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2008年1月26日 (土)

第28回 2007年聖夜



12月23日(日)天皇誕生日
夕食時に祝日菜として、ドラ焼き1個が配られた。




12月24日(月)振替休日、Xマス・イヴ。



(2007年小田島からのクリスマスメッセージ)


夕食時にチョコレートショートケーキが配られた。この3連休、個室の天井のスピーカーから朝9時~夜9時の就寝時間まで(途中11~12時は昼食、4~5時は夕食と点検のため放送中断)Xマス・ソングのタレ流し状況。

このところの私は、纏まったことを考えることができず文章を書けないため、とにかく目をあけている時は活字を(本の内容が頭の中に入らないので、音楽はほとんど聞き流しているけれど、1ヶ月も前から連日Xマス音楽を聞かされ続けているとイヴの今夜はさすがにXマスを意識します。


練馬の3億円事件で12年の刑期で服役した宮城刑務所から、6月に仮釈で出所し、
8月9月11月に3件で4人強殺の事件をおこした2002年(平成14年)のXマスを思い出します。


8月のマブチモーター事件の後、私は
池袋の店で出会ったRevyが11月に立川の店に移されたので、2002年のXマス・イヴの夜は立川の「マカティ」に行きRevyと一緒に過ごした。


イヴの夜中の0時をすぎると、店のほとんどのフィリピーナが客の脇で、店のスタッフの目から隠れて携帯電話でフィリピンの家族に「メリークリスマス」と言いながら、声をたてずにポロポロと涙を落として泣く姿を見て、家族の生活を支えるために一人で日本に来て、健気に笑顔を絶やさずに働いている彼女達の素顔を見た思いがして胸をうたれるものを感じた。勿論、Revyも私の横で母親に電話をかけて、メリークリスマスと傍にいる私のことを話しました。でもRevyは泣かずに話している、と思った私は本気で惚れ,35才も若いRevyに溺れました。ー大晦日も夜中0時がすぎると、フィリピーナ達は一斉にフィリピンの家族に携帯電話をかけ「ハッピーニュイヤー」を言い肉親の声を聞いて涙を流します。


2003年のXマスと2004年の正月。2004年のXマスと2005年の正月を、2年続けてフィリピンのRevyの家で大勢の家族と一緒に過ごしたことが,
私の生涯の中で最大で1番の幸せな想い出です。比の田舎にあるRevyの家ではXマス・イヴには何もありません。25日Xマスの日は家に祭ってある、幼児のキリストを抱いたマリア像にローソクを灯し,家族全員揃って祈ります。(今年は8月で満2才になったTobyが母親と共にお祈りをする姿が目に浮かびます)その後、用意したチョコレートケーキ(200ペソ位、日本円で400円位)を10人位の家族で分けて食べますが、Xマスといっても他に特別なものは何もありません。




「フィリピンの田舎では、おかずが無いご飯だけでも毎日3回食べられることは幸せなんだよ」とRevyが言うとおり、一匹の魚のカラ揚をおかずに家族10人が食事をする。3~4cm大の鶏のカラ揚2個だけのおかずでご飯を食べる。ニンニクライス(スライスしたニンニクと飯を油で炒めただけ)と粉末を水で溶いたジュース。そうした普段と同じ毎日の食事がRevyの家ではXマスも正月も続きます。


それを考えると、比のRevyとTobyには申訳なく思うほど、東拘の食事は恵まれていると思っています。



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コメント

恵まれてると言いながら、食事内容の不満をたらたら書いてた時があったよね。

投稿: アスル | 2013年3月 8日 (金) 23時17分

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