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2008年1月14日 (月)

第24回 「真夜中の死線」アンドリュー・クラヴァン




推理小説のつもりで貸りたのに。
嫌な本を貸りてしまったな…




12月4日(火)
2冊借りた官本のうち
「真夜中の死線」アンドリュー・クラヴァン、創元推理文庫、1999発行、の序文を読むとー最初にお断りしておくが、本書は死刑制度の是非を論じた本ではないー書かれているのは死刑囚が処刑室に運び込まれた1日のことが書かれている。ひとりの死刑囚に残された最後の数時間、本人とその場に居合わせた人間たちの苦闘…云々。そして目次の最後の項に「97秒遅すぎた」を読んだとき、ごく普通の翻訳ものの推理小説のつもりで貸りたのに「死刑囚の執行を書いた本を選んでしまった、嫌な本を貸りてしまったな」と思った。それでもう一冊の大沢在昌の本を読み始めたが、夕方までに読了。5時の仮就寝になり布団に入ってラジオ放送を聞いていましたが、本を読んで目が疲れなければ又夜、眠れないので、嫌な気分になれば途中で止めればいい、少し読んでみようかと思い読み始めたところ、一気に最後まで読んでしまいました。

この世において避けることのできない、人生哲学の尽きせぬ探求の対象"死"。死刑囚ビーチャムに残された最後の数時間。真夜中の午前0時1分に「死刑執行」されるその「真夜中の死線」に否応なく直面する州刑務所の所長、看守、牧師、弁護士など人間の内面の弱さや揺れ動く信条、理念と感情を掘り下げて描き出されている良書でした。

所長ー彼ら(死刑囚)もまた同じ人間かもしれない。陽の当たらない場所ばかりを歩かされてきたかもしれない。しかし人間は選択のできる動物だ。
「no」と言うことのできる動物でもある。ある人間が、人を殺すことを選択したなら、ひとりの母親がこの世に生み出した生命を苦痛と恐怖のうちに断ち切り、縁に連なる数多の者に深い悲しみと憤りを味わせることを選択したなら、それは当人の人間としての在りようが、死刑を宣告したことになるのではないか?なぜなら、その者にも「no」と言うことはできたはずだから。人間には、その意志さえあれば「no」と言えないことはない。

ビーチャムの妻ー夫が刑務所に送られ、死刑囚になり、住むところも仕事もなくし、新しい教会を探し、友達も失くしながら幼い娘を育てながら、処刑される夫を最後まで見守り力づける。


"神さまは、その人が負い切れないほどの重荷はお与えにならないはずなのにー"





死刑囚ー俺が生きてきたことに、いったいなんの意味があったんだろう。良かったと思えるのは、お前(妻)と出会ったことだけだ。お前と出会って、ゲイル(娘)を授かったことだけだ。これが分相応ってことなのか。ようやく、生きていればいいこともあるってわかってきたのに。人が生きてる意味がわかった気がしたのに。気がついたらこれだ。もっと時間がほしかった一緒にいられる時間がー。





ビーチャムが執行の前に、7才の娘(ゲイル)にあてて、成人したら読むようにと書いて妻に託す真摯な手紙ーお前を父さんのような父親のいない子供にはしたくなかった……この手紙を書きながら、最後にひとつだけ、主にお願いしてる。父さんの心の一部をこの世に、この手紙の中に残していくことを許したまえ、とお願いしている。父さんが書いたことが役に立とうが立つまいと、父さんがそばについていることを感じてもらえるはずだし、父さんの声が聞こえるはずだ。ゲイル、ここにいるぞ、父さんがついているぞ、
お前の父さんがー。お前と母さんを心の底から愛し、幸せにしたいと願い、お前のそばにいたいと心底から願っていたことを知っておいてほしい。


娘にあてた長い手紙の箇所は、涙で何度も読めなくなりながら、大泣きして読みました。


致死薬注入のために点滴の針を腕に刺され、まさに注入される寸前に執行停止の電話が入るのだが、その最後の瞬間を、処刑に立合って見守ってくれる妻のために、発狂することなくしを受け入れようとする死刑囚の心を、執拗に責め立てる"死"という絶望、苦悶、恐怖感を、自分のこととして読んだけれど、
二度とこの手の小説は読みたくない。もう読まないぞ、と思った。良い本ではあったけれど。






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