« 掲示板 | トップページ | 掲示板3 »

2006年1月 7日 (土)

掲示板2

|

« 掲示板 | トップページ | 掲示板3 »

コメント

皆様こんばんは。
新しくちゃんとした掲示板を設置することにしました。無料のレンタルのやつですが…
なのでここはひとまず終了します。書き込んでくれた皆様どうもありがとうございました。

投稿: ブログ管理人 | 2009年10月21日 (水) 21時28分

私が海外で死刑執行を見れたのも、たまたまかもしれませんけどね。たまたま行った時に、たまたまソレがあったて、だけかもしれませんけどね。でも、正直死刑執行を見ると言うのは結構衝撃的でした。一生忘れられない光景でした。私の場合は精神的にかなりキマした。でも死刑が駄目やと言う訳では、ありませんけど・・・。

投稿: S | 2009年10月 9日 (金) 00時36分

さすがに執行を生でみる事は一生無いと思いますが執行時にどんな事が起きているのかは以前執行された藤原清孝さんのお姉さんのブログで見させて頂きました。正直考えさせられました。

投稿: 四十路風俗嬢 | 2009年10月 7日 (水) 02時22分

皆さんお互いに意見交換いいと思います。由里さん、死刑制度廃止反対する連中が分からない、刑場みたことないくせに とのコメントに質問ですが、日本の刑場を御覧になられたことがあるのですか?それと死刑制度廃止との関係、由里さんが死刑制度廃止賛成の理由を簡単でいいので説明下さい。

投稿: おっちょ | 2009年10月 6日 (火) 15時06分

海外の一部では確か公開処刑(テレビ中継?)が有ったはず。多分それの事かなと思いますが。その国に滞在されていたならば、Sさんが仰る通り普通に見ることが出来ます。

投稿: 焔 | 2009年10月 6日 (火) 07時26分

ですから海外でのことを言うてるんですが?そりゃ~、日本ではありえない話ですけどね(笑)こういった掲示板で発言に責任もつとか言う言葉を良く見られるんやけど私が責任持てないような発言した覚えはありませんけどwまぁ~、私が普通であろうが普通でなかろうが、どうでも良いことですが・・・w

投稿: S | 2009年10月 5日 (月) 19時32分

Sさんへ

大丈夫wあなたは普通じゃないですよ^^
自分の発言には責任を持ってくださいね

普通の人間ですよ?
多分・・・。

刑場とか執行とか普通見られないんやないんですか?普通の一般人なら見られないと思いますが・・・。被害者遺族ですら見られないのに、見たことあると言う方それは、どういった意味なんですか?

まあ、普通が何かなんて誰にもわからないですけどね。案外、「自分は普通」って思ってるだけかもしれないですし。
あなたが普通でも普通じゃなくても、掲示板では無意味な事ですが。

投稿: 2009年10月 1日 (木) 18時39分です | 2009年10月 5日 (月) 15時12分

>私は基本、名無しさんへのレスは余りしませんので

掲示板でのHNは意味がありません。偽者が現れるデメリットの大きさを体験してみれば分かります。
体験せずとも、被害を想像する想像力があれば分かると思いますが、死刑反対派の方々は「被害の想像」が苦手のようですから。

で、結局これ↓には答えないという事ですね。別にいいですよ。
『何を根拠に「事実誤認」と言っているのでしょうか?死刑に特別な抑止効果が無い事が完全に証明されたのでしょうか?』

結局「死刑廃止国は民度が高い」という前提が、そもそも全くの見当違いであるという事なのでしょう。
EUが色々と要求してきてますが、何故治安で圧倒的優秀さを誇る日本が、殺人事件という残忍な事件が3倍以上も発生する国の真似ごとを強要されなくてはならないのか、全く理解できません。テストで赤点ばかりの人が、成績優秀な人に勉強方法を指図しているような、おかしな光景なのです。ギャグにしか見えません。
せめて日本と同等の水準に達してから要求しないと、統計をあれこれ操作して「抑止効果は無い」と言ったところで全く説得力が無いのです。日本に指図する資格などありません。

投稿: | 2009年10月 5日 (月) 08時26分

死刑制度があるから、犯罪抑止力があるとか、ないとか
そんなのはっきり言って意味ないでしょ。
人殺して懲役何十年か分からないけど、それで許されるわけ?
まあ法律に詳しい御仁には反論あるだろうけど
命には命で償う。それが普通の人間の感情じゃないのかな

投稿: 旅人 | 2009年10月 5日 (月) 04時04分

由里さんはどういう意味で刑場をみたことないのに・・とコメントしたのですか?

投稿: おっちょ | 2009年10月 5日 (月) 01時05分

死刑場とその執行が非公開であることについていくつかコメントが寄せられていましたが、それ以外の殺人に比べて死刑は人を殺したという感触や実感が薄いのだと思います。ナイフで直接刺すのに抵抗感のある人でも、遠くから狙撃することはできるかもしれないし、自分では手を下せない人でも兵士に命令を下すことならできるかもしれません。死刑はそれよりもずっと感触が薄くて、自分が賛成しなくても他の皆が賛成するからと他人事のように考え勝ちです。というわけで、ときには初心に帰って人を殺すことへの原始的な抵抗感を思い出すことも必要ではないかと感じました。

投稿: 英火 | 2009年10月 4日 (日) 23時06分

普通の人間ですよ?
多分・・・。

投稿: S | 2009年10月 4日 (日) 08時03分

死刑制度がある日本に生まれて良かった

もし、死刑廃止国に生まれていたら、凶悪犯罪に巻き込まれても泣き寝入りだね

投稿: | 2009年10月 4日 (日) 02時56分

>>名無しさん

死刑廃止後の犯罪発生率の増減から、日本と比べた諸外国の犯罪発生率へと論点がすり替わってます。
死刑廃止後の犯罪発生率について事実を争うならば、Wikiのノートにでも文句を書いて見たらいかがでしょう。
ついでに、アムネスティに抗議する事もお勧めします。

私は基本、名無しさんへのレスは余りしませんので貴方がコテハンを名乗らない限り貴方へのレスはこれを最後に致します。

投稿: Toshi | 2009年10月 4日 (日) 01時48分

>しかし死刑を廃止して犯罪が増えると言うのは事実誤認です。

何を根拠に「事実誤認」と言っているのでしょうか?死刑に特別な抑止効果が無い事が完全に証明されたのでしょうか?

死刑廃止国の国民の方が日本人より民度が高いのであれば、日本より殺人発生率が低いはずではないですか?
しかし、よく死刑廃止国として名前が挙がるフランスは日本の3倍、イギリスは日本の17倍の殺人発生率です。
その他の社会的事情を差し引いても余りある数値だと言えますね。廃止派が言う「民度が高い国」の殺人発生率の方が「圧倒的に高い」というのが現実です。

投稿: | 2009年10月 3日 (土) 21時38分

おっちょさんへ

違います。


Sさんへ

あなたも普通の一般人じゃないなら、わかると思いますが。

投稿: 2009年10月 1日 (木) 18時39分です | 2009年10月 3日 (土) 20時43分

>>名無しさん

道理を言ってるのに科学的根拠を求められても困ります。
また、死刑を廃止だけすれば犯罪が減ると言う話をしている訳でも有りません。死刑を廃止すれば犯罪が減ると言う統計は出ていますが眉唾物である事は確かです。しかし死刑を廃止して犯罪が増えると言うのは事実誤認です。

>>四十路風俗嬢 さん

厳罰化は軽犯罪を抑止する効果は期待出来ますが、重犯罪の場合は刑罰の軽重は余り関係なく感情的に行われるなど抑止から外れた部分で行われる事が多いと思います。その際に厳罰化で有れば有るほど証拠隠滅を図ろうとする心理が強く動く事は容易に想像出来ますので、失われなくても良い命が失われる可能性は高いと思います。例は以前も書きましたが、誰でも命の尊さは知っている中、なぜ轢逃げが起きるのかと言えば自分の人生を壊したく無いと思うからで有って、もし人を跳ねても加害者の人生がしっかり保障されるのなら逃げずに救命活動する人は増えると思えます。
多分、大多数の人(特に死刑賛成派)は「自分や愛する人の人生>他人の命の尊さ」だと思います。

投稿: Toshi | 2009年10月 3日 (土) 19時16分


なるほど・・・海外なら有り得ますね。私も中国の死刑執行なら見たことありますけど、流石に日本は見せてくれませんからね・・・。ありがとうございました。

投稿: S | 2009年10月 3日 (土) 08時29分

外国なら一般市民も執行をみれる国ありますね。では日本の刑場と執行をみた訳ではないんですね。

投稿: けいじ | 2009年10月 3日 (土) 04時44分

Toshiさんへ

説明ありがとうございます。不明な点があるのです。質問してもいいですか?負のスパイラルで、

死刑を含む厳罰化→犯罪の凶悪化

の部分が解らないのですが…再犯率の事ですか?死刑に再犯は無いと思うのですが、私の勘違いでしたらすみません。

投稿: 四十路風俗嬢 | 2009年10月 3日 (土) 03時15分

管理人さんへ

死刑に対しての同じ意見や質問ばかりが繰り返されており初めて見る側から言わせてもらえば非常に見難いです。
ブログの中でのコメントを掲示板にするのではなく、誰でも読み易い掲示板に換えて頂けませんか?

投稿: | 2009年10月 3日 (土) 02時02分

>利己主義の肥大化→犯罪の多発化→死刑を含む厳罰化→犯罪の凶悪化→利己主義の肥大化

という負のスパイラルが起こるという科学的証明はありません。

そのスパイラルが抑止効果より高い確率で起きるのだとすれば、死刑廃止国では死刑廃止以降凶悪犯罪(殺人など)が徐々に減っていくはずですが、死刑廃止以降2〜30年経っても一向に減らないどころか増えてますね。

投稿: | 2009年10月 3日 (土) 01時40分

sさんへ

普通の一般人じゃないからです。
見たのは日本じゃないですけどね。
ご満足頂けました?

投稿: 2009年10月 1日 (木) 18時39分です | 2009年10月 2日 (金) 21時23分

刑場とか執行とか普通見られないんやないんですか?普通の一般人なら見られないと思いますが・・・。被害者遺族ですら見られないのに、見たことあると言う方それは、どういった意味なんですか?

投稿: S | 2009年10月 2日 (金) 18時41分

四十路風俗嬢さん

私は死刑にだけ反対と言う立場の人間では有りません。
利己主義の肥大化→犯罪の多発化→死刑を含む厳罰化→犯罪の凶悪化→利己主義の肥大化
と言う負のスパイラルから抜け出せない現状をなんとかしたいと言う思いの一環で死刑に反対しています。

私が一番問題視したいのは残虐化する群集心理です。
死刑で有っても人を殺す事を望む心理、死刑の残虐化を望む心理、そして公開処刑などエンターテイメント性を求める心理など、民主裁判化に突き進む群集心理が一番怖いです。
そのなれの果ては多分これです。
http://www.theync.com/media.php?name=8413-shocking-rapist

投稿: Toshi | 2009年10月 2日 (金) 17時39分

恐らく西洋的合理主義。無報酬の労働者の確保。通常より危険で過酷な仕事を無賃金でさせられる。私は肯定派ですが廃止するとしたらそれ位は必要かと。

投稿: 焔 | 2009年10月 2日 (金) 09時29分

死刑制度反対の方にお聞きしてもよいですか?
なぜ死刑は廃止した方がよいと思いますか?長文は難しすぎるので、できるなら簡潔に解りやすい言葉で短文で説明お願いします。

投稿: 四十路風俗嬢 | 2009年10月 2日 (金) 01時49分

刑場も執行もみたことあるという方。あなたは由里さんですか?違う方ですか?

投稿: おっちょ | 2009年10月 2日 (金) 01時26分

大昔みたいに仇討ち(復讐権)があったら死刑はなくてもいいかも。

投稿: NN | 2009年10月 2日 (金) 00時17分

執行も死刑場も見たことあるけど?

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 18時39分

刑場をみたことないけど図では知ってます。それが死刑廃止反対と何が関係あるのですか?

投稿: おっちょ | 2009年10月 1日 (木) 09時43分

過去の刑場なら関連書籍に乗ってます。…何というか言葉が見当たらないけど、あまり気味の良いものでは有りません。咎人の終焉の地…が一番解りやすいと思います。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 08時59分

お前は刑場を見たことあんのか?
あるなら詳しく教えてくれよ

投稿: | 2009年9月30日 (水) 21時58分

死刑制度廃止に反対する連中が分からない…刑場見たことないくせに

投稿: 由里 | 2009年9月30日 (水) 16時12分

やはりBBさんは何につけても難しいな〜??(゜Q。)??

投稿: マグソ | 2009年9月28日 (月) 11時17分

BBさん ありがとうございます。人を殺して何が悪い・・ 省略しての内容と思いますが、殺人は絶対にいけないこと。この常識的な事を判らない人間がいるから無差別殺人など、自分の欲望を抑えられずに罪もない人を殺してしまう人間がいりんですよね。小田島もそう。 人間はいつか必ず死ぬ。確かにそうですが一度しかない人生です。それを数々いる殺人鬼に殺されるのと寿命で亡くなっていくのでは全く違いますよ。

投稿: けいじ | 2009年9月27日 (日) 12時14分

なが〜いっnote

投稿: 桜井 | 2009年9月26日 (土) 18時39分

ヨーロッパを引き合いに出さなくては死刑廃止の「公正」を主張出来ないのだとすると、日本では死刑廃止の公正が言えないという事ですか?

>ヨーロッパでは、20世紀末以降、死刑も非文明的、非人道的な刑罰だとみなされるようになったわけです。

と書かれていましたが、ヨーロッパでの死刑廃止論の根拠は「非人道的」という抽象論、平たく言えば感情論だと言っているようなものです。さらにこの感情の根幹にあるのは歴史的背景や宗教的背景だと思います。歴史も宗教も異なるヨーロッパの理屈をそのまま日本に持ってくるわけにはいかないと思います。
「ヨーロッパの死刑廃止は〇〇であるから公正である」と言う事自体は構いませんが、ヨーロッパを引き合いに出す事の意味がありません。ヨーロッパなど関係なく、最初から「死刑廃止は〇〇であるから公正である」と言えばいいのです。

投稿: | 2009年9月26日 (土) 16時52分

けいじさんへ

直接的要因ではないかもしれないね
(因みに、犯罪の低年齢化なんて阿呆な事はいうつもりは毛頭ないよ。参考までにhttp://kogoroy.tripod.com/hanzai.html)
でも、昨今の犯罪の一因でもある「カッとしてやった」「誰でもよかった」がある。立ち小便を注意されて「カッとなった」。イライラしていたから「誰でもよかった」。こんな風に殺人に発展しないとは言い切れないよね

因みに、殺人における量刑は死刑・無期懲役・5年以上の懲役が基本ね。死刑囚は税金のムダだから、さっさと死刑にしろ。なんて意見もあるようだけど、無期懲役・期限懲役は税金のムダだと騒がないのはなぜ?
どんな罪であれ、罪は罪。それを償うのが道理。そういうなら、罪たるものの一切を「死刑」にすれば?と言っただけ。他意はないよ^^

もっといえば、殺人の何が悪い?ってのと一緒。
そもそもの定義・倫理(道徳)にまで話が発展しそうだから避けたいけど。
理由・状況・要因など考慮せずに、一概に殺人は殺人と括る方が俺は怖いと思うけどね。
それとも、軽微な犯罪だから赦されるとでも思ってるの?考え方次第だと思うけどね。
人はいつか必ず死ぬ。殺人における死は、その形が違うだけじゃないのかね。


マグソさんへ

何がどう難しいのか教えてくれないと、俺も答えるのが難しいです。
マグソさんが俺のコメントをある程度理解していると仮定するなら、「難しい」と言う意味・ニュアンスは「きっとこれだろう」って思い当たる節はあるんだけど。
ひとまず、違ってたら面倒なので今は避けておきます^^

投稿: BB | 2009年9月26日 (土) 16時44分

♪さま

ここが日本であること、日本の制度として死刑が尊属すべきかどうかを議論していること、いずれも承知しています。そして私はヨーロッパに「倣え」と主張しているのではありません。それでもなおヨーロッパを引き合いに出すのは、ともに西欧型民主主義社会だからです。我が国の今日の人権思想も民主主義も、近代ヨーロッパから生まれ、発展させられてきたものを承継しています。であれば、かの国々の現状は、我が国の現状を考える上でも十分参考になると考えるからです。また、私が今回ヨーロッパを引き合いに出したのは「公正」について考えていただくためでした。廃止論は「公正」について十分に考えていないという趣旨(に私には取れた)ご意見があったので、死刑廃止国であるヨーロッパには「公正」はないというのですか、という趣旨の反論をしたのです。一国の制度のあり方を考えるときに、国家の理念や理想を同じくするあるいは近似する他国を参考にすることはむしろ有益だと私は考えます。単に西欧かぶれで真似をしようと言っているのではないことをご理解下さい。

永山基準についての意見は、お尋ねの趣旨がよく分かりませんので、的外れならご容赦下さい。
私は死刑廃止論者なので、いわゆる永山基準についてはその「是非」に関心がありません。ただ、死刑が究極の刑罰である以上、死刑制度存置のもとでも人を殺したら何でも死刑だというのが法の趣旨でないことは明らかです。さりとて死刑制度がある以上は、「誰が見てもひどい」行為をした以上は死刑にすべきだということになるでしょう。そこで最高裁が示した判断基準がいわゆる「永山基準」だったと思います。諸条件の中で、とりわけ犠牲者の数を重視すべきだと指摘されています。ただ、しばしば誤解されているように、1人殺しただけでは死刑にしてはならないなどと言っているわけではありません。また逆に、2人殺したら必ず死刑だと言っているわけではありません。数の問題は大事だよといって4人を殺害した永山被告を無期刑にした高裁判決を覆したのです。
私は、死刑制度が存在するもとでの一般的基準としては合理性があるだろうと思います。ただ、基準といっても上記のように「何人殺せば死刑」と明示しているわけではありませんから、どれだけ基準として機能しうるのかは疑問もあります。
ご質問の答えになっているでしょうか。

投稿: さくらい | 2009年9月26日 (土) 08時31分

さくらいさん
>私はむしろ「死刑」の是非は「公正」か否かに関わらないと考えているのです。あなたは「死刑でなければ『公正』に反する」と考えているのでしょうか。

「反する」ではありません。最高刑として、少なくとも「公正」の要求を「一番強く満たす」のは死刑だということです。

>私自身はそのように論点をそらす廃止論者にお目にかかったことはありません

「『内容の公正さ』と『手続きの公正さ』との区別」への課題意識が薄いのです。

>私が言いたかったのは、「死刑囚に対する寛容」よりも「公正」の方が上位の価値だから死刑廃止論は誤っているという意見はおかしいということにつきます。

「誤っている」ではありません。「弱い要求なので説得力が無い」です。

>その理由は、「死刑」がなくても「公正」は貫徹できると考えるからです。そして「死刑」がなくても「公正」が貫徹されている例としてヨーロッパを挙げたのです。

もう一度言います。
最高刑として、少なくとも「公正」の要求を「一番強く満たす」のは死刑です。

>失礼申し上げますが、あなたの前提の知識が誤っているので、それを前提に反問されても困惑するばかりです。ヨーロッパ諸国でも刑罰と責任能力に問題ある者の処分とは区別しています。
>ドイツなどでは受刑者の仮釈放の際に司法精神科医が深く関与するようですが、だからといって「刑罰は病気を治す機能」と考えているわけではありません。

単に教育刑思想を皮肉っただけです。
教育刑思想を簡潔に言うとあんなもんです。

>もしかしてあなたのいう「公正」というのは罪刑の均衡のことなのでしょうか?だとしたら一連の議論に納得が行きます。

「公正」は社会契約論です。「罪刑の均衡」は応報です。

>確かに「罪刑の均衡」は刑事司法で尊重されるべき価値だと思います。
(中略)
>ですから、仮に「罪刑の均衡」という考えも死刑存置の決定的な理由にはならないと思うのです。

「応報」に対する評価が浅いというだけで、応報そのものが妥当性を欠いたという事にはなりません。少なくとも「残忍で非文明的」という主観的抽象的な非難では説得力がありません。

投稿: | 2009年9月26日 (土) 07時13分

BBさんのコメントは少し難しいですね!

投稿: マグソ | 2009年9月26日 (土) 03時22分

さくらいさん

成る程、仰ることは理解出来ました。ただ一点、気になる点があるのです。ヨーロッパ諸国の刑罰制度に倣うことは些か乱暴だと思われます。此処は日本なんです、法の全てをヨーロッパに倣っているわけではありませんから、ヨーロッパは切り離して考慮下さいませんか?。

あと大変にぶしつけなお願いで申し訳ありませんが、「永山基準」に対しての率直な意見をお聞かせ願えませんか?。死刑廃止派の意見を是非とも聞きたく思っておりまして、何故なら現行の死刑制度は、「永山基準」そのものだと感じているからです。死刑存置と死刑廃止の妥協点を見出すべく考慮されているよう思っておるのですが。

投稿: ♪ | 2009年9月26日 (土) 01時28分

さくらいです。

まず「内容の公正さ」と「手続きの公正さ」を区別して下さい。廃止派が「廃止派も公正・平等を重視していますよ」と言う場合、それは「手続きの公正さ」に限った話しかしていません。
というご批判に対して

私は区別しています。私は、ヨーロッパでは死刑が廃止されているが、その刑事司法は手続上も実体上も「公正」だと考えているので、「公正」の視点を死刑合理化に出来るという趣旨の(ように取れる)論者に対して疑問を呈したのです。私はむしろ「死刑」の是非は「公正」か否かに関わらないと考えているのです。あなたは「死刑でなければ『公正』に反する」と考えているのでしょうか。


(死刑存廃は「刑罰の内容の是非」であるにも関わらず、廃止派はよく「刑罰の手続き」の話へと論点をそらすので、説得力がありません)
というご意見に対して

私自身はそのように論点をそらす廃止論者にお目にかかったことはありませんし、私自身論点をそらしたつもりもありません。私が言いたかったのは、「死刑囚に対する寛容」よりも「公正」の方が上位の価値だから死刑廃止論は誤っているという意見はおかしいということにつきます。その理由は、「死刑」がなくても「公正」は貫徹できると考えるからです。そして「死刑」がなくても「公正」が貫徹されている例としてヨーロッパを挙げたのです。


ヨーロッパ諸国の刑罰制度の「手続きの公正さ」については知りませんが、「内容の公正さ」については、「犯罪者を病人扱い」→「刑罰は、病気を治す機能」という論理だったと思いますが、どこに「公正さ」の入り込む余地があるのでしょうか?
というご意見について

失礼申し上げますが、あなたの前提の知識が誤っているので、それを前提に反問されても困惑するばかりです。ヨーロッパ諸国でも刑罰と責任能力に問題ある者の処分とは区別しています。ドイツなどでは受刑者の仮釈放の際に司法精神科医が深く関与するようですが、だからといって「刑罰は病気を治す機能」と考えているわけではありません。
なお、「公正」の観点は、刑罰でも医療観察法などの処分でも貫かれなければならないものと考えます。

もしかしてあなたのいう「公正」というのは罪刑の均衡のことなのでしょうか?だとしたら一連の議論に納得が行きます。違っていたら申し訳ありませんが、念のためこれにも反論しておきますね。

確かに「罪刑の均衡」は刑事司法で尊重されるべき価値だと思います。これを端的に示した歴史上の法典が有名なハムラビ法典ですね。「目には目」「歯には歯」の報復を定めた同法典は「罪刑の均衡」を明らかにした点で評価されています。もちろん「命には命」の償いです。けれども近代以降、目には目、歯には歯の報復を文字通り行うことは残忍で非文明的だと考えられるようになりました。唯一残ったのが「命には命」つまり死刑です。現代では文字通り「目には目」でなくても、懲役刑などで罪刑の均衡を保てるのだと考えられるようになってきているわけです。そして、ヨーロッパでは、20世紀末以降、死刑も非文明的、非人道的な刑罰だとみなされるようになったわけです。西欧諸国では、殺人罪に対しても、長期間の定期不定期の懲役刑によって罪刑の均衡が保たれるのだと考えられるに至っています。
ですから、仮に「罪刑の均衡」という考えも死刑存置の決定的な理由にはならないと思うのです。


投稿: さくらい | 2009年9月26日 (土) 00時14分

>あなたは死刑を廃止しているヨーロッパ諸国の刑罰制度は公正ではないとお考えでしょうか。

まず「内容の公正さ」と「手続きの公正さ」を区別して下さい。廃止派が「廃止派も公正・平等を重視していますよ」と言う場合、それは「手続きの公正さ」に限った話しかしていません。
(死刑存廃は「刑罰の内容の是非」であるにも関わらず、廃止派はよく「刑罰の手続き」の話へと論点をそらすので、説得力がありません)

ヨーロッパ諸国の刑罰制度の「手続きの公正さ」については知りませんが、「内容の公正さ」については、「犯罪者を病人扱い」→「刑罰は、病気を治す機能」という論理だったと思いますが、どこに「公正さ」の入り込む余地があるのでしょうか?

投稿: | 2009年9月25日 (金) 19時20分

万引きや立ち小便も罪は罪。確かにそうだけど殺人と相応する罪だと思いますか・BBさん?

投稿: けいじ | 2009年9月25日 (金) 13時27分

投稿: | 2009年9月25日 (金) 04時53分へ

日本語理解できないなら、おとなしくしてなよ^^

publoffさん
俺も似たようなこと書いたけど、それが出来ないバカがいるから犯罪がなくならないんだと思うよ
そのくせ、現行法を大義名分みたいに振りかざす
守れもしないのに、都合の良いときだけ権利を主張する。「権利」が何かも理解できないくせにね。

死刑賛成が悪いとは言わないけど、低脳な死刑賛成派って「自分(家族とかも含めて)は死刑になるようなことはない」って思ってるんだよね。

ともすれば、有罪(死刑)・無罪の単純二極化でも受け入れられるはずだと思うよ。
万引きだろうが、速度超過、立ち小便、殺人や強姦でも、罪を犯せば全て死刑。

殺人を犯し、出所してきた人間が隣に引っ越してきたら?大小関わらず、罪を犯す人間が隣にいるだけで怖い?理由や過程も知らずによく言えると思うよ。
そういう点では、さくらいさんが言ってる事は納得も共感も得られる。
俺もほぼ同意見だ

投稿: BB | 2009年9月25日 (金) 09時18分

だからなんで廃止にしたいか聞いてるんだけど。

投稿: | 2009年9月25日 (金) 04時53分

いくつかのご意見に反論します。

生命権とは不法に生命を奪われない権利であり、被害者は不法に生命を奪われた者となります。死刑囚に関しては、ある意味合法的に生命を奪われる者だと私は考えます。

というご意見。前段はあなたの定義に過ぎません。「不法に」という語を「実定法に反して」という意味で用いれば死刑を制度として存置している国の死刑は常に「合法」であって「不法に」という要件を満たさないことになります。死刑の是非を考えるということは、「合法であっても」人を殺す刑罰が許されるかということを考えることなのです。

次に
人を殺した人が刑務所から出てきて、隣に引っ越してきたらあなたはどうされますか?どう感じますか?
というご質問に対する答え。

第1にどんな殺人かによります。尊属殺重罰規定が最高裁で違憲と判断されたケースは、父親に強姦され続けてきた娘がようやく結婚相手を見つけたときに、その父親に「結婚するなら俺との関係をバラス。」と言われて父を殺してしまってケースでした。こんな殺人犯なら普通に近所付きあい出来ると思います。
第2に凶悪殺人を犯した奴でも90歳過ぎてたらまあ気になりません。場合によっては80歳くらいでも平気かな。要するに長期間服役してよぼよぼになった人ならOKです。
第3に心底悔悟した人ならOKです。浅間山荘事件の永田洋子さんが引越してきても大丈夫だと思います。
第4に反省もしていない奴が若いうちにさっさとでてくるのは困ります。


死刑でなく、生涯刑務所で罪を償うとして、一体誰のお金でその犯罪を犯した人を養うとお思いですか?
というご質問。

これは国民の税金ですね。でも、100人程度の死刑囚を養うお金がもったいないから死刑にしろというのは少々乱暴な気がします。税金の節約なら、たくさんの懲役囚の刑期を30%オフとかにした方がずっとメリットが大きいですけど、「そういう問題じゃない」と思うでしょう。死刑の存否の問題も「そういう問題じゃない」のではないかと思います。


ですから廃止論には「死刑囚への寛容(人道論)」が重要なのですが、これは倫理的に存置派が要求する「公正」より下位の要求である為、説得力を持ちません。
というご意見について。

まず、死刑廃止論者は「公正」を無視したり否定しているわけではありません。あなたは死刑を廃止しているヨーロッパ諸国の刑罰制度は公正ではないとお考えでしょうか。廃止論者は「公正」の見地に立っても死刑は容認できないと主張しているのです。また、廃止論者は必ずしも「死刑囚への寛容」を重視しているわけではありません。私自身について言えば、国家が不正義(もちろん異論があることを承知の上です)をなすことに反対するのが主であって、結果的に死刑囚が死なずに済むことを「寛容」と言われることに異は唱えませんが、あくまでそれは私にとっては副次的な事象です。

投稿: さくらい | 2009年9月25日 (金) 03時07分

基本的に、人は十人十色なのに、国という人の集合体が中庸を決め、それを強要するから、どんなに小さな罪でも犯した事が無い!って人はいないのじゃ無いかと思う。
自動車を運転したことのある人が、交差点を100%「徐行」で運転してるなんて、ありえない。「徐行」とは「すぐ止まれるスピード」と定義されていると思うんだけど、車が動いているかぎり有り得ない。
俺には耐えられないことだけど、「国」の決めたことに100%従うのかな?
死刑賛成も反対も、何も無いところから考えたら、もう少し違う話になるんじゃないかと思う。
国があるから自分が居るんじゃなくて、自分が居るから国がある。と、自分は考えてる。

投稿: publoff | 2009年9月25日 (金) 02時20分

投稿: | 2009年9月21日 (月) 13時04分へ

死刑廃止賛成の方はなにゆえ国で決められている死刑制度にそこまで反対するのですか?単純化で教えて下さい。

死刑制度を廃止すべきだと思うから、いかに国が定めていようとも反対している。
じゃあ、なぜ廃止すべきと思う?なんて阿呆みたいなおうむ返しに似た質問で返すようなことはしないでね。

ついでに、俺もあなたに質問したいんだけど、
人(国民)はなにゆえ国で決められている法律に従わないんですかね?どんな法(例:立ち小便など軽犯罪含む)であれ、一度も犯したことがない人っているんですかね?単純化で教えてください。

投稿: BB | 2009年9月24日 (木) 17時04分

死刑廃止派にはその自覚は無いとは思いますがね。

死刑を廃止しても死刑囚以外は誰も得をしません。
ですから廃止論には「死刑囚への寛容(人道論)」が重要なのですが、これは倫理的に存置派が要求する「公正」より下位の要求である為、説得力を持ちません。

そこで廃止論(団藤博士など)は「寛容」に加えて「冤罪」を持ち出し「死刑の公正さの否定」を試みるが、「冤罪の危険性」は全ての裁判が持つものであり、死刑判決の出た裁判に限りその公正さを否定する論理自体が偏向的で不公正である為に、説得力を持ちませんでした。

よって現在は「死刑廃止したいという思い」のみが純粋に残るだけで、「死刑廃止を強く要求する」ような人は論理的な説得力がないので煙たがられるだけになっております。

投稿: | 2009年9月24日 (木) 12時40分

廃止の方に質問なのですが
人を殺した人が刑務所から出てきて、隣に引っ越してきたらあなたはどうされますか?どう感じますか?

もうひとつ

死刑でなく、生涯刑務所で罪を償うとして、一体誰のお金でその犯罪を犯した人を養うとお思いですか?

投稿: マナ | 2009年9月24日 (木) 08時03分

死刑存続か死刑廃止かについて

確かに終身刑は有効な部分もあると思いますが、住めば都と言うように、刑務所又は拘置所の中も長年居ると当たり前の生活になって、苦しんだり反省したり…といった気持ちが無くなってしまう気がするんですよね。今、死刑囚達はいつ執行されるか解らない恐怖が苦しみとなっているのです。

死刑廃止となったら、執行の恐怖に変わるものを考えないといけないと思います。

投稿: | 2009年9月24日 (木) 01時37分

全く同感ですね。

投稿: | 2009年9月22日 (火) 18時49分

私は死刑存置派ですが、死刑廃止論について考えてみています。

客観的に見たところ、死刑廃止論を唱える方の言い分として
死刑は国による殺人である
加害者には命があり人権もある(生命権)
欧州等は死刑を廃止しており日本も倣うべきである
etc.


恐らくこのような感じであるかと思いますが、死刑廃止論者の皆さんは如何でしょうか?。

私は前途の通り死刑存置派ですので、解釈に多少のニュアンスの違いがあるかとは思いますが、死刑廃止論は「被害者」に対する「生命権」を無視したもののように感じます。

生命権とは不法に生命を奪われない権利であり、被害者は不法に生命を奪われた者となります。死刑囚に関しては、ある意味合法的に生命を奪われる者だと私は考えます。

投稿: | 2009年9月22日 (火) 13時27分

私の場合、死刑は21世紀の民主主義を標榜する国家においては正義に反するという考えから廃止すべきだと考えています。「国の法律で決まっているのに何故?」という問は、法律の改廃をテーマに論ずるときは意味を成しません。その法律の是非を改めて考える場面だからです。
大義のために殺人が許されるという考え方は、長い目で見れば人倫を荒廃させ、人命を尊重する意識を低めるものだと考えます。暴力革命や戦争で人心が荒れるのと同じだと思います。
以上は私見です。死刑廃止論者もまちまちで、その論拠もまちまちですので念のためお断りしておきます。

投稿: さくらい | 2009年9月22日 (火) 08時26分

死刑廃止賛成の方はなにゆえ国で決められている死刑制度にそこまで反対するのですか?単純化で教えて下さい。

投稿: | 2009年9月21日 (月) 13時04分

人の命を奪った人は、それ相当の処罰受ける
それは当たり前の事だろうが

投稿: | 2009年9月21日 (月) 02時43分

投稿: Toshi | 2009年9月16日 (水) 19時25分

「人権」について理解しなおした方がいいと思うよ

間違えた知識のまま、さもそれが正しいと思っているうちは、議論する相手に誤解・誤認を与えかねないからね
君がしてるのが「議論」でなく独り言だとしたらそれでいいと思うけど

ついでに余計な御世話かもしれないけど、君って他人の意見(の真意)を読み取るのが苦手なのかな?
自分の意見を言いたい気持ちもわかるけど、そういうの前面に出しすぎ。レスする時に自分が書いたそれを投稿前に咀嚼してごらんよ

投稿: | 2009年9月19日 (土) 08時44分

Toshiさん回答ありがとうございます。「基本的人権」については概ねその定義が正しいと思います。
ただ、質問の「ごく一部の廃止派」が使っている「人権」は、例えば人権擁護法案の「人権」の様に、民間人を「民間人による民間人に対する人権侵害」から救済するという類の「民VS民」の人権だと思います。ですから、この質問は「ごく一部の廃止派」の方でなくてはその思想からの回答が出来ないのではないかと思いましたので、もう少し回答を待つ事にします。

投稿: | 2009年9月18日 (金) 14時50分

今回の法務大臣で死刑は廃止の運動が強まるようですね。

投稿: To | 2009年9月16日 (水) 23時14分

2009年9月14日 (月) 22時09分の名無しさん

名無しさんですが丁寧な質問ですね。
私は質問に該当する様な論調を取らない人間ですが、レスが中々付かない様なのでレスしてみたいと思います。

まず、質問の内容は人権と言う物を少々履き違えていると感じます。質問の内容は、民間人同士で人権が発生する前提が有りますよね。過去に何度か書きましたが、人権とは基本的に「国家の主権」に対しての「人権」です。
昨今では自由権を誇張解釈して様々な人権を主張する人が増えてきて人権が乱用され勘違いする人も増えてきていますし、そのせいで様々な争いや問題が起きてます。
正確には民間人同士でも人権が絡む事が有るのですが、話を単純化する為にここではそれを全否定した上で、本来の基本的人権の範疇で質問に対してコメントします。

Q1:民間人による殺人は人権侵害では無く「殺人罪」と言う犯罪でしか有りません。もしこれが国家による殺人ならば人権侵害になります。(中国などはこの点が人権侵害として語られる事が多いですね。)

Q2:「生者>死者」と言う構図は成り立ちません。国家は全ての生きてる国民に対して差別無く人権を遵守する責任が有るだけです。

Q3:国家主導で殺人を犯そうとしている訳ですから36条「公務員による残虐刑禁止」を元に「人権侵害」が成り立つと言う理屈は筋が通ります。もちろん存置派は31条の「法律の手続き」を元に否定しますので、これも筋が通っています。ですので人権と言う論点だけで死刑の是非を語るのは不毛です。

Q4:被害者と比較する事自体が変です。民事裁判なら利権をめぐる「被害者vx加害者」は有りますが、刑事裁判は「被害者vx加害者」では無く「国家vs加害者」なので、国家は被害者に無関与な為人権侵害を犯すはずもなく、唯一の危惧は加害者に対する人権侵害だけです。なので、この構図を理解出来ないと「加害者の人権ばかり尊重される」と言う不満が出てくるのですが、加害者の人権が剥奪されると言う事は国家の権力が大きくなる事を意味し、結果的に国民全体の人権が軽くなる可能性が有る為、自分で自分の首を絞める行為と言う懸念が有ります。

投稿: Toshi | 2009年9月16日 (水) 19時25分

一部の死刑廃止派の方に質問があります。
ごく一部の廃止派の中で、「殺人の被害者は死んでいるし、死体には人権など無い。 加害者は生きているので加害者の人権を優先すべきであり、加害者の生命と死体に同等の人権価値は無い。同等の人権価値の無いものを比較して加害者を死刑にするというのは過度の人権侵害である。」という内容の廃止論を展開される方に質問です。


Q1.この論法に於いて、刑法の基本的な形式である「過去回顧型」という形式との整合性はありますか?(殺人罪は「死体に対する人権侵害」ではなく「生命に対する人権侵害」という形式になります。普通は。)
若しくは、近代学派の論理であるにしても「人権」という概念をこの様に用いるのは正しいのでしょうか?

Q2.「生者>死者」という「人権の軽重」があると仮定すると、死刑囚も死刑が執行され死んだ瞬間に人権が軽くなる事になるのではないでしょうか?
つまり、それ以降は「過度の人権侵害」と主張する事は出来ないのではないでしょうか?

Q3.遡って「死刑が執行される前」や「死刑執行中の死にかけの状態」に於いて、「過度の人権侵害」と主張するのも、死刑囚が生きている時点では未だ死んでいないので人権(生命)は侵害されていない(肉体が侵害されているだけである)ので、それを主張する事は出来ないのではないでしょうか?

Q4.一体、どの時点に於いて「被害者と比較しての過度の人権侵害」が発生しているのでしょうか?


※加害者マンセーな感情論でも構いませんので、解答をお願いします。

投稿: | 2009年9月14日 (月) 22時09分

noteさんの意見はありだと思います。

投稿: おっちょ | 2009年9月11日 (金) 11時58分

もうじき新政権に移行しますが、一体法務大臣に着任するのは誰なんでしょうかね。再び凍結してしまうのか、昨今と同じ様に任期中必ずサインするのか。今後の存廃論に影響してきそうです。

投稿: 焔 | 2009年9月11日 (金) 08時25分

不破さんへ。

死刑廃止派にせよ死刑存置派にせよ、「懐の深さ」が足りないかなと感じております。

相反する事柄を討論するのであれば、お互いに歩み寄る気持ちが必要です。ですから私はあえて幾つか提示をしてみました。

お互いに認めることが出来れば建設的な内容になる(予定〜筈〜多分〜もしかして)とは思っておりますが、果たして如何なものでしょうかネ?。

死刑存置派は単細胞呼ばわりでも良いんですヨ(笑)。何故なら現在の司法そのままなんです、変革しなくて良いのですから皆頭使いません!(そうでしょう?)。

私は「現時点」では死刑存置を望みます。死刑廃止論者からの、良き提案を望みます。

投稿: ♪ | 2009年9月10日 (木) 20時21分

♪さんは良い疑問を投げかけてますね。死刑存置派の全ては話す価値もない単細胞と括らずに、柔軟に対応する事も大切だと思います。

匿名で突っ込むのはフェアではありませんでしたねToshiさん すみませんでした。

投稿: 不破 | 2009年9月10日 (木) 10時48分

ここは
「死刑廃止派が、弱者である被害者の立場を更に弱くする様に印象操作する」
という掲示板なのか。

なるほど。

投稿: | 2009年9月10日 (木) 07時00分

名無しさんですが、良い突っ込みを頂けたのでレスします。

「心を殺された」と言う理由で厳罰しても良いならば、交通事故で亡くなった方の遺族、DVを受けた恋人や奥さん、いじめを受けた子供、果ては身体的暴力を受けた人、そして誹謗中傷を受けた人、それぞれが「心を殺された」と主張すれば厳罰が許される事にもなり兼ねません。

「無期懲役も一つの意見」として厳罰を容認すると言う事は、いずれ「心を殺された」と主張する人や同情する人々が「死刑にしろ」と叫ぶ事も容認する事になります。

それが実際に司法に反映されたら怖く無いですか?
今は僅かな動きですけど、実際に量刑判断として反映されつつ有る事を嘆いているんです。

投稿: Toshi | 2009年9月 9日 (水) 06時18分

Toshiさんは女性の多くを敵に回したようですね。

犯された女性の心は殺されたんです。無期懲役も一つの意見だと思いますが。

投稿: | 2009年9月 8日 (火) 22時18分

先ず、私自身は死刑存置を望んでおりますことを断っておきます。


仮に死刑を廃止した場合、死刑囚の在り方に疑問が生じるわけですネ。

死刑囚を無期懲役囚と同じ扱いにするわけにはいかないと思うわけですヨ。
現在の無期懲役囚と何等かの格差をつけなくてはいけないのではないかなと。

「死刑囚を生かす=完全な自由を奪う」

これが必要になってくるのでは?。


例)
1.5畳独房(窓無)にて完全禁固
食事は日に2回
風呂は2週に1回
差入・面会完全禁止
外界のニュース(TV・ラジオ・新聞等)閲覧禁止
etc

人間を生かす保証はしていると思います。


つまり「生かすこと」が目的であり、一切の楽しみを奪うことが重要だと思うわけです。

最終刑囚人の人権を考えると話がおかしくなりますが、単に「国による合法的な殺人」を廃止するのであれば十分でしょうし、「殺人を犯した者」に対する刑としても理解は出来るのではないでしょうか?。(遺族の感情は考慮しておりません)


私が最も懸念するのは、死刑廃止論を唱える方からの具体案等が一切提示されないこと、ここに大きな問題があると感じております。結局は感情論の押付に過ぎないのでは?。

投稿: ♪ | 2009年9月 8日 (火) 12時02分

おいおい、無期懲役にすべきだろうが、このレス乞食が

投稿: | 2009年9月 8日 (火) 00時49分

Toshiさん(9月7日(月)04時08分)へ。そうですね。刑罰のあり方全体がおかしな方向に進んでいると私も思います。死刑問題についてもあくまで私の想像ですが、廃止されるのを待つだけだった古い慣習が近年、国民感情による判決の象徴として復権を果たしつつある感じがしています。おそらく昔は、今ほどの熱狂的な支持は得ていなかったのではないでしょうか。

ABCさん(9月7日(月)00時23分)へ。いやいや、実は大半がかたさん(8月28日(金)19時16分)の受け売りで…(^^; 穴があったら入りたい気分です。それはともかく、社会評価を一切気にせず書き込めるところが、匿名掲示板の良いところでも悪いところでもありますよね。マスコミ報道では「死刑判決」を支持する声はあっても、「早く執行しろ」等の生々しい憎悪の感情はあまり見えてこないと思います。

投稿: 英火 | 2009年9月 7日 (月) 22時00分

英火さん

大筋で同感なのですが、私は「法の支配」から「感情の支配」に移行しつつある現在の日本の状況を、より問題視したいと思っています。
国民の膨らみすぎた勧善懲悪思想や制裁心を問い直さない限り死刑存廃の賛否を議論しても難しい気がします。
先日の裁判員制度3例目の判決などからも見られるとおり、明らかに「被害者感情や国民厳罰化感情」で厳罰化が進んでおり、さらに産経ニュースなどでは「読者の声」と称して「無期懲役にすべきだ」と更に厳罰化を煽っています。
魔女裁判時代への逆行現象こそ食い止めないと日本に於ける近代刑法は破綻する懸念を抱いています。既に量刑不均衡による法の下の平等は崩れ始めているのですから。
国民の大多数が客観的ジャッジを出来る様になった時点では死刑存廃議論もより一層建設的に行える様になる気がします。

投稿: Toshi | 2009年9月 7日 (月) 04時08分

英火さんへ
本当におっしゃる通りだと思います
ネット上だと責任なさげで言いたいほうだいな方々が多いですが、噂やソースでは無く自分の目や耳で良い悪いを判断し、公平なジャッジを導かれるコメントは清々しいです
小田嶋氏云々はさておいて(小田嶋ブログなんで、さておいては無いかもですが笑)勉強になります

投稿: ABC | 2009年9月 7日 (月) 00時23分

小田島のような殺人鬼は死刑にすべきです。

投稿: | 2009年9月 6日 (日) 21時31分

小学5年生(9月5日(土)09時51分)さんへ。前回のレスは小学5年生さんでしたか。同じ言葉でも解釈する人によって意味するところが全く違ったりするから面白いものですね。

きゅん(9月4日(金)18時42分)さんへ。「人を殺した者は殺されても文句を言えない」「悪人は積極的に殺すべきだ」。おそらく、このような意識を漠然と持ちながら死刑に賛成している方が多いのではないでしょうか。2番目の言葉は正面切って主張しづらいので、償いなど他の理由に置き換わることが多いのだと思います。ですが償い等が理由では、現状肯定どころか交通事故の加害者まで死刑になってしまいます。

というわけでここで問題にしたいのは、悪人は積極的に殺すべきかどうかです。このブログでも小田島さんの言葉尻を捉えては「早く執行しろ」といったコメントが付けられていますが、記事内容から彼の良い部分が見えれば死刑反対、悪い部分が見えれば賛成というのはなにかおかしい気がします。誰の心にも善と悪の両方が棲んでいて、その時々でいろんな表情を覗かせます。死刑に賛成する国民感情のなかにだって、悪い心が潜んでいるかもしれません。だから、いかなる理由があろうと人を殺すのは悪いことという共通認識の下で死刑問題を考えることができればいいと私は思っています。

投稿: 英火 | 2009年9月 6日 (日) 17時27分

死刑はなくてはならないと絶対に思う。

投稿: けいじ | 2009年9月 6日 (日) 04時20分

ちょっと前までは死刑賛成派でした。でも今は反対とも言えないし賛成とも言えませんが、最近、死刑が本当にいいのか?と考えるようになりました。被害者遺族にとっては憎き凶悪犯だとしても、実際死刑にしても気持ちは晴れることはないだろうし・・・。死刑囚が死刑執行の日まで怯えて過ごすことを考えたら、簡単に死刑になれとか吊されろとか言えなくなりました。本当に死刑と言うものが、必要なのか?今、疑問です。

投稿: 囮 | 2009年9月 5日 (土) 23時05分

英火さん、ごめんよ。
今更、どうでもいいことだけど
投稿: | 2009年8月23日 (日) 08時03分は僕のレスね。名前入れるの忘れてたよ

例を挙げて、言葉を羅列しても伝わらないから、議論ってのは面白いもんだよねw


きゅんさんへ

>人を殺すのは、絶対悪である。ならば、国が人を殺す死刑は悪である。

「殺す」ことや「死」ってものの定義はどうするの?アポトーシスが「殺す」ことに含まれるなら、部分的殺人になるよね。殺すことが絶対悪って前提なら、誰が殺そうと悪なんじゃないのかな?
死刑=殺すって考えてる人が多いみたいだけど、「死をもって償う」って解釈なら、それは殺人じゃなくて自殺なんじゃないのかな?

まあ、前途したけど、「人を殺すのは、絶対悪である。」って定義の上で「死刑=(国が)人を殺す」なんだったら、当然、悪なんだよ。
国が殺しても、君が殺しても、どっちも同じ悪なんだよ。もちろん、君が君を殺しても悪だよ。

投稿: 小学5年生 | 2009年9月 5日 (土) 09時51分

人を殺すのは、絶対悪である。ならば、国が人を殺す死刑は悪である。賛否は如何に?

投稿: きゅん | 2009年9月 4日 (金) 18時42分

>死刑肯定派は単細胞
水掛け論ですが、被害者遺族の方々の無念を一概に単細胞と断ずる事は出来ません。聖人君子じゃ在るまいし…。
>予防する為のメカニズムの構築
一番理想的な形でしょう。カウンセリング等の充実は早急に必要なものと思います。しかし(極論ですが)不適合な場合、国として「粛清」という形を取った歴史、結果も有る事も事実です。理想としては「存在しても該当せず」、つまりは命の重みを個々人が理解できる社会が理想的なんでしょうが…難しいですね。

投稿: 焔 | 2009年9月 1日 (火) 23時39分

己の愚かさ…
貴方は人をどうこう言えるくらいそんなに賢いのですか?
さぞや素晴らしい人なんでしょうね。

投稿: | 2009年9月 1日 (火) 02時45分

死刑存廃論議も新政権下に叩きつけられるEUからの死刑制度廃止決議案通告への対応により、国内において存廃議論が、より活発化すれば良いと思ってます。

この板での存廃論議の賛成派(存置派)は一部を除いて小田島事案に対する個人感情の域を出ていないレスが大部分で、死刑制度是非の机上案においては「論」となる整合性のある主張が見受けられない点は残念だと思います。
廃止意見にも「論」たるものがあって、より活発化すると思いますので感情論以上のレスを求めたいです。

感情論が絶対是として主論を形成するには法治国家では無論に等しいことも理解する努力をして欲しいと思います。

私は死刑廃止論者ですが新政権への死刑制度廃止のEU勧告に外圧は拒否してもらいたいながらも新政権には対応してもらいたい。
従来から国連とEUが求めている死刑廃止事案は一般犯罪なので特別犯罪までも廃止せよとは言っていなので。

受け入れる余地は無いことはないと思いますので民主党にEUとの外交戦略が見えないだけに友好関係構築のため持ち帰ることに期待してます。

投稿: 億 | 2009年9月 1日 (火) 00時46分

悲しい思いは誰だってしています。


ほぼ毎日生きていれば嫌な事はかかわってなくてもあるし、生きているだけで暴言を吐かれる世の中です。

それを乗り越えようとおもうか!ウジウジ自分は〜だから〜と凹むかは己れ次第ですよ!

人を傷つけたり、殺めたことを誰かのせいに出来たなら最悪な世の中です。

親が〜育ちが〜っていうけれど身近な人は見ています。

人徳がないのは己れに自信の愚かさです。


育ちが悪くても、親が最悪でも、、、自信があれば!誰にも負けません!


罪までも周りのせいにされていたら、殺された人も、そんな親と環境だったからなんですか?


そんなのおかしいじゃん!

投稿: | 2009年8月30日 (日) 23時41分

刑務所はもっと恐ろしい待遇であるべき。こんなに甘いならば飢えてる人はこのブログを読んで犯罪を犯すかも知れない。

投稿: | 2009年8月30日 (日) 10時05分

かたさん。死刑賛成の人間には何を言っても無駄ですよ。だって単細胞ですから。本来は犯罪者を減らす前に、こういった偏った考えの人間を減らさないといけないんでしょうけど。偽善や勘違いがまかり通るから犯罪が増える。

投稿: | 2009年8月30日 (日) 01時43分

あと何故死刑賛成派は凶悪犯罪者の処遇ばかり唱え

世の中から殺人等の凶悪犯罪が無くなる減る事を唱えないのか?

死刑賛成反対は二義的な問題

本質はいかに凶悪犯罪を無くすか?では

手段論で止まっている

人間の細胞は兆単位で構成されてるが 心や人格も同等で構成され 環境や生い立ちや些細なきっかけ一つでも誰もが悪魔にも仏にもなるのでは?

死刑より凶悪犯罪者がいかに犯罪に至ったかの徹底メカニズムを調査し 同じ犯罪が二度と起こらない方法をすべきでは?

凶悪犯罪者を死刑執行して原因を解明せずに終わりでは凶悪犯罪は無くならない減らないと思う

人間の心なんて複雑だから故 あえて細部に渡り原因解明していく必要があると思う

精神医学や心理カウセリングは日本はアメリカやヨーロッパに比べ劣っている(ゲームが凶悪犯罪を起こし脳が云々みたくステレオタイプ程度の浅薄な知識しかない専門家がまかり通るくらい醜い)
徹底カウンセリングやプロファイリングや記憶催眠や徹底した脳メカニズム調査や家庭や環境調査を欧米並み行いこれからの犯罪を予防に活かして欲しい
日本は綿密さが欠けてすぐ「死刑にすべきだ」だけで終わっている。

投稿: かた | 2009年8月29日 (土) 17時23分

かたさん。そういう人も居るかも知れません。しかし今現在シリアルキラーの増えつつある日本で、極刑を無くす事は不可能です。また執行命令書にサインをするのは法務大臣の責務であり、そこに自らの主張を反映させるのは職務怠慢でしかありません。

投稿: 焔 | 2009年8月29日 (土) 16時55分

自分の罪は自分の命で償えと思うけどね
早期に死刑を望んでる奴に早く死刑にするよりは
怯えて、苦しんだ上で処刑した方がいい気もするけど

まあ血税の話しは別にしてね

投稿: | 2009年8月29日 (土) 03時12分

政権変われば 亀井さんか平岡さんか福島さん(廃止派の急先鋒)が法務大臣になって欲しい

被害に遭われた方の御家族は別として
強盗殺人犯に対し賛成派「死刑囚生かすと税金が金が無駄云々」
と発言するのは所詮同じ穴のムジナ
すぐ「マネー・マネー」と言う賛成派は強盗殺人犯同等金の執着の塊
あと賛成派の一部は自らの殺人願望を死刑に投影してるとしか思えない過激で攻撃的で感情的なカキコミがある
自分を鏡に写せない輩が多過ぎ
ストレス発散のはけ口に死刑賛成と叫んでる人いないかー?

人間なんて悪魔と仏が同居してるのに他人を簡単に悪魔呼ばわりする前に自分に問い詰めてみろよ

無人島でも食糧危機にでもなり食べ物なくて究極の状況になれば人は簡単に人をあやめて人肉すら食べる事すらできるんだよ
それを踏まえた上で死刑賛成か?

状況変われば人はどんな人格者もいくらでも殺人鬼になれる

自分だけが完璧で他の人間は許せないみたいな驕りが賛成派にはないか?

賛成派なんて自らの感情を何かに当てつけたい独善的な甘ったれだと思うね

投稿: かた | 2009年8月28日 (金) 19時16分

8月23日(日)08時03分の方へ。レスありがとうございます。それらもニーチェの言葉ですね。

たとえばストレス発散のために小動物や立場の弱い者を虐待する…というのは非常にわかりやすい悪意の例です。当事者かどうかによってストレスの程度は違えど、日本人の刑罰観も基本的にこれと同じだと思います。日本の諺を使えば「ひとの不幸は蜜の味」。償いの手段として相手の不幸を要求することを社会として認めてはいけないと私は思います。というか、そんなことは現代社会では当たり前です。ヤクザの指詰めも立派な傷害罪です。ましてや死刑囚の苦しみを見て一般市民が自らの境遇を慰めるなんてことは絶対にあってはいけません。というわけで、2番目の言葉について思ったことを少し書いてみました。

投稿: 英火 | 2009年8月27日 (木) 01時27分

英火さんへ

愚か者はよい暮らしを得ても、それよりもっとよい暮らしを求める。

悪意というものは他人の苦痛自体を目的とするのではなく、われわれ自身の享楽を目的とする。

生きるとは、死にかけているようなものを絶えず自分から突き放していくことである。

狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては通例である。

投稿: | 2009年8月23日 (日) 08時03分

鳩山法務大臣は死神とか言われてましたね。意味が分かりません。裁判の決定は速やかに実行すべきだと思います。
その流れを支持します

投稿: 不破 | 2009年8月21日 (金) 19時42分

この死刑囚は、やっぱり死刑になるべくしてなったって感じ。

なんで被害者ではなく、本当に自分の子どもかもわからない外国人に送金するんだ?????

自分勝手すぎる。


こういうヤツが早く執行されないと、
無期懲役で苦しい生活をしている囚人が怒るよ。

これじゃあ、死刑囚より無期懲役の方が重い罪じゃん。


次の法務大臣は、ガンガン執行命令を出さないと。

投稿: 高 | 2009年8月21日 (金) 10時17分

みなさまこんにちは。
8月30日に衆議院選挙とともに最高裁判事の国民審査がありますね。
死刑か無期かはたまた無罪を下すのか…当ブログとしても最高裁判事は注目したいところです。

下記参考サイトです。
http://www.jdla.jp/kokuminshinsa/2009shinsa.html(2009国民審査のサイト)
http://senkyo.yahoo.co.jp/judge/(yahooの国民審査にかんするトピ)
http://www.courts.go.jp/(裁判所のサイト)

投稿: ブログ管理人 | 2009年8月20日 (木) 17時08分

有名な言葉ですが19世紀の哲学者・ニーチェは、「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない」と述べたそうです。また彼はこうも述べています。「善とは何か――人間において権力の感情と権力を欲する意志を高揚するすべてのもの。悪とは何か――弱さから生ずるすべてのもの」。犯罪者が悪いのは誰もがわかっています。では彼を処刑する側の私たちはどうなのか?暴力(権力)の魅力に取り憑かれてはいないか省みるべきだと思います。

投稿: 英火 | 2009年8月19日 (水) 22時48分

少し間が空いてしまいましたが、マメ知識第3弾です。

前回は精神鑑定の必要性を考える上での基礎知識を説明しました。
まずは「責任の所在」「悪意の有無」ですね。
今回は「期待可能性」について少し説明してみたいと思います。

期待可能性とは、何かの事件が有った時に、犯罪行為を回避する手段が取れた「可能性」を「期待」する事です。
つまり、理性的になったり冷静になれば、犯罪を犯さないで済んだはずなのに、それでも犯罪を犯してしまった・・と言う事実が「責任放棄」と見なされる訳です。
厳密に言えば、過失責任も「注意深くしていれば事件は回避出来たはずだ」と言う部分で「責任放棄」となり罪に問われます。

逆に言えば、犯罪を回避する手段が確実に取れない事情が有る場合は「責任は無い」と言う事になります。

期待可能性が無い事例としては、
「正当防衛」
「刑事未成年者(14歳未満)による善悪の区別が付かない事件」
「精神疾患(心神喪失)による善悪の区別が付かない事件」
などが挙げられます。
(正当防衛でも「身を守る為に暴行する必然が有った」けど「殺害は回避出来た」時に殺害で防衛した場合は「過剰防衛」となり期待可能性の観点から罪に問われます。)

つまり、罪に問われないのは「個人として確実に回避不可能なケース」と言う事ですね。

もしこれ(心神喪失)を否定してしまったら、正当防衛も否定せねば倫理の整合性が崩れる事になってしまします。

以上で、精神鑑定の必要性に関して締めたいと思います。

投稿: Toshi | 2009年8月16日 (日) 18時47分

いつもはサイトの傍観者なのですが、不破さんの意見に違和感を感じたので書き込みさせて頂きます。

まず、ぐらぐらさんの面白半分なふざけた書き込みに深い意味なんてあるんでしょうか? 私はないと思います。

また、「国も国民も早急な大量死刑執行を望んでいる」と書かれていましたが、なんかすごい偏見。 私も死刑賛成派だけれど、「早く死ね」とか思った事はありません。いずれ刑は執行されるのだし、たとえ美味しい物が食べられたとしても、いつお迎えがくるかわからない生活って、それなりに辛いものだと思います。

実際、冤罪の可能性大の方もいらっしゃる訳だし、早期大量執行は危険だと思います。

投稿: | 2009年8月16日 (日) 18時07分

不破さん、丁寧に返答ありがとうございます。
確かに人権を軽く扱うではなく人権を軽く見ると書かれており、私の質問ミスでありました。
すみません。
しかし、人権の対比重は人対人で扱う・見るものではないので国家が人権を軽く見ることはできないですね(見てはいけない)
それでもニュアンス的には伝わりますが。

それと廃止論者の主張の投稿は当サイトの性質と多数読者の立場からして不必要ではないかとの趣旨と受け止めましたが、小田島確定死刑囚を個別に擁護している主張や意見は、ほぼ皆無ですから私は逆に早期執行派や廃止派の偏向色はサイトの意義を向上させないと思います。
ここに賛成派が小田島確定死刑囚個人事案に対する早期執行意見と廃止派の死刑全般に関する意見の主張の捉え方の違いがあるのだと思います。
元々、掲示板では死刑や死刑制度全般を取り上げる目的で後作成されたトピですので双方の主張は為されるべきだと思ってますので問題ないものだと考えています。

私からすると、いずれ執行される死刑囚のブログにおいて、早く死ねというせっかちな投稿のほうが、個人の憎悪なのか社会全般を考えての意見なのかの違いの問題性を感じますね。

投稿: 億 | 2009年8月16日 (日) 04時47分

億さん こんばんわ
一度だけ返事を返しますね。

【1】問題視しているのは死刑廃止論者の存在、主張のどちらを指摘しているのか。


A,死刑囚獄中ブログ内における死刑廃止論者の主張です。ここで書き込む事ではありませんよね。 どんな方がこのブログを読んでるか、しっかり意識してたらそんな話になりません。


【2】仮にも人権を軽く扱うとは具体的にどのように扱うべきと考えてるか。

A,軽く扱うよりまず、軽く『見る』事が大切なんだと思います。意味が変わってしまうので区別して貰いたいです。
死刑囚にも人権があると 思ってる人が居る事に、皮肉の意味で『人権』を 書きました。

本来、人権思想は一部の西洋諸国で、庶民が貴族を暴力で打倒し、政治を奪うために作りだされた思想。だから内容も当然、小田島みたいな鬼畜にとっても都合のいい内容じゃないかな。

人権は、有れば大抵の人にとって都合がいいものだが、政治によって利用されたり、暴力や権力によって消される脆いものなので人権を軽く『見る』意識を持続的に持ってないといけないと思います。

【3】そして、それは何のためと考えか。


A.それが読み取れないのであれば、私から申し上げる事はありません。

おそらく、ぐらぐらさんの書き込みの胸の内も見抜いてないのかも知れませんね。文字だけに捕われてると気持ちは伝わらないとかと思います。

現在は国も国民も早急な大量死刑執行をを望んでます。
この返事を一言で申しますと小田島は
『早く死ね!』
だけで良いのですが。

投稿: 不破 | 2009年8月15日 (土) 22時11分

不破さん、こんにちは。
不破さんが問題視しているのは死刑廃止論者の存在、主張のどちらを指摘されているのでしょうか。
それと末尾に書かれた死刑囚のみならず人が他人の人権を軽く扱うという事は人権の本来の意味から外れることは、ご存知だと思いますので…
国家として人権を軽く扱うことは現代社会では違法にあたるので不可能なことですが、仮にも人権を軽く扱うとは具体的にどのように扱うべきとお考えですか。
そして、それは何のためとお考えですか。

投稿: 億 | 2009年8月15日 (土) 01時18分

ちゃんとコメントを承認しない偏った考えの管理人で最低だ。
このブログで何を世間に訴えたいのか、さっぱりわからない。
死刑制度を世間に問うつもりならコメントを平等に扱えや。

投稿: | 2009年8月14日 (金) 03時18分

別に小田嶋にも同情しないし、死刑制度には賛成なんだけど
常磐線乗ってると、東京拘置所みえて、あそこに小田嶋がいるんだなぁと、思いながら電車乗ってるよ

投稿: | 2009年8月14日 (金) 02時53分

20人どころか、在庫一掃でお願いしますよ!

投稿: | 2009年8月13日 (木) 21時32分

家族に送金出来るし、鰻だのコ−ラだのラ−メンだの食べれるなんてほとんどの読者は死刑囚の待遇の甘さにびっくりしてるのではないでしょうか?

真っ当に生きてる人でも、餓死する人はたくさん居るのだから、死刑囚はもっと辛い待遇であるべきだと思います。

誰もが観れるブログである以上、執行後も彼を罵倒する書き込みは無くなるとは思えないし、こんな刺激的な内容なので仕方ない事だと思います。

それより問題なのは、死刑廃止論者だと思います。
考えてみるとおかしいですよね。死刑囚が人間らしい言葉を発する度に憎しみが込み上げるのが普通じゃないでしょうか?

平常心で理屈や法律を語ってるなんて、怒りを煽ってるとしか思えないし、中には 死刑囚を思いやる書き込みまで出てくる訳ですよね。

そう言う意味では死刑廃止論者より、『早く死ね!』とか書いてる人の方のほうが、素直な感情だと思います。

死刑囚の人権はもっと軽く見るべきですね。 ここで死刑囚を罵倒しろって意味ではありませんが。

投稿: 不破 | 2009年8月13日 (木) 19時42分

中学生です。

読ませていただいて、一つだけ疑問に感じたことがありました。

この小田島という方はいつ罪を償うのでしょうか…

悪いことをして捕まれば公正な裁判を受けて、刑罰が確定します。
多くの方はすぐに収監されて服役を開始して罪を償いますよね?

死刑判決の方は命と償いが引き換えになるわけです。
小田島という方が今生存されているということは、
まだ「一切の罪の償いを全くされていない」
ということになるのではないでしょうか?

冤罪の可能性のない事件なら、すぐに刑の執行をするのが
本当の社会正義であり、被害者への償いになるのではないか
と思いました。

確定後3日後でいいと思います。

冤罪の可能性のない死刑囚の方が刑に服さずに生存されていることに
大きな疑問を感じました。

投稿: ゆうきん | 2009年8月13日 (木) 18時08分

最近の投稿を読み返して思いました。私たちは、暴力で物事を解決しようとしたり、暴力に対して暴力を返そうとする考え方を当然なものとして肯定してしまっているのではないでしょうか。核兵器の使用を当然の権利と見なしていたアメリカも少しずつ変わろうとしています。私たち日本人だけが変われないはずはありません。

投稿: 英火 | 2009年8月 8日 (土) 13時41分

ぐらぐらさん。その中学生以下レベルの発言は如何なものかと…。死刑はあなたが考えているような祭り事ではありません。
重大な国家の決め事であり、あなたみたいな低俗な思考で行われるものではありません。

投稿: | 2009年8月 7日 (金) 16時41分

億さん こんにちは

最初にハンネを書き忘れて書き込みをしてしまいましたが、危険思想の指摘に対して返事なので、引用させて頂きました。
Toshiさんへの返事でよろしくお願いします

投稿: 不破 | 2009年8月 7日 (金) 11時33分

不破さん、はじめまして。
横レス、すみません。
億と申します。
【1】【2】【3】については、ほぼ私の書きこみなんですが…
引用して別意見添付でToshiさんへのレス返という意味なのでしょうか。

それとも、単にハンネ違いでしょうか。

投稿: 億 | 2009年8月 7日 (金) 01時31分

>ぐらぐらさん

激しく同意!

ウケたw

最高!いいよ!

その調子で、もっとたのみます!

投稿: | 2009年8月 6日 (木) 19時04分

Toshiさんへ
【1】『刑罰として死刑を宣告された者は法律上「死んで落とし前をつけろ」とは意味合いが違いますね。その様に思う感情は、単に「切腹文化」の日本特有の悪しき慣習の名残だと思います。』


〜私はその時代に置いて悪しき文化だとは思いません。現代より心が伴っていると思います。

【2】近代刑法で「死んで詫びろ」や「命で償え」と断罪できるのは被害者遺族のみに限り第3者が助長するには同等の理由が必要と思います(我が身に置き換えては…あくまで仮想論理)


〜感情を込めて申しますと、そんな物差しで計れるほど人の命は軽くないって事です。感情【心】が優先であり、法律や知識はその時代背景によって変わる過去の遺産みたいなもので優先されるべきでないと思います。小田島は憎悪の対象として死を受けとめると言ってるのでその覚悟 は本意なのだと思います。
出来るだけの感情を込めてこんな悲しい出来事を 憎む気持ちは遺族でも他人でも同じって事です。 なので危険思想とは思ってません。

【3】『国民感情を反映して存在するものではありません。』

〜同じ事を繰り返して申し訳ないですが、そうは思いません。最後の括りにこの言葉こそ危険ではないのかなと思います

投稿: 不破 | 2009年8月 6日 (木) 17時50分

ぐらぐらさん

不謹慎すぎます。

投稿: | 2009年8月 6日 (木) 17時43分

小田島死刑囚が 執行をいつされるのか 分かりませんが、
本人は 息子さんが いたからこそ 「希望」?を持って 拘置所生活を送っているかに みえます。


会うことも 声を聞くことも出来ない 父親のことを 息子さんは 一体 どう思っているんだろう。

そして 息子さんは 父親が今 どんな処遇になっているのか 知ってるのでしょうか ?


いずれ 成人になった時に 真実を知ってしまうかも しれませんが


その時に 息子さんは
自分の運命を呪い 父親そして、
母親を 恨むかもしれませんよ

小田島死刑囚は 執行がきたら もう 人生が終わってしまいます。
しかし、 残される フィリピンの 息子さん家族は 長い人生を 過ごさないとなりません。


小田島死刑囚は 被害者の命を奪い 遺族に 一生消えることのない、多大なる悲しみ苦しみを 与え


そして 「希望」となる息子さんにも また違った、苦しみ悲しみが 襲うことになるでしょう

自分が どれだけの 罪を 犯したか 分かっているのかは 分かりませんが

あなたの やった 事は
それだけ 酷いことです


事件は 過去の事ですが
被害者、遺族の未来まで ズタボロにしたのは 当たり前ですが


大事な 家族の未来までも ズタボロに していることを 忘れないでください


投稿: 通りすがりの者 | 2009年8月 6日 (木) 16時39分

このごろ、面白い新聞記事も少ないし。

どど~~~~んと、死刑執行20連発とか面白そう。


週明けあたりに、ちょこっと執行してくんないかな。


他人の不幸は、密の味。。。。。


暑いときには、やっぱり死刑執行よね。

投稿: ぐらぐら | 2009年8月 6日 (木) 11時06分

法律や知識より感情を優先させるべきだとの意見は非常に危険な思想だと思いますよ。
犯罪者そのものがその理屈で犯罪を犯しているのですから、法治国家の意義が失われます。

また、死刑制度を撤廃したら法治国家が崩壊するとの意見もどうかなと思います。
他国では死刑制度が無くても近代刑法の元、法治国家を維持出来てる国が多数なのですから。
また、どの様な理由が有るにしろ人を殺めるのは間違いだと言う意見も死刑存置と矛盾した主張かと思います。

投稿: Toshi | 2009年8月 5日 (水) 11時36分

理由は何であれ、そもそも人を殺めることは間違っている行為です。
しかし、殺人犯の中でも禁固刑で済んでしまった者もいるし、一人を殺めて確定死刑囚になった者もいる。
「殺人」を犯しても、殺人犯の背景やら何やらを考慮されているわけです。

極刑の判断基準として「永山基準」があり、一応は照らし合わせて審議されているのだろうし、
その上で確定死刑囚になるのだから、法治国家は完全に機能していると思います。

ですから極刑になる者は罪相応だと思いますし、永山基準を読む限りでは、殺人犯にもランクがあるということです。

死刑を廃止することは、法治国家の崩壊を意味するのではと思います。

投稿: | 2009年8月 5日 (水) 01時09分

確かに個人的に嫌悪感を抱く事案はあります。
特に小田島確定死刑囚の各事犯は一つたりとも許せるものではありません。
それでも、ただ一辺倒に理屈抜きで許せないならば被害者が発生した全ての事件を理屈抜きで許せないと同列視するべきだと思います。
その場合は感情的な人民制裁となり法治国家である必要もなくなります。

投稿: 億 | 2009年8月 4日 (火) 13時53分

ここで書いている人は所詮、他人事。
死刑じゃなく、死ぬまでいれる方が苦しいと言ってる人は、死を知らない人。

みんな、自分がさも頭がいいんだと他で得た知識を振りかざして披露したい人ばかり。

本当にくだらない。

投稿: 希望 | 2009年8月 4日 (火) 09時31分

『国民感情を反映して存在するものではありません。』
吐き気がする書き込みですね。感情より法律や知識が優先されるならば何も伝わらない。理屈じゃ無いし。家族であろうが他人で あろうが許せないものは許せないんです

投稿: | 2009年8月 4日 (火) 05時23分

刑罰として死刑を宣告された者は法律上「死んで落とし前をつけろ」とは意味合いが違いますね。その様に思う感情は、単に「切腹文化」の日本特有の悪しき慣習の名残だと思います。

近代刑法で「死んで詫びろ」や「命で償え」と断罪できるのは被害者遺族のみに限り第3者が助長するには同等の理由が必要と思います(我が身に置き換えては…あくまで仮想論理)

それに対して死刑相当事犯者に公平な刑罰を与えるのが近代司法だと思います。

社会が近代化した現代で更に先進の最先端社会を形成していく以上は更に前進した行刑制度を考える余地はあると思います。

また、現行法での死刑宣告理由は(一応)矯正不可能な人格者として社会排除しなければ公共福祉(社会の安全)が害される人間や死刑判例の均衡からです。
と、書くと個別事案を思い浮かべて感情論が反レスされると思いますが…(もはや掲示板2では的確な存置意見が見られないかもしれませんが)

現行死刑制度は表面上、被害者感情、国民感情を反映して存在するものではありません。

投稿: 億 | 2009年8月 3日 (月) 20時32分

俺が思うのは人殺しても死刑で償ったら死ぬときだけ恐いだけで後は楽になるんやからそれやったら刑務所に死ぬまでいれてた方がよっぽどいいと思う そのほうがよっぽど苦しいと思うわ 俺やったら死刑よりずっと死ぬまで入れられる方が嫌やわ

投稿: いつ | 2009年8月 2日 (日) 14時29分

姉妹の父がこう述べている。
「人間として最低な言葉かもしれないが、望んだこと(被告人の死刑)。
それ以上でもそれ以下でもない」と。

最もな言葉だろうと思う。
我が子を殺した犯人が、この世から抹殺されて、
初めて事件にケリをつけることが出来ると思うね。


被告人の死刑で何が変わるのか?。


被害者家族の暗く哀しい生活への第一歩だ。
被告人の死刑で、やっと歩み始めることが出来る。
被害者が望む死刑が、一番のケアだよ、違うかい?。


死刑で罪を償うなんて、あまりにも矛盾しているとは思うけど、被害者の言葉は重いよ。

投稿: | 2009年7月29日 (水) 15時48分

話は横道ですが、昨今の「人権」と言う言葉が独り歩きする風潮に憂慮します。
以前にも少し述べましたが、人権とは本来「国家権力から身を守る権利」がメインで有り、この観点では問題の少ない人権の在り方でした。が、今の人権は「対人間」で語られる事が多く、これは「欲求」と「権利」の履き違いである側面が多い為、双方の利権のぶつかり合いから無駄に争いが起きる事も多くなってきています。
また、憲法では「人権の乱用を禁止する」旨が書かれていますが、昔に比べると乱用どころの騒ぎでは無いとも感じます。
人権の乱用は生産性の低下、差別、不公平など様々な問題を生み出している側面を人々にはもっと認識して欲しいと思います。

なので「被害者の人権の軽視」よりも「被害者の人生の軽視」の方が適切な表現かなと思います。
その上で申し上げますが、死刑に賛成していれば被害者の人生を重視していると結論付けるのは短絡的過ぎませんか?
今回の執行で遺族のコメントでも有りました様に「執行は望んだ事だが、それで癒される訳でもない」と言うのが遺族の心情だと思います。死刑の是非と遺族のケアは別問題で考えた方が建設的かなと思います。

投稿: Toshi | 2009年7月29日 (水) 10時50分

総選挙前に執行するとは丸出しの恣意…法務省と法相の利害関係が合致したのかと感じます(この部分も反対する理由の一つです)

幾つかのレスに国会議員でも管理人でもないですが廃止派とし返答させて戴きます。

執行する刑務官の辛苦については耐え難いものがあれば拒否すれば良いだけのことで拒否しなかった刑務官は職責を担っただけですから担えなければ、予め退職すれば問題ないと思ってます。
まさか就職する際に執行という職務があることを知らない刑務官が存在するならば矯正(行刑)管理の現場を任せることに根本的に不適合者だと思います。
また被害者の人権を奪った責任としてや遺族の余生を考えると死んで償って当然という意見では、死刑囚の場合は概ね複数人の殺害事犯です。
しかし有期刑期事犯で殺害された遺族も死刑囚の遺族と何一つ変わらない辛苦が推考でき被害者の人権、遺族の余生を現行法の死刑制度と混同して考えると判決・刑罰の不公平に繋がり、仮に遺族感情と遺族の死刑願望はイコールだとしても制度としては別物として考えるべきと思います。

奪われた被害者の人権はどうなるのか…
ドライに言うと人権が定義されている2説(論)自然権・自由権いずれにも生きている人にしか与えられてません(これ以上の言質は遺族に配慮します)
従って奪われた人権というよりは奪った命、或るいは幸福追及権侵害・略奪に対して刑罰が課せられているというのが現行法の刑罰ではないでしょうか。
その刑罰の種類、期間で責任を取らせていることとしてます。

殺人者に必ずしも死刑判決が下されるわけでは無く、それでま被害者遺族の心情は変わらないわけですから上記同様に隔てて考察するべきと思います。

また被害者遺族の余生の苦しみは想像を超えた他人には理解できない相当なものがあると思いますので、個別にどうすれば良いかは非常に難しいものと考えます。
私は身内が死刑相当事犯に巻き込まれても犯人に死刑を望みません。
家族が望まないことが第一ですが、私の存在する社会で起きた事犯ならば社会を形成する個として赦すように努めます。

長い時間をかけて事犯への諦観と心身ボロボロながらも新しい希望を探し続けると思いますので、その辺りの国会レベルの行政保護充実を求めたいです。

つまり執行されても終わることのない復讐心と憎しみを持って生き続けるよりは少しずつ希望を見出せる方向で諦観していくことがベターだと思っています。

投稿: 億 | 2009年7月29日 (水) 03時06分

衆議院解散で今月中の執行ありと思っていました。山地悠紀夫死刑囚、前上博死刑囚は予想通りでしたが、陳徳通死刑囚は知りませんでした。勉強不足です。篠崎一男死刑囚が入るのではが私の予想でした。死刑廃止と言っておられる方々は加害者の人権を尊重されますが、被害者及び被害者遺族の人権を考えておられるのか疑問です。死刑ではなく終身刑の導入と言っていますが自分勝手で人の命を奪ったのですから自分の命で償うのは同然と思います。ある受刑者は一審で死刑判決を受け謝罪の手紙、嘆願報酬を被害者遺族に送っていたそうですが、高裁で無期懲役判決そのまま確定。ある刑務所に送られしばらくすると、手紙、嘆願報酬がストップし刑務所の中でも態度が180度変わったそうです。こういう受刑者は沢山います。死刑廃止と言っておられる方々及び国会議員の先生方に聞いてみたいですね。文章長くてスイマセン。

投稿: | 2009年7月28日 (火) 22時53分

28日、3人の死刑囚が死刑を執行されましたね。その夜、執行にたずさった刑務官達はどんな思いでいたのだろうか?

中には初めて執行の現場を経験された人もいたであろう。

また3人の死刑執行は、スムーズに行われたのであろうか?

中には暴れたり、泣きわめいたりした死刑囚もいたのではなかろうか?

投稿: | 2009年7月28日 (火) 21時43分

執行されてよかった、よかった

しかし、たったの三人か…

法相がんばれ!

投稿: | 2009年7月28日 (火) 21時25分

連投失礼します。万が一政権が交代するとなると、民主党は連立を組む可能性が高いと思われる。その場合、社会党、国民新党との連立であり、福島さん、亀井さんというバリバリの死刑反対派が入閣する可能性がある。つまり今後死刑執行そのものが困難になる。そうなる前に執行せよと検察から圧力があったというのは考え過ぎだろうか?

投稿: 冠 | 2009年7月28日 (火) 14時47分

私は、難しい事は分かりませんが、人を殺し、人生を奪った罪を、死刑意外でどうやって償うのか分かりません。死刑廃止を訴える人たちは、遺族の人たちの人生を軽視しているのか、そうでないとしたら、死刑意外にどうやって罪を償うすべがあるのか、まずそこを説明して欲しいです。このような一般市民の意見を、掲載しないのであれば、このサイトに何の意味があるのでしょうか。ぜひ納得のいくご意見をお聞かせ下さい。

投稿: 鳥井 博之 | 2009年7月28日 (火) 14時21分

今関越の栄パーキングでお昼のニュースで三人の死刑執行を知った。正直しばらく執行は無いと思っていただけにショックである。しかし何故この時期に執行する必要があるのか理解出来ない。

投稿: 冠 | 2009年7月28日 (火) 11時55分

冠さん。
選挙だから分かりませんが、もし政権が代わり次の内閣がスライドすると死刑廃止派の代議士が法相も含めて3人ぐらい入閣しそうで野党が連立を組むとプラス2名の計5名ほどでしょうか。
その場合ペースダウンではなく、かなりの期間モラトリアム(執行猶予)状態になると思います…よ。

投稿: 億 | 2009年7月24日 (金) 16時15分

publoffさん。
「奥さん」でも、あながち間違いではないかも…です。
面倒見の説明ありがとうございます。
つまりは慣習的なギブ&テイクと認識しました。
何故か取り調べ全面可視化を拒む検察当局の理由の一つなのかもしれませんね。
面倒見で得られた情報は厳密に考察すると利益供与にあたると思いますので。

確かに「人が罪を犯す」事を「人が裁く」限り冤罪はなくならないでしょうね。
特に人格障害者の境界線の判断は困難でしょうから、もっともです……。

投稿: 億 | 2009年7月24日 (金) 11時57分

億さん
今、「おくさん」と入れたら「奥さん」と変換されて、思わず一人笑いです。

面倒見とは、刑事が取調べと称して留置場から出してくれる事です。
煙草もすえるし、缶コーヒーを出してくれたり、ひととき、「ほっとする」時間です。(カツ丼はありません)
その時に、「他に悪いことしてる奴の話しはないか?」とかも聞かれますが、他の人のことをいっても司法取引の無い日本では自分の刑が軽くなるわけでもなく、何の意味もありませんので、いい加減なことしか言いません。
ま、全て自供して協力的じゃないと、ありませんけど…

菅家さんの時は自分も含めて、弁護士、検事、裁判官は「DNA鑑定」という言葉に画期的な科学の最先端!オールマイティー、これで決まり!というものを感じていたのではないでしょうか?

DNA鑑定も現在でも確率の問題で、100%ではない。
物を扱うのなら100%はありえるんだろうけど、「キメラ」という特性?を持っている人がいたり、24人のビリーミリガンのように多重人格の人がいたり、「人が罪を犯す」事を「人が裁く」限り、冤罪はなくならないのかな?とも考えています。

投稿: publoff | 2009年7月23日 (木) 23時47分

今思うと、あの死刑執行ラッシュは何だったのだろう。近年まれに見る大量執行。果たして今後、政権がどうなるのか分からないが執行ペースはダウンするのだろうか、、、

投稿: 冠 | 2009年7月23日 (木) 23時06分

publoffさん。
面倒見とは利益供与の類なのでしょうか…
まずは不起訴で何よりでしたね。
レス内容から全般を推考するには勾留期間と結審までの期間を考慮すると当局に迎合しといた方が間尺に合うとの判断をしての自白ならば被疑者に合理性を窺えます。
菅家さんの場合は主位的に本件事案と予備的に余罪追求の取り調べとなったことと思われますので長期間に及ぶ取り調べ期間で『判決死刑』の可能性を元に従順を強要した精神的に追い詰められた取り調べだったと推考できます。
では何故、取り調べから解放された1審公判の罪状認否で否認しなかったのか…
この点において仰る通り起こるべきして起きた冤罪に同意です。
刑事裁判においては法における正義の裁きの前提として法曹3者が一体となり真相究明に務め公平な刑罰を定める側面もあると思ってますので、この1審で被告であった菅家さんが否認しなかったこと、仮に否認できない性格や事情があれば1審弁護人の事案に対する関与度合いの薄さ(不自然な現場検証など)は法曹3者の一員として非難されるべきだと思えます。死刑判決回避の弁護方針だったのかは定かではないので一概に非難という言質は適切ではないかもしれませんが結果的に真犯人を検挙できない要因の原点はそこにあると思います。
なので足利事件の1番悪しきは真犯人を検挙できなかったこと。
誤認逮捕で自白強要した警察(検察)当局で次に被告及び1審弁護人の非を感じます。

投稿: 億 | 2009年7月23日 (木) 16時04分

2009年7月15日 億さんへ。
仕事の関係もあり、なかなか毎日のようには覗けないもので、遅くなりました。
僕個人の心情、性格的には初公判なりで「否認」すると思います。
その点で、生まれるべくして生まれた「冤罪」だろうと思います。
あえて言うとすれば、取調べの時は「苦痛から逃れたい」という心情や留置場の中は「三度の飯が運ばれて、風呂、髭剃り、本も読める、仕事しないで寝ててもいい(寝るしかナイ)におかれ」自白した後なら、刑事の面倒見もあるし、とにかく外界と隔絶された世界です。本当にやってないなら、良心の呵責にとらわれることも無い「平和な世界」なんです。
初公判(おそらく罪状認否)二回目(簡単な事件なら求刑)の段階で、「死刑!」の求刑が出たときにびっくりしたのではないかと思います。
僕も一度、いわれの無い事件で逮捕されまして、若かったものですから認めてしまいました(よくある痴漢ではありませんが)。結果、不起訴になって良かった?のですが、心情的にはわかるものがあります。
後で、友人の弁護士にラッキーだったな、危ないよ。と言われ、ぞっとした記憶があります。

投稿: publoff | 2009年7月23日 (木) 00時44分

クリリンの鼻さん

レスが遅くなり申し訳有りません。
ご指摘の通り、「しっくり来ない」感は有りましたが、如何せん用語が分らないので的確な反論が出来ないもどかしさがあり、論理学の基本を舐めて見ました。
結果的に、論理学に沿うと文字数制限の有り、有る程度の行間を読む必要の有るこの様な場所での議論は有り得ないと言う結論に至りましたし、また、クリリンの鼻さんの指摘の全ても誤謬だと言える事も分りました。
よって、幾らでも指摘合戦が展開可能であり不毛だと言う点で私も納得出来ましたのでトピックの打ち切りに同意いたします。
どうもお時間を割いて頂き有難うございました。

投稿: Toshi | 2009年7月22日 (水) 13時14分

以前に死刑廃止のためには、まず国会議員の選択による政治判断・施策の重要性を指摘頂きましたが(あんたが国会議員になって主張せよとも書かれましたけど)政権交代雰囲気の総選挙となりましたね。
与党が下野して野党が連立を組めば数年間は事実上『執行停止』になるのでは…と。
その間に飯塚事件の冤罪(可能性の高い)執行がクローズアップされて具現的な存廃論議も国会で展開されればと期待してますが個人的に現法相には飯塚事件が冤罪執行事案だったことを仮定して執行責任者としての議会召集も考えて再選しといてもらいたいです。

投稿: 億 | 2009年7月21日 (火) 22時10分

管理人さんへ

投稿: | 2009年7月19日 (日) 02時16分の投稿を承認してしまう辺り、言動の矛盾を感じずにはいられません。
私も投稿: 小学5年生 | 2009年7月18日 (土) 09時25分に賛成です。

投稿: | 2009年7月20日 (月) 01時00分

お前が言うなよ

投稿: | 2009年7月19日 (日) 02時16分

議論出来そうな人がいなかったから、暫く眺めるだけだったけど、クリリンの鼻さんとは議論出来そうだ。クリリンの鼻さんが俺を同じように認識してくれるかどうかは別だけど。

ところで、管理人さん
2009年6月24日 (水) 01時12分に
>掲示板の雰囲気も大事にしたい
ってレスしてるけど、雰囲気を大事にと思ってるなら、厳しいようだけど、議論に値しないレスは承認しないなんてのはどうなんだろう。
正直、ここ最近の掲示板には個人を向上させるような魅力を感じないんですが。(「なら見なきゃいい」みたいな不毛な意見は遠慮願う)

批判どうのとかではなく、一つの意見として参考にしてもらえればと思います。

投稿: 小学5年生 | 2009年7月18日 (土) 09時25分

みなさま今晩は。
今更ですがページ左上にミニ掲示板を設置してみました。書き込み50件で古いモノから消えていきます。何でもないことなどお気軽に書き込み下さい。

投稿: ブログ管理人 | 2009年7月16日 (木) 22時56分

Toshiさんへ


まず私は、Toshiさんが「論理学・議論学に全く疎い」とゆう事を存知上げませんでしたので、その点で最初からズレがあったのだと思います。
私は最初から申し上げている様に、まともな反論が出来る論者と議論したいのであり、出来ないのであれば議論したくないのでありますが、そこにToshiさんから横レスを頂いた次第ですので。
「厳密な対話プロトコルに則って議論するのは難しい点をご容赦願いたいと言う意味で言った」とゆう事だと理解しての「それは容赦出来ません」との返事をさせて頂いたわけなのですが?

ちなみに論理学で言う「虚偽」とゆうのは、「貴方は嘘をついている」とゆう意味ではなく、先程も書きました様に誤謬と同様「論理的な誤り」とゆう意味です。

「本題に於ける同意・反論」に関しては、「何度も同じ指摘を繰り返しそう」と暗に示したのですが、単刀直入に申し上げますと「何度も同じ誤謬を繰り返していらっしゃる」とゆう事です。
堂々巡りの不毛なものになる事が予想できますし、何も進展が見られそうになかったので、打ち切りを提案しました(「発言が怖くなる」とか言われたら尚更です)。

「ミスリードを相互に防止する様に指摘しあうのは必要との認識は一致している」と言われましても、果たして「相互防止」が可能なのですか?一方的に指摘してしまうとゆう状況はフェアではないと思いますし、「論理学・議論学に全く疎い」とゆう点を克服して頂かない事には、「必要との認識は一致している」とゆう点に疑問を感じざるをえませんが。

ちなみに「それもある種の誤謬では有りませんか?」に関しては、こちらは何も反論しておりませんので(つまり論理を検討する対象すら無いので)、「単に、Toshiさんが腑に落ちないだけ」とゆう事かと思います。
「いくつかの論点をスルーしている」とゆう事で言われているのであれば、Toshiさんも同じ事をしていらっしゃるので、問題無いのではないかと思いましたが。

投稿: クリリンの鼻 | 2009年7月16日 (木) 17時47分

Toshiさん。
「疑わしきは罰せず」の大原則も当時の最先端科学の物証を基にした足利事件立件方法においては疑う余地さえ(調書、自白、現場検証)捏造されており菅家さんが唯一抵抗できる法廷手段が否認であったわけです。
そこで問題提議させて頂いたのは公判で終始否認しなかった菅家さんの姿勢の是非です。
つまり司法での被告の姿勢なので、一般認識における振り込め詐欺被害者のソレと同列に語ることは主題の迷走(被告の姿勢の非と被害者の過失に変遷してます)を産むものだと思います。また足利事件の被告をリテラシー(啓蒙したい気持ちも理解できますが)の低さと考えるならば単純に菅家さんは非ではなく不幸でよいのではないでしょうか。
その辺りがクリリンの鼻さんとのレスで誤謬の要因を相互に作り出して前進しないように映ります(クリリンの鼻さんは主張でToshiさんは反論、同意を求めているようなので)

投稿: 億 | 2009年7月16日 (木) 13時36分

億さん

足利事件の冤罪要因として以下の様なものが有ると思います。

・判例スタンダードとして「疑わしきは罰せず」が蔑ろになって来ている。
 当時のDNA鑑定では精度として1000人ユニークだと言う認識は持ててたはずなので、それを絶対的な証拠として採用するスタンダードを構築した法曹界全体の責任が有ると思います。
 もちろん、当該裁判官はスタンダードに則っただけなので責任は極僅かだと思います。
 また、疑わしきは罰せずが大きく崩れた代表は痴漢事件の取り扱いですかね。
・警察・検察の取調べ方法が悪い
 警察も検察も前提として「悪人ありき」で取り調べをする事が多いと思ってます。そして兼ねてから言ってる「整合性の取れた調書」を強引に作成する様に誘導する姿勢。また否認に対して「そこは認めたほうが有利になるよ」とする詐欺的誘導も有るかなと思います。
・被告の知識やレトリック技術、そして性格を考慮しない一律性を持った裁判システム
 これも以前に言った事ですが、被告のコミュニケーション能力などのリテラシーレベルによって有利・不利が左右されてしまう欠陥がシステムに有ると思います。

被告の非は極々僅かだと思います。
リテラシーについてはこの件に限らず全ての事について言える事ですが、リテラシーが低い事に非を過大に求めると、振り込め詐欺の被害者も自業自得になってしまうと思います。
私のスタンスはリテラシーが低い事は「非」では無く「不幸」なので、そう言う意味で以前から社会全体のリテラシーを上げるべきだと意図主張しています。

投稿: Toshi | 2009年7月16日 (木) 11時45分

クリリンの鼻さん

何か誤解が大きいのかなと言う気はしますが・・・

まずミスリードを相互に防止する様に指摘しあうのは必要と言う認識は一致してますよ?
倫理や法律を無理強いしてるとの指摘が何を指してるのか分らなかったですが、何かしらそう感じた点が有ったのだろうと思ってスキル不足の容赦を願いたい旨を言いました。
そこで何故に虚偽・誤謬は許せないと言う話になるのかちょっと分りません。
虚偽をしてるつもりは毛頭有りませんし、許して欲しいとも思ってませんのでこの点は非常に心外です。
また、本人は論理用語・レトリックスキルの未熟さを認めていますので、厳密な対話プロトコルに則って議論するのは難しい点をご容赦願いたいと言う意味で言ったに過ぎず、誤謬があるならそれ自体を容赦して欲しいと言う意味で言った訳では有りません。
ご指摘の内容はどちらかと言えば議論学での話かなと思いますが、私は論理学・議論学に全く疎いです。
しかし、本題に於ける同意・反論を一切頂けていませんので、論理学に於ける未熟さなどを推論を含めて指摘して終わり・・であるならば、それもある種の誤謬では有りませんか?

尚、論理学による対話プロトコルとかは私より億さんの方が得意そうですが、億さん、私の表現がクリリンの鼻さんに伝わりにくい様なので、済みませんがフォローお願いします。

投稿: Toshi | 2009年7月16日 (木) 11時43分

publoffさん。
様は要らないです。
それほどかしこまらないで参りましょう。
掲示板で承認されている以上は全て対等です。

仰る通り被疑者から容疑者、起訴されて被告の流れは司法警察員と検察の業務ですね。
各段階において相応の処置に足りるべき判断のもとでの業務ですね。
裁判所が逮捕状を交付した以上は勾留は自然の流れになってますね(勾留理由開示準抗告も形式的なのでしょう)

主題とさせて頂いた足利事件において検事(これは検察当局でよろしいですよね)現場部隊の司法警察員(刑事)が悪いとのことで少し刑事事件の仕組みを知っている方なら私も含めて同じ結論だと思います。
そこで冤罪濃厚な足利事件で何がいけなかったのかとなると供述調書を否認しないで公判陳述でも起訴事実を認め(後に否認)1審弁護人にさえ自ら罪を認める菅家さんの公判姿勢にも非があると思います。
気の弱い性格だとしても何故、裁判官に最初から真実を語らなかったのかという責(非)はあると考えるので起こるべきして起きた冤罪(ほぼ確定)事件だと思ってますが、この辺は色々な観点があると思いますのでいかがでしょうか。

投稿: 億 | 2009年7月15日 (水) 22時23分

億様。238回のコメントへのご返信?ありがとうございます。
ただ、「菅家さんの迷走した公判姿勢」とは、「初めは認めて、後で否認した」事を指すのでしょうか?
私は一度言われなき事で逮捕された事があります。
刑事とは今考えれば、悲しいかなサラリーマンで、自分が間違って逮捕しても刑事の筋書き通りに調書を作り上げ、そのためには結構何でもやります。
今と違って、昔はもっと「エゴかった」のではないかと思いますので、菅家さんは本当に仕方なく、認めたと思います。
また、留置場にいますと「一刻でも早く外に出たい」と思いますし、外の事はあまり考えられなくなってきます。
というのも、あまりにも隔絶された世界だからです。

話を億様が問われている内容に戻しますと、一番は「検事」であると思います。
刑事の上司だからです。
その次は逮捕の許可を出した裁判官かな?

話はそれますが、拘留の裁判というのがありまして、逮捕されて48時間で拘留か釈放か決めるわけですが、その時も一応裁判官が決定を下します。
ほぼ100%じゃないでしょうか?拘留。
おそらく、何にも見ないで、検事が拘留申請出したらトコロテン状態で拘留ですね。
三権分立がたてまえになってるのと同じように、検事と裁判官は元々同じ穴のムジナですから。

投稿: publoff | 2009年7月15日 (水) 02時02分

足利事件の話材が出ましたので誰が(何が)悪いと思いますか。
私はフレームアップした捜査当局が一番悪いのは勿論ですが裁判官は悪いとは思ってません。
公判検事も組織正義を貫いただけでここも悪いとは考えていません。
それぞれシステムの中で職業として量刑判断をしただけだと思ってます。(科学、医学権威を重んじすぎる職業裁判官の判断材料は非難します)
そして、ここは被告人に対する主観の違いになると思いますが菅家さんの迷走した公判姿勢にも非を思うのですが。

投稿: 億 | 2009年7月14日 (火) 18時56分

Toshiさんへ


>私のスキル不足はご容赦頂けませんか? じゃないと発言が怖くなってしまうので(^^;


誤謬や虚偽とゆうのは、単に説得力の問題ではなく、推論の論理的な誤りの事なのですが、私が指摘しているのは非形式誤謬ですので、それが直ちに全て論理的な間違いであるとゆう意味で指摘しているつもりはありませんので、悪しからず。
私は、議論や論理の健全性の為に必然的に色々指摘しているわけですが、そこを許容すると、お互いがミスリード(mislead)に嵌まっていき混乱が生まれるものなので、そうゆう意味では許容・容赦は出来ません。
発言が怖くなるとか言われてしまうと、もうこれ以上何も言えなくなってしまいますので、この辺でこの話題は止めておきましょう(何度も同じ指摘を繰り返しそうですし)。


刑法学を学ばれている(?)様なのですが、独学なのでしょうか?独自解釈が多い様な気がします(曲解なのかオリジナリティーなのかは分かりませんが)。
論理学など基礎的な事は学ばれていないのでしょうか?
どちらかと言うと法学科(基礎法学など)よりも、法律学科(刑法学や民法学など)の方が、法律解釈に神経質になるため、言葉の定義や論理に関しては、しっかり学ぶと思ってましたが。

投稿: クリリンの鼻 | 2009年7月14日 (火) 16時42分

英火さん億さんToshiさん有り難うございました
それぞれの感性聞けて私にとっては貴重でした
人間は間違いを犯すものですが、学校のテストの回答を間違うような些細なものから、人の生死をジャッジする重大な間違いもあります
裁判官にはなれる勉学を積んでいませんが、もしチャンス頂けるとしてもなりたいとは思えないです。
余談でしたが皆さん本当に有り難うございました

投稿: ABC | 2009年7月14日 (火) 09時32分

ここの管理人は偏った考えで全然ダメだな

投稿: | 2009年7月14日 (火) 04時28分

みなさま今晩は。長い間更新が滞ってしまい申し訳ないです。
通常だとそろそろ獄中より手紙がきてもいい頃なのですが…

また当ブログサービスのココログで新しくバージョンアップ(?)というものがあったせいなのか、死刑関連記事などうまくアップできないでいます。ご迷惑をおかけしております。

投稿: ブログ管理人 | 2009年7月14日 (火) 01時40分

第238回の獄中日記のpubloffさんのレスは私には響きます。
職業裁判官に対する指摘において似たような客観視をしていますが被逮捕者の代弁的な心証に近づけない自分もいて、そこに被告の声というものがどの程度職業裁判官に届くものなのかは被告に直接接触したことがない私には断片的な傍聴歴からでは判らないというのが正直なところです。
客観的刑法論(結果行為に情状酌量プラス)において他人の心理を読み取れるほど人は優秀ではないはずだと思います。
そこに死刑と無期の境界が人に委ねられていること、そして同じ結果行為によっても時代や被告の属性や職業裁判官の判断(独断)最近では被害者参加裁判制度も含めて客観的刑法論で命の与奪を決めることを職業裁判官に委ねるに値するものなのかと同じ人間とし疑義を抱きます。
勿論、公共福祉の安全維持の為に社会全体として排除しなければならない事案もあると思いますがそれを理由に殺すことは無いと考えます。
一生涯社会不参加が最大の国家刑罰で充分と考えます。

投稿: 億 | 2009年7月13日 (月) 22時20分

ABCさん(7月12日(日)21時12分)へ。いたたまれない気持ちで一杯だと思います。他人からの非難に対してこんなに無防備な心理状態はそうはありません。あり得ない仮定の話ですが「死んで償え」とばかりに被害者や被害者を代弁する世論から一切の手心のない非難を浴びせられ続けたらノイローゼになって、もしかしたら本当にある日ひっそりと首を吊っているかもしれませんね。仕事上の失敗で自殺する人も結構いますし、取り返しのつかない過ちを自覚したときの人間は本当に弱く脆い存在だと思います。

実際には裁判の誤審でそこまでの非難が浴びせられることは無いでしょうが、私たちの社会はときに感情を暴走させてしまいがちです。非のある人間に義憤を抱くのも結構ですが、自分たちがいま一体何をしているのか、自制心をもって振り返ることも忘れないようにしたいと思います。

投稿: 英火 | 2009年7月13日 (月) 19時17分

ABCさん。
私が足利事件の裁判官だったら…ですか。
他人の心理に同化することは不可能だと考えていますので客観的に考えることを答えとさせて頂きます。
まだ再審請求が受理されたばかりで、また今後あるであろう捜査機関への訴訟結果も出てないので返答が早尚ですがフレームアップされた足利事件を有罪判決に導いた職業裁判官は法の正義を貫いただけで他の裁判官でも同じ有罪判決を出したと思っています。
なので捜査機関の違法性が明らかにならなかった時のみ間違ってはいけない法の正義の行使を誤ったとして自責の念から辞職して個人的に謝罪するべきだと思います。

投稿: 億 | 2009年7月13日 (月) 17時38分

ABCさん

質問は、「もし私が足利事件の裁判官だったら今何を思うか」で良いですか?
人間は自己の過ちを必要以上に反省すると精神が壊れます。
なので誰しもが必ず自己の精神を保護する本能として「自己正当化」を行います。
私も同様な心理システムが働くと思いますので、まずは若干の反省、「やべ、今後気をつけないとまずいわ」と。
次に「でも当時の判断はスタンダードに則ってたよね、仕方無いよね。落ち度は無かったよね。」と。
次に「でも世間はそう見てくれない人々もいるよね、俺も生活があるし、人前では真摯に振舞わないとやばいよね」。
だいぶ極論化してますし、実際はこんな楽観的に考えられないと思いますが、最終的に大筋ではその様なルートで行くんじゃないかと思います。

投稿: Toshi | 2009年7月13日 (月) 05時32分

クリリンの鼻さん

いじめの心理について、もう少し突っ込んで考えて見て頂けませんか?
いじめは子供社会だけの話では有りませんので特にその辺を。
また、言葉の定義に神経質過ぎる気も若干しますが、ならば「快楽」の定義も明確化すべきだと思います。
wikiのいじめを確認した所、ここで使われている快楽は欲求を満たす意味合いで使われていると感じました。
人間の心理は複雑です。「ムカつく」と思うだけでも心理的に自己正当化が行われ、嫌がらせの行動に対しても「悪」と言う認識はまず持ちません。
自分が「悪」で無く、相手が「悪」だと認識するから初めて自分の取る行動を正当化させ、心理を安定させられるものだと思います。
なので、極論として「正義」と言いました。
私が言う、「普遍的な正義」とは若干のヒロイズムを伴う大義に近い物です。
また、怒りを満たす事、正義心を満たす事も快楽をもたらすと思います。
そう言う意味では、快楽と言う言葉を使うのも間違いでは無いかも知れません。
犯罪者を憎む心理、怪獣を憎む心理、いじめられっ子を憎む心理、いずれも根幹は同様のメカニズムだと思っています。
また、善の定義を求めてらっしゃいますので私の意味する善を説明します。
他人の命を故意に奪わない、他人の肉体を故意に傷付けない、他人の心を故意に傷付けない、他人の幸せを願う心です。
正義は攻撃的側面を持ちますので善では有りません。

また法的観点で言う「正義」の定義は弁えているつもりです。
しかしこれさえも私は100%肯定する立場にいません。なぜなら死刑制度や今の懲役制度は望ましくないと思ってる人間だからです。
また倫理的観念で攻撃心は悪意と解釈すべき点納得頂けない様ですが、逆に民間人同士の攻撃心や制裁を許す法律は有りますか?
どの様に個人的に正当な理由があろうとも攻撃心(故意)による被害は罰せられるのが法倫理だと思います。
単純に言えば、民間人が正義の制裁を犯罪者に下したら、逮捕されます。
正義の制裁として唯一許されるのは「国家権力」によるものだけでは無いでしょうか。
そして、その理不尽に対抗する為に基本的人権があるのだと思います。
自己犠牲とまでは言ってるつもりは有りません。これは予定している「マメ知識その3」でも説明するつもりでしたが、
本意・故意では無い攻撃は問題無いと思います(正当防衛)
ただ、理想論を言ってしまえば万人が自己犠牲精神を持てれば犯罪もなくなると思うので良いとは思えますが。

>基本的に道徳を倫理化するとゆうのは、矛盾衝突を避けられない為、矛盾衝突点を回避する為にも、法や倫理として無理強いすべきものではないと思います。

この点は否定し切れませんし、難しい所です。
まぁ、言い方とか説明の仕方の知識やスキルの問題なんでしょうね。
私のスキル不足はご容赦頂けませんか? じゃないと発言が怖くなってしまうので(^^;

投稿: Toshi | 2009年7月13日 (月) 05時31分

唐突ですが
個人的に敬意を評してる(TOSHIさん英火さん億さん)の皆さんに聞きたいんですが
皆さんが足利事件の評決を下した裁判官だったとして、もし今日現在有り得ない話しですが、どう言う心理状態にいらっしゃるのかを聞いてみたいです
素朴な質問ですのでスルーは当然有りですが、正直お答え頂けるなら有り難いです宜しくお願いします

投稿: ABC | 2009年7月12日 (日) 21時12分

億さん(7月11日(土)02時19分)へ。私たちの社会は、過失致死や傷害致死のご遺族に対してそれほど感情移入せず、特定事件に限ってはご遺族の怒りを競って代弁しようとします。

遺族感情が刑罰の理由になるならば、たいていの犯罪者は死刑にしかならないはずです。しかし実際には先述のとおり、遺族感情の有無以前に、別の次元で選別が行われているのは明らかです。おそらくは嫌悪感や排他意識などの公言できない理由が根っこの部分にあるのではないかと私も思っています。

それから、これから返事を書くのがかなり遅れたりするかもしれませんが、ご容赦ください。

投稿: 英火 | 2009年7月12日 (日) 14時21分

せっかくなので、群集心理についてもう少し続けてみたいと思います。

かつてフランス革命において、大衆が人民裁判を行って反革命派の囚人を大量虐殺する事件がおこりました。当時のフランス市民の様子をのちに研究したのが「群衆心理」を著した心理学者ル・ボンです。彼によると、人は群集になることで衝動的になり、物事を軽々しく信ずる性質を帯びます。つまり、理性的な考察が難しくなるわけです。

日本の死刑制度に話を戻せば、何度か書きましたが、特定の凶悪事件に限って遺族感情や償いを刑罰の理由にするのでは、制度として整合しません。全体を見て個別を判断する能力を社会が失っているように見えます。功利主義的な目的で人を殺すことも、私たちの社会は他の場面では認めていません。拷問や残虐刑も禁止されています。正義を振りかざして死刑を行う態度に至っては論外です。死刑に異論を唱える反対派は悪者なのでしょうか。

…と、このようにほんの少し思考を深めれば、死刑という制度はすぐにでも袋小路に行き着きます。なのにその少しの考察さえ、私たちの社会は拒絶しているかのようです。

投稿: 英火 | 2009年7月12日 (日) 12時52分

Toshiさんへ

まず出だしの「イジメは正義によって行われる」とゆう所からして疑問があります。発端の「イジメは正義によって行われる」の根拠を循環論の様な論法で説明されているので、「それは違う」と主張している人間からしてみれば説明不足です。
ちなみに私がいじめが「快楽」と言った根拠はWikipediaの「いじめ」にも書いてある様な単純な事です。
「いじめられる側はきっと何かしら怒りを買う落ち度が有った」とゆう様なものは、正当化や責任転嫁にすぎず、快楽をこじつけで正当化しているだけであって「イジメは正義によって行われる」とゆうものではないでしょう。
この場合「死ね死ね世論」は、「快楽を正当化」しているのではなく「怒りを正当化」しているのだとゆう事で、いじめの原理とは感情の根幹が違うので見当違いだと書いた次第です。

あとToshiさんが使う「正義」とは何であるか、が定義されていない為に、多義的表現の虚偽(the fallacy of ambiguity)や、語義あいまいによる虚偽(equivocation)から、様々な論点への飛躍が行われている様に見えます。
法学で使われる様々な「正義」の概念から言うと、Toshiさんが使う「正義」は「実質的正義」と呼ばれる主観的な正義の事ではないかと思います。
実質的正義では、その根拠は最終的には好き嫌いであるので、人間の数だけ有るとは思います。
ただ、倫理学者や法学者が「正義」と用いる場合、実質的正義の事ではなく、平等や公正を意味する「形式的正義」つまり法の天秤を意味します。

例えば形式的正義の観点の法諺「剣なき秤(正義)は法の無力、秤(正義)なき剣は単なる暴力」とゆう事から言えば、「正義から来る攻撃心(正義の制裁)は悪である」とゆうのは法の否定(法治は悪である)になってしまいます。どの国であっても、警察権力がある法治国家であれば、この様な法の否定の立場はとっていないと思います。

あと漠然と「ですので私が大切にしたいのは善と和です。」と言われましても、それまで説明が無かった「善と和」がいきなり出て来ても困ってしまいます。
「善」は、プラトン的には「理想」であり、アリストテレス的には「徳をそなえた魂の活動」であり、カント的には「善意思」であり、ニーチェ的には「人間の力の高揚感」でありますが、いまいち掴みどころがない漠然としたものです。
Toshiさんが使う「善」は、Toshiさんが使う「正義」とは違い、「相対的な物ではなく」「双方に有るものではない(どちらか一方にあるものである)」とゆう絶対的なものなのでしょうか?

あと「先進諸国のスタンダードは〇〇であるから××すべきだ」とか「近代刑法は〇〇であるから××すべきだ」とかゆう論法は、初歩的な自然主義の誤謬ではないでしょうか?

それと「倫理的観念では、どの様な攻撃心でも悪意として解釈するのが正しい姿勢だと思います。」と書かれていますが、その「倫理的観念」とは、具体的にどの様なものなのですか?
Toshiさんの文章で使われる「倫理」は、単にマジックワードとして都合よく使われている様にしか見えませんでした。
Toshiさんが使う「倫理的観念」を、仮にガンディーの非反撃の人道主義の様なものと推考してみますが、犯罪とゆう暴力に対する非反撃主義は、自己犠牲の様で実に素晴らしいのですが、それは「非反撃主義者」の間だけで行われるべき、個人が主体的に行うレベルの「道徳」であって、客体としての法で行われるレベルの「倫理」の性質を備えていないと思いますが、いかがでしょうか?
自己犠牲を法として無理強いする事は、国民に対して「泣き寝入りしろ」と言っているに他ならず、功利主義が主張する「最大多数の最大幸福」から言えば、道徳レベルの自己満足が結果的に多数の無辜の国民を害しているのであるから、悪であり不正義であると結論付ける事になります。
基本的に道徳を倫理化するとゆうのは、矛盾衝突を避けられない為、矛盾衝突点を回避する為にも、法や倫理として無理強いすべきものではないと思います。

投稿: クリリンの鼻 | 2009年7月11日 (土) 17時07分

私が思う8割の死刑存置世論に関して。
死刑存置世論が社会規範としての功利主義から為されているならば集団社会を形成する個々が当然に数年前の死刑事案の概要ぐらいは記憶に留めておいて然るべきだと思うのですがセンセーショナルな事件以外は逮捕と同時に往々にして風化忘失していくように思えてなりません。
確定判決の数年後に執行報道を見聞して思い出す程度なのかなと。
つまり仮に功利主義が、より倫理的に優れているものだとしても現実社会規範が低下していることは否定できないと思いますので世論を形成する個々にとっては一過性の個人の利己主義から応報刑や事件への怒りを抱いていると道筋をつけているように感じます。
社会契約論にしても刑罰全てが肉体的でないと整合性がとれないと考えています。
つまりは事件への怒りも社会的観点からではなく個人の拒絶意識(排他主義)が一過性の怒りとして噴出して応報刑の意味合いさえも知らない人が遺族感情に同化して又は疑似遺族となり死刑も当然と漠然と捉えている人が多いのが…死刑存置世論だと思います(私にはそう映ります)
これなどは存置世論というより賛成派の個人的な心情吐露で論にもなっていなくて、それを世論というならば(確かに質レベル抜きでは世論なんですけど)政府も死刑や死刑制度を秘密主義にせずに積極的に開示していき世論調査を実施すべきだと思います。
簡単な設問でいいと思います。
何故、死刑制度は必要ですか?と。


投稿: 億 | 2009年7月11日 (土) 02時19分

クリリンの鼻さん

丁寧なレス有難うございます。
「いじめ根性」についてですが、これは「快楽」と言う単純な物では無いと思っています。
イジメとは極論で言えば「正義」によって行われる物だと思います。
いじめられる側はきっと何かしら怒りを買う落ち度が有ったのだと思います。そしてそれは最初は少人数の怒り・憎悪を発端とする正義感と億さんの言う所の排他観念、そして集団行動を求める人の習性が英火さんの言う群集心理へと発展して多人数による攻撃心を育てるのが学校でのイジメでは無いでしょうか。
私は正義を否定する人間です。
正義とは相対的な物で、かならず双方に有るものだと思っているからです。
逆に正義から来る攻撃心(正義の制裁)は「悪」であるとさえ思っています。
本来であれば、個人間のトラブル発生時に於いて、双方の正義を客観的に検証しお互いに反省と許容、そして謝罪が有れば大抵のトラブルは解決出来ると思いますしイジメに走る必要性も無いはずだと思えます。
ですので私が大切にしたいのは「善」と「和」です。

今の法倫理は一般人が普遍的に持つ正義感を考慮して一般予防論を取り入れていますが、法律の根底は善悪の判断基準により為されるべきで、実際基礎的な成り立ちはそうなっていると思いますし、だから特別予防論があるのだと思います。
また先進諸国のスタンダードは特別予防論をメインに置いていますので、日本はそう言う点でスタンダードに追いついていないとも言えると思えます。
功利主義は確かに合理の一環だとは思いますが、人間味と言うか暖かみが無くて個人的には余り好きな言葉では有りません。
これも学校のいじめで考えれば、クラスを一つの社会と見るならば彼らもある種の功利主義に則って一人の人間を制裁、排除しようとしているだけと言う側面も考えられますし。

尚、私が知っているQA型コミュニティサイトでの「死ね死ね世論」は質・量的に凄まじい物が有ります。
また、このブログや、他の犯罪者を取り扱ったブログなどのコメントでも死ね死ね系のコメントは少なく無いと感じています。
しかし、これは当然だとも思っています。正義心を持つ人間が多ければ、必然だとも思っているからです。
しかし倫理的観念では、どの様な攻撃心でも「悪意」として解釈するのが正しい姿勢だと思います。

投稿: Toshi | 2009年7月10日 (金) 21時31分

Toshiさんへ

私は、果たしてそれほど「死ね死ね世論・死ね死ね団」とゆうものが多いのかも疑問です。そして、その「死ね死ね」の感情的な根幹は、「いじめ根性」などと「快楽」からもたらされるものと決めつけるではなく、犯罪に対する「怒り」からもたらされるものと推考します。単に、多数派の衆愚的性質を皮肉る為に「いじめ根性」と用いたならば、見当違いのストローマンです。
ちなみに、世論調査によると死刑賛成の理由の多くは応報と一般予防的な理由になります。(もっとも、世論調査では「殺したいから死刑」とゆう回答欄すら無いから、どうとも言えないが。)

あと「倫理を熟考」と言いますが、その倫理は法の話で用いるならば、概ね規範倫理になると思いますが、死刑反対で用いる倫理は人道主義、死刑賛成が用いる倫理は正義(論)や功利主義であると何かで読みましたが、世論の多くが重視している「応報と一般予防」は、正義(論)や功利主義に適っていると思いますが?
「最も倫理を熟考している」と思われる倫理学者の場合、規範倫理学で言えば正義と功利主義を判断基準にしますが?
倫理学者でなくとも、死刑賛成の民意は、これらの倫理を直感的に推考した上での結論ではないかと思いますが?

投稿: クリリンの鼻 | 2009年7月10日 (金) 18時06分

クリリンの鼻さん(7月9日(木)17時40分)へ。害意の表れとして刑罰を位置付けるならば、死刑もその他の刑も同列にしか語れないと思います。「犯罪者と一般人が共に生きるための最小限の自由の制限」というしっかりとした理由付けがあってこそ、刑罰は許容されるものと考えます。先ほどの学校の例で言うと、憎悪に駆られて手を挙げるようでは教師失格、それは職権を濫用したイジメでしかないということです。

投稿: 英火 | 2009年7月 9日 (木) 20時49分

クリリンの鼻さん

初めまして。
英火さんの意見は私もちょっと飛ばし過ぎかなぁと言う気はしましたが、言いたい事は理解しているつもりです。
英火さんが言いたかった事は、死刑存置論者への批判では無く、昨今ネット上のあっちこっちで見られる「死ね死ね世論」を懸念して言っているのでしょう。
死ね死ね世論を形成する層の言い分を見ているといじめ根性が強く感じられるのは事実です。
つまりは一般予防説に余りに傾きつつ死刑を肯定する世論と言う事ですね。
今日本では8割が死刑賛成派と言われていますが、倫理を熟考した上で存置派を名乗ってる方はその中の何パーセントいるのでしょうね。いずれにせよ極々少数派だと思えます。

投稿: Toshi | 2009年7月 9日 (木) 20時02分

英火さんの文章は、

「監禁したいから懲役刑」「隔離すぬべき人間だから懲役刑」、こんな理由にもならない理由で刑罰を科すことに違和感を覚えないなんて、群集心理に呑まれた社会の典型です。外から見れば私たちの社会は、集団でイジメをする小学生とまったく同じ状態だと思います。


と言っているのと論理的に等しく、何も説明していない。
更にこれは、自分とは違う意見を劣位に落とし入れる為のストローマン(※)による論法。
実際には「殺したいから死刑」などとゆう単純な群集心理ではない。

死刑廃止派の中にも、しっかりと死刑存置論を理解している人も居るが、ごくごく少数の様で、残念だ。まともに死刑存置論
に反駁出来る死刑廃止派が増える事を望む。


(※)ストローマンとは、議論において対抗する者の意見を正しく引用せず、あるいは歪められた内容に基づいて反論するという誤った論法、あるいはその歪められた架空の意見そのものを指す。語源は仕立て上げられた架空の存在を藁人形に見立てたことから。そのまま直訳して「わら人形」「わら人形論法」とも言う。

投稿: クリリンの鼻 | 2009年7月 9日 (木) 17時40分

近代司法制度の刑法は主観的視点のもとに犯罪者の更生目的を主としている行為無価値論だと思っています。
そうすると単純に殺してしまうと更生されないわけですから裁判員制度導入で客観的違法論に尚も傾倒する流れの中で俄然と肉体刑を頂点とする刑罰体系が不動というのも疑問に思えるし刑法観念を理論上向上させようとしているならば刑事行政制度として死刑が存在し続けていることに遅滞感を抱きますので命の与奪権を国家命令で発動する刑罰(死刑)は廃止すべきだと思ってます。
個人的には人が人を裁く万能感に違和を感じますが法治国家として誰かが担わないとならないので職業裁判官が存在すると思ってますが、あくまでも更生刑であるべき近代刑法理論なはずであり、まして裁判員制度導入で人の命の与奪権に一票を投じさせ客観的な多数決で裁く困難を善として国民に強いるならば尚更廃止すべきと思います。
死刑存置派が8割強を占める世論を理由に国連人権擁護委員会の死刑廃止勧告、条約批准を突っぱねる日本の存置派意見の根源を形成するものが排他主義だと思ってます。
自分(社会)が到底受け入れられない凶悪事件の犯人を個として受け付けないから個の集団した社会から抹消するべきという深層心理があるからで防衛本能とか犯罪抑止力とは次元の違うものと思ってます。
外圧抜きの自主廃止を国家政策として望みたい。自主廃止ならば民主主義国家(イコール多数決ではあってはならない)として8割強の存置世論に対して代案の説明が必要になるわけで現在の有期懲役刑の最長が30年なので無期懲役刑の仮釈放の目安も30年に変遷していると思うので判決において仮釈放審議までの期間を予め定めれば良いと思うし現在の事実上の終身刑である○特無期懲役服役者の仮釈放申請を一切不許可という現行法の仮釈放制度の運用を浸透化させることで充分に排他主義(社会隔離)は為されると思います。
もちろん外国人の重大事件の一般予防に対する法律の改善も必要となるし被害者遺族への国家規模での具現的なケア対策も法制度化するべきだと思います。

また革新的で刑罰のバランスのとれた更生刑があれば限界的な長期収監という刑罰も不要だとは思います。
一方で個の排他主義とは別に社会契約論の観念から社会秩序維持のために隔離し続けておいた方が全体社会に有益な結果行為の事案犯もいるとは思います。

投稿: 億 | 2009年7月 9日 (木) 13時01分

Toshiさん(7月8日(水)04時59分)へ。私は、事件の被害者が加害者に大なり小なりの殺意を持つのは仕方がないことだと思っています。しかし他方で、その殺意を社会が汲み上げて実行に移そうとするこの国の現状は異常だとも感じています。

「殺したいから死刑」「死ぬべき人間だから死刑」、こんな理由にもならない理由で刑罰を科すことに違和感を覚えないなんて、群集心理(※)に呑まれた社会の典型です。外から見れば私たちの社会は、集団でイジメをする小学生とまったく同じ状態だと思います。私たち大人が感情を制御できてないのに子供にそれを求めているなんて恥ずかしい限りです。

(※)群集心理とは、フランスの心理学者ル・ボンが提唱した概念です。人々は集団的精神のなかで批判能力や個性を喪失し、個人だけではとても考えられない残虐なことも平気でやってしまうとされます。「群集心理」という言葉は、私やToshiさんがこれからもときどき使うと思いますのでマメ知識として(^^;。


億さん(7月8日(水)03時11分)へ。私にとって殺しても飽き足らない人間だとしても、ほかの誰かにとってはかけがえのない存在かもしれませんし、将来の可能性までは誰にもわかりません。人が人の存在価値を決めて処刑する、というのはとんでもない思い上がりだと思います。この日本がそういう裁判を行う国になろうとしているのが残念でなりません。


ABCさん(7月8日(水)15時28分)へ。お久しぶりです☆ 裁判の方、大変そうですね。なにかとお忙しいでしょうが、よかったらまた少しでもずつでも投稿してみてください、気分転換も兼ねて。心待ちにしています。

投稿: 英火 | 2009年7月 8日 (水) 21時59分

前回に引き続きマメ知識その2です。
議論の糧に、または裁判員制度の予備知識にと活用下さい。

だいぶ前になりますが、精神鑑定の必要性について軽く説明致しました。
また前回もチラッと精神状態の考慮と行為者基準説の関連を説明致しました。
再度、今回は精神鑑定に関連する予備知識を説明致します。

まず、話の根源は「違法性」とは何か・・なのですが、全てを網羅するとかなりの量になりますので割愛します。(詳細を知りたい方はwiki等を参照の事)
昔は結果無価値論を重視する刑法が標準だった為、行為や故意・過失の有無に関係なく「結果」だけで罪を決めていました。つまり「結果」だけしか見ないのですから、「誰が何故どうやってやったか」は関係無い訳です。
そうすると正当防衛はおろか「故意=悪意」が無い動物災害や子供の悪戯災害なども当然「結果」だけで罪の重さが決められる事になります。これを突き詰めると、動物どころか機械事故や自然災害でも「結果」だけしか見ない為、罪が問われる矛盾が出てきてしまうのです。これが古典派刑法学です。
そこで、責任主義と言う考え方が芽生え、行為無価値論を中心とした近代派刑法学へと法倫理は進化して来ました。
これは、責任の所在、故意・過失・責任能力の有無を考慮して結果よりも悪意の大小で罪を決めようと言うものです。
これにより責任の所在が無い場合は罪に問わないと言う原則が出来て、やっと動物災害、子供の悪戯災害、自然災害に罪を求める古典派刑法の矛盾から解放されました。

「結果よりも責任の所在・悪意の大小を重視」が近代道徳観念であり、それを無視した「結果だけ重視」は道徳観念の退化に繋がります。
また、倫理とは理論性が無いと全てのケースに平等な対応が出来ず、必ず不平等なケースが発生する為、倫理には理論と整合性が最も重視される点も注意する必要が有ると思います。

尚補足ですが古典派刑法で用いられていた「自然災害にも罪が発生する」考え方を客観的違法論、そして近代刑法の考え方を主観的違法論などと呼びます。
しかし、現在の法倫理の立場は微妙なねじれ構造が有り、実は現代の主流は「客観的違法論」と言われています。
しかし、実質的には主観的違法論と融合的な状態となっている為、用語区別の為に同じ様な意味合いの「結果無価値論」と「行為無価値論」が現状の客観的違法論の中で論じられる様になっています。

投稿: Toshi | 2009年7月 8日 (水) 17時31分

冠さん

武富士放火殺人事件に於いて死傷者が出なかった場合と言うのは非常に想像しがたいです。
まず、この事件では殺意の有無が争われ、結果的に未必の故意が認定されましたが、その根拠は主に「ガソリンを使用した」点です。
ガソリンを使っていなければ死傷者が出なかった可能性も有りますが、逆に未必の故意を立証する事も難しくなっていると思います。
以降はあくまで私個人的な推測です。
未必の故意を立証出来ず、死傷者も出ていないなら、有期懲役で5年程度だったかと思います。
未必の故意を立証出来て、死傷者がいなく重軽傷者のみがいた場合、強盗殺人未遂との観念的競合が成立するので多分懲役15年程度じゃないかなぁ・・と言う気が。

投稿: Toshi | 2009年7月 8日 (水) 17時26分

冠さん。
判例主義になってしまいますが結果行為として放火・爆破殺人で殺意の有無や死者の数に関係なく行為無価値論(結果より行為責任)から未必の故意の適用が拡大されると思います(死者1名でも死刑の境界となると思います)
そうなると弘前武富士放火殺人事件の場合で死者が出ていないと仮定すると罪名が放火殺人から放火殺人未遂に変わるとしても理論上は求刑死刑も有り得るのですが、今度は死刑事案の量刑を判例から導きますから死刑判例の中に死者なしの極刑判決は日本国憲法下では皆無なので求刑死刑は出ないと思いますし極刑判決も出せないと思います。

投稿: 億 | 2009年7月 8日 (水) 16時29分

英火さんすみません
かなり前になりますがABCのハンドルネームで投稿してたものです
久しぶりの投稿だったので自分が投稿したハンドルネーム間違えてしまいました
紛らわしくて本当にすみませんでした

投稿: ABC | 2009年7月 8日 (水) 15時28分

武富士放火殺人事件で犯人の死刑が確定していますが、あの犯人は殺意を否定していました。結果的に5人の犠牲者が出て死刑判決が下りましたが、あの場合、一人の死者も出なかったらどのような判決が下ったのだろうとずっとモヤモヤしてました。先程の私のコメントの補足としてです。

投稿: 冠 | 2009年7月 8日 (水) 09時16分

TOSHIさん、億さん。大変勉強になりました。放火殺人についてはモヤモヤしたものがあったのでスッキリしました。ありがとうございました。

投稿: 冠 | 2009年7月 8日 (水) 08時11分

英火さん

被害者が殺意を持つのは同義的に責められないとの事、心情的には理解出来ます。
一時感情的になって殺意が生じるのは多分、どうしようも無いです。しかし人は冷静になって殺意を消滅させる努力を持たないと道義に反する事になるかと思います。
少なくとも殺意を持ったまま相手を待ち伏せしたり武器を購入した時点で準備罪に問われますので理性を保つのは大切です。
「被告が死刑にならなければ私が殺しに行く」などの被害者発言は、厳密に言えば2ch殺人予告同様「威力業務妨害」「殺人未遂罪」に問われるべき反モラル的な行動です。
法治国家である事の意義には犯罪者に対する民間制裁を禁止・抑止する目的も含んでいますので、個人的に被害者が許される民間制裁は殺意を伴わない罵倒が上限かな・・って気はしてます。罵倒は心理攻撃と言う制裁ですが、被害者である事の酌量で十分に許されると思えるからです。
被害者は殺意を持って「当然」とする風潮は、被害者では無い民間人の殺意を持った罵倒を激しくさせました。
これは法治国家として過度な民間制裁になり得ると思います。
マメ知識ですが、民間制裁の禁止と言う倫理の発端は「ハンムラビ法典」にも見られます。
wikiを参照して頂ければ分かるとおり、「目には目を・・」は報復を正当化させる言葉では無く、過度な民間制裁意識を抑える為に出来た法典なんですね。

投稿: Toshi | 2009年7月 8日 (水) 04時59分

英火さん。
応報心は誰でも持ちますよね。それは否定できません。
私は自身がその立場になっても大いなる諦観心を持つのがベターなはずだと思ってます。
被害者遺族の心情には何の現状回復にもなりませが、やらないよりやったほうが良いわけですから国家保護の充実に税金投入すべきとも思います。
裁判員がハナから結果行為のみを重視して下級審で極刑乱発ならば高裁も余程のことがない限り制度走り始めは差し戻さないでしょうね。
職業裁判官ならまだしも裁判員が非常勤公務員とはいえ一般人が人の命を与奪する権利を与える国家になるんですね。
社会契約論に基づく排除主義ならわからないでもないですが…(私はこれも懐疑的です)

投稿: 億 | 2009年7月 8日 (水) 03時11分

Toshiさん(7月7日(火)13時59分)へ。結果的に人が死んだ場合の刑事裁判でも、過失致死の「罰金50万円以下」から殺人罪等の「死刑~5年以上の懲役」までピンキリですね。

でもご遺族の感情(≒国民感情)を判断基準にするなら、最低でも上記はぜんぶ絞首刑。死刑では生ぬるいというコメントもありましたが、過去の残虐刑がいつ復活してもおかしくありません。というか私なら、家族が強姦されればそれだけで犯人を殺したくなるでしょうし、彼女や妻の浮気相手さえ殺したい衝動に駆られるかもしれません。江戸時代には不義密通は死罪でしたので、浮気相手に殺意が生じたからと道義的に責められはしないと思って書いてみたのですが…。

ただし他方で、殺したい思うことと実際に行動に移すことはまったく別次元の話だとも思っています。国民が共感できる攻撃衝動が刑罰で、共感できない攻撃衝動が犯罪だとしたら、そんな国家はただの弱肉強食社会でしかありません。なので、攻撃衝動は刑罰を正当化する理由にならない、というのが私の考えです。

それにしても結果無価値論と行為無価値論の対立は理解が難しいですね。また時を見て勉強しておきます。

投稿: 英火 | 2009年7月 7日 (火) 17時49分

私の旧ハンドルネームと同名のabcさん(7月7日(火)12時21分)が書き込まれていますが、私とは別の方です。句点の使い方等違うので間違われることはまず無いでしょうが、ゴタゴタした後だけに一応触れておきます。昔からの方が戸惑われないように書いただけなのでabcさんも、気を悪くされないでくださいね。

投稿: 英火 | 2009年7月 7日 (火) 17時41分

冠さん。
大阪のパチンコ店放火犯で逮捕された人の動機にもよりますが過去の判例からすると放火殺人(未必の故意)で極刑相応ですね。
ドン・キホーテ放火殺人犯の場合は結果行為は極刑相応ながらも責任主義、罪刑法定主義のもとで裁判官の自由心証主義で情状酌量減一刑されているようですね。
単純放火とガソリン撒き散らしの違いは大きいということで今回の事案も裁判員制度で当然2択の評決になりそうですね。
abcさん。
不動産の民事裁判は刑事裁判と違い結果行為と判例が全てだと思ってます…確かに被告人質問での弁護士の不利な証言の切り返しかたは平然を装い上手にまとめますよね。台本丸暗記とは知りませんでした。

投稿: 億 | 2009年7月 7日 (火) 16時36分

冠さん

ドンキホーテの事件も今回のパチンコ店の事件も「現住建造物等放火罪」ですが、これは元々どの程度死傷者が出るか分らない事を鑑み、結果よりもその行為の悪質性を考慮して殺人罪と同じ「死刑、無期懲役、5年以上の有期懲役」と法定刑が定められています。
つまり理屈としては死傷者が一人もいなかったとしても死刑判決は有り得ます。
しかし実際の運用では殺人の意思など観念的競合が無い場合、検察自体が死刑を求刑しません。
なので、ドンキホーテの事件では被告の殺意を証明出来ない事から検察も死刑を求刑しませんでした。
今回のパチンコ店放火事件は容疑者が明らかな殺意を供述しているので殺人目的の観念的競合が発生し、検察も間違いなく死刑を求刑すると思います。
また、この判断基準に「実際の死傷者の数」は基本関係無いと思いますので、恐らく死傷者が出なかったとしても検察は死刑求刑するんじゃないかな・・と思います。
で、実際に死刑判決が出るかどうかには、やはり死傷者の数は関係してくるかも知れません。

投稿: Toshi | 2009年7月 7日 (火) 15時50分

裁判員制度に関しては私も色々な推測が有ります。
一番の懸念は兼ねてより私や英火さんが言ってる通り死刑判決の増大化を狙ってるのでは無いかと言う事です。
が、一方、激しさを増した厳罰化世論をかわす為と言う逆の見方も出来ます。
司法界の持つ倫理感に対してとかく世論との温度差などと批判的な風潮が出ている為、裁判員制度により「国民参加型なんだからもう温度差なんて言わせないぞと、でも実態は参加して貰って法倫理を理解して貰うだけだけどね」と言う私的には望ましい狙いがある可能性も有るかと思います。
また、もしかすると両方の意味合いが有って相互の歩み寄りを狙ってるのかも知れません。
いずれにせよ「守秘義務」が有る以上、真相は闇の中ですね。
いずれにせよ、
国民参加型だから民主的だ・・なのか、
国民強制参加+守秘義務だから非民主的だ・・・なのか
良く分らない制度です。

投稿: Toshi | 2009年7月 7日 (火) 14時14分

ようやく掲示板も落ち着いてきたようなので今回は、今後の議論をより有意義にする為にちょっとしたマメ知識を私の意見抜きで説明してみたいと思います。

人の命を奪う事件に関連する法律をざっと罰則の軽い順に抜粋しますと、
・過失致死罪(50万円以下の罰金)
・業務上過失致死罪(5年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金)
・自動車運転過失致死罪(7年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金)
・嘱託殺人罪・同意殺人罪(6ヶ月以上7年以下の懲役・禁錮)
・危険運転致死罪(1年以上の有期懲役)
・傷害致死罪(3年以上の有期懲役)
・殺人罪(死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)
・強盗致死罪・強盗殺人罪(死刑又は無期懲役)
(一部割愛)

ご覧の通り同じ「人を殺した」と言う結果が同じでも、状況によって罪の問われ方が随分違います。
これは結果よりも行為を重視すると言う事で、「行為無価値論」を基本に出来た法体系です。
次に死刑判決か否か等の微妙な量刑判断に於いては「何人殺したか」などの結果を重視する側面が有ります。
これは「結果無価値論」をバランス良く法体系に組み込んだ面と言えます。
遺族感情を判断基準に組み入れたのも、結果無価値論に基づくと言って良いと思います。

その他情状面を考慮する点に於いては、やはり行為無価値論、以前チラッと話題に出た「期待可能性(=犯罪者の心理を理解してあげる)」を法体系に組み込んだ結果であり、特に責任主義に於ける精神状態の考慮は期待可能性の行為者基準説が最大限に取り入れられた結果と言えます。

「結果無価値論」「行為無価値論」と言葉は逆の意味に受け取られる事が多い為注意が必要です。

以上の事から、現在の法体系や法倫理は、行為無価値論が主体となって構築されている事が見て取れます。特に殺人系の罪状には未遂罪や予備罪なども罰する物が有りますので、「悪意(=故意)」を最も「悪い事」とする価値観が法倫理に有ると言って良いでしょう。

上記の様な考え方は「罪刑法定主義」と「責任主義」に基づいています。
「罪刑法定主義」と「責任主義」はほぼ全世界の共通倫理です。
これらの価値観を否定するのは簡単ですが、独裁主義国家や共産主義では結果無価値論が重視される事が多く、民主主義国家では行為無価値論が重視される事が多い側面を推して計る必要が有ります。

投稿: Toshi | 2009年7月 7日 (火) 13時59分

裁判員制度と直接関係無い話しですが
不動産取引で民事裁判の原告被告を双方経験している側から素朴な経験談です
被告側の場合必ず証人喚問が有りますが、事前に弁護士と打ち合わせを重ね、質疑応答の雛形を何度も朗読させられ暗記します
当日裁判官に等に嘘偽り無く話しますと宣誓し、その内容通りの証人喚問が進みます
当然長い質疑応答の中には忘れてしまったり間違った答弁も入るのですが、そこは熟練の弁護士が方向性を修正しながら滞りなく終了します
まあ平たく言えば出来レースですね・・
裁判員制度も、お役所仕事のままごとで終わるんですかね

投稿: abc | 2009年7月 7日 (火) 12時21分

以前、ドン・キホーテ花月店に放火し、三人の死者を出した女が無期懲役を言い渡された記憶がある。あの事件は女に殺意がなく、精神を少し病んでいた背景があったのだが、今回の大阪パチンコ放火事件は明らかに殺意を持って放火した事件なので、死刑判決が予想される。この場合、例えば死者が一人の場合でも死刑判決が出るのであろうか?ガソリンを撒いて火を付けた段階では何人死ぬか、もしくは一人も死なないかわからないはずである。殺意を持って放火しても結果がわからない場合の死刑判決の判断基準が私にはよくわからない。

投稿: 冠 | 2009年7月 7日 (火) 08時55分

このブログのコメント欄を読んでもやはり、「自分の家族が殺されたらどう思うか」を基準に判断を下す裁判員が多い気がします。ということは単純な多数決で評決すれば、そのほとんどは無罪か死刑の両極端になってしまいそうですね。

でもいくらなんでもそれはマズい。そこで、少なくとも裁判官1名の賛成が必要という縛りをかけることであまりに非常識な判決は阻止できるようにした(しかも個々の裁判員の賛否や意見は非公開)。…という感じでブログ管理人さん(7月1日(水)16時03分)に教えていただいた情報を自分なりに解釈してみました。というわけで、死刑判決を下したい裁判官が裁判員を利用するための制度という感じがします。事実関係さえ確認できれば裁判員(の過半数)はどんなときでも死刑支持でしょうから。

あの〜さん(7月3日(金)18時58分)へ。新聞によれば伊藤被告の控訴審判決は8月の予定なのでもう少し先の話みたいです。

投稿: 英火 | 2009年7月 6日 (月) 23時30分

今日の伊藤玲雄被告の控訴審の判決を知ってる方いらっしゃいますか?

居たら教えてください。


お願いします。

投稿: あの〜 | 2009年7月 3日 (金) 18時58分

ここ1日2日、このブログへアクセス、書き込みしようとしても不都合が生じていました。もう直ったのでしょうか?

投稿: 冠 | 2009年7月 2日 (木) 20時02分

管理人さんへ。

記事に対するコメントを携帯から何度書き込んでも反映されないのですが、文字数制限や端末も関係しているのでしょうか。

また反映までに時間がかかるのでしょうか。

しかしこの質問が反映されていると携帯からというのは問題ないということになりますね。

投稿: | 2009年7月 2日 (木) 11時26分

みなさまこんにちは。
06/28 16:27の投稿者さんコメントありがとうございます。

裁判員制度についてのお話がありましたので、公式の記述ということで法務省の裁判員制度についてのページをみてみました。
http://www.moj.go.jp/SAIBANIN/seido/index.html
結構わかりやすいです。

これによると有罪かどうか(正確には有罪であればどの程度の刑かも)は多数決で決まるようです。ただし裁判員だけが有罪と考えても、裁判官(3人全員)が誰も同意しなければ有罪とはならないようですね。それが億さんが王様と言っていた由縁でしょうか?

有罪にするには多数決の上、多数側に裁判官、裁判員の両方が少なくとも1名が入っているのが条件のようです。多数決なので裁判官だけで有罪にすることはできないようですね(裁判員6人裁判官3名のため)。

裁判員早わかり
http://www.moj.go.jp/SAIBANIN/seido/gaiyou06.pdf

投稿: ブログ管理人 | 2009年7月 1日 (水) 16時03分

2009年6月28日 (日) 16時27分の名無しさん

いや・・それを管理人さんに話を振っても、管理人さんもどう答えてよいのか困るだけだと思いますが・・・

ちなみに、私も裁判員制度についてはwikiを紹介しようかと思っていた所だったのですが、2009年6月29日 (月) 01時19分の名無しさんが紹介されてるので一読してみてはいかがでしょう。

億さんの投稿は、「ユーモラス」と断りが付いた説明なので、つまりは、裁判員6名と職業裁判官、裁判長との協議の中で、「説得される懸念」を言ってるだけだと思いますが。
wikiにも書いてある通り、裁判官は基本、法律素人なのですから、プロの裁判官が「法的にこれは黒と証明出来る証拠ですね」と言えば、素人は「そういうものなのか」と納得せざるを得ない懸念って事でしょう。
なにせ、裁判員は「感情で裁いて良い」なんて制度では無く、きちんと法律に則って裁かなくてはいけない前提が有るのですから、「俺は法律わからないけど無罪だと思う」は通用しない訳で。

投稿: Toshi | 2009年6月29日 (月) 11時00分

裁判員制度の内容についてはWikipedia等で調べてみると良い。かなり詳細に記載されており、理解し易いかと思う。裁判員制度に限ったことでなく、司法・行政に絡む論議をされるのであれば、ある程度下調べをしておくのが良いやもしれぬ。知識は幾らあっても邪魔にはならぬ。但し、正確な知識を得るべく努めるよう。(知識はひけらかすものでは無く、人を助けるものである)

投稿: | 2009年6月29日 (月) 01時19分

ブログ管理人へ
億6/27の17時28分の文は酷いではないですか!
6人の裁判員が全員無罪を選択しても、裁判官(王様)が有罪判決を選択すると有罪は、でたらめです。
判決は、国民の中から選ばれた6人の裁判員と3人の裁判官で有罪かどうか、有罪ならどのような刑かを決める制度です。模擬裁判で無罪も出ました。
判決は紙に○×書いて投票、多数決で決めます。
戦後、日本国憲法に変わり、日本は民主主義の道を歩みました。三権分立の一つである司法には国民に民主主義を根ずかせる時間が必要だった。
ずっと海外からも、強い要望で日本の陪審員制度を始めるように、言われてきました。日本は小学生から憲法を義務教育で教えます。
戦後60年以上経ちました。
海外では、今でも義務教育では習わないから、自分の国の法律を知らない、という外国人がものすごく多いのです。
在日の方は最近学校で習うようになったとニュースで聞いて、あまりのずさんさに驚きました。
日本の裁判員制度は、日本の義務教育の成果にもつながります。
海外への立派なお手本になると、私も思いました。
司法が私たちの権利になったのだから、しっかり考えたい。普通の日本人として。

投稿: | 2009年6月28日 (日) 16時27分

気持ち良くわかります。残酷な事をしたのだから同じような苦しみをあじあわせたい。何時来るか分からないからこそ『死刑』の意味があるのではないでしょうか?私はそう思います。偉い先生方には死刑を廃止して終身刑導入と言っておられる方がいます。もし、自分達が被害者&被害者家族になったらドゥなるのでしょうか?そこを偉い先生方に議論して頂きたいです。

投稿: ゆりかご | 2009年6月28日 (日) 14時36分

私は死刑存廃では「どっちでもいい派」です。
根幹の価値観の違いで、どちらにも傾けるかなと考えています。
「人権」にしても、この言語を過大評価する事も出来れば、過小評価する事も出来る。
人権を自然権と評価するのも、幸福追求権と評価するのも、アンチ人権的に評価するのも、価値観によるものがある。国際的には自然権と評価されているところもあるが、自然権とゆう評価は矛盾や危険性が指摘されているとゆう理由で幸福追求権と評価する人も居るし、そもそも人権を崇高なものとして扱う意味が無いとゆう人も居る。
どの評価が正しいとゆう訳でもないのだから、人それぞれの信仰・思想・倫理観による。

犯罪抑止効果についても実証レベルでは「有るとも無いとも言い切れない」とゆう状況なので、「有ろうが無かろうが死刑は反対」とゆう価値観も別にいいと思うし、「無くても死刑廃止する必要もない」とゆう価値観も別にいいと思います。

とゆう、かなりいい加減な感じです。

投稿: オッカムの剃刀 | 2009年6月28日 (日) 01時26分

ゆりかごさん
確かにゆりかごさんの言う通りだと思うよ。
だから、俺は死刑に反対なんだ。死刑=死という罰を受ける
でも、本当にそれって対価(言い方変かもしれないけど、ほかに言葉がみつからないw)なんかな?って感じるのね。死ぬよりもっとつらい苦痛を味合わせたいってのが、俺が被害者・被害者家族だった場合の思い。考えたくはないことだけどねw
でも、もしかしたら、加害者になるかもしれない。前に英火さが言ってたみたいにね。誰にでもある可能性だと思う。
で、そうなった場合、もちろん、俺も受け入れるよ。死ぬよりつらい苦痛とかっていう刑をね。
死刑執行(法としての殺人)して終わりなんて、納得できないしね。
ただ、俺がいってる上記のことは、冤罪や誤認逮捕とかってのを抜きにした前提の話ね。

英火さん
ごめんw「人権意識が高くない日本だからこそ」って書いたけど、投稿: 英火 | 2009年6月27日 (土) 12時38分のレス読んだら、俺矛盾してるかもって思ったわ。
なんていうか、人を裁く立場になるってのと同時に「自分」ってのを(裁判員制度で)試されてる気がするよ。ちょっといろいろ調べて理解しなおしてみますわw
あとアドバイスどうも。なんか、そうみたいね。
前にレスしたけど、はじかれたみたいだから気を付けるよ^^

投稿: 小学5年生 | 2009年6月27日 (土) 20時10分

裁判員制度をユーモラスに書きますと…
公判前整理手続きで判決を出す裁判官と取り調べから継続する検察官と弁護側が打ち合わせをして争点を裁判所(判決を出す裁判官)に提出します(答案用紙作成)
公判では双方の主張がされます。
(答案用紙へのヒント)そして判決(採点)となります。
6人の裁判員が全員無罪を選択しても裁判官(王様)が有罪判決を選択すると有罪です。
つまり秋葉原事件は制度対象外ですけど心神耗弱が争点(でしょう多分)として裁判員全員が心神耗弱を認めて減一刑判決を選択しても争点を提出させた裁判官が心神耗弱を認めなければ判決が覆ります。
なので死刑判決になるまで帰れないことは(王様がいる限り)ないです。だから評決内容は死ぬまで喋っちゃダメですよということなんでしょうけど…死ぬまで絶対秘密にしとくという意識自体が重荷に思えるのは私だけでしょうか(子供の頃読んだ王様の耳はロバの耳は何だったんだろう)

投稿: 億 | 2009年6月27日 (土) 17時28分

ほぼ、同じ内容を投稿してしまいましたゴメンナサイ。寝不足で若干認知症気味です。

投稿: ゆりかご | 2009年6月27日 (土) 17時02分

小学5年生さんへ 正直まだ、迷っています。かといって、女子高生コンクリート殺人事件のような自分勝手な犯罪を許す訳には行きません。この犯人達は、当時の少年法によってとても短い刑罰で出所しています。しかも、出所後この事件を脅しに使っています。事件現場近くの飲食店で面白可笑しく事件を語った犯人もいるそうです。ご遺族には大変つらく苦しい事だったと思います。私が悩んでいるのは、死刑囚になって辛く苦しい想いをするのではなく何故自分の心や欲望を制御出来なかったのか、何故自分自身に強くなれなかったのか、それが出来れば、死刑囚にならずに済んだって所なんです。冤罪の事もあります。やってもないのに罪を認めろと言うのも酷な話です精神が崩壊した人も居るそうです。そう言うの凄く辛いです小学5年生さんはどう思われますか?

投稿: ゆりかご | 2009年6月27日 (土) 16時58分

億さん(6月26日(金)01時04分)へ。公判前整理手続について少し調べてみましたが、私のイメージと全然違っていました。検察官と弁護人の間で合意事項を確認する作業ぐらいに思っていましたが実際のところは、裁判官の職権で証拠調べの請求を却下等を行う非公開裁判ですね。数日で終わる公判廷など、億さんの仰るとおり結果が見えた出来レースに過ぎないかもしれません。

小学5年生さん(6月26日(金)10時09分)へ。「人権意識が高くない日本だからこそ」ですか、そうかもしれません。

経営感覚という言葉がありますが、ああいう感性はしっかりした基礎知識と下積み時代があってこそ発揮されるものだと思います。裁判員に求められる人権感覚(または法律感覚)もこれと同じで、先人の思想を受け止めたうえでの判断じゃないと信頼に値しないと考えます。単に素人感覚に合わせるのが市民参加だというなら、それは文明退化と同じです。裁判員制度を考えた人たちは、推定無罪や責任主義が市民感覚に否定される事態まで想定して制度を開始したのでしょうか。もしそうなら彼らもまた、それなりの人権意識だったと言わなければなりません。というわけで、私たちのいまの教育レベルではまだまだ準備不足もよいところだというのが正直な感想です。

それから余計なお世話かもしれませんが、相手や場面によって文体を変えるのがよくない結果を招いているように見えました。私の経験上、「相手がどうであれ、自分は他人をバカにした態度をとらない」と頭のなかで決めておいた方が結果的に、自分の気分を害すことも少ない気がします。掲示板の雰囲気も壊さなくて済みます。

投稿: 英火 | 2009年6月27日 (土) 12時38分

果たして裁判員制度によって死刑判決は増えるのか減るのか、、、秋葉原事件に当たった裁判員は死刑判決以外に考えられなく、家を出る時から死刑判決を下す事が決まっている訳で、、、万が一、裁判員全員が無期の判決を出してもその判決は通るのでしょうか?上告して覆されるのが目に見えていますよね?もしくは君たち間違ってる。これは死刑だよ!と説得され続けるのでしょうか?死刑判決を出すまで家に帰さないぞ、などと言われたりして、、私にはあらかじめ量刑が決まっていて、全員それに従わされ、裁判員が死刑判決を下したのだから民意だろ?という穿った考え方が頭を離れません。普通に考えればムチャな制度です。

投稿: 冠 | 2009年6月27日 (土) 11時20分

小学5年生さんへ 今の気持ちとしてはまだ結論を出し兼ねています。確かに冤罪や死刑判決ありきは良くないと思いますが、自分の欲望の為になんの罪もない人を殺めるのは、どうかとも思います。私も2人の子どもがいます。もし、自分の家族が殺人事件に巻き込まれたら被害者家族として死刑判決を望むと思います。最近、女子高生コンクリート殺人事件のサイトを見て凄くむかついています。犯人は出所後この事件を使って恐喝事件を起こしています。それに、事件現場近くの飲食店で面白可笑しく事件を語った犯人もいたそうです。ご遺族にはいたたまれない事です。こう言う犯人は死刑判決が望ましいと思います。小学5年生さんはどう思われますか?

投稿: ゆりかご | 2009年6月27日 (土) 05時49分

冠さん。
人間は良くも悪くも順応性があるから裁判員に選ばれ、その時が来て被告人と対峙し証拠書類などから3日で被告への処罰感情が芽生えるかもしれませんね。
新聞記事などでは最初から処罰感情を抱いている裁判員候補者もいるようで…この辺りが問題かなと。

投稿: 億 | 2009年6月26日 (金) 22時29分

冠さん。

私も気持をしっかり持っていなければ、極刑の判決を下した重圧がトラウマになる事を懸念しております。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月26日 (金) 21時22分

私の身の回り、誰に聞いても知っている人に裁判員の連絡が来たという人がいません。正直、リアルに感じられないというのが一般人の意見だと思います。ある日突然通知が来て、3日程度で自分にはなんの感情もない人間に死刑を言い渡す事に無理を感じます。

投稿: 冠 | 2009年6月26日 (金) 20時28分

近日の荒廃した掲示板の中で当初から私達は或る推定の人物が別人格に変遷していくのを推認させられてしまい複数人格で、俗にいう1人2役、3役の疑念と連携した助長者の存在への疑念を持たざる得ない状況になりました。
真実か否かは本人と管理人さんのみ知ることであろうから…
私達の主張する推定無罪の原則は掲示板でも同じであるべきという結論からその推定の人物に最大限の思いやりを持って逃げ道を作ってきたつもりです。
気持ち新たに再投稿の小学生さんには申し訳ですが、その推認が誤認と信じられるまで、また読み手がスルーすることも議論相手を選ぶ自由もありますから板全体の雰囲気(肩凝りさんや新之助さんへの中傷)も含めてレス返するべきか考える時間を頂きたいと思います。

投稿: 億 | 2009年6月26日 (金) 15時05分

億さん
>よく読んでないけど(略
よく読まないで、書き込みに返事するのは相手に失礼だと思うよ?

英火さん
日本にも陪審法は存在しているよ?ただ今は凍結されてるけどね。
戦前・戦後で状況や考え方、国際的な取り組みとかから、陪審法を解凍できないんだと俺は思うけど。
裁判員制度にしても、むしろ、人権意識が高くない日本だからこそ、採用された制度だと俺は思う。

ゆりかごさん
俺はゆりかごさんと逆で、死刑反対派なんだけど、レスを読むと、色々読んで知っていくうちに考えが揺れているって受け取ったんだけど、よかったらその変化というか、考え(悩み?)を教えてくれないかな?

投稿: 小学5年生 | 2009年6月26日 (金) 10時09分

英火さん。
色々な問題が出てくると思いますけど裁判員制度が発車してしまいましたね。
非公開の公判前審理で争点を決めての集中公判ですから予め方向性(ストーリー)が明確になってますよね。
中には…買収される裁判員も出てきたりして。

裁判員に召集されたら、私は死刑廃止論者なので思想信条のもと死刑判決は出さないし、人を裁くつもりもないので無罪判決しか出しません。
と書いて返信します。

多分、諦めて(呆れられて)くれるでしょう。

投稿: 億 | 2009年6月26日 (金) 01時04分

億さん(6月25日(木)02時00分)へ。刑事裁判も対審構造である以上、被告人に有利な事情を考慮するのは本来は弁護人の仕事で、被告人以外の全体利益のためだけに検察官が求刑し論証するのはある程度は仕方がないことだと思います。なので、検察官の自制心に行方を委ねるしかない裁判員制度の現状を甚だ心許なく感じています。いまの日本国民が中立性を持って殺人事件を判断できるものなのか、司法関係の方々にはもう一度考えて頂きたいです。

ゆりかごさん(6月25日(木)12時19分)へ。巷では、「市民感覚で裁けばいい」みたいなことも言われているみたいです。でも、絵画など芸術の分野(ひとりの世界)ならともかく、なんの基準も示されないまま他人を傷つける判断を感覚的にやれ、と言うのはいくらなんでも無責任だと思っています。極刑を下す自信がないというゆりかごさんの気持ちもよくわかります。

投稿: 英火 | 2009年6月25日 (木) 21時33分

>>管理人様

ただ読んでいるだけで要望するもの悪いかと思ったんですが、書かせていただきます。
掲示板というには此処は読みづらいと思うのですが…
順を追って読むには下から上に読まなくてはならない。
コメント欄を利用した物でなく、掲示板用にCGIを組み込むかレンタル掲示板を使用したほうが見やすくなると思います。
どうかご一考を。

投稿: | 2009年6月25日 (木) 21時21分

初めてレスします。偶然、このサイトを見つけました。今までは、死刑制度に賛成でしたが、最近、色々考えるようになりました。いずれ、裁判員として犯罪者を裁かなくてはいけない。果たして自分に極刑を下せるか自信がありません。死刑囚についての本を沢山読みました。執行を待つ身、執行する側共にかなりの精神的に負担がかかるようです。凶悪犯罪の抑止力になると言ってはいますが、近年を見ていると余り、なっていないような気がします。

投稿: ゆりかご | 2009年6月25日 (木) 12時19分

私の敬愛する投稿者、元祖何様さんも初めは名無し投稿でした。とあるコメントに読者から『おまえ何様だ』と言われ、それでハンドルネームを元祖何様とされた経緯があります。主義主張を述べた時、意見が合わない、上目線など読者がカチンとくる事もあり、反感を買うこともあるでしょう。私も土建屋さん同様、このブログにて知識のある方々に勉強させて戴いております。今回の荒らしにメゲず頑張って下さい。基本的に荒らしが増えると私はコメントを差し控えます。知識がないゆえ、それが呼び水になっても皆さんにご迷惑をお掛けしてしまいますから。ここ1日、健全なブログに戻ってホッとしてます。

投稿: 冠 | 2009年6月25日 (木) 08時46分

英火さん。
裁判員制度にかかる中大教授刺殺事件で、もし無期懲役が求刑されたらば(そんな感じがします)裁判員制度は刑事裁判に日本国民の性質は向かないと思います。
それが先々の裁判員制度で死刑になるならば国家私刑という話しですね。

投稿: 億 | 2009年6月25日 (木) 02時00分

また謝っている人がいますが謝っている以上は許しますよ。
今回はコメント拝見させて頂きました。
これで、幾らか全体の辻褄が合いました(@さんと15:13さんだけが2重投稿の推認ができませんでした。大体は文体の特徴や文脈や主張で判りますが)
15:13@さんのコメントの内容は15:13@さんの人柄の良さを感じます。
Toshiさんが仰る通りで、例え15:13さんが主張のない投稿だと思っても、お互いに真剣に考えていきましょう。
また投稿待ってます。

投稿: 億 | 2009年6月25日 (木) 01時41分

みーくんさん。
他意が無いとの事でしたので、私も他意無く率直にレスさせて頂きます。

>先に述べている様に、その指摘こそが誹謗中傷、或いは批判へと発展させるのではないかな?

マナーを崩す行為を「指摘」するのは誹謗中傷に当たらないと思いますよ。
例えば、自作自演が疑わしい時に
「こいつ自作自演だ、痛いやっちゃ」←明らかに誹謗中傷ですね。
「同一IPの様ですが、同一人物では有りませんか?違っていたらごめんなさい」
←これなら指摘でしょう。
そして、その指摘に過剰反応する発言は管理人さんによって削除されるかと思いますので、問題ないと思いますよ。


>そもそも小生は、誰の如何なるレスでも誹謗や中傷とは捉えない(例外として、言葉を借りたレスに誹謗中傷を指摘したが)。

みーくんさんが寛大な方だと言う事は分かりました。
しかし、常識として「誹謗中傷」と言う単語が有る意味を理解して欲しいと思います。

>引用ばかりで申し訳ないので割愛するが、何時かの誰かのレスに「感じたこと=感想」とある。
>自分はこれに同感である旨を、明確にこそしてはいないが表現している。

全てが「感想」で許されるならばマナーの確立は不可能になります。

>これは、以前にも言ったようにハイコンテクストとローコンテクストを理解し、ここが議論の場であり誰もが「議論出来る」という前提、及びリテラシーを理解しているからだ。

指摘が判然としないのですが、今はハイコンテクストな状態とは言えませんよね?
ハイコンテクストなら、それはそれで良いのですが、私が思うにハイコンテクストを実現するには、ある程度のローコンテクストが確立されないと無理だと思っています。
極論を言えば、知らない他国語で議論など出来ないのですから。
ですのでそう言う意味では、私はハイコンテクストな議論の場を求めるが故に知識の共有が必要と言う側面で参加していますが。
また、みーくんさんが言う「リテラシー」と私の言う「リテラシー」に違いが有ると感じます。
リテラシーと言う物はあくまで概念でしか有りませんが、それでもそれなりの定義は有ります。
以前名前任意さんが指摘されていた読み書きに関してはメディアリテラシーの定義の極一部で有りますし、みーくんさんが言ってるリテラシーはネットリテラシーに近い側面が有ると思います。
仮に、ネットリテラシーに則して考えるならば、「読み手が記事を選択する」テクニカル面もネットリテラシーの定義の一部であり、これさえも認識されていなかった風潮を感じていましたが?


>また管理人の偏った意見についても、そういった意見に於いては、「管理人」としてではなく「一参加者」としてのレスであるべきだと考える。
>確かに、管理人がここのルールである事に代わりはないが、あくまで「管理者」であるからだ。
>だからといって、管理者は意見が言えないのか。と言われればそうではない。
>まず、念頭に置いて欲しいのは、「この場」が掲示板であるという点。
>管理人が一個人としての意見を述べるのであれば、掲示板ではなく「記事」として書くべきだと考えるからだ。
>或いは、管理人が議題を提起した上で、「一個人として」議論に参加するというのも悪くないかもしれない。

これは私では無く管理人さんに向けて言った方が良いのでは?
私は自らの経験に基づき管理人さんへ進言しました。
みーくんさんも思うことが有るならば、管理人さんへ提言すれば良いと思います。
その上で最終的にどうするかは管理人さんが決める事です。
ただ個人的には管理人が一般参加用のハンネを用意するのは有効だと思いました。
私も自管理下に於いてはそうしてます。

>また「参加者をネタ」にした話題に関しては、過去に名無し批判をし、荒らしを煽動とも取れる言動を鑑みれば、お互いに反省すべき点は多いと思われる。

そうですね。
>以前私も不特定多数または不特定個人へ挑発的と受け取られる発言をした事実も有りますが、議論に引っ張り込みたい思惑からだったと釈明し、今後そう言う事はしないと断言しました。

と前述した通り認識していますし、反省したからこそその様な行動を最近は慎んでいるとご理解ください。

また正直な所、みーくんさんの投稿はスルーしようかとも少し悩みました。
そろそろこの辺のレベルの話題から離れませんか?

投稿: Toshi | 2009年6月25日 (木) 01時23分

億さん(6月24日(水)10時16分)へ。裁判員制度…、一体どうなってしまうんでしょうか。長い年月をかけて積み上げた法理論等を全部チャラにして0から「あなた達の自由に裁いていいですよ」とやってしまえば、好き嫌いの度合いで判決が下されても仕方ありません。しかも、裁判員は判決文に署名すらしないそうです。議論の内容ももちろん非公開ですから、とても理屈や理論が通るような場所ではなさそうです。はっきり言って匿名掲示板以下だと思います。中大教授刺殺事件、数年先なら求刑されるのは死刑だったでしょうね。

そもそも、日本のようにまったくの素人に量刑判断をさせる国が他にどれほどあるのか疑わしいと思っています。たとえばアメリカ、イギリスの「陪審員」は無作為抽出ですが、陪審員が判断するのは有罪・無罪だけです。従って陪審制は、検察側が素人でも理解できるほどに有罪を証明できたかを試すための制度です。ドイツ・スウエーデンなどの「参審員」は量刑判断にも加わりますが、彼らは政党の推薦などで有識者のなかから選ばれます。任期も数年、再任もありです。なので、日本のようにまったくの素人がなにも学ばないまま片手間で裁判に参加するわけではありません。

というわけで、必ずしも諸外国をマネする理由はありませんが、歴史的な経緯からしても諸外国に比べて人権意識が高いとは言えないこの日本で、なぜこんな無謀な制度が生まれたのか、理解に苦しみます。

投稿: 英火 | 2009年6月24日 (水) 19時56分

6月24日(水)15時18分の方へ。「組織内で犯罪の計画を知ったときはこれを内部告発すべきだ」。道徳観念としては私もこれを支持します。しかし、もし告発しなかったとしても、そのことが彼の危険性の表れだとはとても言えません。その者には犯行(法益侵害)の意思が無いからです。というわけで、前田雅英さんの考え方のおかしいのは、本来は刑法の守備範囲ではないモラルや価値観の部分まで刑罰でコントロールしようとするところだと思います。それから、私は前田さんの刑罰観の一部を問題にしているのであって、彼の全人格を否定しているわけではありません。その点だけ理解していただければ嬉しいです。

投稿: 英火 | 2009年6月24日 (水) 19時52分

15:13@さん

カミングアウト、非常に敬服いたします。
やはり人間ですから、売り言葉に買い言葉への衝動を抑えたり、悪意に対して悪意で答えたくなる衝動を抑えるのは正直大変だと思います。

どの様なレベルの争いでも必ず双方に「正義」が有りますので、どちらが正義なのかの追求は不毛になる事が多いと思っています。
(そう言う意味で、英火さん話題のハリウッド系映画の様な片方の正義と対極が悪と言う構図はファンタジーでありエンターテイメントでしか有りません。)

その中で、お互い「善」の追求だけは忘れない様に頑張りましょう。

私も正直「カチン」と来る発言も有りましたが、自分の中で湧き上がる「悪意」を排除して冷静になる様に自分に言い聞かせていた側面も有ります。
これが最終的に理性を鍛える事に繋がると思っていますし、15:13@さんの様に自分の心理を見詰め直す事が出来る事も理性を鍛える大切な事だと思います。

やはり人間は自分の中の悪意を素直に見詰めるのが難しく、自分への言い訳を用意して正当化させる傾向が強いです。

きっと私が今まで類似する主張をして来た事が、特に「自分の中の悪意の存在を否定したい人」に反感を買った面も有るかとは思いますが、願わくばこれを一つの機会として、一連の投稿を繰り返して来た人々にも自分の心理を見詰め直して貰いたいと思います。
別に責める意味では無く、そうして頂ければこれまで理解出来なかった私や他の方々の主張の理解も深まり、その上で反論も含め建設的な議論が出来るかなと思います。

投稿: Toshi | 2009年6月24日 (水) 17時37分

敵意や批判と受け止めらない様に、一つの意見として他意がない事を前途して。

Toshi氏へ
(以下引用)不審に思った読み手の誰かが調べて指摘する様になると思います。(以上引用)とあるが、これではイタチごっこの様に思える。
先に述べている様に、その指摘こそが誹謗中傷、或いは批判へと発展させるのではないかな?
そもそも小生は、誰の如何なるレスでも誹謗や中傷とは捉えない(例外として、言葉を借りたレスに誹謗中傷を指摘したが)。
引用ばかりで申し訳ないので割愛するが、何時かの誰かのレスに「感じたこと=感想」とある。
自分はこれに同感である旨を、明確にこそしてはいないが表現している。
これは、以前にも言ったようにハイコンテクストとローコンテクストを理解し、ここが議論の場であり誰もが「議論出来る」という前提、及びリテラシーを理解しているからだ。
故に、結果として生じた論争が中傷合戦だとも思わない。

また管理人の偏った意見についても、そういった意見に於いては、「管理人」としてではなく「一参加者」としてのレスであるべきだと考える。
確かに、管理人がここのルールである事に代わりはないが、あくまで「管理者」であるからだ。
だからといって、管理者は意見が言えないのか。と言われればそうではない。
まず、念頭に置いて欲しいのは、「この場」が掲示板であるという点。
管理人が一個人としての意見を述べるのであれば、掲示板ではなく「記事」として書くべきだと考えるからだ。
或いは、管理人が議題を提起した上で、「一個人として」議論に参加するというのも悪くないかもしれない。

また「参加者をネタ」にした話題に関しては、過去に名無し批判をし、荒らしを煽動とも取れる言動を鑑みれば、お互いに反省すべき点は多いと思われる。

投稿: みーくん | 2009年6月24日 (水) 17時26分

>15:13@ さん
正直にありがとうございます。このような雰囲気で名乗りでるには勇気がいったと思います。これにこりずいつでも15:13@ さんとしてコメントをお願いします。

>Toshiさん
詳しい補足をありがとうございます。当方はそこまでネットに明るくないため大変助かっております。判断の参考にさせていただきます。

さて、Toshiさんの言われるようにブログ管理人だけで全てを管理するのはあまり現実的ではありません。同一IP、ことなるIPからの自作自演など…しかし結果的に中身のある掲示板になっていれば、それはそれでいいのかなとも思います。IPよりも大事なのはコメントの中身ですよね。皆が頷けるような、もしくは考えさせられるコメントならば自作自演でもむしろあっぱれというような気もします。奨励するわけじゃありませんが…(笑

掲示板についてもまだまだ皆さんの忌憚のない意見を募集しております。よろしくです。

投稿: ブログ管理人 | 2009年6月24日 (水) 16時48分

さらにごめんなさい。
管理人さん、皆さん申し訳ありませんでした。
15:13と@は同一人物でした。
@の立場では意見はしないことになっていたのですが、皆さんの意見に対する誹謗中傷コメントが見受けられるようになり、@ではなく仮の姿として性格を変えた感じで意見してしまいました。
この掲示板を憂うあまりに始めたことですが、結果的に自分が誹謗中傷しているレベルまで到達してしまったことは否めません。
これが犯罪心理の一部と思うとゾッとします。悲しいことです。
管理人さんの今回の決断で、私はもとどおりこれから書き込みは控えますが、みーくんさんに一言付け加えさせてください。

足利事件は再審決定されたので、「なぜ冤罪が起こったのか」はこれからニュースを追っていった方が、私に聞くよりずっと正確にわかると思います。
以上です。
本当にご迷惑をおかけしました。

投稿: 15:13@ | 2009年6月24日 (水) 15時57分

管理人さんへ

IPに付いてもう少し具体的に述べさせて下さい。
みーくんさんご指摘の様に別人でも同一IPになる可能性は有りますが、その場合、DNS逆引きでプロバイダを調べると有る程度の判別は可能になります。
主に、ケーブルTV系と法人系のIPだった場合、別人の可能性が高まると思います。
逆に、異なるIP、異なるプロバイダからの投稿でも自作自演の可能性は大いに有ります。
しかし、それらを管理人さんがいちいち検証するのは非常に手間が掛かり現実的では有りません。
ですので、「IP公開」を提案しました。
そうすれば、不審に思った読み手の誰かが調べて指摘する様になると思います。
(ただブログシステムの機能上IP公開が不可能な場合の代案が無いのですが・・)

また、みーくんさんご指摘の「中立」に付いてですが、私は余り気になさらなくても良いと思っています。
冷静な議論の上で、管理人さんの一方へ偏った意見を述べるのも有りだと思いますし、不毛な誹謗中傷合戦では中立どころか両成敗切捨てで良いと思います。
もちろん、一方的な誹謗中傷に対する姿勢も管理人さんの意見に賛同します。
いずれにせよ、「参加者をネタ」にした話題では無く、「犯罪問題をネタ」にした掲示板で有る事を望む次第です。
その上で熱い議論が出来ると良いですね。

投稿: Toshi | 2009年6月24日 (水) 15時53分

前田雅英先生は、グループ等の組織犯罪に対して、考えておいでです。例えば組織内で殺人事件があったとします。
これを犯行前に知っていて、警察に通報しなかったら、実行した人以外の、犯行計画を知ってた段階の人も、処罰対象にした方が良いのではないか、とおっしゃってます。
犯罪被害者や国民の意見を通して考えている、と述べられています。
英火の文は、前田先生のおっしゃる、法は国民の意見で作られる、そこも書かないでいるから全く信用出来ない。

投稿: | 2009年6月24日 (水) 15時18分

>みーくんさん
ご質問ありがとうございます。
同一IPですが、自分も少し調べました。同じ建物だったり同じプロバイダだったりすると赤の他人でも同一IPアドレスになることはあるようですね。なので対処としては「自作自演などの荒らしの判断材料にする」程度でしょうか。無条件で同一IPを非公開、削除にすることはありません。ただまあ、短時間での同一IPによるコメントや一つの意見、誰かの意見に対して執拗にコメントしていると、「自作自演」と考える可能性は高くなると思います。

問題箇所の削除についてですが、
子供が喧嘩する時のような捨てゼリフぽいのとか、人をおちょくるような言葉がある時ですね。削除した箇所は「不適切と思われるため削除しました〜」などの但し書きをつけます。どこまで削除したかなどは管理人を信じていただくしかないのですが、削除するのはよっぽどのことだと思っていますし、文脈が損なわれる程の削除をしなければならない時は最初から非公開にすると思います。

自分のコメントがいつまでも公開されない、という時は「丁寧な言葉使いにする」とか「挑発するような文を削除してみる」と公開されると思います。


管理人としましては、みーくんさんのように色々指摘していただくと大変参考になります。皆様もなにかありましたら、できる限り善処していく所存ですのでよろしくお願いします。

投稿: ブログ管理人 | 2009年6月24日 (水) 15時07分

英火さん、ありがとうございます。

近代刑法における刑事裁判の目的は私も犯罪者更生(犯罪予防)と公共社会の回復(社会秩序維持)だと考える人間です。
そして贖罪心を芽生えさせることと考えてます。
となると殺してしまうと贖罪できませんし、更生もできないという終点にたどり着くわけです。
これも死刑廃止の一つの理由です。

昨今の刑事行政は国民世論の厳罰化に迎合していながらも、その適用範囲は90年代は慎重だったと感じます。今は広範に適用されてきているとも感じます。被害者参加制度(これは良いシステムだと思います)で、更に広範して今後の裁判員制度で重刑乱発が予想され刑事裁判の原則は前・近代と変わらないですから…ある意味、刑事裁判のあり方自体が大きく変わるのでしょうね。
裁判員制度が適用される中大教授刺殺事件についてはどうですか。
これは東京地裁が早々に被告人を精神鑑定にかけて恐らく責任能力アリのお墨付きを付けて裁判員制度に預ける形になるのですが、恩師殺害という日本人の忌み嫌う事案ですから通常判例より重刑が予想されます。検察も便乗して無期懲役ぐらいは求刑してきそうですね。

投稿: 億 | 2009年6月24日 (水) 10時16分

管理人氏へ
(以下引用)
掲示板の雰囲気も大事にしたいと思っております。もう少しいい雰囲気になるよう、場を乱すコメントは承認しない可能性があります。また、問題個所を削除して公開する可能性もあります。同IPアドレスからのコメントは公開に時間がかかり、複数の異なる意見はどちらか片方の意見のみになる可能性があります。(以上引用)

この件に関してですが、現在のインターネット社会では、その特性上、全くの他人でもネット環境次第では同IPになる可能性は0ではありません。
中身のある内容の書き込みでも、「同IP」というだけで選別されるのは、書き込んだ本人も選別の理由を把握出来ないまま不本意な結果になると思われます。
また、「別人でも同じIPがありえる。」等(ネット常識・或いは専門知識)という知識を誰もが同じように持っているとは考えられず、それを指摘するコメントもないとは言い切れないと思います。
更に、あるツールやアプリケーション(更には、媒体(PC)操作によるIPの変更)の使用により、IPの操作(変更)が可能です。

この辺りについてどうお考えか、聞かせて頂ければ幸いです。

また、問題箇所の削除を行い、公開になる可能性を示唆していますが、それにより書き込み自体の文脈、或いは内容・投稿者の本意が損なわれる等の問題はないのでしょうか?

管理人がここのルールである事は理解していますが、こと掲示板内に於いては、管理する立場上「中立」であると考えています。
(以下引用)掲示板をのぞく全ての人に益あるような場になればと思っています。(以上引用)と謳っている様に、全ての人に益であるようにと思っての質問ですので、お応え頂ければと思います。

不毛な書き込みと判断され、削除されない事を願って。
よろしく御願いします。

投稿: みーくん | 2009年6月24日 (水) 08時11分

私もこのブログで様々な知識や思想に出会いましたが、大切なのはその方達を理解しようとする姿勢だとおもうんですよね。「自分には理解出来ない」という理由で相手を非難したり、自作自演で相手に悪意ととられるコメントを投稿したりはやはり受け取る側は不愉快になりますよね。

私は議論には最低限のマナーやモラル(思いやり)が必要不可欠だと今回あらためて感じました。

Toshiさんや英火さんが時々「リテラシー」を考える事の大切さを説いてますが、マナーやモラルを理解する。そういう意味でのリテラシーだと私は解釈しています。
(間違ってたらすいません)

そういう思いからToshiさんの提案には賛成しております。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月24日 (水) 08時06分

土建屋40才さん、Toshiさんの提案を歓迎します。
そもそも最近は主題はおろか誰が誰で誰と何を言い合っているのかさえ判りませんでしたので…
しかし同一IPで自作自演の2重投稿とは、何と大胆な手口。
今回、事実上の出禁になった方も本質的には誰かと特定の議論をしたかったのでしょう。
ただ、議論の相手を選ぶ自由もありますから、また再考して投稿して下さいね。
どなたが批判材料にしていた不特定多数の読者の多いブログ云々も2重投稿だとすると雰囲気ブチ壊しの張本人ってことになりますが。
ならば尚更土建屋40才さん、Toshiさんに同意です。

管理人さん、同一IPの寄稿済み複数人格投稿コメント(いわゆる1人2役)は全稿削除でも良いのではないでしょうか。

投稿: 億 | 2009年6月24日 (水) 03時09分

追伸。

パソコンからも見れるようになりました。
ありがとうございます。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月24日 (水) 01時32分

ブログ管理人様。

ありがとうございました。私もこの掲示板で沢山の学びを得ることが出来ております。そして日頃の管理人さんの労苦に敬意を表します。

英火さん。

丁寧な返信ありがとうございました。いつも参考になります。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月24日 (水) 01時30分

みなさんこんばんは。
>Toshiさん、土建屋40才さんご提案ありがとうございます。

みなさんのおっしゃるように掲示板が荒れてきております。せっかく読み応えのあるご意見をおしゃっているのに、いらぬ一言がついていたり根拠もなく他の意見を否定したり…

議論の呼び水にもなればと思い基本的には関係のあるコメントを承認してまいりましたが、同一IPによる複数のコメントや、相手を蔑むコメントも多々見られるようになりました。

やはり内容のある意見も大事ですが、掲示板の雰囲気も大事にしたいと思っております。もう少しいい雰囲気になるよう、場を乱すコメントは承認しない可能性があります。また、問題個所を削除して公開する可能性もあります。同IPアドレスからのコメントは公開に時間がかかり、複数の異なる意見はどちらか片方の意見のみになる可能性があります。そこらへんを踏まえてコメントしていたければと思います。

Toshiさんの提案されたような基本的なルールを考えてみたいと思います

>土建屋40才さん、まだ掲示板は携帯からしか閲覧できませんか?こちらではPCで観られるようになっております。どうしたのでしょう???ちょっと原因はわかりかねます。はて。

掲示板についてのご質問ですが、私も土建屋40才さんと同じく、議論を通して死刑にまつわる知識と見解を深め、自分を成長させることができればと考えております。事実様々な意見を知って自分に足りなかった部分がわかったり、改めて考えさせられたことがあります。死刑存知、廃止もしくは両方、掲示板をのぞく全ての人に益あるような場になればと思っています。

さて、みなさんもご承知の通り小田島死刑囚の日記が以前とはずいぶん違うものになっております。死刑確定から時間がたち、執行まで刻一刻と近づくにつれ、彼の心情にも大きな変化が起きているのかもしれません。獄中からの手紙も日々の出来事をつづるような内容ではなく、以前のように日々更新という形はとれません。あらかじめご容赦いただければありがたいです。これからもよろしくお願いします。

投稿: ブログ管理人 | 2009年6月24日 (水) 01時12分

ちょっとだけ補足です。「人を殺したい」と思うことは普通の人でもあると思います。しかし、殺したいからと殺されたのでは殺される方もたまったものではありません。そこで、人を殺してはいけないというルールを強制するために刑罰を置く、というのが一般的な考え方です。互いに利害が衝突する場面で双方の利害を調整するのが刑法の役割だということです。しかしそうではなく、「人を殺したい」と思うこと自体悪いことだ、と頭のなかまで問題視して刑罰を科そうとするところに最近の法改正の怖さがあると考えています。

投稿: 英火 | 2009年6月23日 (火) 19時50分

土建屋40才さん(6月22日(月)22時23分)へ。アメリカ映画と言えば、悪者はとことん悪者らしい描写で、善人はあくまで善人らしく…というシンプルなアクションものをつい思い浮かべてしまいますが、犯罪者の視点で撮られたアメリカ映画というのはかなり面白そうですね。

ところでネトゲ廃人の話ですが、ゲーム会社を国が規制したりまたは利用者を処罰する、という形で特定の価値観を作るために国が強制力を行使するのは基本的に許されないと思います。「社会の生産性を低下させる」「人間性を荒廃させる」等、ネット中毒やゲーム中毒には多くの問題があることは私も承知しています。しかし、国が絶対に超えてはいけない一線というのがあって、人の心まで国に管理させてはいけないと思っています。類似の法案が今国会で審議されるようなのでちょっと心配しています。

それから援交の問題は、「判断力に劣る未成年を保護するために大人を取り締まる」という原則から離れてはいけないと考えます。大人同士の売春なら(眉をひそめる人がいたとしても)個人の自由として当然認められるべきです。ただし、民法上の制限行為能力者(単独で契約を締結できない判断能力に劣った者のこと)である未成年者のケースでは少し話が違ってきて、一定の規制が必要だと思います。規制による保護法益は未成年者の貞操で、それを守るために大人の買春の自由を制限するわけです。それなのに保護対象である未成年まで処罰するなら、結局なにを目的に取り締まっているのか、という事になってしまいます。社会的な危険性がないのに更生施設に強制入居させるのもタブーとすべきだと思います。


億さん(6月23日(火)04時16分)へ。す、すみません、思いきり手間を取らせてしまいました。

刑事裁判の目的についてですが、私は犯罪予防だと考えます。犯罪予防という大きな目的がまずあって、そのなかで方法論として「受刑者の更生」とそれから「ルールの強制」があると捉えています。どちらに重きを置くかと言われれば、億さんと同じで「受刑者の更生」です。というのは、正常な判断力を持つ者を犯罪から遠ざけるのにそれほど大きな強制力が必要だとは思えません。それよりも、実際に罪を犯した者が再び犯罪を行わないように対処することの方が政策的に重要だと考えるからです。

投稿: 英火 | 2009年6月23日 (火) 19時30分

管理人さんへ

私が提案できる立場に有るのか賛否両論有るかとは思いますが、敢えて提案させて下さい。
特定個人への誹謗中傷・人格批判・暴言などのコメントが最近多くなり、非常に目に余ります。
以前私も不特定多数または不特定個人へ挑発的と受け取られる発言をした事実も有りますが、議論に引っ張り込みたい思惑からだったと釈明し、今後そう言う事はしないと断言しました。
また、私が攻撃対象になる事が多い様ですが、最低限のマナーとして特定個人への誹謗中傷はいけないと思っており、中傷・批判に対して私が反論した時点で中傷合戦化する懸念からずっとスルーして来ました。
しかし、今では私がスルーする事自体が批判対象となっており、無知からか攻撃心からか分らない様な根拠の無い誹謗中傷の粘着質コメントが続いていて、もはや「荒らし行為」と呼べる域に達しています。
また、誰彼構わず気に入らない発言には暴言をぶつける風潮まで出てきました。

今のままでは真面目に犯罪議論をしたい人々に取って、それらのコメントは妨害行為でしか有りませんし、またマナーレベルの低下は真面目な議論を望む人々に不快感を与え、場離れを招くだけだとも思えます。
つきましては、最低限度のマナー確立の為、特定個人への誹謗中傷・人格批判・暴言の禁止を利用規約として規定して頂けませんか?
また、もし可能で有れば荒らし行為に有り勝ちな自作自演系の多重投稿を抑制させる意味で投稿者欄にIP公開表示も有るとモアベターかなと思います。
せっかくの有意義な議論の場に成り得るブログだと思っていますので、是非この提案を前向きにご検討下さる事を願います。

投稿: Toshi | 2009年6月23日 (火) 17時08分

皆が気軽に議論出来るように、相手が不愉快になるような投稿は辞めましょうよ。

特に特定個人に対しての質問や返信は相手をとりあえず尊重して喧嘩にならないようにしたほうが良いのでは?

私は自分の知識や価値観を高めるためにここに参加してるんでもっと普通に議論がしたいですね。

ブログ管理人さは、どう思われますか?

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月23日 (火) 15時32分

よく読んでないけど(最近は誰が誰だか判らず戸惑って読み飛ばしているけど)そんな中で誤解だったらゴメンネと言ってるので許しますよ。
誤解というより誤認識なんだけど、謝られた以上は許します。

投稿: 億 | 2009年6月23日 (火) 15時25分

ごめんなさい、連投になりますが・・
みーくんさんに返答してない箇所あったね。

>投稿: | 2009年6月19日 (金) 15時13分のレスに対して、「真面目」なレスですが、いつもあなたがたは「名無し」というだけで、真っ当なコメントをしてくれないの。一生懸命に議論しようとしているのに、名無しだからと黙殺するのは快感?
意見を意見として捉える事が出来ない?

私もともと名無しだし、黙殺してませんけど
誰かと勘違い??(だと思ってレスしてませんでした。ごめんなさい)私は名無しですよ
私名無しだったけど、そういえば初投稿でトシさんレスしてくれたけど?あなたが黙殺されたってことですか?

>「笑いながら」と指摘しているが、例えばこれを「タイピングミスです」と言ったら言い訳になるだろうか?

そりゃあ難しいでしょうねぇ。あんだけあれば。


>ではなぜ、足利事件が足利事件として起こったんだろうね。「一度の過ち(結果としての)」を犯したから?間違った鑑定報告(DNA)を受けても、強行たる取り調べを受けようとも、或いは、事実関係を争わなかったから~等々、全てが言い訳となり「自業自得」とでも言うのかな?
別の例として、御殿場事件はどうだろう

色々な事件に詳しくないので御殿場事件というのがわからないけど、足利事件だけで意見させてもらいます。
なぜ起こったのかはわからないよ。検事でも刑事でもないし。菅谷さんが気の弱いタイプだったらしいから、逮捕劇のいい道具になったかもしれないけど、現場にいない人間がなぜ起こったのかを答えられる人はいるの?
だからあなたへの答えとして、「なんでだろうね~」ということしか言えない。
わかる人がいたら、みーくんさんに答えてあげてください。こんなんでいいかな。

投稿: 15:13 | 2009年6月23日 (火) 15時10分

前田雅英先生は、犯罪被害者の会の設立時にご尽力された方です。
その会から、国から犯罪被害者に対して給付金も出るようになりました。
前田先生に対しての英火の書き込みは、言葉足らずの他、~のようです、と勝手な解釈をしているから、英火の文は信用出来ない。前田雅英先生への人権侵害にもあたると思いました。

投稿: | 2009年6月23日 (火) 15時05分

誤解している方がいる様なので念の為

投稿: | 2009年6月19日 (金) 15時52分
投稿: | 2009年6月19日 (金) 09時34分
投稿: | 2009年6月17日 (水) 15時07分

これらのレスは全て俺の書き込みですよ。
俺は、言葉に意味を持たせているし、それらに対して責任も持っています。
言いたい事があれば自分の言葉でどうぞ。

投稿: みーくん | 2009年6月23日 (火) 13時14分

投稿: 15:13 | 2009年6月20日 (土) 08時26分

御託はいいから、早く投稿: みーくん | 2009年6月19日 (金) 17時09分に答えろよw
俺も返事が読みたくて待ってんだからさw
あんた、投稿: 15:13です | 2009年6月19日 (金) 23時38分でまだ全部答えてないじゃん。
もしかしてあんたも他の人(俺、やさしいから、わざわざどこのだれってはっきり言わないけどw)と同じで議論できない感じのひと?

あと、投稿: 光 | 2009年6月20日 (土) 19時01分って人
忠告どうも
でも不思議だよねw絵文字も文章も字を並べただけのものなのにさ。
投稿: | 2009年6月19日 (金) 09時34分(←これ名無しだけど、察するにみーくんだろwwww)が言ってるみたいに、言葉に意味を持たせたものでも、どうしてこんなに扱いが違うんだろうねwww

ついでだけど、投稿: 老婆 | 2009年6月21日 (日) 09時38分が議論できそうな人って事がわかった。
今日の収穫はこんなもんかな

みーくん
投稿: みーくん | 2009年6月19日 (金) 22時07分の件だけど、考えがまとまったらちゃんと聞かせてねwww
俺は楽しみにしてるんだからさw
別に同じ意見を求めてるわけじゃないんだぜ?俺だって「自分と異なる意見を尊重」する気持ちはしっかりと持ってるんだからw

英火さんに質問なんだけどさ、あんたの考える「罪」ってなに?それを償う「罰」って何?今の法律がどうこうじゃなくって、あんたの考える罪と罰ってのが知りたい。
別に皮肉とか嫌味とかじゃないから勘違いしないでくれよな。
あんたの書き込み読んでると、議論してみたい事がいくつかあるし、客観的な見方が出来そうだから気になった。

あー、あとさ。ちょっと話がずれるんだけど、
投稿: 億 2009年6月21日 (日) 03時03分はさ、自分で無宗派って言ってるけど、そういう人って何を信じてんの?てか、仏教とかキリスト教とかさ、死んだら火葬なり土葬なり葬式して墓に入ったりするじゃん?あんたみたい人ってどうするの?
仮に墓に入るとしたら、それって他の宗教に対して、ある意味冒涜じゃないの?
てか、無宗派だったら冒涜とか関係ないの?
板全体をかんがみてとか言うから、気になっちゃってさ。宗教的なこと持ち出すなら、自分が宗教的にどういう立ち場かってはっきりさせといた方がいいと思うんだよねw
だって変じゃん。
>観念的弁証法なわけですから、それを信仰宗教となぞらえるならば少なくとも弁証法と信仰宗教の教義を理解しての発言でしょうから(それさえ認識がなければ話しにならないけど)。
って、そもそも観念(イデアだっけ?)だって内在的なもんなんだし宗教となぞるのっておかしいことじゃないと思うんだけど?
そもそも、このくだりに関して説明を受けたとしても、無宗派のあんたが理解できるとはとうてい思えないんだけど、どうなの?
俺の誤解だったらごめんね。

投稿: 小学5年生 | 2009年6月23日 (火) 11時52分

土建屋40才 | 2009年6月22日 (月) 20時06分

横槍すまん
そもそもあんたは「議論」をなんだと思ってる?
議論の仕方を議論する説明の前に、あんたの考える「議論」が何なのかわからんと、老婆氏も説明できないと思うぜ?

ついでに俺も
投稿: | 2009年6月19日 (金) 09時34分
老婆 | 2009年6月21日 (日) 09時38分
に賛成だね

はっきり言って、今この掲示板にはまともに議論できる人間が少ないと思うわ。
だって、自分の都合に合わせた書き込みにしか反応しないんだしな。読んでればわかる。

割と注意喚起はしてたと思うんだけどな。言い方はともかくとしてだけど。
それも無意味みたいだし。
これを社会に置き換えたらと思うと怖いね。
注意しても聞かないなんて、犯罪とわかっててやってる凶悪犯と同じじゃん。

投稿: | 2009年6月23日 (火) 08時15分

冠さん。
飯塚事件をチラホラ書いた億です。

私的には以前書いた通りで冤罪は死刑廃止の一部にすぎないんですが、仮にも冤罪執行であったとしたら(それを運が悪かった人と見なす方もいるようですが)
否が応でも裁判員制度への影響と死刑廃止が国会で勃発するとは思います。

執行の早さと足利事件の相関性についての真意は秘密行刑主義なので解りません。
私なりの推測的な意見は従前に書きましたが推測の域のレベルでの意見です。

投稿: 億 | 2009年6月23日 (火) 04時40分

刑法理論の英火さんのレスを調べて咀嚼するのに 朝方までかかりました。
従来からのレスからして一貫性のある主張ですね。
以前に仰っていた更生プログラムの必要性も、このレスで理解できました(ちなみに私は受刑中の受刑者更生プログラムは成果面から否定的です)ただ矯正施設で闇雲に満刑期まで隔離するだけには再犯予防にならないのも然りだと思いますので判決に強制力を与えて受刑者に見合った更生プログラム教科を科すならば賛成です。
あと途中幾つか感じたのですが刑事裁判の目的は何だとお考えですか。
私は被告の更生目的も含まれている(これが第一かな)と思ってます。

投稿: 億 | 2009年6月23日 (火) 04時16分

「煙巻き戦法」(笑)。ワタシもそう感じるネ。いいね、それ(笑)。

何処の「お偉いさん」だか知らんけど、根本的な考え方ってのが、ワタシら一般人とは大きく異なっているとゆうことは理解出来てる。少なくとも俺とは違う!。

イニシアチブよこせなんて言ってるわけぢゃねぇんだヨ、あんたさん方が偉いのが良ければそれで良いさ。上から目線、オッケーオッケー!。

司法や行政の仕事をされているなら、まぁ多少の「理想先行型」つーのも有りかもしれんけど、普通の人間の普通の目線で物事を考えてはくれまいか?と。もちっと現実の上での話しを進めてくれると、アホウなワタシはわかり易いのだけどねぇ。

どうにも理想論ばかりが先行してやがるし、ここんトコがワタシゃ理解出来んわけさ。理想論なんつーのは後で良いぢゃねーかヨ。現実の上に成り立たせようとするのが「理想」ぢゃねぇの?。順番ってのを考えてくれると嬉しいんだけどねぇ。バスとか電車の乗り合いとオンナジだよー。それとも何だ?、今ぢゃねーと駄目なのかね?、セッカチだねぇ、全く!。そんなに飛ばすと誰も付いてこやしねぇのに。

「地に足着けて」と過去何度か云っているのだけれど、ず〜っと煙に巻かれてるからねぇ、そろそろいい加減に地上に降りてきてくださいよ、ダ・ン・ナ!お願い!。

俺さ、ずいぶん頑張ってるんだけど、理解得られないから、「豆腐の角に頭ぶつけて〜」ってね、言っちゃうわなぁ、うん。

もしかすると「何時まで経っても理解し合えぬ仲」かもしれないねぇ(笑)。ま、それも仕方ねぇよ、誰が悪いってわけぢゃねー、「育った環境が悪い」んだもんねー(笑)。

頼みますよ!わかりやすく簡潔に!。

投稿: | 2009年6月22日 (月) 22時53分

英火さん。

ネトゲ廃人・エンコウ等私も深刻な社会問題と受け止めております。しかし厳罰か保護かはケースバイケースで考えた方が良いのではと考えております。

例えば初犯は保護で2回目は保護か更正施設かを検討する。とか。

それと最近トゥルーブルーという映画を見ました。15歳の少女が死刑判決を受けてしまうアメリカ映画です。

犯罪者の視点で撮られたとても考えさせられる映画でした。結果論で厳罰を叫ばれた少女が死刑になる映画です。

是非前田さんという刑法学者にみてもらいたいですね。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月22日 (月) 22時23分

老婆さん。

議論の仕方を議論するとは具体的にどうすればいいんでしょうか。参考にしたいので教えて頂きたい。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月22日 (月) 20時06分

以前から億さんがチラチラコメントを寄せてらした飯塚事件。久間元死刑囚は一貫して無罪を主張。最高裁で確定してから確定順位61番目にも関わらずスピード執行。何か早々に執行しなければならない理由でもあったのかと訝しく思えてきます。今回の足利事件に影響されてか、飯塚事件の冤罪疑惑が色々なサイトで見られるようになって来ました。足利事件のように明確な証拠が残っていないと聞きますが、万が一冤罪が立証された場合、その影響、反響はとてつもないものになるのは想像出来ます。今回の足利事件がもう少し早く冤罪と判明していれば久間元死刑囚の執行も無かったのではないかと思います。

投稿: 冠 | 2009年6月22日 (月) 19時58分

連投すみません。さきほどの投稿の続きです。

ただし、日本では事情が少し異なります。政府系の審議会などでは、前田雅英さんという刑法学者が厳罰化や処罰範囲の拡大をことごとく正当化しています。不利益を科すことで行為を抑止する他説に対して彼の学説は、行為の前段階、つまり内心にまで刑罰が干渉してきます。従って前田説の立場からは、直接の被害者が存在しないアニメ・ゲームの規制、保護対象であるはずの児童売春婦の処罰、犯罪は悪だと知らしめるための厳罰化、という法改正が可能になるわけです。

前田説によると死刑制度も当然アリということになりそうですが、私はそのことだけでなく最近の法改正全般について懸念を抱いています。前田さんは、ナチス台頭の反省から思想統制に踏み切った(戦う民主主義)ドイツの学説をアレンジして自説としているようです。しかし道徳律とは本来は、市民レベルで形成・保持すべきものだと思います。たとえ多数派(政権与党)の規範意識や道徳観であってもそれを一律に押し付けることは許されないと言うべきです。刑罰の目的は、犯罪予防であると同時に行為予防であるはずです。そうじゃないと近代刑法による残虐化の歯止めが機能しないばかりか、たとえば殺人願望の表れなどとしてある種の文化が統制されてしまうことも考えられ、政治権力への歯止めも失われてしまいそうです。

投稿: 英火 | 2009年6月22日 (月) 19時34分

将棋の格言のひとつに「王は包むように寄せよ」とありますが、近代刑法の歴史はこの格言によく似ています。

近代刑法の歴史の前半分は、刑罰を科す側の人間性が回復された時代です。この時代の人々は、刑罰の目的を犯罪予防と定義することで刑罰の残虐化に歯止めをかけようとしました。いわゆる相対的応報刑論と呼ばれる思想がこれで、刑罰は応報的でありつつも市民の犯罪意思を挫く目的を超えてはならない、とされました。

後半分は、刑罰を科される側の人間性が回復された時代です。この時代、応報刑の実効性が疑問視され、病理学的な視点から犯罪を分析しようとする考え方が生まれます。犯罪者の人格形成の過程が注目され、勧善懲悪の二元論からの脱却が図られました。

…と、そんな感じで近代刑法の前期を古典学派、後期を近代学派とそれぞれ呼んでいます。常識人に犯罪を思い止まらせる意味での一般予防(古典学派)、病的な受刑者を更生させる意味での特別予防(近代学派)、この2つの理論をもって両辺から寄せられ、死刑制度は今まさに詰まされようとしているところです。

投稿: 英火 | 2009年6月22日 (月) 19時33分

ブログ管理人さん。

携帯でしか掲示板のコメントが見れないのですが・・。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月22日 (月) 18時44分

税金つかって更生プログラムとか、まじムカつくわ。
そんな予算あったら、真面目に生きて生活できない底辺に廻すべきだ。
Toshiさん、英火さん、あんたらが一兆円でも10兆円でも寄付して犯罪者助けたらいいんじゃねぇ?
あんたらの金で更生プログラム実地したらいいんじゃねぇ?

机上論はうんざりだ。現実見ろよ。

投稿: | 2009年6月22日 (月) 09時22分

なんか書いたのが載せられてないけど削除かな。
また書くと時間かかるし、月曜日までちゃんと書き込めません。
任意、あんたに聞いてないから大丈夫だよ。

投稿: 15:13 | 2009年6月21日 (日) 13時21分

今日の投函は、御莫迦女の子バージョンではなくて、真面目バージョンで意見しますわ。

常々、「犯罪者が出るのは社会が悪い。警察、検察の取調べが悪いシステムが悪い」といっている手合いの認識が決定的に自分ら一般市民とズレてると思うのは、彼らの頭の中には、「犯罪という名の“社会”の敵」という認識が見えてないからだと思うからなの。
‘市民的な概念’が欠落していて、弁護士や人権派代表にでもなったつもりで諭していませんか?と思うわけ。 幾ら高尚なこといったって、その理屈は普通のひとが、普通に暮らしている社会には通用しないよ。
「非力で善良な市民」にとって最もリスクが高いのは「ある日突然、自分や身の回りの人が警察の捜査を受ける」とか「被告人として法廷に引き出される」ではなくて「ある日突然、犯罪者によって危害を加えられる」ことですわ。そういう部分をすっとばして、全部社会が悪いとか、システムが悪いとかを言い訳にアジろうとしていない?

犯罪被疑者/被告人の防御権を確保するのも大切だとはおもうけどさ・・・
でもね、現実に、犯罪によって被害を蒙むる私たち「善良な市民の暮らす社会」を犯罪から防御する重要性ってものを軽んじて、延長線上の理想論を振りかざされても次元が違うでしょと一笑されるのがわかりませんか?
むずかしくいったら、より局所的なリスクを声高に大仰に宣伝して、その反面、広範なリスクを無視して議論をしようたって、控えめに考えても視野狭窄を起こした独善家扱いの扱いに過ぎず、受け入れられるわけないでしょ!!ってことだと思うわけ。
理想論といえば聞こえはいいけど、熟知していない用語を並べただけの机上論を振りかざしている輩が広報しているんだからお話になりません。(その証明は前回わたしが・・・以下略w)
荒唐無稽だったり論理性に乏しかったりしても、底が浅い、上滑りの薄っぺらな思考を補うための「難しい用語や小理屈を並べ立てれば誰も文句を言えないだろう。そして勝利は我が手にある」 のような、煙巻き戦法がぶっちゃけ少なくとも’私’の琴線にしっかり触れているから、反応しちゃうの。ゴメンね。

投稿: 名前:(任意) 16 | 2009年6月21日 (日) 09時52分

2009年6月19日 (金) 09時34分さんと同様、小生も同じ気持ちです。
議論の仕方を議論するっていうのは、案外大事なことですよ。

正面から議論しない(議論の仕方を知らない)から、先に進まずいつまでも同じところをグルグル回るだけで、話は絶対に噛み合わないのです。だから、読み手もイライラするのでしょう。読み手の事を考えずに自分の思いつきだけを垂れ流してきた長悪文に批判が集中もその表れでしょうね。
普通ここまで噛み砕いて平易な言葉で注意指摘されたら、自分の‘論の欠点’を検証するものですが、論理的思考も分析的思考も出来ない彼の御仁の場合「自分にとって都合の悪い事実」から「姑息に目を背ける」あるいは「煙に巻く」場面を何度も目にしております故、これでは「読んでも無駄な文章だ」と読み飛ばされても仕方が無いわけです。このあたりの小狡さが、読解力のある読み手の「極めて不愉快」との感情を掻き立てるのかもしれません。

多くの普通の読解力のある読み手が彼の御仁の投函をどのように見ているかが判明したことは大変興味深かったです。

投稿: 老婆 | 2009年6月21日 (日) 09時38分

独り言さん、怪しい信仰宗教というのは具体的にどの教義を説く信仰宗教を指しているのでしょう?
そして怪しいと思われる根拠もなく個人を指摘しているわけですけれど、これは、この類の掲示板特有な特定信仰宗教批判にも受けとられることが多い性質の掲示板ですよね。
これは特定信仰宗教信者とToshiさん、英火さんを名指しで間接的に批判・非難中傷するレスであり何を言っても自由の匿名コメとはいえ議論の余地もなければ逆にあなたへの非難中傷が倍加されますので気をつけたほうが良いかと思います。
私は無宗派ですけど、趣旨不明で暗に不毛な方向を示唆するレスは、独り言なら構わないもんじゃないごとぐらい分かりますよね。

主張のない独り言なら固有名詞は伏せるべきではないでしょうか…何言っても自由で悪いかのレベルでレスするなら板を尊重して考えるべきではないでしょうか…

Toshiさん、英火さんの主張は死刑・死刑制度、刑法に対する観念的弁証法なわけですから、それを信仰宗教となぞらえるならば少なくとも弁証法と信仰宗教の教義を理解しての発言でしょうから(それさえ認識がなければ話しにならないけど)。
で、あなたの例える信仰宗教とは具体的教義は何なんですか?
感覚的にも、それが示されないと誰も反応しませんよ(と、思ってお答えしてますが)
独り言さん、私が初コメに反レスするのは、まず初めてなんですが気を悪くされたことと思います。板全体を鑑みてフリートークとはいえ、独り言さんの認識の違いは看過できないものでしたので。

投稿: 億 | 2009年6月21日 (日) 03時03分


小学5年生さんへ 以前にもどなたかが再度復唱されてましたが、絵文字 は出来るだけ控えたほうがいいですよ。なぜか中傷されることがありますので。気を付けたほうがいいのでは。

投稿: 光 | 2009年6月20日 (土) 19時01分

2009年6月19日 (金) 15時13分へ
真犯人っていうけど、時効だもん捕まえられるわけ無いじゃん

投稿: 名前:(任意) 15 | 2009年6月20日 (土) 10時55分

'つまらない’は'感じたこと’や '感想'って言うんだぜ
感想=中傷って・・だっ、大丈夫かよ
リテラシー必要だな

投稿: | 2009年6月20日 (土) 09時29分

土建屋40才さん。
私の刑事補償の説明が足りませんでした。
全拘束日数×裁判所の認定する補償費ですので菅家さんの場合は1桁違います。
1000円だと時給換算約40 円法律の制定が古いので当時の貨幣価値なんですかね。
拘束期間の辛さ、厳しさ長さ等で金額が決まるようです。
冠さん。
勿論、初犯扱いです。
仮に前科があっても10年後の再犯も初犯扱いです。違うのは裁判での心証だけです。

投稿: 億 | 2009年6月20日 (土) 09時17分

Toshiさんや英火さんって、怪しい新興宗教の勧誘している人たちみたい・・

投稿: 独り言 | 2009年6月20日 (土) 08時50分

>わたしはきちんとHN晒して文句言ってるよ?
少なくとも貴方みたいに卑怯じゃないわ

あんたもともと名無しでしょ?
名無しを卑怯呼ばわりする権利あんの?
自分がHN晒したらうってかわったような発言・・・
HN晒したら文句いっていいわけじゃないし。
管理人さんが定義してるの、みーくんさんが最近引用してくれてるから読んでみたら。

投稿: 15:13 | 2009年6月20日 (土) 08時26分

大田原事件の事を投稿された方。少し話がそれるかも知れませんが、時効を迎えた犯人が時効後再び殺人を犯した場合、初犯扱いになるのかふと疑問に感じました。専門的知識がまるで無く、質問された内容と筋違いのコメントを書き込み申し訳ないです。

投稿: 冠 | 2009年6月20日 (土) 07時46分

肩凝り面白えwwwww
難しい言葉は全くわからんねえって言っておいて、はいはい貴方(無記名)のおっしゃりたい事はよくわかりました、とかwwwwwwwww
わかったのか、わからんのかサッパリわかんねぇwwww\(^o^)/


@って日本語理解出来ないみたい^^

差別するわけじゃないけど、在日か何かw?
それともまだ教育課程w?

あんたの言ってる事をそのまま返せば、議題出してないあんたの発言は、ただの誹謗中傷でしかないよwwwwwww

さらにさらに、上wwwかwらw目ww線っwwwww


>みーくん
大田原女児の事件って、今市市で起こった事件だよね?
足利事件と同じ栃木県内で起こったけど、確かに気になるねwあんた着目点すげー面白いわwww
仮にって話だけど、もし警察・検察だったらもしかすると同じような冤罪を意図的ではないにしても引き起こすかもしれんね・・・・
ただでさえ、足利事件っていう冤罪(まだ確定ではないけど)を引き起こしたわけだし、事件そのものが国民に知れ渡ったわけで、メンツや体裁を気にして躍起になると思うよ。
個人的には、怖いね。広義的な意味で「怖い」の一言に尽きるw
だって、人を二人も殺した犯人が今もなお世間に野放しになってんだからね

投稿: 小学5年生 | 2009年6月20日 (土) 06時42分

2009年6月19日 (金) 15時13分へ
だから勝手にしてますが。ってことだけでしょ。
わたしはきちんとHN晒して文句言ってるよ?

少なくとも貴方みたいに卑怯じゃないわw

投稿: 名前:(任意) 14 | 2009年6月20日 (土) 01時32分

>みーくんさん
あなたに対する誹謗中傷ではありません。
しかし、もしあなたが最近の掲示板はつまらないと言った本人ならば、それはトシさんや億さん、英火さんといった最近書き込みをしている人の内容を指しているわけで、つまらないと言われればだれでも傷つきますから中傷に当たります。
w全てがミスタッチでしたってのはびっくりですが。もしミスタッチでなければ、私以外のこの掲示板を見ている大勢の人が『不愉快』に感じていたと思います。
でも現在しっかり意見を書き込まれているので、それで問題ないと思います。
肩こりさんにさようならという必要は無かったと思いますが。

投稿: @ | 2009年6月19日 (金) 23時48分

トシさん、みーくんさんへ
名無しだったのに丁寧に答えてくれて恐縮です。
携帯からなので全部に返答できてないと思うけど、順番逆だけどまずみーくんさんに返答。
加害者逮捕が被害者の無念を晴らすことに繋がると思ってます。故に被害者の立場を重視すると同時に、真犯人逮捕を願っているということ。

トシさんへの返答。
確かに被害者立場の話は出尽くしてるかもしれないけど、それはこの事件がおきてから1.2年の間だけでしょ?この事件に関しては。
そして今冤罪だけが話題になっている。この掲示板もそうだし、報道も。
晴れて無罪になったからこれから社会に暖かく見守られていく人と、もう殺されて口もきけない子供とはえらい差があるでしょ?
冤罪の話と同時進行で被害者や真犯人の話がでてもいいと思うのに、誰一人書かないから疑問に思いました。
これからこの冤罪事件をきっかけに大元の事件が話題になり、真犯人を探す有力な手掛かりがみつかるとかならいいけど、冤罪がしっかり明るみに出たし良かった良かったなんてことになったら被害者も浮かばれんと思った。
トシさんの言う『出尽くした』状態ならば、もう大元の事件は明るみにでないということじゃないか。
そっちの

投稿: 15:13です | 2009年6月19日 (金) 23時38分

億さん。

返信ありがとうございました。日当計算で1000~12500という事は17年拘留された菅家さんは最低でも650万前後は補償される訳ですが・・

しかし1000円から12500円とは12倍近い差がある事の根拠に多少興味を惹かれています。

足利事件の今後にも注目していきたいと思っています。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月19日 (金) 23時33分

足利事件について許せないと思うのは、やってもいない犯行を自白させるほど担当捜査官が菅家さんを精神的に痛めつけたことです。ただ、許せないからといって担当捜査官に拷問を加えるとか、菅家さんが失った時間と同じだけ刑務所に閉じ込めるとか、そういうのはおかしいと思います。心情的に許せるかどうかとは別の次元で法律上の区切りをつけるのが現代社会のあり方ではないかと。

投稿: 英火 | 2009年6月19日 (金) 23時18分

@さん
何ですかそれは?

>掲示板がつまらないって…
>議題出さない人に言われても。
>ただ誹謗中傷の書き込みしたいだけでしょ

>私のレスには見たとおり議題はないよ。

なるほど。
議題を出していないあなたのこの発言は、つまりは俺に対する誹謗中傷という訳ですね。不愉快です。
それとも、先の発言が管理人様のいう「自分の意見を簡潔かつ丁寧に述べることが、より活発な議論を生んでいくのではないでしょうか」に当て嵌まるとでも?


さて、追記としてですが、2009年6月19日 (金) 17時25分のレスに、自分の考えを書いていないのは、考えが纏まっていないからです。
故に、皆様の考えを聞かせて欲しい、というのも一つですが。
自分が提議しておいて、と批判もあると思いますが察して頂ければ幸いです。

投稿: みーくん | 2009年6月19日 (金) 22時07分

土建屋40才さん、こんばんは。

菅家さんの場合おそらく は再審無罪のようなので国家賠償と話しになりますね。その前に刑事補償法に基づいて日当という名目金の補償費が勾留から収監されていた日数の合計に裁判所が定める1日あたり1000円~12500円の範囲内を掛けた金額が支払われます(補償費)
それ(補償費)とは別に賠償費を求める権利もあるのですが、これを国家賠償といいますが中々国が認めません。というのも菅家さんが強要されたとはいえ自白をしているからです。
おかしな話しかもしれませんが、国家からすると再審無罪の決め手の旧DNA鑑定不一致を棚上げして自白した菅家さんを裁いた司法にも少なからず正義の大義名分があると考えるわけで(謝罪している当局は単に長期の拘束期間を謝罪しているだけで捜査の違法性を認めてはいません)当然菅家さんにも正義の言い分がありますから両者の正義の主張が紛争となり、一つ一つの捜査の不当性を立証していき始めて国家賠償を認定されます。
菅家さんの正義が皮肉にも判決を間違えた裁判所で認定されると交通事故の被害者並みの賠償金が税金から支払われます。
物事、何でも正義という観点から両者に言い分というものがあるということでしょうか…ね。

投稿: 億 | 2009年6月19日 (金) 21時43分

免田事件の免田栄さんは拘禁期間に基づいて9100万円が支払われたそうですが最近、年金受給を求めるとの報道がありました。菅谷さんも無罪の場合、国から幾らかのお金が入るのでしょう。しかし、それは長い拘禁生活に見合うものなのか?冤罪を調べると警察が証拠をでっち上げた事実なんかが出てきます。警察にとって、真犯人の存在より犯人かどうかわからないがとりあえず犯人を捕まえた事実の方が重要なんですかね?違う人を捕まえ、有罪にし、遺族もその人をずっと大切な家族を奪った憎い人と思い込み、挙げ句真犯人をまんまと取り逃がす。足利事件に限らず冤罪は被害の裾野が余りに大きいような気がします。結局、今回の事件も遺族の方々は永久に誰が自分の子供を殺したのかわからない可能性が高い。間違えた事を間違えたと認めた今回の件をいかに今後に繋げていくのか気になるところです。

投稿: 冠 | 2009年6月19日 (金) 19時32分

連続投稿申し訳ありません。
過去のコメントで、「議題」について「議論(言葉遊びではないです)」する案がありましたが、「真面目」な議論を求める、「真摯」な皆様にお題(というより、意見を求める、が近い)ですが、何かと問題になっている足利事件ですが、察しが良い人は俺と似た疑問を抱えているのでは?と思ったので。

足利事件発生当時の殺人事件の時効は15年でした。その時効成立と時を同じくして、大田原女児殺害事件が発生しています。
警察の捜査などはともかくとして、事件時期、発生箇所(近隣県を跨ぐ)など関連付けようと思えば切れない関係にあると思います。

ここで本題ですが、仮に足利事件の真犯人と大田原女児殺害事件の犯人が同じ人物だとして、警察・検察、または個人としてどう考えるか、立場を仮定してお聞かせ願いたい。

投稿: みーくん | 2009年6月19日 (金) 17時25分

>名無しさん
なんだそりゃ?
管理人さんは前の掲示板で丁寧な言い方にした方がいいような注意は促してるし、私のレスには見たとおり議題はないよ。
だから話してることを面白いともつまらないても言ってないでしょ。

投稿: @ | 2009年6月19日 (金) 17時13分

肩凝りさん
お疲れ様でした。さようなら。

任意の名前を何かと敵視されている方、或いは「任意」という言葉の意味を理解していない方がいるようなので、仮に「みーくん」と名乗らせて貰います。

さて、管理人様からの言葉を引用させて頂きますが、(以下引用)
こんにちは。いつも見て下さってありがとうございます。
様々な立場からのコメントを読んで、自分自身でも改めて考えさせられます。いまだ五里霧中な感じの当ブログですが、活発な議論は大歓迎です。が、文字のみのコミュニケーションゆえ、あまり飛ばしすぎるといらぬ誤解を生じさせることもあります。

理想論ではありますが、自分と異なる意見を尊重しつつ、自分の意見を簡潔かつ丁寧に述べることが、より活発な議論を生んでいくのではないでしょうか。心配な方はコメントの送信ボタンをクリックする前に一度見返したり、少し時間を置いて寝かす(?)といいと思います。

また誰かの書き込みに対してコメントする時にも、その方だけでなくブログを見ている方全員にコメントするようにすると、余計な感情が抜けていくかもです。

優等生なコメントだけでもなんなので、上に述べたことをふまえた上で、皆様の熱くて深い考えや思いを述べていただければと思っております。

超上から目線でしゃべってしまってまことに申し訳有りませんが、皆様の厳しいコメントの数々にオロオロするばかりのブログ管理人を助けると思って、ひとつよろしくお願いいたします。
(以上引用)
とあります。

投稿: | 2009年6月19日 (金) 15時13分のレスに対して、「真面目」なレスですが、いつもあなたがたは「名無し」というだけで、真っ当なコメントをしてくれないの。一生懸命に議論しようとしているのに、名無しだからと黙殺するのは快感?
意見を意見として捉える事が出来ない?
「笑いながら」と指摘しているが、例えばこれを「タイピングミスです」と言ったら言い訳になるだろうか?
ではなぜ、足利事件が足利事件として起こったんだろうね。「一度の過ち(結果としての)」を犯したから?間違った鑑定報告(DNA)を受けても、強行たる取り調べを受けようとも、或いは、事実関係を争わなかったから~等々、全てが言い訳となり「自業自得」とでも言うのかな?
別の例として、御殿場事件はどうだろう?

ところで、あなたのコメントには疑問点が残る。(以下引用)
菅谷さんは真摯に謝ってくれたら許すということだし、そこよりも真犯人逮捕が重要なんじゃないの。真犯人がわからない今、殺された子供の気持ちを一番に考えるべきなんじゃないの。(以上引用)とあるが、あなたは真犯人の逮捕と殺された子供、どちらを重要視している?
管理人さんの言うとおり、「自分と異なる意見を尊重」する上で是非ともお聞かせ願いたい。

投稿: みーくん | 2009年6月19日 (金) 17時09分

2009年6月19日 (金) 15時13分 の名無しさん

>殺されたってのが一番ひどいんじゃない。そこは話しちゃ駄目?

全然問題ないと思います。と言うか、むしろそう言う議論も有って然るべきだと思います。
個人的には、被害者の観点での議論は他の事件などでも語りつくされている感が有る為、冤罪被害にスポットが当たっているだけだと思っています。
また、足利事件については時効が成立してしまっている点も、真犯人追及に対して「諦め」に近い感覚が多いのかな・・とも思えます。
なので、菅谷さんも仰っている様に、時効が成立しているからこそ、真犯人は名乗り出るべきだ・・と言う呼びかけ運動みたいなのが起こると良いのかな・・と思います。
責められる感覚を与えれば与えるほど、真犯人は名乗り出ないと思いますので、まずは「許す」から入って、その上で真摯に反省し、被害者に懺悔し、遺族と話し合って貰うのが個人的に理想かな・・と思っています。

肩凝りさん
個人的に肩凝りさんには、事件に付いてや議論内容に付いて何か思う事が有ったら、またいつでも発言して欲しいと思います。

投稿: Toshi | 2009年6月19日 (金) 17時00分

@さん
>掲示板がつまらないって…
>議題出さない人に言われても。
>ただ誹謗中傷の書き込みしたいだけでしょ

何か勘違いしてないかな?
掲示板の使用に関して、管理人さんは何も言っていないのよ?「議題」にこだわるなら、こういうレスを誹謗中傷と捉えず、「以前は為になる議論がされていた」=今はそうでない、と認識出来ないのかな?
つまりは、「どうすれば最たる議論が出来るか」という議論ね。

で、だ。@さんのレスを引用させてもらったけど、あなたのレスの何処に「議題」があるのかな?
あなたの言葉を借りれば、先のレスそのものが誹謗中傷を書きたいだけのレスに当たると思うんだけど?
それとも、あなたもかの誰かのように無意味な批判と捉えて黙殺するのかな?
そんな事はしないよね?臭い物には蓋を~なんて、まるで冤罪を黙認するに等しいような行為はさw

投稿: | 2009年6月19日 (金) 15時52分

>任意13さん
>「自殺や強盗に走らずに生活する為のリテラシーを如何に育てるか・・と言う方向になります。」それ以前にお前だろう!という突っ込みがはいりそうw。
↑あなたが突っ込みいれてるし

>内容が無い投函を読み飛ばすのは得策。っていうか、最近わたしもHNみただけで、読まないのは2009年6月18日 (木) 02時07分と同じだわw
↑勝手にすれば。

>名無しさん
>私は至って「真面目」なレスを真摯な気持ちで書いているので、そんな無下にするような事だけは勘弁してくださいねw
名無しさんも任意13さんも、真面目に返答する時、いつもあなた方は笑いながらなの。

マナーがないのはお互い様。
実際対面して話し合う機会があったとしても、相手に笑われたんじゃ話はできないかな。腹立つから
一生懸命考えてる人をあざ笑うって快感?

菅谷さんの件、私は殺された子が一番かわいそうだと思ってるけど、なんか菅谷さんが一番かわいそうみたいに報道されて、子供がかわいそう。
菅谷さんは真摯に謝ってくれたら許すということだし、そこよりも真犯人逮捕が重要なんじゃないの。真犯人がわからない今、殺された子供の気持ちを一番に考えるべきなんじゃないの。
感情論は皆さんの意見じゃ駄目らしいけど、殺されたってのが一番ひどいんじゃない。そこは話しちゃ駄目?
菅谷さんのことは勿論ひどい話だし、大問題だけど、殺された子の方が大問題じゃないの。なんで菅谷さんばっかりの話になるのかな。

投稿: | 2009年6月19日 (金) 15時13分


いや自分難しい言葉は全くわからんねえ。はいはい貴方(無記名)のおっしゃりたい事はよくわかりました。無記名の発言に思うことは多々ありますが、ここであれこれ意見するとまた無意味な批判されるんでここいらでストップしときますわ 真面目に議論されてる方々の今後を期待しとります 不真面目な自分が入ると流れ壊れるんでここいらで失礼しますわ 今後自分への返信には一切答えるつもりはないんで、まだ何か言いたりないことがあるならどうぞご勝手に それでは

投稿: 肩凝り | 2009年6月19日 (金) 13時42分

肩凝りさん
文字は読めるが空気は読めないって事ですかw?
「流れ」ってご存じですか?いわゆる「過程」ってやつですね。
「今」がどうこうというのは、必ず「過去」があるからなんですね。
前の掲示板も含め、「流れ」を読みましたか?
目を通すのは読んだとは言わないですよ?
まあ、読むだけ読んでも、理解しようとしなければ無意味ですがw
無意味な批判云々言ってますが、私はそうは思いません。どんな人であろうと、何かを伝えるには言葉に意味を含めているはずですしねw
無意味だからと勝手な解釈で聞き入れようとしないのは、議論において、都合の悪い部分を黙殺する卑劣な行為だと思いますよw?
ところで、ハイコンテクストとローコンテクストの違いを理解出来てますか?
あなたの言っている事は矛盾たっぷりですよ。
議論とは程遠い内容のどこが「議論」なのでしょうねwそれとも「議論」を「ギロン(偽論)」と掛けた言葉遊びですか?
ついでに確認ですが、ディベートの意味を理解していますか?単語を知っているっていうのは、理解ではないですよ。

なんだか質問ばかりの内容になってしまいましたが、返答頂ければ幸いです。
それとも、このレスも「無意味な批判」と捉えて黙殺されるんでしょうかねw
私は至って「真面目」なレスを真摯な気持ちで書いているので、そんな無下にするような事だけは勘弁してくださいねw

投稿: | 2009年6月19日 (金) 09時34分

冠さん

菅谷さんの件、大いに同感です。
ちょっと前に私が言った事と被りますが、まずは国賠ですね。
今回はメディアで大きく取り上げられ、同情も集まっている事件ですから、全面的に国賠が通る事を期待していますが、通例で考えると当時の捜査方法・鑑定方法に違法性は無しとして却下される懸念が大きく有ります。
まずは警察・検察・裁判所の落ち度ありきで判定する判断基準を見直す必要性を感じると共に、国家側の落ち度より冤罪被害者の被害結果を重視すべきと言う点で、これこそまさに「人権」を主張すべき事柄で有ると思います。


肩凝りさん
励ましのお言葉ありがとうございました。m(_ _)m
深く感謝すると共に、今後とも頑張りたいと思います。

投稿: Toshi | 2009年6月19日 (金) 02時30分

冠さん。
菅家さんが本当に無罪だったら(無罪判決が出そうですね)当然「運が悪い」のレベルではなく、その悲劇な運命を与えた司法の変わりに国家がレスのような度量をみせる選択肢も残されますが、全く同じ立件方法の同類型の飯塚事件の元死刑囚などは仮に旧DNA鑑定が不一致だとすると、ほぼ初の冤罪執行となるわけですが(再審請求を通さないとは思いますが)その場合の度量の見せどころは何ですかね…と考えています。

投稿: 億 | 2009年6月19日 (金) 01時50分

冠さん。

冠さんのコメントが気になり軽く冤罪で検索してみたら国家賠償法というものが出てきました。

どなたか詳しい方がいらしたら教えて下さい。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月18日 (木) 23時32分

掲示板がつまらないって…
議題出さない人に言われても。
ただ誹謗中傷の書き込みしたいだけでしょ。

投稿: @ | 2009年6月18日 (木) 23時01分


TOSHIさん
こちらこそありがとうございました。的確な文章、回答でなく大変失礼致しました。これからもコメント楽しみにしてますんで是非頑張ってくださいね

投稿: 肩凝り | 2009年6月18日 (木) 19時56分

足利事件の菅谷さんがインタビューでお嫁さんが欲しいと言っていた。菅谷さんの歯は前からあんなにボロボロだったのだろうか?市営住宅を用意してまたバスの仕事を斡旋する?私が思うに菅谷さんが本当に無罪だとするならば、拘禁されていた期間と同じ年数、何不自由なく生活させてあげるくらいの制度を確立すべきだと思う。もし社会にいて結婚していたら、子供もいたかもしれない。そういう生活を全て奪ってしまったお詫びに余生の面倒を見てあげるくらいの度量が欲しいものだ。

投稿: 冠 | 2009年6月18日 (木) 19時53分

いやあ、真面目に議論している者がこのブログコメントから離れていく理由→無意味な批判をする者がいる為 じゃないですかね。まあ真面目に議論するぶんにはいいですが無意味な批判をされりゃあ離れていく者も増えるでしょうな

投稿: 肩凝り | 2009年6月18日 (木) 19時49分

糞味噌(くそみそ)に言われていらっしゃいますが、私も皆さんと同じ意見です。


「豆腐の角に頭ぶつけて・・・」以下自粛(笑)。


人間は十人十色なんですよね、世の中は広いですもん!鬱陶しい輩さんのような人がいることぐらい、そりゃもう十二分に承知していますってバ。しかしdeathねぇ、ココの皆さんの為にならないとゆうか、も少し「リテラシー」を考慮して頂けないかなぁと。リテラシーって読み書きする能力なんですよね(笑)。ははぁ、成る程なぁと。


注意(批判?)とかたくさん受けてるぢゃないですか、したらやっぱり直さないと〜〜。だから鬱陶しい輩さんの言われること、説得力無いんですよねぇ。皆さん両の目ガバッて開いてちゃんと見てるんだと思うんですよ(見てないよね、わかってるって)。少しだけ皆さんの言葉に耳を傾けてはくれませんかねー、老婆心ですけどねー。

投稿: | 2009年6月18日 (木) 18時23分

肩凝りさん

お返事頂けないのかな?と諦めかけていたので、レス頂けて大変嬉しく思います。
大変参考になりました。
こちらこそ、ご丁寧にレスして頂き、ありがとうございました。

投稿: Toshi | 2009年6月18日 (木) 18時10分

途中連続投稿?すみません。自分の文章振り返ると「強制労働」は該当しませんね。それに代わるもう少しまともな厳罰があればそれがいいです、 ってことで自分のコメント終了させて頂きます Toshiさん、うまく述べられずすみませんね

投稿: 肩凝り | 2009年6月18日 (木) 13時14分

Toshiさん
ご丁寧にありがとうございます。返事遅れてすみません。さて、自分は文章が大変苦手ですので簡潔に回答させて頂きます。

極悪少年達を痛めつけた教官→「悪」

暴行そのものの行動は→「間違っている」ですな。

ここからは長くなります。確かに自分には報復感情もありますが、「加害者と被害者にとっても」一生牢屋に閉じ込められた上、強制労働などの厳罰が良いのではないでしょうか。まあ血を吐くぐらい というのは言い過ぎでしたがね。とにかく、加害者の反省の有無に関わらず、死刑で「はいさよなら~」とゆうのはあまりにも無意味な気がしますな。この世の中、死ぬより生きるほうがある意味過酷なのでは。
死ぬまで牢屋に閉じ込められる→強制労働などをし、自由を奪われる→犯した罪、後悔、被害者を毎日思い出し、反省し続ける(まあこれはプロ人間の手を借りながらですがね。中には反省しない者もいるだろうが、それはプロに任せるとして)そのように極悪生涯を終えるのが「被害者にとっても加害者にとっても」良いのではないでしょうかね。コンクリート事件の加害者は出所し、前科(コンクリート事件に関わったこと)を被害者男性にほのめかして監禁・暴行してるしね。まあ一生閉じ込められて自由奪われて反省しろとゆうことですな。自分が被害者ならそうゆうことを思いますね。死刑=楽と思ってしまいます。文章下手なんであしからず

投稿: 肩凝り | 2009年6月18日 (木) 13時04分

鬱陶しい輩には文献なんか提示できるわけ無いでしょwww
机上の空論で当たり障りのない、もっともらしいことを偉そうにいっているだけ。
だからさ、先に進まないし突破口なんかあるわけない。当然読む人に理解もされないよ。
批判と空想を言うだけの雑音でしかないわけ。
周りがいくら忠告し改善を促しても馬の耳に念仏だったわけで、救いようが無い○○とはこのことでしょうね。
議論の仕方はもちろん、マナーさえ知らない輩に、何を言っても無駄だとおもうわ。
だいたい、他人の土俵で他人の褌なら批判もできるけど、鬱陶しい輩の場合、他人の土俵で裸で相撲とってるようなものでしょw
文献さえ表示できないものw

内容のない持論ぶちまけるのは勘弁して欲しわ。せめて自分のHPの土俵で思う存分やったらいいんじゃない?
ついでに突っ込みいれるとさ、リテラシーの意味語源の知っててつかっているのか怪しいよね。w
Literacy is the ability to read and write.
自分勝手に理解し自分勝手に表現する鬱陶しい輩に一番必要なのがLiteracyだとおもうけど。
「自殺や強盗に走らずに生活する為のリテラシーを如何に育てるか・・と言う方向になります。」それ以前にお前だろう!という突っ込みがはいりそうw。
内容が無い投函を読み飛ばすのは得策。っていうか、最近わたしもHNみただけで、読まないのは2009年6月18日 (木) 02時07分と同じだわw

投稿: 名前:(任意) 13 | 2009年6月18日 (木) 12時00分

女子高生コンクリート事件、犯人の一人は刑務所に逆戻りしたよな。
凶悪犯に更正は無駄ってことじゃねぇ?
成人も少年も関係ないな。一生強制労働賛成。

投稿: | 2009年6月18日 (木) 10時03分

遅かれ早かれ、ここのブログがつまらなくなるとは思っていたよ〜。書き込む人も限定されてきたしね〜。みんながウェルカムではなくなっちゃったから、離れていく人が多いんだよ。とっても残念なことだね。

投稿: にあ | 2009年6月18日 (木) 09時56分

2009年6月17日 (水) 15時07分が言うとおりだな。皆が参加できるブログではなくなった。つまらない内容だし。
最近は、名前見て内容を読むか判断してるけど、読まない日がおおすぎ。爆
これじゃ、離れていく人も大勢いるだろね。ま、同じ人しか反応しないからわかるだろ。
以前は本当、よかったよな。

投稿: | 2009年6月18日 (木) 02時07分

新之助さん

遅れながらでもきちんとレスして頂ける姿勢に大変感心致しました。

先天性の問題も確かに全否定出来ない所では有りますね。

>そういった見解をすり合わせるより、犯罪者や精神薄弱者に対してどのように社会が対応していくかだと思います。

この観点、私には難しく思えます。
犯罪者や精神薄弱者に対してどの様に社会が対応するか・・・
今の世論はその一つの答えとして「厳罰化」に動いています。
そして私のアンチテーゼは更正プログラムの見直しでも有りますが、それはそもそも犯罪者では無くて犯罪心理を撲滅しようとする観点から来ているものです。
なので、以前に更正プログラムと一般教育の同一性化の必要性にも言及しました。
つまり私の主張では性格・人格・理性・悪意、そしてその構成要素を踏まえるのは避けて通れない道で、逆に、新之助さんの即物的な見解と私の見解の落とし所ってどこかに有りますかね?

尚、更正プログラムの見直しについてはまだ素案段階で、参考資料もへったくれもない状態です(^^;
以前に申し上げた事の繰り返しになりますが、再度申し上げると概要としてはこんな感じです。
・受刑者同士のディスカッション
・心理学的カウンセリング
・情緒教育的カウンセリング
・道徳教育の徹底
・定期的な心理検査によって更正度をチェックし、それによって模範囚かどうかの判断

投稿: Toshi | 2009年6月17日 (水) 21時45分

Toshiさん

レス遅くなりました。
すみません。

人格形成における環境や社会の影響ですが、もちろん多大だと思います。
大半の人間はそれが全てなのかもしれませんが。

しかし、先天的な問題として、脳の機能不全による発達障害もあると考えられます。
社会的認知度の低さや他人への攻撃性などは、人格形成以前に養われていると思います。

犯罪者とは、先天的+後天的な要因によるストレスが理性を越えた時に、生まれるもの、それが私の見解ですので、その辺は議論が噛み合わないと思われますが、大切なのは、そういった見解をすり合わせるより、犯罪者や精神薄弱者に対してどのように社会が対応していくかだと思います。

そういう意味でToshiさんが書き込まれてる、更正プログラムという物には具体的にどういう物か興味があります。

参考文献など紹介して頂けると幸いです。

投稿: 新之助 | 2009年6月17日 (水) 18時48分

なんかガッカリだよ
鬱陶しい輩のせいで、荒廃しちゃったね。この掲示板
前はもっと、為になる議論がなされてたのに
やれやれ・・・・

投稿: | 2009年6月17日 (水) 15時07分

冠さん

なるほど、冠さんの仰る事も一理ですね・・・
ならば英火さんが仰ってる通り、まずは偏見を払拭する社会性改革も必要かも知れませんね。
あと、私が以前提案した更正プログラムは現在の科学で対応しうる最良のケアシステムだと受け取って下さい。
心理学に沿った更正判断と嘘発見器の様な脳波解析など高度化する分は幾らでも出来ると思います。
最低でも「初犯率と同等程度に再犯率を落とす」効果が有るプログラムと言う前提ですので、それでも足りなければ冠さんの仰る様な「信頼関係構築に向け積極的な人との繋がりを大切に出来る」を更正チェック合格ラインにしても良いと思います。
それでも尚、信用が回復せずにあぶれた人は、何かしらの施策で救済すると言う方向でどうでしょう?


英火さん
なるほど、前半の具体像を定めてから対策を練るアプローチ、もしかするとそっちの方が皆に受け入れられやすいアプローチかも・・と思いました。

投稿: Toshi | 2009年6月17日 (水) 00時59分

政治の世界では「徴農」制のような危ない政策が大真面目に語られていること、障害者自立支援法や後期高齢者医療制度による社会弱者の切り捨てなど、書き始めたらキリがありません。ただ私の立場としては、まずは犯罪者への偏見を解くことから始め、犯罪者の人権が尊重されるようになったうえで、ではどんな更生プログラムが適しているか、出所後のアフターケアは?という流れで書きたかったのですが、そのことで他の方にまで遠慮させる結果を招いたとしたら、たいへん申し訳ありませんでした。皆さんにお詫びします。

Toshiさん(6月16日(火)07時49分)へ。なるほど、再犯率が低下すれば偏見や差別も薄まりそうです。先ほど私が述べたプロセスと逆の発想ですね。

ただそれだけでは不十分な気もします。かつて精神障害者は悪魔や魔女として迫害されました。自然科学の発達により一時偏見が弱まるも、今度は実利的な理由から再び迫害を受けるようになります。彼らの人間性がどうにか尊重されるようになったのは終戦後のことだそうです。そしてかつての障害者と同じように現代の犯罪者も、単なる社会の敵としてしか日本では認知されていません。そのような偏見が解けない限りは、刑務所に教育プログラムを取り入れることすらままならならず、それどころかこのまま、受刑者を痛めつけるだけの厳罰化そして死刑判決の量産化が進められる一方だと思います。

投稿: 英火 | 2009年6月16日 (火) 19時03分

TOSHIさんへ。例えば我々の会社で大事なアポをすっぽかした人間に再度同じ仕事を任せるのは怖いものです。窃盗で捕まった人間の目の前に財布を置いてトイレに行くのもまた怖いものです。一度過ちを犯してしまった人間がその汚名を晴らすのは並大抵ではないでしょう。すなわち、どんな更生プログラムを受けた人間でも周りがそういう風にとらえてしまいます。極端な話、出所した人間が自分の街に住むのがわかった時、公民館でこれこれこういう教育を刑務所で受けた。今後自分はこうありたい。いたらない自分ですが宜しくお願いしますと住民の前で挨拶したほうが垣根は幾らか取り払えるのではないでしょうか?反省する気のない人間にいくら教育を施しても本人にその気がなければ豚の耳に念仏だと思います。時計じかけのオレンジのような強制更生プログラムならまた話は別だと思いますが、、、

投稿: 冠 | 2009年6月16日 (火) 17時50分

英火さん

出所後の自立支援の件、土建屋40才さんや冠さんの話も含めて必要性を強く私も感じます。
しかし、やはり急務は高度な教育更正プログラムの導入だと思っています。
なぜなら、
・刑期を終えた囚人は刑法上責任を果たしたと言えるので通常人権が与えられるべき。
・その上で、施策による職場でしか働けない環境は職業選択の自由が阻害されるし、また出所後の囚人全てをカバーするのも難しそう。
・そもそも、なぜ出所後に就職が難しいかと言えば、やはり偏見・差別が有るから。
・なぜ偏見で見られるかと言えば、再犯率が高いから。
と言う事で、再犯率を初犯率と同程度まで落とす実績を作ってしまえば、次第に偏見・差別も薄くなり、就職の機会も増えて行くんじゃないですかね?
その上で払拭し切れない僅かな偏見によってあぶれた囚人を賄う意味合いで施策を講じるとより効率的なのかな・・と思います。

投稿: Toshi | 2009年6月16日 (火) 07時49分

足利事件担当の弁護士さんのインタビュー記事を読みました。
担当弁護士さんは控訴審での自分の戦術上の誤りを認め反省し効率の良い戦術をつかって依頼人の再審に全力を注いでこられたのですね。長いインタビュー記事でしたが、弁護士さんの苦労が伝わってきました。誤りを認め反省謝罪して後に生かす態度は私たちの生活にも必要だと感じました。こちらの掲示板でも、反省も謝罪もできず御自分のイデオロギーやプロパガンダを優先させてコメントしているのではないかと心配になってしまう方がおられますが、、、
今回の担当弁護士さんには尊敬の念を覚えます。

投稿: | 2009年6月16日 (火) 02時23分

Toshiさん(6月15日(月)15時39分)へ。掲示板1で5月30日(土)04時18分に投稿された内容ですね。懲役以外の更正プログラムの必要性は私も重視しています。ただ、具体的に言い表せるだけの知識がなくて実は、機会があればあの文章をそのまま引用させていただこうと思っていました(^^;

それから、仕事のできる人もできない人もそして刑務所から出所した人にも社会のなかに居場所が必要ですね。土建屋40才さん(6月11日(木)21時51分)が提案されたような施策も大いに有用だと思います。健常者と知的障害者の間には明らかな断絶があるわけではないそうですが、彼ら社会弱者に一方的に自己責任と自立を押し付けるのではあまりに無責任です。

投稿: 英火 | 2009年6月15日 (月) 21時56分

たとえばイラク・アフガンの兵士がそうであるように、または死刑を当然視する国があるように、人間は、人を殺すという選択さえ受け容れられるほど環境への適応力が高い生き物です。広島少年院の事件も、人間の順応力の高さを示す一例と言えるでしょう。人間は悪い環境にも思いのほか適応できてしまいます。それが組織犯罪などにつながるケースがあります。

また逆に、社会適応力が未発達なまま成人したために、社会と敵対してしまうケースもあります。「累犯障害者」という本によれば、2004年度の「新受刑者の約3割弱が知的障害者」だそうです。知能指数は正常でも性格的に社会に適応できない人格障害者の数を加えれば、比率はさらに高まると思います。

こうした犯罪の背景が明らかになってゆくのは、おそらく近代以降のことです。それまでは犯罪者は、悪い魂を宿した私たちとは別種の人間と考えられていました。だから犯罪者を奴隷として酷使したり、大衆の納得のいく方法で虐殺したりすることも平気でできていたのでしょうね。

投稿: 英火 | 2009年6月15日 (月) 19時09分

億さん(6月15日(月)01時03分)へ。相談を受けた教官が人格者だったことで発覚したのだと思います。事件が表沙汰になったこと自体は評価すべきですが、事件発覚後の検察の対応はやはりお粗末でした。昨年1年間だけで100件前後の暴行が判明したにも関わらず、立件はたったの4件。告発した少年が名前を挙げた教官について各1件ずつ、批判をかわすための最小限だけ立件した様子です(そもそも100件という数字も、告発した少年がひとりで20件の暴行を受けたことを考えればあまりに少な過ぎると思います)。

少年の受けた心の傷が大きいのももちろんですが、更生の機会を逸したこと、そのことによる二次被害も発生しただろうことを考えれば、臭いものに蓋をする姿勢ではなくこの際、徹底的に調査・立件していただきたいものですね。一罰百戒的な厳罰より不正を見逃さない公正さの方が再発防止には有効だと思います。

投稿: 英火 | 2009年6月15日 (月) 19時03分

スタンフォード監獄実験と言えば、以前、動画サイト某Gで「e.s(エス)」と言う映画が配信されていましたね。

ほぼスタンフォード監獄実験を踏襲した内容の映画なのですが、これを見ると「如何に理性と言うのは環境下に於いて脆弱か」と考えさせてくれるので、こーゆー映画とか「トゥルー・ブルース」と言う映画とかは期間限定じゃなくて永続的に配信してくれる所が有ると良いのですが・・・
いっその事、著作権フリーになってくれないかなぁ・・
なんて密かに思ってます。

すみません、まったくの余談になってしまいました。

投稿: Toshi | 2009年6月15日 (月) 17時12分

肩凝りさん、初めまして。

肩凝りさんの主張は典型的な報復感情ですね。
私は報復心を善とは見ない人間です。
また、肩凝りさんの投稿からは、少年犯罪への厳罰化を是とする意向も伺えました。

そこで英火さんが提供したネタに付いてお伺いしたいのですが、
少年院にて教官が暴行した事件。
少年院に入っている少年達はもちろんながらそれなりの悪事を働いた子供達です。
もしかすると、喧嘩などで相手を殺したり重症を負わせたりした凶悪犯少年かも知れません。
報復感情を善とするなら、そんな極悪少年達を痛めつけた教官は善ですか?
もっと具体的に聞くならば、この教官たちは現行法を犯してる事だけが問題であって、暴行そのものの行動は間違っていないとお考えですか?と言う質問です。

英火さん
>職業訓練や規律性を育てるための目的刑の一環として位置付けられるべきだと考えます。

この部分、私も不必要だとは思っていませんが、以前に私が申し上げた「教育更正刑であるべき」「更正プログラムを見直すべき」と言う観点はどうですか?
私はこれが一番重要だと思っているのですが・・・

投稿: Toshi | 2009年6月15日 (月) 15時39分

女子高生コンクリート事件もそうだな。 少年法甘い。一生強制労働で

投稿: 肩凝り | 2009年6月15日 (月) 01時34分

英火さん。
スタンフォード監獄実験に関しては知りませんので何とも言えませんが、少年院の教官の横暴を立件できた自体に、ただひたすら人権の進歩を感じます。
何故、発覚したのでしょう…
言うまでもなく再犯率に抜群の数字的比率を誇っているのが、この少年院上がりの成人犯罪です。
末尾の成人を過ぎてからの環境問題に関しては同時に理性も発達していくはずですから特殊環境下に置かれた個々の理性が最終的に犯罪に直結するか否かの問題の一つになると考えます。
その成人してからの特殊環境下が少年院のトラウマで理性の発達を妨げなければ良いですけどね。小田島確定死刑囚などは典型的スパイラルかなと思ってます。

投稿: 億 | 2009年6月15日 (月) 01時03分


北九州監禁殺人事件は本当に胸が痛くなる。幼い子どもにもその子の家族を殺す手伝いをさせた。容疑者は血も涙もない人間。容疑者の男女、とくに男には向かっ腹がたってしょうがない。こうゆう犯罪者をみると特に、ジワジワネチネチとたっぷり時間をかけて痛めつけてやりたいと思ってしまう。同じような目に、それ以上に痛めつけて苦しめてやりたいと思ってしまう。でも死刑にしたところで、何か解決するのかとも思う。その生涯終えるまで、血を吐き出すほどの強制労働をさせられ、自分の残虐な罪を後悔し、被害者に報いるべき。被害者を思いながら己の犯した罪を反省しろと言いたくなる 生涯終えるまで、毎日被害者を思い続けるべき。死刑でスンナリと命を絶ち、はい終了、なんて絶対許せない

投稿: 肩凝り | 2009年6月15日 (月) 00時51分

Toshiさん。
言葉足らずでスミマセン。
一連の名無しさんのレスの流れからして最後に元祖何様さん的な文体で締められると、一見した人は元祖何様さんが名無しさんと勘違いするのではという危惧からです。
確かに私が言うことじゃないですけど…。

投稿: 億 | 2009年6月15日 (月) 00時32分

暴行陵虐容疑で4人の法務教官が逮捕された広島少年院の話ですが、ほとんどの教官が暴行の事実を知っていたのに今までそのことを黙認していた疑いがあるそうです。「暴行を受けたと知ると、にやにやと笑っていた」という証言まであります。というわけで一連の記事を読んで思い出したのは、ごく普通の市民だった被験者らが看守役という仕事を与えられたがために加虐性を増していく「スタンフォード監獄実験」でした。

スタンフォード監獄実験と同じように広島の少年院だって、悪質な人間を選りすぐって採用したわけではないでしょう。しかし採用された先では、良心を失い易い条件が整っていました。「朱に交われば赤くなる」というようなこともあったかもしれません。このように人間の性質は、成人してからでさえ外部環境によって大きく変わります。そして彼らのような犯罪者を隔離して更生させるのが社会の責任だと私は思っています。刑罰としての懲役も、国家の営利目的や身体刑の一種として科されるのではなく、職業訓練や規律性を育てるための目的刑の一環として位置付けられるべきだと考えます。

投稿: 英火 | 2009年6月14日 (日) 19時48分

億さん

まぁ、なぜかは分りませんが、元祖何様さん本人も「黙認」されてるみたいなので、ご本人のクレームが付かない限りその辺は自由で良いんじゃないですかね?

投稿: Toshi | 2009年6月13日 (土) 23時56分

私も
英火 | 2009年6月13日 (土) 13時46分
の後半の意見に激しく賛成です。
まずはリテラシーありきかなと・・

(ごめんなさい、英火さん。私も道州制導入の議論が有る件は有る程度知ってますが、その辺は余り問題視してません。)

投稿: Toshi | 2009年6月13日 (土) 22時13分

前回の私のコメントがなぜか変な所で途切れました。後半の一番言いたかった事が途切れたので何を主張しているのか分からないと思います。申し訳ありません。本日は時間がないので後日書き込みさせていただきます。

投稿: 冠 | 2009年6月13日 (土) 18時21分

Toshiさんよ、前置きはわかった。それで、君はどうすべきだと言うんだい?

投稿: | 2009年6月13日 (土) 17時36分

冠さん

パレートですね。
ぅーん、それを前提としてしまうと絶望しか無いので、私としてはハインリッヒとかロングテールで行きたいと言うスタンスです。
要は、少なくとも様々な対策によって安全性の向上の「底上げ」が出来る・・とか、28の8に対しても別のアプローチで有効に成り得るんじゃないか・・と言う考えです。

人格形成に付いては、冠さんが仰るとおり本当に多角的な問題が様々有ると思います。
社会から廃盤扱いされて性格が捻じ曲がる・・確かにそう思います。
でも、例えば「じゃぁなんで社会から廃盤扱いを受ける人間になったの?」と考えれば、会社であれば上司に対する不満しか持たず、自分では何も変えようとしない性格だから・・とかかも知れません。
じゃぁ、なんでそんな性格になったの?ってどんどん深く考えて行けば、やはり幼児期まで遡って考えねばならず、そこで一番重要なファクターはやはり両親だったり学校の教師だったりTVだったりする訳で、結局今の大人の価値観を見直すしかないと言うのが私の持ってる結論の一つです。
また、これらは全て、個々の相対性は絶対に避けられない話なので、問題は全体を底上げしつつ相対分布を如何に狭められるかですよね。
その方法論の一環が私のここでの参加でも有るのですが・・・

投稿: Toshi | 2009年6月13日 (土) 17時34分

失礼した名無しさん。
元祖何様さんの文体構成を使うのは元祖何様さんに失礼じゃないですかね。
そういうのをパクリ疑惑と世間では認知されてますが…

投稿: 億 | 2009年6月13日 (土) 17時32分

皆さんの意見は本当に参考になる箇所が多々あり、ありすぎるので、先日話されていたように本になっていると読みやすいんですがね…
今出ている『死刑囚の使い道』案?も、それを実行するためにはどんな手続きが必要かというところまで発展し、遂には実現させてほしいな~と思います。
国民の理解も得られなければいけないし、これから話し合わなければいけない話は沢山あります。
話は大きくなりすぎますが、実際それほどのことを話さなければ、刑法について話す意味も無いし、最初から話す必要もないと思います。
新しく来る方からみれば話が脱線しているように見えますが、毎回最初から読んでくださいと言うしかないでしょうかね。
話し合いが話し合いで終わる必要はないと思います。
糸口が見つかればその実現に向けて、詳細に目を向けながらも確実に進んでいって欲しいと思います。
究極なことを言えば、自分が自民党か民主党の議員になり意見を述べることが一番かな。
無理であれば政治のご意見番になり、政治家に示唆できる立場になることでしょうか。

投稿: @ | 2009年6月13日 (土) 14時17分

TOSHIさんへ。その通りだと思います。私や土建屋さんが提案する国営農場とは正に理想論でありとても実現するなどとは思っていません。何故なら如何なる素晴らしい施設を作り、国民が生活に困らないようなシステムを作り出しても必ず犯罪者は出るからです。私が会社に入ったばかりの頃、上司に28の法則というのを聞かされました。あらゆる生物、人間を含め組織の中では2対8で働く者と働かない者に別れるという法則です。2が働く方です。働かない8を除外しても残った2の中からまた2対8で働く者と働かない者に別れます。これは生物だけに限らずあらゆる分野でも当てはまるのです。私は商品を扱っています。売れない8を除外してもまた売れない8が発生するのです。つまりどんなシステムを構築してどんなに悪人を排除しても犯罪者は決して無くならないというのが私の考えであります。仰る後天的な人格形成はあらゆるポイントであらゆる角度から形成されると思います。8の方に入り、社会から必要とされず廃盤扱いされた人達の性格が曲がっていくのは必然じゃないかと、、、ただどんな人間も不満の一つや二つはあり、あらゆるポイントが加算された時、爆発して犯罪に走るのではないでしょう

投稿: 冠 | 2009年6月13日 (土) 14時09分

皆さんの考えた社会政策をなるほどと思いながら拝見していました。「最良の社会政策は最良の刑事政策」という言葉で表されるとおり、日本は刑罰に過大な期待を抱き過ぎだという思いは私も強く持っています。たとえば政財界では今、道州制の議論が盛んにおこなわれています。刑罰への関心の高さに比べて、この道州制が社会にどういう影響を及ぼすのか無関心な人は多いのではないでしょうか。いくつか挙げれば、富裕層と大企業の囲い込み競争、その裏返しとして社会福祉の削減競争、そして犯罪の温床となるスラム街の発生などが考えられます。というわけで、「もっとも効果の高い犯罪予防は道州制導入を予防すること」と言って過言でないと私は思っています。

ただ、ここの掲示板で社会政策の具体的な議論をするには少し時期尚早かもしれない、という気も同時にしています。というのは、死刑という刑罰に罪悪感を持たない国民がほとんどな状態でいくら社会政策に目を移せと言ったところで、別々の議論として切り離されてしまうだろうからです。人間の性格を脳科学的・病理的に分析する思考も定着したと言うにはほど遠く、犯罪者を悪人として断罪、そのうえで悪人に人権なしとする傾向はむしろ強まっているように感じます。このような諸問題がクリアできたうえで、死刑廃止を当然の前提としつつ社会政策についてより突っ込んだ議論ができたらな、と個人的には思っています。

投稿: 英火 | 2009年6月13日 (土) 13時46分

冠さん

生活に窮する犯罪者予備軍に働いて貰いたいとのご意見、非常に難しい問題に感じます。
特に昨今の経済情勢を鑑みると出所後の環境設備に話は止まらず、今現在急増するコンビニ強盗、タクシー強盗、万引きなどにも話は波及し、これの対応となると経済対策をどうするかと言う話になります。
経済対策をどうするかと言うトピックは死刑存廃議論と同等程度に難しい問題で、とてもこの掲示板でカバー出来る問題とは無いと思えます。
せいぜい、今の経済不況下に於いて、生活に窮する人々の中でも犯罪に走る人と走らない人、自殺を選ぶ人などに分かれる、と言う部分議論にならざるを得ないのかな・・と言う気がします。
そうすると私的にはいつも通り、環境に於ける人格形成、相互幇助の精神を如何に育てるか、自殺や強盗に走らずに生活する為のリテラシーを如何に育てるか・・と言う方向になります。

投稿: Toshi | 2009年6月13日 (土) 10時52分

いつも携帯からなので何時何分にコメント頂いたか分かりかねるのですが、、申し訳ありません。私は基本的には死刑賛成派です。従って国営農場で死刑囚を働かせるという考えではなく、生活に窮する犯罪者予備軍に働いてもらうという考えです。ただ私的にもこのブログを読み、皆さんの意見を聞いていると死刑制度が正しいのか正しくないのかよく分かりません。ただ今の日本の最高刑が死刑であり、それを知っているにも係わらずそのルールに抵触して死刑判決を受けたのだからルールに従って死刑を執行すべき。という考え方を持っています。ただ果たして本当にこの死刑囚は死刑が妥当なのだろうか?冤罪なのか?あっさり執行して誰が幸せになるのか?などこのブログを読んで今ひとつ気持ちがスッキリしない自分がいます。あの史上最悪の殺人鬼、勝田清孝も死刑を宣告されてから点字に心血をそそぎ、毎日懺悔の日々を送っていたそうです。死刑囚とならなければそのような気持ちにはなっていなかったでしょう。宮崎勤は訳も分からないまま死んで行ったんじゃないでしょうか。誰が死刑囚の反省を望んでいるのか?反省したところで全く無意味じゃないのか?死刑にして命を奪う事に何の意味があるのか?など難し過ぎるテーマに多分この先も答えは出ないような気がします。PS 今後もすっかり忘れていた国営農場の話や高齢懲役囚の出所後の生活の話など再犯、防犯の話が皆さんとできればな、と思います。

投稿: 冠 | 2009年6月13日 (土) 07時34分

皆さんの意見を見ていて、感じたことがあるの。
死刑存廃とは関係の無い話で、死刑囚に限っての話になるんだけれど、現状では、刑罰が懲役ではなく死刑だから、単に刑の執行を待っている期間は労働義務がないんだよね。だから死刑囚の待遇良すぎじゃないの?っていう非難のコメントがこのブログでもたくさん寄せられたわ。
それで、思うんだけど、懲役というとらえ方ではなくて、自分が毎日食べる食事や、トイレットペーパーを購入のための労働という見方をして、刑の執行を待っている期間、作業を義務つけたらいいとおもうの。私たち一般人だって生きるために、食べるために働いているのだし、このアイディアは人道的な気がするのよ。そして今まで死刑囚の生活費に当てていたその税金を、一般の犯罪予防のための福祉にあてたらいいんじゃないかな。

投稿: 名前:(任意) 12 | 2009年6月13日 (土) 04時55分

私は「現状は死刑制度は廃止すべきではない」と思っているが、土建屋殿・冠殿お二方のように具体案を提示くださると、大変に解りやすいように感じた。お二方、有難う存じます。

お二方のアイデアから「極刑を下された者(死刑囚)」については、国の管理の下「労働力」として確保することで、犯罪者の生命を生かすとゆうことが理解出来る。「死刑囚の生命を生かす」とゆうことを考えたとするならば、現実的には「死刑囚専門の国営企業」これしか無いかもしれぬ。(被害者・遺族の感情は考慮せず)


私は何度も述べるが「現状では死刑制度は廃止すべきではない」と思っているが、お二方のように考えを提示頂ければ、成る程より良い方法があるやもしれぬ、と考えを巡らすようになる。

一つ気になったのだが、例えば「死刑囚専門の国営企業」に殺人犯罪者を従事させるとしよう。それは、一般的な社会人と同じ労働ではマズイのでは?と思うのだ。つまり、「本来死刑になるべく犯罪者」であるから、危険な業務(例えは悪いかもしれぬが原子炉勤務であるとか)の労働力として国が確保をしたら如何なものか?。私が何が云いたいのか解り難いやもしれぬが、幾ら国の管理下とはいえ、無期限の懲役囚との格差が必要だと思うのだ。「一度救われた生命」を危険に曝しながら生きて欲しいと、私は思うのだ。危険なら危険な程良いと思うのだ。でなくては「償い」にならぬ。


乱文にて申し訳なく思うが、私の中での妥協案ではある。


Toshiさん、貴方さんは土建屋殿・冠殿のような、そして私のような提案は提示出来ていない、故に死刑支持者の理解は決して得られない。貴方さんの性格も「環境」により形成されたものであり、現代社会に於けるある種の魔女であろう。

失礼する。

投稿: | 2009年6月12日 (金) 23時25分

冠さんへ。

そうです。国営農場の案は冠さん。舞さん。元祖阿様さん達と議論していた時の案ですよ。
その他にも高齢で出所した時の福利厚生の問題も皆で話しましたよね。

またそのような議論も出来ればと思っております。 

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月12日 (金) 19時06分

土建屋さん。お返事ありがとうございました。土建屋さんがイメージする国営農場は以前、舞さんと土建屋さんと私でこういうのはどうかという話の発展させたお考えでしょうか?あの後、このブログが大いに荒れ、土建屋さんのコメントを見るまで忘れておりました。土建屋さんのもとに来られる方々、働きたくても職がない方々にピッタリ当てはまる素晴らしい案だと考えます。日雇いの方々の多くは年金や保険など加入していない方も多いのではないでしょうか?今朝の毎日新聞に国民保険を払うのも限界があるという記事がありました。きちんとしかるべき会社で正社員として働いていないと福利厚生も厳しい世の中です。病気をした時やご飯を食べるにも困る状況に人が追い込まれた時、一部の人が犯罪に走るのが分かるような気がします。公務員とは別の生産して営利を作れる国営会社があってもいいような気がします。これからの世の中、戦後間もない頃のように働く所が無く、生活に窮したら犯罪に走るしかない人達が増えていくのは必然かと思われます。

投稿: 冠 | 2009年6月12日 (金) 15時03分

任意11さん。

評価していただきありがとうございます。
「多分批判されるだろうな」
とか思っておりましたので意外な展開に多少驚いております。

それと世の中を住みやすくするのは私たち1人1人の意識を良い方向に変えていく事も勿論大事だと思いますがやはり結局は国の施策を司る政治家の判断力に左右される部分も多々あると考えています。

例えば定額給付金とか。ギャンブルや風俗を取り締まる風営法の問題・サラ金。闇金の違法金利の問題。そういう問題もこの場で細かく議論出来れば良いな。とか思っております。


投稿: 土建屋40才 | 2009年6月12日 (金) 13時52分

なんだか、話が混ぜ混ぜになっているきがするんだけど、

住み良い社会になれば、犯罪防止あるいは、犯罪縮小に繋がる。というのは凄くわかるのよね。住み良い社会にするにはどうしたらいいのか、という‘理想’は誰にでもあると思う。ただ、2009年6月11日 (木) 16時14分が指摘しているのは、それにはどうしたらいいのか?という具体案もださずに批判だけしている死刑反対者がいるから、消化不良を起こしているっていうことなんじゃない?
理想論をぶちまけるのはかまわないけど、じゃぁ、今生きている現状をどう変えたらいいんだ?という具体的な提案部分が全く廃止論者から見えてこないわけ。

死刑賛成の人は現実論=名無しさんの言う地上ってことで、意見しているのだとおもうよ。
今の社会があって、良くも悪くも毎日その社会で生きていて、小田島さんのような犯罪者が出ているよね。その犯罪者に対する処罰に対して、ただ死刑廃止をしても納得できないといってるわけじゃん。そしてその理由もきちんと述べているわ。

土建屋40才さんは犯罪防止のための具体的な斬新な意見アイディアを提供してくれたわ。冠さんはそれに対して思っていること疑問などを投げかけているでしょ。

他の人は、どう思っているのか知らないけど、わたしはそういう議論ならすばらしいとおもうの。論破ではなくて、本気でそういうことを考えている人との話し合いなら進歩があると思うよ。

投稿: 名前:(任意) 11 | 2009年6月12日 (金) 10時12分

冠さん。返事ありがとうございました。

私は年に1~2回程、災害復旧工事の現場管理をさせられる機会があるんですがその時の募集で集う期間工(日雇い労働者)の中に紛れている刑務所経験者に体験談を休憩時間や現場のバーべキュウ大会でよく聞くんです。

多いのは窃盗罪〔下着泥棒)、薬物関係ですね。それとかパチンコで体感機を使い逮捕されたと言う者もいました。

犯罪者というと凶悪な性格というイメージがありますが
殆どの軽犯罪者はおとなしくて内向的な人が多いと感じています。 

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月12日 (金) 07時31分

土建屋さん。国営農場はいいアイデアだと思いますが、、性欲にしても結局お金があればしかるべき所で処理できます。お金がなく性欲を満たせない人が強姦の大半を占めるのかなと思います。ビデオなどで影響されて強姦する人もいるでしょう。但し小林薫や宮崎勤のような幼児に向かう性癖や下着や物に向かう性癖など色々ありダッチワイフの件は難しいかと、、、それと重要なのがやはりギャンブルです。ギャンブル絡みで借金を作り犯罪を犯してしまう人が後を絶ちません。以前にも供述しましたが、私の後輩はギャンブル依存症で借金を作り自殺しました。犯罪には様々な犯罪があり犯罪を犯す理由も様々だとは思いますが、大きく分ければ犯罪理由はそんなに多く無いような気がします。怨恨、金絡み、性癖など。逆に土建屋さんにお伺いしたいのですが、土建屋さんのところで働いておられる元懲役の方々は主にどんな罪を犯したのでしょうか?失礼な質問と知りつつも以前のコメントに興味を惹かれてしまって、、

投稿: 冠 | 2009年6月11日 (木) 23時26分

死刑存廃論の話ではありませんが少し視点をかえて犯罪心理を考えてみた。

代表的なのが貧困による強盗。これからますます格差の
激しい時期が来ると予想されます。現在生活保護受給者は100万人を超えこの国は堕落の一途を辿っている感があります。人間っていうのは弱いもので生活を保護されると労働意欲を無くしてしまうんですよね。

そこで私が考えたのが国営農場。国で3食と住居を保障して適切な就職が決まるまでの一定期間穀物や野菜の生産活動を従事させる。就職が決まれば必要最低限の準備金を交付する。

そして性犯罪。国営のソープランドの様な施設をつくり、欲望を発散させる。相手が人間では問題があるので
国家予算と最先端技術者にリアルダッチワイフを開発させる。その人の個性に合わせて男女いろいろなパターンを作成する。

どうでしょうか。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月11日 (木) 21時51分

通りすがりさん

>警察・検察・裁判所など判決に至るまでの各過程を見直す時期にきてるのかも知れないですね。

非常に素晴らしい論点だと思います。
また、
>それが死刑制度の存続にも発展していく気がします。

これも重要な要素として、まさに仰るとおりです。

少し前になるのですが、億さんと裁判制度の問題点を議論した事が有ります。
その議論にも通じる事柄でも有ります。
私は、お粗末なDNA鑑定で判決を下してた事よりも、お粗末なDNA鑑定を絶対的な証拠としてた採用してた司法の姿勢こそが問題だと思っています。
その姿勢が有るからこそ、調書作成段階で悪人を演じさせられるハメになり、検察が裁判で魔女を仕立て上げ、弁護側の再鑑定要求さえ却下する裁判所が有罪を言い渡す。
つまりは「悪人ありき」の姿勢こそが批判されるべき点だと思っています。
話は横道にずれますが、WEBで良く見かける「犯罪者に人権はいらない」が益々世論の声として大きくなって司法に反映され様ものなら、今回の様な冤罪発覚は有り得なくなる懸念も大きく有ります。
犯罪者に対しては誹謗中傷が許されると思ってる人々が、如何に菅家氏を傷付けたかを考えるとなんとも言えない気持ちになります。
この様な冤罪被害に対して十分な補償がされていない現実(国家賠償が認可される事はほぼ無い)を考えると、これも大問題だと思っています。

投稿: Toshi | 2009年6月11日 (木) 21時29分

Toshiさんレスありがとうございました。
今話題の足利事件について言わせて下さい。これは当時のDNA鑑定を根底から覆す大問題ですよね?秋葉原の無差別殺人のような現行犯は別ですが証拠を持って犯罪を立証せざるを得ない事件などは今後もどうなっていくんでしょうか‥現在はDNA鑑定も当時と比べものにならないぐらい精巧になっているとは言え100%確実ではない。
「人が人を裁く」冤罪が疑われている高知白バイ事件などもあり、警察・検察・裁判所など判決に至るまでの各過程を見直す時期にきてるのかも知れないですね。
それが死刑制度の存続にも発展していく気がします。

投稿: 通りすがり | 2009年6月11日 (木) 19時58分

2009年6月11日 (木) 16時14分へ
名無しさんはスルーつもりだったのですが、珍しく内容に対する反論だったのでレスします。
ただ今後は名無しさんである限りスルーするかも知れません。

結論から言えば、
>何から何まで世の中のせいにされたのではタマッタものではない。

それは責任回避に見えます。

>「犯罪が起こるのはこの世の中が悪い」と云ってるように聞こえるのだよ。

原因と言う物を時間軸で考察できませんか?
直接的な原因は言うまでも無く犯罪者が悪いに決まっています。
しかし、それだけを責めているのが「今」の社会ですよね?
それで犯罪は減っていますか?

>世の中が良くなれば犯罪は減るか?、否!。

そう言い切るだけの理論が見えません。

>社会のせいにするな!。それでは「犯罪者と同じ」ダロ?。

犯罪者が社会のせいにしたら言い訳ですが、だからと言って我々が反省しなくて良いと言う結論にはなりません。

>それは「犯罪者は社会に受け入れられない」からだよ。
先にも述べましたが、時間軸で考えて下さい。
何か人々はシンプルな理由しか求めていない気がします。
単純な善と悪だけ・・と言う様な。
例えば貴方が車を乗っているかどうかは知りませんが、もし車に乗っているならば、法定速度を守ってますか?
法定速度を守らないのは立派な犯罪ですが、これを守らない人はなぜ守れないのでしょう?
守らない貴方がだけが「悪」ですか?
(犯罪の重度が違うとか言う野暮な突っ込みはご遠慮下さい。)

>「凶悪犯罪者」を簡単に、聖母のやうに受け入れることが出来るかい?
別に犯罪者を許せ・・と言う議論はしていませんが?


私から見れば、犯罪者のみを凶弾するのは社会責任を「責任転嫁」して魔女を作り出しているだけに見えます。

投稿: Toshi | 2009年6月11日 (木) 17時13分

Toshiさん。


わたしゃ、貴方が「犯罪の要因」として、「犯罪が起こるのはこの世の中が悪い」と云ってるように聞こえるのだよ。つまり責任転化って奴に見える。悪いのは世の中ではなく「犯罪者」だ。環境の違いに於いての人格形成は確かに違う。だから何か?、世の中が良くなれば犯罪は減るか?、否!。

貴方は全く「他人事」でしか物事を見ていない。だから「世の中住み難い」、わかるかね?。社会のせいにするな!。それでは「犯罪者と同じ」ダロ?。


社会、つまり世の中がどうであれ、犯罪を犯す者は犯す。犯罪が一度で済めば、良い。凶悪犯は二度も三度も犯罪を犯す。何故かわかるかね?。それは「犯罪者は社会に受け入れられない」からだよ。貴方も一度窃盗なりしてみれば良い。社会的地位を失い、それは程無くして第二の犯罪へ繋がる。


だからといって世の中が「凶悪犯罪者」を簡単に、聖母のやうに受け入れることが出来るかい?。無理だろ?。こればかりは致し方がない、犯罪とは悪いことなのだから。犯罪者、少なくとも「殺人犯」は怖いわけだよ。貴方は凶悪犯にパンを与えることが出来るんだな!、見上げたもんだ!。


今の世の中ってのは、確かにおかしい。しかし、その世の中に儂らは生きてるわけでね、何から何まで世の中のせいにされたのではタマッタものではない。

投稿: | 2009年6月11日 (木) 16時14分

ぶり返したくは無いんだけど
けじめをつけたいので、一言だけ質問。
だって、わたし名前が挙がった当事者っぽいもん。
億さんは、私に空気を読めといったよね。
だからきく。ストレートにきくよ。名前任意君を4回で言論封鎖するといったの?

投稿: 名前:(任意) 10 | 2009年6月11日 (木) 13時52分

@さん

@さんが周囲に与える誤解を懸念した親切心での指摘で有った事は理解していますよ?
ただ指摘をされたのが@さんでしたので、@さんへの返事と言う形になってしまいました。

それと、自サイトに関する件は空メールでも良いので一度メール下さい。
(下の英火さん宛てのレスに書いたメアドまで)


新之助さん

それだとちょっと議論が後退していませんか?

>結局犯罪を犯す者は、例え環境がどう変わろうと、何かに不満を覚えて犯罪に走ると思いますよ。

この点に付いて私もその通りだと思っています。

>その中で、どう生きて行くのかが個人の資質じゃないでしょうか。

その「資質」はどうやって作られるのか、後天的に作られるのでは無いか・・
と言う前提で2つの質問(2側面)をしましたが、この質問に対する回答は有りませんか?
是非お答え頂きたい事柄です。

あと一応確認なのですが、性格は遺伝などの影響も若干有るものの血液型性格判断の域を超えない程度だと思っていますし、人格は間違いなく後天的に作られると言うのが現在のコンセンサスですが、この点は大丈夫ですよね?
もしこの部分を否定されているのならば、今の議題そのものが不適切だと言う話になりますので、人は生まれながらに理性や人格を持っているか・・と言う議論に移行したいと思いますが・・

>でも、少なくとも死刑廃止が、この国を良い方向に導くとは思えません。
これは既に肯定済みです。

投稿: Toshi | 2009年6月11日 (木) 02時41分

土建屋40才さん。
連続無差別殺傷事件の中で、池田・土浦・アキバと連鎖しているのが厄介なところですね。
宅間元死刑囚の場合は措置入院の前歴があり不起訴事犯の前歴もあり、起訴されても心神耗弱で死刑にはならないと思っていたフシを感じてます。
つまり、そのための演技…と。

確定判決後は半年以内の未執行は憲法違反だと国賠を起こして人生を捨てた感じを受けますが。

投稿: 億 | 2009年6月11日 (木) 01時41分

Toshiさん

確かに社会や環境の与える影響って大きいと思います。
犯罪者のみならず、全ての人間に。
その中で、どう生きて行くのかが個人の資質じゃないでしょうか。
結局犯罪を犯す者は、例え環境がどう変わろうと、何かに不満を覚えて犯罪に走ると思いますよ。

実際、世間にも問題は多いと思いますが、餓えて命を落とす人もいる国もある事を考えれば恵まれた国じゃないですかね。
そういう意味で、凶悪犯が生まれた土壌を社会や環境に責任転換する気にはなれません。

もちろん変えて行かなければならない部分も多いと思います。
でも、少なくとも死刑廃止が、この国を良い方向に導くとは思えません。

それは理性を失った時、異常な状態になるのでは無く、本性が現れると考えるからです。

投稿: 新之助 | 2009年6月10日 (水) 23時59分


世の中いつまでたっても平和にならんわなあ ここの一部の人らのコメントの仕方見てたらそう思いますわ

投稿: 蛍太 | 2009年6月10日 (水) 19時41分

2009年6月10日 (水) 03時51分の通りすがりさん。

遠回りに感じるのはしょうがないですよ。
通りすがりさんの指摘する死刑存廃議論は過去何年にも渡って水掛け論を展開して来て不毛の域を超えないのですから。

私が今ここでやっている事は「水掛け論にならない議論を行う為の準備」として今まで他の人が余りやらなかったアプローチを「具体策」として行動しているつもりです。

今はフォーカスが私個人に当たる発言がどうも目立ちますが、 閲覧者の中には私の声に耳を傾けて下さっている方々もいると感じていますし、逆に特定個人にフォーカスを当てた発言こそ、この掲示板の使い方を間違えているとも思っています。

特定個人にフォーカスを当てた発言の十中八九は「内容」に対する反論なり賛同なりでは無く「態度」とか「人格」批判に終始してたり罵倒逃げだったりするのですから。

まだ通りすがりさんの様な温和なアドバイスの域で有れば場が荒れる事も無いとは思いますし、私は歓迎できますが。

投稿: Toshi | 2009年6月10日 (水) 16時53分

Toshiさん
私が容赦する、しないの話ではなく、客観的にみたら、の話です。
ついでに私はトシさんの話は大変参考にしてます。
英火さんではありませんが、私もトシさんサイトで日本神話について書き込ませていただこうとしたら、同じことになりました。
そっち系でしたらトシさんよりか詳しいかと(謎
脱線しまくりですね…
脱線といえば、死刑についての話し合いから脱線しているという書き込みをされた方がいますが、刑法を話していくうち、根本的な面を見直さなければならないことに気づき、今それを話しているところだと思います。
話していくうち、刑法の話につながると思います。

>億さん
今話されている内容は今までにない貴重な話し合いだと思います。
間違いなく高まっています。諦めないでいただけたらいいのですが。

投稿: @ | 2009年6月10日 (水) 15時26分

やぁToshi君と億君、君たちの謀議は面白かった。
億君は、名前任意君を4回で言論封鎖するんだろ?まぁ、頑張れや。
君は、賛成派のバカといってたな、俺様は正しい知識もあると。かなりの自信家で自惚れも強いようだ。
Toshi君、あそこは君が管理人だ。
あのやり取りは、もう削除しちゃったのかい?

投稿: | 2009年6月10日 (水) 10時35分

新之助さんに同意。
進展しましょう。

投稿: 億 | 2009年6月10日 (水) 09時00分

あんまり特定の人のみ、やり取りするのは好まれないような空気もあり控えようと思ってましたが、名前:(任意)さんの御指摘がありましたので(9)へのレスです。

『運がわるかった、よかった』と『運命』という意見(案)は、それはそれで良いのではないでしょうか。
ただそれは人の死生観に対する諦観心ではないでしょうか…ね。
死に関しては私も、全く同じ考え方をしますし。
しかし、それを死刑存置論の土台にすると被害者や被害者遺族という存在も『運がわるかった』で片付けられてしまうという考え方になりますよね。
闇サイト殺人事件の被告が、何故被害者を狙ったのかの問いに『偶然に居合わせ被害者の運がわるかった』と同意に感じますし、荒川沖の被害者が『運がわるかった』のとも同じで、そのように受け止めました。
それが、名前:(任意)さんの意見(案)の一つだとしてハッキリしたので、これからが具体的な議論だと思ってましたが…
名前:(任意)さんが受け入れられない過去レスの部分部分を掘り出してくると議論が進展していかないと思いますし、自身が仰るように特定読者が読むものを意識して、同じく投稿者の皆さんが仰り高まりつつある尊重志向での議論進展に向かわないと思うのでレス(10)はいらないよ。
『ハイハイ、それでも死刑賛成だよぉ』なら、それ以上、それ以下もないわけだから自己完結していて別に良いと思いますよ。
今の空気読もうぜって話しです。

投稿: 億 | 2009年6月10日 (水) 08時44分

最近コメント見てて思うんですがこの掲示板で語る趣旨って何でしょう?
犯罪をなくす手段を講じる場?死刑になり得ないような万引きとかもないような世の中にするって事を語り合う場?
そもそもが死刑囚の獄中ブログの中での掲示板ですよね?
死刑制度の是非を問う場であるべきような気がするんですが。死刑制度の良い点・悪い点を討論すべきでは‥
話があまりに脱線し過ぎて論点がズレてるように思います。
皆さんと語り合える場になるようToshiさんが頑張っているのは分かるんですが何か空回りしてるような。もっと簡潔に分かり易い感じにすれば良いと思いますよ。

投稿: 通りすがり | 2009年6月10日 (水) 03時51分

小難しいことを、言い合ってもしょうがないよ。

簡単に、人を複数も殺す悪人には、
早く死んでもらいましょう。ってこと。

逮捕されてから、三年で執行という
ベルトコンベヤー方式が良いよね。


とにかく、未執行が100人もいること自体が変なんだから。

投稿: 法 | 2009年6月10日 (水) 02時13分

新之助さん

ボーダーラインと言うのは限界が有ると言う事ですね?

>自分の本能が理性に勝った時、人は犯罪を犯してしまうのでは。
>こういった人間は環境や社会だけが原因では無く、生れついての資質があるはずです。

これに付いては二つの側面で考えるべきだと思っています。
一つは、例えば35歳の人が犯罪を犯した時、その人の人生の30年以上は我々と同じ様に「自分が犯罪者になるなんて有り得ない」と考え、今までずっと理性を保てた人だったと思えます。
そんな人がなぜ、有る時突然に罪を犯す事になってしまうのか・・
理性とは、もしかしてその時々で変動するものかも知れませんね。
いずれにせよ、なぜでしょう?

そしてもう一つは、その理性の強さも育ち方や環境によって、強い人や弱い人が出来るのではないか・・と言う事です。

この二つの側面について新之助さんはどうお考えになりますか?

>その親から生まれた子供でなければ起こさなかった事件なのかなと思いました。

ちなみに、これは生まれ持った資質では無く、後天的な環境(家庭環境)だと思います。
そして、その親の性格や育て方も社会に強く影響されていると私は感じました。

投稿: Toshi | 2009年6月10日 (水) 01時51分

英火さん
取り合えず temp3@secret.ddo.jp まで空メールでも構いませんのでメール下さい。

@さん
知識の件は既に他意が無い事は説明済みですが、単に言葉選びの問題なのであれば可能な限り善処します。
理性の件は、私の中で一番問題視しているテーマなので難しいです。
理性の強弱に関する表現を無しには、今の新之助さんとのやりとりもままなりません。
これについてはご容赦の程。

投稿: Toshi | 2009年6月10日 (水) 01時49分

土浦事件の金川被告も池田小の宅間死刑囚も自ら進んで死刑を望んだ訳ですが果たして本心で死にたいと思ったのだろうか。

私は精一杯の最期の見栄を張っただけで本当は違うような気がしてならない。

投稿: 土建屋40才 | 2009年6月10日 (水) 00時22分

Toshiさん

>社会と個人の立場から我々の持つ共通要素を洗い出し反省・改善をしていかないといけないと考えています。

おっしゃる通りだと思いますし、個人のモラルを高めて、少しでも社会に反映出来ればと思います。
でも、この考え方で対処できる犯罪にはボーダーラインがあるのではないでしょうか。

確かに犯罪者の生まれる要因に社会や環境といったものもあると思います。
でも一番の原因は「欲望」だと思います。
自分の本能が理性に勝った時、人は犯罪を犯してしまうのでは。

たいがいの人間はどこかで理性が勝り、どこかで歯止めをかけるものですが、それを出来ない人間は死刑判決を受けるような罪まで犯してしまう。
こういった人間は環境や社会だけが原因では無く、生れついての資質があるはずです。

先日の土浦事件公判の様子を聞いて、親にも要因があるような気もしますが、その親から生まれた子供でなければ起こさなかった事件なのかなと思いました。
ですから社会がどのように変わっても凶悪犯罪は無くならないし、こういった犯罪者の真の更正は不可能ではないかと思います。

そういう意味で、終身刑すら導入されていない現在、死刑は絶対必要な刑罰だと僕は思います。

投稿: 新之助 | 2009年6月 9日 (火) 21時33分

6月9日08時45分の方へ。Toshiさん(6月8日(月)22時18分)の投稿を読む限り、おそらく感傷だとかそういう意味ではないと思います。

@さん(6月9日(火)06時22分)へ。「知識の無い人」「理性の薄い人」で頁検索しても、そのような発言は前の掲示板も含めて存在しないみたいです。逆に、他人の得意分野で「知識が無い」としても自分はそれを恥とは思わない、とかそういう趣旨の発言はされてますね。

というわけで私も心機一転、他人の態度がどうこうより自分の意見を書いていきたいと思います。

Toshiさん(6月8日(月)22時14分)へ。Toshiさんのサイトに投稿しようとしたら、なぜかサイト丸ごと閲覧できなくなってしまいました。「Access forbidden!」「Error 403」等表示されています(泣。それからご提案の件ですが、お誘い頂いて非常に嬉しいです。ただ実は私生活の方が一杯いっぱいで、ここの投稿も今後は不定期になりそうな感じです。マイペースを崩したくないということもあって、別の板への参加はこの場を借りて見送らさせてください。

投稿: 英火 | 2009年6月 9日 (火) 19時29分

反対派の人たちってさ、議論で言い負かしても仕方ないっていう意味本当にわかっているのかなぁ。不適切な表現して相手の気持ち悪くさせて、感情的にさせて言い負かそうとかおもっていない?
前に億さんが、“人を裁くことに闘争本能があるから、理論武装・知識は学んだ。” って書いていたから、わたしの言葉尻を捕まえて絡んで来ているだけかもって思いながら、実は返事してるしw。論破とか興味ないから別にいいけどね。言い負かされて優越感に浸たられたって、「ハイハイそうですね。でも死刑には賛成です。」で終わっちゃうし。だから、もしも闘争本能とやらで質問しているなら、無駄かも。

わたしは不特定多数の読者がこのブログを読んでどう受け取るかが大事だと思っているわけ。結局ブログ読者の判断にゆだねるのが一番だとおもうからね。だから誰にでも理解できるように、わたしうの思っていることや考えたことは、説明することを一番に心がけてるよ。

投稿: 名前:(任意) 9 | 2009年6月 9日 (火) 17時32分

掲示板が、重くなったから新しい掲示板が出来上がったのに やはり、また重くなりそうな


感じですね。


投稿し 議論をしあう方は、ある程度決まっているように 見受けられます。


掲示板は、その様な(議論(話)をする)場所ですが、


あまりの知識の豊富な内容に、気軽に書き込みが出来なくなっている雰囲気もあります。

掲示板が 重くなっていると ご指摘があったのも
頷けます。


ですので、 掲示板でも
また、分けた方がよいのでは ?


ひとつは、期限付きで
例えば、「死刑執行」は、是か否か? など 。

テーマを決めて、そこで 徹底的に 議論をする。


期限を決めないと、同じ事の繰り返しの議論が また起きかねません。


期限がくる前に、議論をされている方達に 次の「お題」を 決めてもらってもよいですし、 また、管理人さんが 決めても よいですし。

しばらくして 再び 同じ 「お題」で 議論をするのも また、違う見解もでるでしょう。

そういう方達の掲示板と


気軽に このブログを見て 思ったことを書ける 掲示板と 分けた方が より
様々な 意見を 書き込めるように 感じます。


この 文面を 読まれて 気を悪くされている方がいましたら、 申し訳ないと
思います。


ひとつの意見として、ご了承ください

投稿: 通りすがりの者 | 2009年6月 9日 (火) 17時20分

死刑大賛成\(^O^)/
生い立ちなんか関係ない

投稿: キムチ | 2009年6月 9日 (火) 15時06分

トシさん、あなたさんの説明は総じて理解が出来ない。机上の案にしろ何かしらの提示がされていれば、まだ理解は出来るかもしれない。一言はっきり云わせて貰おう。


世の中を変えていくことは大切なことだろうし、犯罪云々に関わらず、誰しもそれは願っている。住み易く平和な世の中は良いものだ。しかし、今の世の中だって犯罪を犯す人間はほんの一握り、全人口の0.1%にも満たない。

例えば、犯罪を犯したものの生い立ちに感傷し、死刑を無くし、より良い世の中になるのかね?。犯罪者よりも激しく過酷に生きている人間だって事実沢山居る。実際、犯罪を犯さぬものがほとんどであろう。死刑、つまり極刑の持つ意味を考えて欲しい。生い立ちが不幸だから殺人を犯すのでは断じて、無い。「被告人の全く身勝手な都合」のケースが殆どであろう。

誰しも死刑制度が良いとは思っていないと思う。少なくとも俺は両手を上げて大歓迎、ではない。だが、「身勝手な都合にて人を殺める」その行為に対する処罰と考えれば、当然の制度だと思う。人を殺める行為は、社会生活の脅威であるし遺族の感情は抜きにして、非人道的であろう。

上目目線だかどうだか知らんが、あなたさんは「自身の身を雲上に置いている」。だから、話しがおかしくなるし不快になる。自己主張するのは大いに結構。だが主張する内容が総て曇りガラスを通して見える、クリアでない。地上に降りてこい。地に脚つけて具体論を導き出さなくては、埒があかぬ。必要なのは感情論では無く、あなたさんの具体論だ。

投稿: | 2009年6月 9日 (火) 08時45分

>Toshiさん
刑法に詳しく無い方からみれば、『知識の無い人、理性の薄い人』という表現だけでムッとする人がいると思います。
その言葉はいらないんじゃないでしょうか。
後これは皆さんになんですが、今まで議論していて解決まで至った話し合いもいくつかありますが、せっかくですから何か結論づいたものは何かにメモできたらいいのかなと思ったんですが…
ただその結論も一部だけで話し合われてるので、結論とするのもいけないかと思いますが、また同じ議題で話し合われるのもなんかな~と思います。実際今まで議題が何回かダブり、結論も同じになってるなと思ってるんですよね…
でもそれは勝手に個人個人でメモ書きしとけって話でしょうかね。

投稿: @ | 2009年6月 9日 (火) 06時22分

新之助さん
レス有難うございます。

世の中を良くする事が大切と言う点に同意頂けて良かったです。
その前提で考えた場合、まずは被害者の立場は置いといて、なぜ人は犯罪を犯すのかと言う加害者の視点で考えるべきだと思っています。(当たり前の事ですが、被害者は被害者で有って犯罪を犯す立場では無い人達なので、その視点で考えても犯罪は減らないからです。)
その為には、犯罪者を頭ごなしに否定するのでは無く、むしろ犯罪者の立場に立ってその心理を理解分析し、社会と個人の立場から我々の持つ共通要素を洗い出し反省・改善をしていかないといけないと考えています。
その点についてはいかがでしょう?

「評論家の様に見えてしまう廃止論者」と言うのも気持ちは分ります。
私も評論家にならない様に努力はしているつもりですが、それが裏目に出る失敗を最近やらかしていますので、難しい所なんです。
でも決して悪気が有ったり上目線だったりする訳では決して無いんですよ?
逆に英火さんも仰っていますが、私もなぜ上目線と拘る人が多いのか疑問に思っているんです。
中には「知ったかぶり」で相手を馬鹿にする「似非知識人」もいるとは思いますが、多分、大抵の知識人は別に自分が偉いとは思っていないんです。誰でも知識の偏りが有るのは当然な事だからです。
私の知らない事を新之助さんだって沢山知っている分野も有るのが当然だと思っていますし、それを私が知らないのもまた当然とも思っています。
そして新之助さんが得意分野を教えてくれれば感謝こそすれ「偉そうに」なんて思いません。
知識が無いのは決して恥だとは思っていませんし、教えて貰う事も恥だとは思っていません。
だからこそ相手が知識が無いなら、知って貰えば済む事だと考えてしまうから解説染みた説明になってしまう事が多いのだと思います。
(ただ、知識の有る側にしてみたら、本筋の議論が噛み合わない→まずは噛み合う議論に誘導したいから前提知識を披露する→それが反感を買う→イライラする・・と言う不毛なパターンが多い気はしています・・この構図もなんとかしたい所なんですけど)

投稿: Toshi | 2009年6月 8日 (月) 22時18分

英火さん
レス有難うございます。
土俵の話なのですが、その後、自サイトに於ける土浦事件に関する億さんとのやりとりをご覧になって頂けてますでしょうか。
出来ればその件も含め、英火さんにお願いしたい提案が有りますので、自サイトにて意見頂けますか?

投稿: Toshi | 2009年6月 8日 (月) 22時14分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/473217/30009748

この記事へのトラックバック一覧です: 掲示板2:

» 魔女裁判 裁判員制度 フジテレビ [魔女裁判]
裁判員制度について 裁判員制度についてこれらは、裁判官、弁護士、検察によって、人の心を操作して無理矢理でも死刑にしようとの陰謀だと私は思っています。皆さんはどうだと思いますか?魔女裁判という裁判員制度をモチーフにしたドラマがありますが、その通りで魔女裁判員制度だと思っています。最近は魔女裁判員制度を絡めたドラマが多すぎ、これほど揶揄されているのに、国民に死刑を選択させるのでしょうか?(続きを読む) みなさん、フジテレビの魔女裁判見てますか。〈このドラマを知らないかたのために.... みなさん、... [続きを読む]

受信: 2009年7月 3日 (金) 05時24分

« 掲示板 | トップページ | 掲示板3 »