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2009年2月10日 (火)

第185回 2008年大晦日ー2009年元旦

2009年平成21年
1.1.木.晴

大晦日の昨夜は、9時に減灯された後も、読書を続けながら紅白歌合戦を最後まで聞き、除夜の鐘も聞き、午前0時、一斉に汽笛を鳴らす横浜港の年明けなど、各地の元旦風景の実況放送を聞きながら、出産後、4度目の今年のXマス・正月を出稼ぎ先の外国で迎えたレビーは、12/24の夜中0時をすぎると、12/31の夜中0時をすぎると、比の母親に電話をかけて「メリー・クリスマス」「ハッピーニュイヤー」を言い、トビーとも電話で声を聞き合ったことだろうーと思った。

レビーが言うのは
「トビー、元気?ママだよ、分る。トビーに早く会いたいよ、トビー愛してるよ。お仕事終ったら、お土産いっぱい買って買えるからね。いい子にして、もう少し待っててね」位だろう。
レビーは(日本に来ていた時も、同胞から比専用のプリペイド・カードを買って使っていた)少なくても月に3~4度は電話をかけてトビーの声を聞いてるはずだと思う。が、今、3才半のトビーはどれくらい喋ることができるのだろう?電話でレビーの声を聞いて「返事をして、ママ、ママ」とレビーを呼んで泣くだけ、ということはもうないだろう。自転車でどれ位走れるとか、自分の毎日の生活のことを、あるていど話すことができるのかもしれないなーなどとトビーとレビーのこと、比の家族のことをあれこれと思った。

だが、自分がトビーたちの事を思っている以上に、被害者の遺族は、殺された肉親のことを思い、悲しみ、犯人の守田と私を憎み、早期の執行を希求していることだろう。と、本当にあれこれ思いながら眠ったが、何の夢も見ずに朝7時のチャイムで目が覚めた。

朝食時に、おせちの折詰めと紅白まんじゅう(不況の影響か、昨年の2/3位の小型のかわいいものになった)が配られた。

ラジオのニュースで"北海道滝ノ上町で大晦日から今朝までに51cmの積雪"を聞いて、突然、物心がついてから小学1年の時に愛別に引越すまで住んでいた滝ノ上での生活を思い出して、目頭が熱くなった。

幼い私を可愛がってくれたオババのこと。庭で飼っていた白いアイヌ犬とヤギのこと。仲良しだった友人が馬に蹴られて死んだ夏のこと。盆と正月に帰って来た母のこと。S姉、M兄のこと、など、さまざまな思い出に、自分を打ち砕かれ、涙が出て止まらなくなった。
なんという元旦!
昼前にS氏からの年賀状来信。

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コメント

私は死刑賛成です。死刑になるような犯罪を犯さなければ
死刑にならないから。犯罪さえ犯さなければだれも死刑にならないから。そして被害者もなくなるから・・・

投稿: | 2009年2月24日 (火) 21時54分

全く同感ですね。中学生の社会科見学で見せたほうがいいと思いますね。

投稿: | 2009年2月13日 (金) 08時59分

中学生くらいになったら、刑場見学や拘置所の方々の話を聞く等の特別課外授業を行ったらどうかと思うんだけどなー。


人格が完全に形成される前の段階でしっかり現実を見聞きさせ、犯罪とその先にある顛末の怖さを覚えさせる。


そうして、学んだ事を家族や友人と語り合う。


死刑って、「なんとなく怖いイメージ」でしかないんだよね
おまけに「ねぇねぇ、死刑って電気椅子?」とか言ってる人いまだにいるんですよ(ちなみに私と同じ20代)

想像以上に知られてない。資料も少ない。


「死刑になりたかった」と言って無差別殺人を犯す輩が急増しているこのご時世。
従来のやり方、方針を考え直さなきゃいけないところまで既にきてしまっているのでは…

投稿: 舞 | 2009年2月11日 (水) 21時39分

死刑が必要かどうかは答えを出すのはかなり困難だと思うが日本の文化として私達はずっと死刑がある国で育ってきた。国民感情、遺族感情等鑑みても死刑制度は必要なように考えるが、問題は死刑確定からの様々な対応だと最近思うようになってきた。殺人を犯した悪い奴は死刑にしちゃえ!で大多数の国民はそこで終了してる。やはり全てをベールに包んだ現在の死刑にまつわる事をあるていどオープンにしないといつまでもこのままだと思う。一番重要なのは死刑確定から執行までの死刑囚の過程じゃないのかな。はい、死刑確定。はい、執行じゃ誰も浮かばないしなんの犯罪抑止力もない。我々はかろうじてこのブログで知る事しか出来ないもんな。

投稿: | 2009年2月11日 (水) 20時41分

韓国もついに死刑再開か?やはり死刑は必要なんだな

投稿: | 2009年2月11日 (水) 19時00分

あまり美化しないように。死刑囚には変わらない。それだけの事をしたんだから。

投稿: | 2009年2月11日 (水) 12時17分

追憶。。でもこれ以上書けるようなよい思い出は彼にはあまりないのかもしれない。
>友人が馬に蹴られて死んだ夏のこと
一瞬、死刑囚だったギルモアの弟さんが書いた「心臓を貫かれて」という本の内容を思い出しました。私はアメリカに住んでいて、よく死刑囚のインタビューなどをTVで見ますが、反省の言葉や、被害者や遺族のことについて語る死刑囚はほとんどいないように見えます。小田島は今からそれを、自分の中で拒否せずに、向かい合うことができるでしょうか。興味深いです。

投稿: らら | 2009年2月11日 (水) 04時11分

ここをずっと以前の分から見ているが、このような記述を見られたのは初めてのような気がします。

さまざまな思い出に、自分を打ち砕かれ、涙が出て止まらなくなった。

死刑囚の処遇については、私も現状に反感を感じることもあるし、いつまでも生かさずに早く執行をと願う気持ちは強い。しかしながら、厳しい処遇や早期執行によって我々第三者の溜飲を下げるだけであってはいけないのだと思う。早く吊るせとか何とか、まるで知能の無い野蛮人か魔女狩りをしていた中世の衆愚のようで、寒気を感じます。人間は、どんな人であっても、結局は自分本位なもので、苦しい立場に置かれると、本能的にストレスを排除する行動を取ります。自身を省みて、四六時中苦しみ続ける選択などできません。被害者への懺悔や謝罪の念を、起きている間中ずっと考え続けていたら、すぐにも気が狂ってしまうでしょう。(そうして欲しいとは私も願ったりするわけですが。)普通の人間と同じように、時には喜びや穏やかさを感じたりすることもなければならない。でもそうした中で、いずれ必ず来る執行の日を、恐怖と後悔の苦しみの中でもがきながら過ごしてもらわねばならんと思うのです。私自身はこのような考えを持っていますが、勿論、小田島死刑囚も早期に執行されることを願っています。名古屋の事件の神田と川岸、堀は即死刑でもいいぐらいだと思っています。

投稿: 無宿者 | 2009年2月11日 (水) 00時08分

もういいから、早く吊るせよ

投稿: | 2009年2月10日 (火) 23時41分

そう。その感情が人間の感情なんですよ。私も年越しにはセンチメンタルな気持ちになります。まさに人間の感情なんですよ。小田島さん。

投稿: 冠 | 2009年2月10日 (火) 22時05分

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