« 畠山被告控訴審、3月判決=検察側、改めて死刑求める−仙台高裁支部 | トップページ | 第180回 クリスマスイブ »

2009年1月30日 (金)

第179回 死刑囚にできること

12.22.月.曇
昼前にH氏の来信(本に同梱のもの、と告知)、本を郵送差入して下さった由。連休前の25/木・26/金には手元に本が届くはず、とても楽しみ!
H氏には、ただただ多謝!!

読売新聞に先日から再開された「死刑・第2部・かえらぬ命」が今日の「かえらぬ命(11)」"反省なく自ら死を望む死刑囚の存在は、大切な家族を奪われた遺族に、そして社会に、究極の刑の意味を問いかける。"で第2部の連載が終った。

今回の連載の中に、94年、夫婦殺人放火の平野死刑囚(61)が今年9月11日、死刑執行。被害者遺族コメント詼"執行されたと知った時に感じたのは「なんともいえない生理的な拒否感」だった。「まるで手の中で生きた虫を握りつぶしてしまったような、ざらっとした嫌な気持」だった。死刑というものが、あんなにまで生々しく自分に迫ってくるということを、刑が執行されて初めて知った。「今回の事件で、父母が平野死刑囚に殺され、平野死刑囚もまた、国家の手によるものとはいえ、人為的に殺されたのだ。」という気がしてならない。"があったが、これは蔓延する被害者感情の報道の中では、稀な逸話で、
"犯人が執行される日を待ち望んでいた。犯人が処刑されても殺された肉親がもどってくるわけではなく、犯人を憎む気持は一生薄くならない。"が、ほとんどである。


愛する肉親の命を奪った憎い犯人の「極刑」を唯々希求する遺族に対して、死刑囚が今さらいかに反省・悔悟を言葉や態度で表しても遺族に受け入れられることがないのは当然のこと。執行されたからといって、それで遺族の気持が晴れるわけではない事も、自分が犯した罪の重大な事も、充分理解しているつもりだが、自分の命で償う、こと以外に、できることのない死刑囚に、反省・悔悟を形としての表出を求められても、どうしようもない。それは、水底に沈めた石に対して、「水面に浮く努力をしろ」と言うのと同じ事ではなかろうか。否、死刑囚には、その水面すらないのだからーなどとは、無知蒙昧の馬鹿者の戯言!

|

« 畠山被告控訴審、3月判決=検察側、改めて死刑求める−仙台高裁支部 | トップページ | 第180回 クリスマスイブ »

コメント

この死刑囚は反省なんてしてないね。
本人は反省しているつもりにはなっているのだろうけど。

反省の態度を遺族に受け入れてもらいたいのかね。

許す・許さないは遺族の側の問題であって、
死刑囚の人が考えるべき問題ではない気がする。

死刑囚が反省しているように見えようが
反省していないように見えようがどうでもいいのではないか?

大事なのは自身の過ちに深く向かいあっていくことだと思うんだけど。

この死刑囚は
『反省していてるんだが、誰も信じてくれないよな』
『自分は反省しているので、それをわかってください』
とか思っているようにしか見えない。

そんなことを主張されればされるほど、
心からは反省はしていないんだろうなと思ってしまう。

投稿: | 2009年6月19日 (金) 23時00分

うすらばかはてめえだ。いちいち調子くれてんじゃねえよ

投稿: | 2009年2月23日 (月) 20時57分

同じ人間が書いてるわけないだろ このウスラ馬鹿が

投稿: | 2009年2月20日 (金) 13時56分

2009年2月 3日 (火) 23時25分からは全部同じヤツが書いてるんだよ!

投稿: | 2009年2月 5日 (木) 19時09分

最後の3コメントはいったい何なんだ?これだから女は醜い

投稿: | 2009年2月 5日 (木) 19時05分

お疲れ様です(^-^)
ああ!やはりあの時のお方でしたか!
そうですね。色々な方向の方々のご意見はとても貴重ですよね(^-^)
同じ世界の者しか居ない場所ですと、どうしても視野が狭く成りがちです…。しかし、色々な世界の方々のご意見を私たちも聞かなければ成りませんし、そう言った意味でここのブログはとても貴重だと思いました。
私も皆様と一緒に「最期」を見届けるつもりです。
あなた様とまたご一緒出来た事を嬉しく思います!
ありがとう(*^-^*)
今後ともよろしくお願い致しますo(^-^)o

投稿: ララ | 2009年2月 5日 (木) 18時48分

そうですo(^-^)o以前もご一緒させていただいた者です!今後とも色々な意見参考にしていきましょうね。色々な意見もあれば色々な人もいますから・・(^O^)

投稿: | 2009年2月 5日 (木) 11時56分

11・12>>お疲れ様です。暖かいメッセージをありがとうございます。もしやあなた様は何処かの日記でご一緒された方かしら(^-^)?あなた様のおっしゃる通りですね。このブログへ寄せられるたくさんのご意見は様々ですが、とても勉強に成っています(^-^)色々な方々のご意見をいつも興味深く拝見させて頂いて居ります。
私宛てにコメントを下さり、本当にありがとうございます(*^-^*)

投稿: ララ | 2009年2月 4日 (水) 17時30分

失礼しましたm(__)mららさんではなくララさんに宛てましたm(__)m

投稿: | 2009年2月 4日 (水) 10時05分

そうですよねconfidentららさん謝ることないと思います。色々な意見を知るためにもこのブログは存在しているのですからね。

投稿: | 2009年2月 4日 (水) 10時04分

追伸>>意味深長な書き方をしてしまい、さらに誤解を招く様な文章に成ってしまいました…。
前にも言いましたが、勿論被害者遺族の気持ちが一番なんです。
しかし、裁く方はあくまで中立の立場で冷静で無くてはならない…。相手がどんな凶悪犯だろうと、感情で裁いては成りません。
また、看守を含め、最期まで向き合う者は、墓場まで付き合わなければ成りません…。
それを何となく書いてみたところ、先程の様な意味不明な文章に成ってしまいました…。
すみません…。

投稿: ララ | 2009年2月 4日 (水) 00時06分

らら様
初めまして。お名前が似ているものでご迷惑をおかけしてしまったかと、大変申し訳なく思って居ります。確かに意味不明の文章に思われて当然だと私も思いました。
吊す側…と言ってはストレートでしょうが、国家に従事する側の視点で書き込みさせて頂きました。
最期まで向き合わなければならない立場ですが、なかなかきついものです…。
不快な想いをさせてしまったのなら申し訳ございません…。
百人居れば百通りのご意見がございます故、私の意見を他人様に押し付ける気はございませんし、他人様のご意見を否定する気持ちもありません。
皆様のご意見は大変勉強に成って居ります。

投稿: ララ | 2009年2月 3日 (火) 23時25分

ららとララは別人です。ララの文章は意味不明です

投稿: らら | 2009年2月 3日 (火) 19時50分

反省しても、反省しなくても、開き直っても、最期まで貴方がたに向き合って行きます…。
親族により、遺骨の受け取り拒否をされた人のお墓へ足を運んだりもしています…。
貴方がたが逝った後も、貴方がたと向き合っています…。
それが国の出来る事…。

投稿: ララ | 2009年2月 3日 (火) 08時08分

反省、悔悟しているんだったらその気持ちを遺族に伝えるのは別に難しいことではないと思うんだけど。
許してもらうのはすごく大変ですよ。
いや、もしかしたら許してもらえないかも知れない。
だけど許してもらえる見込みが小さいからといって反省の弁を述べないというので果たしていいのかな?
許してもらえなかったら自分が傷つくっていうのがわかってるから躊躇してるんだろうけど。
でもそこは勇気を出して乗り越えてもらいたいところですね。

投稿: | 2009年2月 3日 (火) 07時44分

お逝きなさい。

投稿: | 2009年2月 3日 (火) 00時14分

先日処刑された西本正二郎死刑囚は
最後まで袋張りの仕事を獄中でしていたそうです。
自分が殺してしまった被害者がずっと働いていたことを知って
自分も執行まで働きたいという思いからだったようで胸が痛くなりました
これこそ償いであるような気がします
なかなかそういう状況でできることではなく反省をポーズでなく日々の行いでしてきた西本死刑囚の執行は残念でなりません
この人にもそういう真摯さはないのでしょうか?
気になることは自分のフィリピン人の妻と子のみのようで彼らへの手紙だけに全エネルギーを使うのは違和感が感じられてなりません
この人はとっさにみず知らずの人を殺したわけでもなくオームのように命令されて犯行に到ったわけでもない
周到に計画しての犯行だからその分罪は重い気がする

投稿: 虚しい | 2009年1月31日 (土) 22時58分

久しぶりにこの人の素直な文章を読んだ気がします。

投稿: らら | 2009年1月31日 (土) 19時44分

何ができるかじゃなくて、何がしたいかでしょう。

遺族に詫びる気持ちを伝えたいなら、手紙を書いてみればいい。

被害者の魂に向け、読経や写経をしてみたらいい。

どうしたら救われるかなんて、そんな事遺族本人だって多分わからないよ。彼らの願いはただひとつ、最愛の人に戻ってきて欲しい…ただそれだけなんだからさ。

死ぬ以外何もできない無力な人間だとしても、諦めと言い訳はあんたには許されないんだよ。

投稿: 舞 | 2009年1月30日 (金) 21時28分

人間って死んだらどうなるんだろう?

仏教が説くようにまた赤ん坊に生まれ変わるとしたら
今度こそは正義を貫く人生であって欲しい。

彼は底に沈んだ石ではないと思う。遺族が許してくれないのは当たり前の感情だと思います。

だからと言って開き直るのはあまりにも幼すぎる。

不思議なもので私もこのブログに投稿しているうちに
だんだん彼が改心する姿を期待するようになってきました。

投稿: 土建屋40才 | 2009年1月30日 (金) 20時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/473217/27613982

この記事へのトラックバック一覧です: 第179回 死刑囚にできること:

« 畠山被告控訴審、3月判決=検察側、改めて死刑求める−仙台高裁支部 | トップページ | 第180回 クリスマスイブ »