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2009年2月 9日 (月)

第184回 死刑囚の休日

12.30.火.晴
今年最後の入浴。連休といっても考えてみれば、作業をしている受刑者と違い
、死刑囚の生活には平日も休日も大差がなく、ほとんど同じ毎日だ。

休日には、購入の受付・交付。願い事の受付、発信、運動が中止なのと、平日に午前・午後の2回あるインスタントコーヒーの給湯が、休日は午前1回になる位。運動は爪切り以外にほとんど出ないし、坐って本を読むか筆記する他に、何もすることのできない独房生活では、
平日も休日も全く大差が無いのに、休日の一日は、時間が永く感じるから不思議だ。

イスラエル軍のパレスチナ・ガザ地区への空爆は4日連続して死者340人超。イスラエル軍、地上戦準備。
07年岩手の住職ら2人強殺で1審・死刑判決、控訴中の千葉正子(46才、仙台拘)、12/28控訴取下げ死刑確定。

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コメント

玲雄の知人で~す・・・
悪さしてるのも、知ってましたが
義理固い、可愛い後輩でした・・・
5年会わなかったら、こんな事に・・・
今は知りませんが、人を殴れない男でしたけど・・・
連絡無いので・・・珍しい名前だし・・・
小菅に確認行こうとも思いましたが・・・
やったんなら、罪を受けろと思いますが、
上の立場の奴が、無期?
やらせたのが無期?
実行する現場って・・。
指揮した人間が裁かれないってのは・・・
後から、裁かれた戦争の時と一緒だね~

投稿: | 2010年8月 8日 (日) 22時55分

2009年2月13日 (金) 00時50分の名無氏へ。

緒方被告の最高裁での判決も伊藤被告の控訴審判決も見守っていきたいとおもっている。

同じ視点から、貴方と想いを共感できたこと、自分のほうこそ、大変嬉しく思う。

裁判官も所詮人間であり、神ではない。
であるから、命を懸けた死刑囚の判決にも幅があるし・・・其れは問題であるとおもう。

5月から導入される裁判員制度が、この温度差を改善してくれたら良いと思うのだが。
その反面、素人が正しい判断をできるのか?という不安は未だに拭えない。


投稿: 元祖何様 | 2009年2月13日 (金) 01時27分

元祖何様さんへ

傍聴記を書いてる方へ(傍聴されてます)聞いたところ、同じような意見だったみたいで、日本の裁判の恐ろしさをしりました。。。

彼女は清水大志も死刑回避されて欲しいといっていましたが。。。同感です。でも、権力あったゆえに難しいのかな。。。渡辺被告、阿多被告の罪重がきになるところです。話には、阿多被告は強気だったとか。。。

私は他を責めるのではなく、伊藤被告はやっぱり緒方純子なりの刑が相応かと思います。

元祖何様さん、一緒の被告を同じ角度で話せてうれしいです。

ありがとうございました*

投稿: | 2009年2月13日 (金) 00時50分

2009年2月10日 (火) 16時50分の名無氏へ。
貴方と全く同じ思いである。

しかしながら、メディアや世間は反省を望んでいるだろう。

自分個人の意見はすでに述べているように、『反省や後悔の念は外部が強要できるものではない。結局死刑囚の自発的な気持ちに頼るしかない。』とおもっている。

であるから、
①死刑囚にそれを強要するのは諦める。
②我々が、彼らの反省を促すための環境を整える努力をする。

という、選択しかない気がする。

投稿: 元祖何様 | 2009年2月13日 (金) 00時45分

残念ながら自分も貴方以上の情報は持ち合わせていないとおもわれる。(役に立てずに申し訳ない)

伊藤玲雄の控訴審判決の予測は難しい。裁判官の判断にゆだねるしかないだろう。

ただ、個人的な意見を言わせてもらえば、傍聴記と一審判決文とを照らし合わせてみた時、一審判決の、他者被告たちとの裁量のバランスには納得できない。お粗末だった気がする。

裁判官には、判決を出す上での専門家の基準(例えば判例のような)があるのだろうが、自分には、正直理解しがたい。

自分が考える基準は単純である。
自分がもしも(自分の望まない不本意な状況に追い込まれたら)='伊藤玲雄'の状況に置かれたら、どういう行動をするだろう・・と考える。

自分の命や家族の命を交換にその状況で'正義’を貫けるだろうか?・・・・正直自分には自信が無い。
詐欺グループに加わった弱い心がそもそもの間違いではある。『だから死刑判決も仕方が無い!』と突き放すことは、自分にはできない。

詐欺と殺人では罪の程度が違うしね。

弱い心をもつ人間なら大小の違いはあれ、過ちを犯すし。

裁判官の基準に、'自分がもし当事者(被告)だったら'という立場や考え(基準)は無いとおもうし、むしろそういう個人的発想はタブーなのだと思う。
職業だから。

しかし、自分は一般人で、職業としての感覚ではない。
自分が犯罪に巻き込まれたら・・という状況を考えてしまう。

そこに、今回の判決の温度差を感じるのだが。

投稿: 元祖何様 | 2009年2月13日 (金) 00時14分

元祖何様さんへ

伊藤玲雄は死刑になりますかぁ?心配です。
傍聴記がストップしていて、現在の裁判の流れがわかりません↓(泣)
清水大志は男気があるがゆえに、仲間を庇うような、仲間を悪く言わないように濁した発言をしていて、死刑が確定するかもと言うのは読んだのですが。。。

何か知っていましたら、教えてくださいm(__)m

投稿: | 2009年2月11日 (水) 15時46分

「神田司の真実」についてですが。

普通に考えて真実は法廷で第3者の慎重な調査のうえに明らかにされるべきで、加害者本人の主張を一般の方々が、「ああ、そうですか。なるほど」と受け入れてくれる訳がないと思っています。(身内は信じるでしょうが)

このブログは逆効果に作用してると思います。

投稿: 土建屋40才 | 2009年2月10日 (火) 21時15分

凶悪犯の中でも、神田司や松永太みたいなモラルハラスメント詐欺?的要素のある人間は、反省は最後まで望めないのではないかと思います。自己弁護本能、口が達者で何でも人のせい、そういうのに殺された遺族は本当にかわいそうです。小田島の立場になって考えようとすることはできそうなんですが、神田の立場には、どう考えても、なれない。人間としての本質みたいなもの?が、拒否するんです。だから私には神田を支援してる人たちがわからない。あの男の「真実」なんてどうでもいい!と、思ってしまいます。でも、小田島に対しては、正直哀れに思う気持ちもあります。だからといって、奇跡が起こって恩赦などんあっても、まともな人生を送れる人とは思えないけれど。。。

投稿: | 2009年2月10日 (火) 16時50分

そうですよね。

視点を変えて考える事は公平で安全な社会を構築するうえでも大切だと思いました。

かくいう私も、被害者側の感情でコメントを投稿してる事に今頃気が付きました。

また良い考えが思いつきましたら投稿させていただきます。

投稿: 土建屋40才 | 2009年2月10日 (火) 16時39分

連投御免。
確かに神田司の事件は腹が立つ。

あの事件は死刑でも(個人的意見だが)とおもう。それは小田島も同じだった。自分がいいたいのは、死刑囚として確定されたあとの話である。

神田司他2名に反省の気持ちを促す為に我々ができることを自分は意見を交わしたい。

投稿: 元祖何様 | 2009年2月10日 (火) 14時28分

このブログに寄せられるコメント(世間)は、『反省しろ!税金で三食保証されていいご身分だ!』という憤りの意見が多い。確かに、もっともなご意見だ。

では、死刑囚自らが自発的に本心から、反省や後悔の気持ちを持つことができるのか?死刑囚のおかれている環境が、反省や後悔の気持ちを促せる環境であるのか?それは我々ブログ読者が疑問視すべき大事な着眼点だと思うし、課題であるとおもう。

冠氏の『毎日毎日同じリズムの拘禁生活をさせておいて反省しましたか?と問い掛けるのもアホらしい。』これは、国の制度に問題があろう。
では、我々国民ははどうしたらいいのだろうか?

『人間らしくあるには、人間らしく接される事が第一。』と舞氏は提案されている。現制度のなかで、我々ができる部分での提案だと感じる。(余談だが、北風と太陽という童話を思い出した。)

反省や後悔の念は外部が強要できるものではない。結局死刑囚の自発的な気持ちに頼るしかない。

我々にできることは、一度視点を変えて、第三者としてではなく、『If・・・もしも自分が小田島本人だったら。』という基準で考えてみたらどうだろう。

自分が被害者や被害者遺族ではなく、加害者だったら。
小田島でなくてもいい、石川恵子や、小林竜司、伊藤玲雄、緒方純子だったら・・・と考えてみるのも意義があるのではないか?

投稿: 元祖何様 | 2009年2月10日 (火) 14時10分

どうかね。でも、この人の場合妻子の事を大切に思っているようだし…


身辺の世話をしてくれる拘置所の人や差し入れ等してくれる面会人の方々もいて
人の優しさに触れる事ができているはずだから、徐々に罪に対する思いや死刑囚となった自分への気持ちに何かしら変化が起きてるといいんですけどね。


死刑囚になったという現実がそのまま反省や悔恨につながるとは思わない。(むしろ投げやりになりそうな気も…)


人間らしくあるには、人間らしく接される事が第一。


「人殺しの分際で!」という気持ちはいつまでも残るけど、他者から親切にされその存在を認めてもらう事で己が犯した事の重大さを真に理解してくれるならそれで良いのかも…と思うようになってきた。

投稿: 舞 | 2009年2月 9日 (月) 23時03分

いつも思うのだが毎日毎日同じリズムの拘禁生活をさせておいて反省しましたか?と問い掛けるのもアホらしい。今日一日どうやってヒマ潰すか考えるだけで一杯になるに決まってるだろう。考えてみれば死刑囚には反省する義務など無いのだから、はい!あなた今日から死刑囚。檻の中でいい子にしててね。本?読んでいいよ。的な感じの中で反省、遺族への謝罪を求めても無理ってもんだろう。今日からずっと反省しろよ!などとは強制されないだろうし。むしろ反省して後悔して謝罪出来る死刑囚は奇跡だと思う。思うに小田島は死刑囚の中でも反省するヒマもないくらい幸せな死刑囚だという事になる。逆に興味が惹かれるのは反省する死刑囚の心境だ。自分と照らし合わせてもどうしたらそのような心境になれるのか。多分その心境になった死刑囚は誰よりも人間らしい人間だと思う。出来れば小田島が執行される前に人間を取り戻して欲しいと思うのは無理な話なのだろうか、、

投稿: 冠 | 2009年2月 9日 (月) 22時32分

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