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2007年10月15日 (月)

第六回 小田島からの手紙2

8月27日
最近、詩を書きはじめました。習作ですが第1作ができました。

「この手もて ?追善供養の写経する
ただひたすらに ?死刑囚の吾
贖罪の写経続けて坐す日々は
短くもあり ?長くもありぬ」

当所では一応、空調が入っていますので千葉から暑くなる前にこっちに移り、今年の夏は助かりました。運動の30分以外(運動場は幅2米、長さ5〜6米、長方形に仕切られた狭いスペースですが10階屋上なので地上にくらべて風通しは良いです)、室内に坐っている分には外の暑さとは無縁です。追ってまた近況をお知らせ致します。
(小田島から斎藤充功氏への手紙より)



斎藤充功氏が面会した小田島の近況
9月11日
私は20日ぶりに小田島を訪ねた。前回のときよりも頬がこけていた。

「歯が駄目になってしまい先週からお粥食にしてもらい、点滴で栄養補給しています」

口調は弱々しかった。

だが、本の話になると目が光って見えた。

「最近、『犬と私の10の約束』という本を読みました。この本は犬と人との触れ合いを描いた作品で、犬との10の約束を読んでゆくと何故か、涙が出てくるんです。独房で2年半が過ぎて、老いのせいかもしれませんが涙腺が緩んでくるんです」

64歳になった小田島は、この本を読んで涙を流したという。そして「10の約束」に、感動したそうだ。今、読んでいる本は「時代物」が多いそうだ。理由は「現実世界から逃避するため」だという。

「そのうちに哲学書や仏教書を読むようになると思いますが、それは、控訴審判決が出たあとでしょうか」12分の面会時間で、私は「死刑」について彼と話す精神的余裕はなかった。

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コメント

このブログが気になって、最初から読んでみることにしました。死刑確定の少し前ですよね。。。

投稿: アスル | 2013年3月 5日 (火) 11時14分

昭和52年から53年頃の、いわゆる堅気になろうと努力し、試みていた小田島の傍らで、会話してみて何かにぶつかる、何かが妙だと、私の感受性が彼と疎遠になるように心がけていた。決して若くなかった私は憎まれることなくそうする術を知っていた。そして、彼も私を見抜いていたのだと思う。だが、記憶は残ってしまう。15-6年前、練馬の事件
を知った時、こんな日が来たと思いながら、新聞や週刊誌を読みあさり、名前も年齢も出身地までも違うけれど、やはり彼は小田島だった。すでに私は結婚もして佐藤姓になっていた。面会に行くべきかとも考えたが、結局忘れた振りをして時が過ぎた。その間、あの人は頭もいいし、態度もいいから結構早くに服役するのだろうなどと思い出すことが時折。殺人だけはしないのなら、それも有りかもなどと考えていた矢先のマブチモータース事件の逮捕者。愕然。死刑かも・・・と感じたものだ。裁判中に会うべきか、またもやかんがえる。もたもたしていたら、控訴取り下げと同時に死刑確定。どうにもならないと判ると、結構サバサバしたもの。ところが、ここへ来て”死刑囚ブログ小田島”なる斉藤充功先生のページを拝見するようになり、彼の生きているうちに私にできることは何?と真剣に考えています。どうか、先生のお知恵を拝借できませんでしょうか。もし連絡くださるのでしたら、携帯メールがありがたいです。090-××××-×××× corat1000@DOCOMO.NE.JP 佐藤千代子
 私の旧姓は 根上です。

投稿: 佐藤千代子 | 2009年6月 1日 (月) 20時37分

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