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2008年6月23日 (月)

第76回 歓迎すべき"死"

5/9(金)
朝食の直後に弱い地震。
9時過ぎから爪切りのために運動に出る。狭い運動場の突き当たりの壁面の目隠しウイングの角度を変えて、せめて隣棟の壁でも見えるようにすればよいのだが、
まったく外が見えないためコンクリートの箱の中に入れられたような気がして、運動をしたという感じになれない(閉塞感で)ため、10日に1度、爪切りのためにだけ運動に出ている。
もっとも、死刑囚には運動などする必要がないだろう。いわゆる"メタボ"などには全く関係のない身なのだから。

いずれ誰もが,事故や病気や寿命で死んでいく。誰もが生まれたときから死の足音を聞いている。"死"は歓迎すべき運命だ。死刑囚の身を自省せずに、不遜だと非難されるのは承知のうえで私は、執行される直前に"欲望のままに生きてきた自分の人生は,面白かった,面白かった"と思って死にたいと思う。

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コメント

とても正直な人なのだと思うが、「面白かった、面白かった」は、納得が行かない。遺族の方々が耳にした時の事を思うと、あまり適切でないのでは…。欲望のままに生きた…と 言えるとも思えない。塀の外で生きていたら、辛いことももちろんあるが、もっと自由でもっと楽しい事がたくさんあったのだ。色んなものを見て、色んなものを食べて、色んなものに触れて…。可愛い息子の成長を愛する女性と見守り、巣立たせる。家族に支えられながら老いてゆき、最後は最愛の家族に看取られて旅立つ…それが面白かったと言える人生ではないか。塀の中に閉じ込められ、強制的に命を奪われるような最後を迎えることが、面白い人生のはずがない!もっと戦って、もっとあがいて欲しい!もっと自分の命に執着して、もっと生きてほしい!今おかれている状況に甘んじないで下さい。

投稿: A・M | 2010年6月 2日 (水) 23時58分

法務大臣に対する

「死神発言」をニュウスで見て以来

死刑制度に興味を持ち、このブログに辿り着きました。

僕は思うんですけどね。

本能のままに生きたい気持はよく解ります。

でも、それじゃー 人としての進歩が無いと思うナ。

幸せをとことん追求して実践していく方が全然面白いと

僕は思います。

投稿: 土建屋40歳 | 2008年6月24日 (火) 09時52分

何か、たまらない気持ちになる。早く楽になりたいのだろう・・・。

投稿: しず | 2008年6月24日 (火) 09時41分

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