんだよ、恥ずかしいから、やめろ!見ている誰もが腹が立つよ!

投稿: つかさ | 2011年12月 5日 (月) 02時14分

キツい言い方をすれば、あなたは死刑は当然でしょう。子供の頃極貧やったとか周りの友達がなんかは、まったくの言い訳。あなたの数倍、何十倍と苦労している方はたくさんいます。少ない給料でやりくりし子供を育て酒や煙草もやらず頑張ってる大人はたくさんいます。あなたには情状なんかまったく思いません。私が法務大臣なら明日にもサインします。それだけあなたは罪が重いです。休憩時間に本を読む?それやったら被害者の方にお経でも読め。被害者の方に祈れ。早く執行されろ。

投稿: ヘルキャット | 2011年9月22日 (木) 22時20分

4歳の頃に無理心中を母親に迫られ、少年時代に耐えられない程の飢えを経験したことはないので、この死刑囚の方の気持ちはわかりません。
でも、もし私が運悪く、強盗に遭遇し、無念のうちに生きたくても、殺されなければならない運命だったとしたら・・・。恐怖のうちに今、殺されようとする瞬間があったとしたら・・・。
やはり私は、どうしても被害者の立場で物事を考えてしまいますし、そういう想いはしたくないので、死刑囚の気持ちなど腹ただしくて、到底擁護する気にはなりません。

よく犯罪者の生い立ちがどうのとかありますが、自分と向き合おうと必死で自分自身と戦った経験があるのか?と、犯罪者と言われる人にいいたいです。
生い立ちがどうであれ、子供時代は短く、その後の人生は長い。子供もいる、配偶者もいるのであれば、その選択をしたのは親でも、周りでもなく自分自身であります。かけがえのない者がありながらも、自分自身と向き合うこともせず、短絡的なこと、犯罪者として生きることを選択したのは他でもない自分自身の責任であるのではないでしょうか?犯罪者としての生き方を選択したのは、親でも、周りでもなく、自分自身ではないですか?
私はそう思えて仕方がないのです。

犯罪者体質というのは、世の中や他人のせいにして、自分自身と向き合うことをしない人が後ろ向きな考えや弱さで起こす行動だと思っております。擁護者が無責任にも「生い立ちが悪いから」と訳も無く擁護しようが、いくら周りが手を差し伸べようが、本人が自分自身の内面と本気で向き合えなければ意味がないことではないでしょうか?

もし、死刑を宣告されて、死と向き合わざる得ない状況の中で、初めてそれまでの人生を振り返るというのであれば、それはごく皮肉なことであり、またその方の人生において死刑という制度があればこその必然的な事柄のようにも思えます。
出来れば、そこまでいかずとも、自分自身と向きあえたならば、誰かを殺めることも、自分自身のした行為に後悔することもなかったと思いますから。

投稿: naobeast | 2010年7月28日 (水) 17時54分

4歳の頃に無理心中を母親に迫られ、少年時代に耐えられない程の飢えを経験したことはないので、この死刑囚の方の気持ちはわかりません。
でも、もし私が運悪く、強盗に遭遇し、無念のうちに生きたくても、殺されなければならない運命だったとしたら・・・。恐怖のうちに今、殺されようとする瞬間があったとしたら・・・。
やはり私は、どうしても被害者の立場で物事を考えてしまいますし、そういう想いはしたくないので、死刑囚の気持ちなど腹ただしくて、到底擁護する気にはなりません。

よく犯罪者の生い立ちがどうのとかありますが、自分と向き合おうと必死で自分自身と戦った経験があるのか?と、犯罪者と言われる人にいいたいです。
生い立ちがどうであれ、子供時代は短く、その後の人生は長い。子供もいる、配偶者もいるのであれば、その選択をしたのは親でも、周りでもなく自分自身であります。かけがえのない者がありながらも、自分自身と向き合うこともせず、短絡的なこと、犯罪者として生きることを選択したのは他でもない自分自身の責任であるのではないでしょうか?犯罪者としての生き方を選択したのは、親でも、周りでもなく、自分自身ではないですか?
私はそう思えて仕方がないのです。

犯罪者体質というのは、世の中や他人のせいにして、自分自身と向き合うことをしない人が後ろ向きな考えや弱さで起こす行動だと思っております。擁護者が無責任にも「生い立ちが悪いから」と訳も無く擁護しようが、いくら周りが手を差し伸べようが、本人が自分自身の内面と本気で向き合えなければ意味がないことではないでしょうか?

もし、死刑を宣告されて、死と向き合わざる得ない状況の中で、初めてそれまでの人生を振り返るというのであれば、それはごく皮肉なことであり、またその方の人生において死刑という制度があればこその必然的な事柄のようにも思えます。
出来れば、そこまでいかずとも、自分自身と向きあえたならば、誰かを殺めることも、自分自身のした行為に後悔することもなかったと思いますから。

投稿: naobeast | 2010年7月28日 (水) 17時54分

生い立ちに同情する部分もありますが何度も刑務所を出たり入ったりしているのに死刑囚となった今回だけ反省するのは信じられませんね。
反省ではなく後悔でしょうね。

投稿: ままちゃん | 2010年5月 1日 (土) 14時02分

初めて投稿致します、皆様のご意見拝見させていただきました。この私も本死刑囚より少し年下の年齢の者ですが、1ヶ月程前この歳になって初めて被疑者となり、2日間警察の留置場に居りました(容疑は銃刀法違反で結果は不起訴釈放)。
同留置場には強盗未遂容疑、覚せい剤所持容疑等の被疑者も留置拘留されていましたが再犯なのでしょうか、留置場という人間性を奪われる監禁状態の中で食事も出来、食後の雑談も盛んにしていました。

このような経験をしてみますと物の考え方が変わります。
例を引けば家族に重篤な病を患う者がいれば他の健康な者はその病人の辛さや痛みを想像し、胸の張り裂ける思いになります。けれどはその病人の意識は健康な人がその病人を思う苦しみより病いそのものに委ねられており意識は、言葉は選ばなければなりませんが「まどろんでいる」とも言えましょう。

つまり、犯罪心理は本人しか本当は理解し得ないということです。私達がこの死刑囚について述べる理解や指弾はその是非は別として残念ながら他人事なのかも知れません。皆さんの意見をこの死刑囚が読むことが出来たらどのように思うかとても気にかかるところです。

投稿: 所感 | 2010年2月21日 (日) 19時58分

人間が内面に抱えている闇は外からはわからない。
生い立ちに同情すべき点はあるのかもしれない。
でも、仮に同じような環境(と周りからは見える)を経験したとしても、当人が何を思いながら毎日生きてきたかは到底他人からはわからないだろう。もちろんそれは被害者も同じことだろうが。

世の中に「死に値する」屑人間がいることは確かだ。しかし、「死に値する」人間はいわゆる「犯罪」を犯した人間とは限らない。昔、無知で粗暴で陰湿な権力亡者のワンマン社長がいる会社に勤めていた時、宮崎勤よりも宅間守よりも、こいつの方がよっぽど死刑に値すると思った。あいつに、肉体的には殺されなかったが、精神的には何度も殺されるに等しい仕打ちを受けたからだ。

あのアホ社長を殺したら死刑になる可能性があるが、あの社長が何をしても、人を殺さない限りは死刑にならないのは、おかしい!!

翻って、人間の内面を理解できるわけでも、するべきでもない「国家権力」が、易々と被告の「反省の情」なるものを判断し、被告を無期懲役にするか死刑にするか決定する。

そもしも国家権力が人間の内面や犯罪をとりまくコンテクストを理解できるわけはないし、そうすべきでもないだろう。物理的な犯罪行為(何人殺したか、金銭を奪ったか)を粛々と査定し、決定を下せばよい。

物理的な犯罪行為に対する査定と、「罪」の重さは別のものだ。身体をもって償うべき「罪」はあっても、どんな犯罪行為もそれだけで、死刑の正当な理由になるとは思わない。

国家権力に、死刑執行という機能を絶対に持たせるべきではない。被害者感情とか反省の情とか、そういう問題ではないのだ。

投稿: 酔っ払いのたわごと | 2009年11月20日 (金) 23時08分

「幸福追求の権利」が、小田島確定死刑囚の場合その幸福の追求権が金銭の追求、つまり金銭の多寡による幸福に歪んでしまったのでしょう。
私は死刑廃止論者ですが小田島確定死刑囚が還暦世代の東北以北の生活環境が劣悪だった、それにより金銭の多寡にのみ幸福を見い出せないタイプの人間性の人格だとしても当時の社会のせいにしてはならないし、彼を個別に特段に擁護する理由がないことから当ブログに投稿を続ける無力に限りなく近い微力の力を試したい気持ちもあります…ね。

投稿: 億 | 2009年8月12日 (水) 01時42分

金のためにいくつもの殺人を犯したという小田島の罪は、決して許されるものではなく、遺族の感情をおもんぱかるまでもなく、死刑執行は当然である。
しかし、私たちはそれとは別に考えなければならないことがいくつかある。
その一つが、「なぜ小田島はこのような極罪を犯し、どうすれば今後このような地獄絵を見ずにすむのか。」ということだ。
不幸な生い立ちを経験しなければ、小田島は極罪を犯すに至らなかったのか、あるいは不幸な生い立ちを経験しても小田島には充分全うな人生を送る道はあり、全ての原因と責任は彼だけにあるのか。それはこの資料からだけでは分からない。
しかし確実に言えることは、私たち一人一人が死刑執行について深く受け止めそして深く考え(EUは日本の死刑制度を批判している)、あるいは議論し、法務大臣が見る被絞首死体の数が減る社会を作って行かねばならないということだ。
もし小田島が極罪を犯すに至った原因に、一抹でも彼の周囲の環境があるとすれば、私たち自身の手でそれを改善していかなければならないだろう。
――親による児童虐待、いじめと少年非行、派遣切り等による失業者の増大、そして自殺者の増大、社会保障の不充実と社会格差……そしてそれらの結果でありまた根拠でもある「現代社会の心の闇、鬱、孤独」……
もちろん小田島が育った環境と現在の状況は異なり、彼に限って言えば少年院における更生プログラムに問題があるようにも思えるが、根本的な改善点は大差ないのではないか。そしていつの時代も、「幸福追求の権利」を十全に享受している人間は犯罪を犯さないものである。――どんなに貧しくとも人は自らの力で幸せを手に入れることができるのである。そして、そのための努力をどの程度するかが、生まれたとき既に決定されているか否かは―――言い換えれば犯罪者になるかならないかが生まれたとき既に決まっているかどうかは――、科学者にその結論を委ねることにしよう。
私は夢見人だと貶されるのを覚悟の上で、スイスの哲学者・国際法学者ヒルティの言葉を引用してこの拙稿を閉じたい。
――即ち、『大学での長い修学期間を終えた人の役割は、社会に愛の種をまくことです。』
私たち一人一人の力で、確実に死刑囚は減る。

投稿: S.L. | 2009年8月 9日 (日) 22時20分

人生の中で何度も、後悔と反省をする時間はあったはずなのに
死刑囚になるまでわからないなんて、人間性が腐ってるんでしょうね。

小田島が今、後悔しているのは被害者を思ってではなく、自分の事だけでしかないと思う。愛人と息子との楽しい生活を想像して後悔しているだけ…

なるべくしてなった死刑囚。

投稿: 葵 | 2009年8月 6日 (木) 15時22分

早急に執行するべきですね。

不幸な生い立ちが彼を犯罪へ走らせた?
もっと不幸な生い立ちでも今は立派な人間になっている人の方が多いんじゃないでしょうか。
自分の欲の為に人を殺しておいて我々が汗水流して働いて納めた税金で生活している・・・
これもある意味税金の無駄遣い。

『人の命を何だと思っているんだ』って怒る人もいるかもしれませんが、彼は人の命を何だと思って欲の為に殺したんですかね。


投稿: | 2009年7月28日 (火) 12時31分

小田島死刑囚の年表を見、皆さんのご意見をお聞きすることで色々考えさせられることがありました。

しかし、被害者家族のことと併せ考えると、犯罪者を擁護したり、社会復帰の意見を書くのが空しくなります。

ただこれを機会に対岸の火事的思考を改めていこうと考えた次第です。
自分の意見として無責任、悦に入らないためにも・・・

投稿: | 2009年5月24日 (日) 15時53分

死刑制度は小田島のような人間のためにある制度だと思う。
何の罪のない人間を次々と殺めて、もっと早く執行できなかったのか?
法律で定められているとおり、死刑判決>即>執行
にしてもらいたい。

投稿: 匿名 | 2009年5月 7日 (木) 18時10分

管理者殿、非常に有益なログだと思います、小島田が終焉するまで続けてほしいです。

------- 私見 ----------
思うに小島田は社会の歪というか無責任が生み出した魔物なのだろう。
 生い立ちは不幸だ。悲惨であるともいえる。だが、この社会では誰も助けてはくれない。不幸な人間はそれに耐え続けるか、あきらめて自死するか、グレて犯罪者になるか。
 誰も小島田を助けはしなかったのだろう、それゆえ犯罪を繰り返したと。生きるためか、自分を見捨てた社会に対して敵対すためか。

 今現実に派遣切りなどに見られる資本家たちの労働者への非人間的な扱いに現れているのが、この社会の強者たちは”自分たちさえよければいい”という本心である。
 もともと戦前からこういう社会であったのだろう、小島田はその社会の負の部分の申し子として生まれてきてしまった。
 誰にも助けられず、誰にも愛されず、虚勢と暴力だけで生きてきたのではないか?
 
 もはや小島田に更正などという治療は無駄で、死刑のみが彼に救済をもたらすだろう。

彼はこの社会の無責任さと非情さとを背負い社会の嘘と無責任を背負い死んでいく。

投稿: | 2009年5月 3日 (日) 17時13分

鳩山邦夫!!!法務大臣に復帰せよ

投稿: | 2009年4月 2日 (木) 20時52分

年表見たけどコイツ最悪。
まったく反省すらしていないのがわかるわ。

投稿: | 2009年3月22日 (日) 16時44分

>アルカイーダ

お前みたいな屑が一番の問題なんだけどね
やっぱり死刑囚は欠陥人間なんですね
死刑囚を擁護するやつも同じく欠陥人間なんだと思った。
お前見たいなやつがいる限り死刑に賛成だよ

投稿: | 2009年3月19日 (木) 07時53分

>アルカイーダ

お前みたいな屑が一番の問題なんだけどね
やっぱり死刑囚は欠陥人間なんですね
死刑囚を擁護するやつも同じく欠陥人間なんだと思った。
お前見たいなやつがいる限り死刑に賛成だよ

投稿: | 2009年3月19日 (木) 07時53分

年表を見て感じたこと。
犯罪はどんどんエスカレートしているのに
「空腹に耐えられず食堂の食べ物を盗んだ」
「お金が欲しくて人を殺した」
どちらをとっても単純な考えからという感じ。
過去に反省をしていたとして、物欲が勝ってしまうということは、思いとどまらせる何かが欠けていたのだと思う。
だからといって生い立ちなどをフォーカスしすぎるのでなく、犯した罪に対しふさわしい刑罰が下されればそれでよいのではないかと思う。
そこはシンプルで良いのではないか。
そして刑務所は刑務所らしくでよいと思う、学校じゃないんだし。
冷静に見つめ、先の日に犯罪者が出ないように、出来るだけ努めることしか思いつかない。

投稿: いろは | 2009年3月19日 (木) 03時28分

四歳の時(幼少の頃)、母親に、「一緒に死のう」と言われたことがありますか? 少年の頃、耐えられない程の空腹、を経験したことがありますか?

各個人が気付いているかいないかの違いはあるでしょうが、だれもが幼少の記憶やそれまでの体験は、蓄積され、ずっと内包されてきて、その人間性に影響を与えてきている筈です。

斉藤 充功様
 
大変貴重な取材レポート、ありがとうございます。両親のこともわかったら公開してください。母親が四歳の子供に無理心中を迫った理由も。子供がまず最初に体験する家庭という最小の社会が既に壊れているように思えます。
是非、本を拝読させて貰います。

投稿: 極刑統治社会 | 2009年3月19日 (木) 00時32分

人生は、いろんな人に会い、変な奴もいる。やはり、被害者にも原因がある。人は、何もないのに、人を殺さない。殺人をなくすには、優しい人間にならなくてはならない。被害者、加害者も同じ。ポリ公も、殺人の原因を詳しく公表するべきだ。被害者が、100%悪くないみたいに聞こえる。加害者の気持ちも見るべきだ。

投稿: アルカイーダ | 2009年3月18日 (水) 20時06分

改まった 年表を見て ちょっと何かを考えさせられました。


なんで 犯罪を重ねてしまったのか?
なぜ、 死刑囚という なりのはてまで 行ってしまったのか?


もっと 年表が 増えてくると その答えが、何かが分かる気がします。


この死刑囚の やってきた数々は 悪の限りの事で 死刑になるのは 当たり前かと 思います。


だからといって 社会にいる我々は 何も知らずに 死刑囚を批判ばかりしてはダメだと思います。


もう このような人をださないよう 考えなければいけない時期がきていると思う

投稿: | 2009年2月22日 (日) 02時18分

皆様コメントありがとうございます。

「小田島鐵男年表」ですが、最終的には彼が犯した犯罪はもちろんですが、生い立ちや彼が死刑囚になるまでの半生を記述していく予定であります。生まれ育った場所や、時代、人生の半分以上を過ごしたという刑務所、そして度々彼の日記にでてくるフィリピーナとの出会いなど。

なるべくはやめに追加して完成させていく予定ですので、よろしく御願いします。何も説明もせずに色々と混乱させてしまい申し訳ありませんでした。

投稿: ブログ管理人 | 2009年2月19日 (木) 19時25分

出来れば生い立ちから知りたい。

投稿: 土建屋40才 | 2009年2月18日 (水) 10時43分

このブログの趣旨を明確にブログ管理者が記述している。であるから、小田島年表に関しては詳細な調査と公表が無ければ無意味ではないのか?

すでに、メディアが取り上げた内容からスタートするのは、このブログも『読者に対する受け狙い』と思われても仕方が無いとおもう。

今までの記述(ブログを読んだ)だけの読者なら『馬渕事件が初犯』という誤解を招くだろう。

中立であり、読者の意見を真剣に求めるジャーナリストの姿勢なら、詳細の『小田島鐵男年表』をもって事実を公表すべきだと思う。

投稿: 元祖何様 | | 2009年2月18日 (水) 06時24分

コメントの流れには関係ないのだが、管理人に要望。

小田島は前科があるはず。
マブチモーター事件から取り上げるのは手落ちだと思う。小田島はあの事件が発端ではなく。すでに過去に犯罪を犯している前科者である。

小田島紹介として年表を書いて紹介するのなら、マブチモーター事件以前の前科『1990年に社長一家7人を監禁し、現金3億円と貴金属を奪った事件』からはじめるべきではないのか?

投稿: 元祖何様 | | 2009年2月18日 (水) 06時01分

死刑囚と無期囚とではその垣根ははっきりと違う。無期囚は出てくる可能性があるのだ。ほぼ全ての無期囚は殺人を犯している。その理由のほとんどが金絡みである。ギャンブルや女にはまり、背丈以上の金が必要となり犯罪を犯して懲役を食らっているのだ。そんな自制心のない人間が娑婆に金無しで出てくるわけだ。どの位我慢出来るだろう。欲望無しの生活を。万が一、自分の家族がそういう人間に殺されたらはっきり言ってなんで出すんだって国を恨むだろう。つまり安心出来ないんだな。そういう人間を娑婆に出すんならキチンと周りが安心出来るシステムを構築してくれないと。まあ無理なんだろうな、、、

投稿: 冠 | 2009年2月16日 (月) 23時53分

何だってやってみなけりゃわからない。


将来がない、いずれ刑に処され死んでいく…そりゃ確かにそうだけど、今は生きてるんだから。


確かにいくらアイデアを出し合ったところで、100パーセント死刑囚全員の心を正せるわけじゃない。
人間を相手にしてんだから、ひとつのやり方でどうこうなるもんじゃないと思う。


ただ私が思うのは、今死刑囚がおかれている現状(1日をひたすら座って過ごし、食べて寝るだけの日々)の中でも自身を振り返り過ちを悔やむ者が少なからずいるのなら、もう少しだけ外の空気を吸わせてやっても良いんじゃないかって。


「どうせ死ぬんだからこんなもん適当にやっとけ」とハナから心を閉ざした死刑囚がいたとしても、いざ刑の執行の番が回ってきた時にどう思うかわからない。


いざ命絶たれるほんの五分前でも、死刑囚の中で何かが変わるならそれでもうじゅうぶんなんじゃないかって思う。


私自身今までは何も知らないくせに遺族感情に乗じて「甘ったれるな」だの「少しは被害者の事を…」だの言ってきたけど、「反省をして欲しい」と思うならただ怒りの感情を持つだけじゃだめなんだって思うようになった。


長文失礼。

投稿: 舞 | 2009年2月15日 (日) 09時11分

長文になるので容赦してくれ。

いずれ、社会復帰を目指す刑務所の受刑者と、死刑をまつ拘置所の死刑囚とでは、犯罪者本人の態度や心構えが違うと思うし、周囲の対応の仕方が違うのも仕方の無いことだと思う。

社会復帰の可能性がある無期刑及び有期刑の犯罪者には、もう一度人生をやり直せる'社会復帰’の目標を持つことができる。

我々が考えなくてはならない大事なことは、彼らが刑期を終えたときに、我々社会が、そして国が、再発防止のためにどのような受け止め方や制度を用意すべきなのか、考えなくてはならない。

長い刑期のなかで、彼らが改心し反省を深め、もう一度やり直そうと努力しても一度犯罪に手を染めたゆえに差別され冷遇されるような社会では再発防止にはならないだろう。

では、死刑囚についてはどうなのだろう?
再審をくりかえし、冤罪と認められる極一部の死刑囚以外、彼らに社会復帰の希望はまずありえない。言い換えれば、彼らには、将来も、目標もない。ただ執行の時期が来るのを待つだけである。そして一日でも長く生きていたいと考えるだけで精一杯の者が多数を占めるのではないのかな。其れは普通人間として当たり前だとおもう。その証拠に’無意味であろう再審請求’を申請している死刑囚が多い。

死刑囚の待遇は、税金で食事を保障をされ、一日が長く感じるほどある程度自由な時間も与えられ、刑務所の受刑者より優遇されるらしい。 そして小田島死刑囚はその残された時間を、読書に費やしている。永山死刑囚は創作活動をしたし、自発的に社会奉仕をしてきた死刑囚もいる。死刑囚各自がどのように時間を費やすのか、興味深いところではある。

社会奉仕をして、その少ない報酬を被害者遺族に送る死刑囚の態度に、文句を言う世間は少ないとおもぅ。(その白々しい態度は見せ掛けの偽善だ!という人はいるだろうが・・)。

上記で提案されているコメントのように、実社会に触れさせて人間らしさを構築するというのもひとつのアイディアかもしれない。ただ、自分が思うに、将来の希望が無い死刑囚に効果がある政策なのかな?と疑問が残ってしまう。
『どうせ時期が来たら自分は死ぬんだし、社会奉仕はアフォらし・・適当に対処しよう。』ってことにならないかな?と。

結局のところ、死刑囚に対して最後まで人間らしく接する限界というのは、限られている。彼らには限られた自由という条件があるのだから。

その条件の中で死刑囚に対して、われわれが『人間らしく接する』ということは=『彼らに残された時間をどのように使うかの選択権を与えること』だと自分は思ってしまう。

お恥ずかしい話なのだが、自分の至った結論が現状況のままなので、自分自身に憤りを感じている。そして、死刑囚が社会と触れ合うという意見。自分の中で捨てきれない。


投稿: 元祖何様 | 2009年2月15日 (日) 04時44分

無人島に住まわせて何かさせることできないかなー

投稿: | 2009年2月14日 (土) 17時46分

う~ん、、結局は金とプライドなんだろうな、、金がないから取る。馬鹿にされたから殺す。結局彼らに社会的枠組みでどうにかしてやるってのが難しいのかもしれない。頑張ればある程度の収入と社会的地位を与えるシステムでないとまたどんな環境でもおちこぼれて犯罪に手を染めるかも知れない。

投稿: 冠 | 2009年2月14日 (土) 14時51分

それとか

国営農場を作って穀物を生産する。

投稿: 土建屋40才 | 2009年2月14日 (土) 12時04分

刑務所に隔離するような形で社会から遠ざけるんじゃなく、外でもっともっと色々な体験をさせたら良いのにー…と思った。


例えば、老人介護施設でのヘルパー体験や障害のある子供達と触れ合う福祉活動とか。職場体験も兼ねて。


快く受刑者達を迎え入れてくれるところがあればの話になっちゃうけど、そこは犯罪者を生み出さない社会づくりの一環として国で制度を作るなり何なりしてもらって。


まずは芯から、内面から彼らを変えていく事が必要かなと。


これらと同時進行で犯罪者を支援する施設の設立を目指していけば、「犯罪をやらかしたヤツの方が待遇が良くなる」といった不平等感も薄れていくんじゃないかなー。


結局のところ、人を支えるのは人だから。


甘いですかね?

投稿: 舞 | 2009年2月14日 (土) 11時43分

無期懲役の仮出所で殺人を犯して死刑になった人がいたけれど、それこそその犯人に強盗殺人された方はたまったもんじゃない。金が欲しくて犯罪を犯す奴らを文無しで世間に出したらだいたいどうなるかわかると思うが、、、定額給付金の2兆円を国営のそういう施設にして本当に金が無い人達の働く環境を作ってあげたらどうかと思う。まあ有り得ないんだろうな、、、

投稿: 冠 | 2009年2月14日 (土) 05時49分

冠さん。舞さん。ありがとうございます。良い勉強させて頂きました。

彼が還暦を過ぎてもなお犯罪に手を染めた理由の1つに
娑婆での生活の糧が他に無かったのも原因だと推測しています。

初老の前科者を娑婆に出すと生活に窮して再犯を繰り返す。私でも容易に推測出来ます。

国もある程度は出所後の面倒を見るべきだと感じています。(監視や住居や仕事等)

投稿: 土建屋40才 | 2009年2月14日 (土) 01時57分

小田島の犯罪の特徴

社長や歯科医師といった、世間で言われる中流階級以上に標準当てているよな。

中流以上のほうが強奪金額が大きいと単純計算なのか・・

それとも貧乏人の感覚で、余裕がある家庭を狙っての生活には困らないだろうといった発想なのか・・

その両方なのか・・・

最近執行された西本死刑囚の 老人狙いの動機をどこかで読んだ気がする。
老人を狙えば、残り人生も短いし、抵抗力も少ないから。(年金もあるし・・・?)みたいな。

犯罪者には犯罪者なりの基準や美学があるのかもしれない。

投稿: | 2009年2月14日 (土) 01時53分

追加!


受刑者が年金受給資格を得られるようになったのは平成12年からだそうです。


服役中に本人が納付できていなくても、家族等が納めてくれていれば受給の対象。


ささっと調べただけなんで、あまり詳しくなくてすみません。


連投失礼。

投稿: 舞 | 2009年2月14日 (土) 01時04分

国民年金は以下三項目に分類される。


1.老齢基礎年金
2.障害基礎年金
3.遺族基礎年金


このうち、刑務所に入った事で受給停止となるのは2の障害基礎年金のみ。


ただし受給停止の対象となるのは20歳より前に障害者となった者で、成人以降に障害をおった者はこれに該当しない。


刑務所に入る事で年金を払えないという場合は郵送で免除申請をすれば良いんじゃないかと。


実際、出所する時に入所日からの分をもらった例があったそうですし。
つまり服役中はもらえないって事よね。


懲役囚なら労働ができるから、何割かを免除してもらった上で払っていくとかできるんじゃないかな。


老齢基礎年金の受給資格は最低25年間の納付で得られるわけだけど、人生の大半を刑務所で…なんて人はそもそも未加入な事の方が多そう。


まして死刑囚なんか労働もしてないわけだし、社会の仕組みとは何ら関わりなく生きて死んでいくだけだもの。

投稿: 舞 | 2009年2月14日 (土) 00時53分

まともに会社勤めして300ケ月年金を払わないとよ年金受給資格がないと舛添要一から書類が来ました。長い間服役した囚人が年金を貰えるかとうかはわからないが貰える可能性は低いんじゃないですか?年とって娑婆にでて金がなければまともな方向で生きて行くとは考えにくい。

投稿: 冠 | 2009年2月13日 (金) 23時56分

私がこの年表をみて感じた事を一言。

彼は人生の大半を刑務所で過ごした訳ですが、60歳前後で社会復帰してまともに生活できるのだろうか。

年金等の福利厚生はどうなってるのだろうか。

投稿: 土建屋40才 | 2009年2月13日 (金) 23時45分

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